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バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音)バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「バッハの楽譜と対話しているピアノが安らぎを与えるアルバムです」「賢者の回答、泣けるアリア!」「★★★★★★★★★★★★」「この曲のアクシスを変えた」「グールドのバッハ」


バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音)バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「旋律は流れる風のように」「いつ聴いても新鮮な演奏」「君よ、グールドを聴きたまえ・・」「ジャケット買いもアリ!」「一般的な感想」


ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ブラームス(作曲)

「グールド演奏で3指に入る名演」「孤高の調べ」「瑞々しさと冬枯れ」「孤高の調べ」「秋に「草枕」を読みながら聞くグ-ルド。」


バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲) (詳細)
カザルス(パブロ)(アーティスト), バッハ(作曲)

「素朴であり、限りなく深い」「古き音の向こうから聞こえる命の鼓動」「一挺のチェロが歌いあげる音楽の、なんて豊かなんだろう。人類の遺産というべき名盤」「ただ、感謝」「至高の音楽」


ベスト・オブ・五嶋みどりベスト・オブ・五嶋みどり (詳細)
五嶋みどり(アーティスト), パガニーニ(作曲), バッハ(作曲), クライスラー(作曲), エルガー(作曲), チャイコフスキー(作曲), ラヴェル(作曲), アバド(クラウディオ)(指揮), メータ(ズービン)(指揮), ヤンソンス(マリス)(指揮), マクドナルド(ロバート)(演奏)


モーツァルト:ピアノソナタ集モーツァルト:ピアノソナタ集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), モーツァルト(作曲)

「まさに「あいた口がふさがらない」」「我とともに唄え、モーツアルトを!」「グールドのお部屋に「お呼ばれ」する妄想」「私もこれではまりました」「「外界を知らない魂は考えることができない」by アリストテレス」


バッハ:平均律クラヴィーア曲集バッハ:平均律クラヴィーア曲集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「すっきりとして清々しいバッハ。この曲の二番手、三番手としておすすめしたい」「最高の演奏」「バッハの平均率、リヒテルと並んで名盤です。」


バッハ:イタリア協奏曲バッハ:イタリア協奏曲 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「『ドロップアウト』以前」「グールドがピアノで弾くわけ」「クラッシクファン以外でも」「『ドロップアウト』以前」「なんと言っても素晴らしいのは、「イギリス組曲」だ。」


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、第14番「月光」、第21番「ワルトシュタイン」、第23番「熱情」ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、第14番「月光」、第21番「ワルトシュタイン」、第23番「熱情」 (詳細)
ケンプ(ヴィルヘルム)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲)

「☆の数では表せない歴史的名演!」「ほんまもんのベートーヴェンの豊かな味わい。いいですねぇ、このピアノは」「ドイツ音楽の神髄」「ショパン的音なのか」「さすが!ケンプ様!ベートーヴェンの代表ソナタ」


アンコール!~ヴァイオリン愛奏曲集アンコール!~ヴァイオリン愛奏曲集 (詳細)
五嶋みどり(アーティスト), ショスタコーヴィチ(作曲), エルガー(作曲), サラサーテ(作曲), ドヴォルザーク(作曲), プロコフィエフ(作曲), チャイコフスキー(作曲), シマノフスキ(作曲), クライスラー(作曲), グルック(作曲), マクドナルド(ロバート)(演奏)

「おすすめです!」「価格も安くなりましたし持っていて損はありません」「通して聴きたい」「奏者、選曲も別格の小品集!!!」


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▼クチコミ情報

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音)

・「バッハの楽譜と対話しているピアノが安らぎを与えるアルバムです
81年録音の、グールド2回目の「ゴールドベルク変奏曲」です。1回目の55年録音のアルバムでデビューし、当アルバム録音の翌年、50歳の若さで急死してしまったことは、何かの因縁でしょうか。当アルバムですが、まるで生き急ぐかのような急テンポの55年盤に比べると、バッハの楽譜を慈しみ、対話するようなテンポになっています。ただ、その1音1音がはっきりと聞こえる滑らかなピアノは、得もいわれぬ安らぎを感じさせてくれます。55年盤と比べ、どちらが良いと云々するよりは、両方を揃え、その時の気分で、盤を変えたい、「バッハ弾きグールド」による名演奏です。

・「賢者の回答、泣けるアリア!
55年版が超爽快な超々名演なら、この81年版はグールドの人生最後の回答でしょう。第30変奏におけるどうしようもない気分の高揚感は他の誰からも得られません。そして、続く最後のアリアは心を掴んで離さない。人生の最後にして、始まりへと回帰するような、これ以上慈しむことなど考えられないような愛情すら感じさせる。私はいつもは55年版を聴きますが、”どうしても”というときは81年版を聴きます。どちらもグールドであり、どちらも正しい。グールドの演奏の聴ける時代に生まれてよかったと心から思える究極の演奏。

・「★★★★★★★★★★★★
 CDをほぼ毎日1枚づつ買う日々が続いて、はや15年。クラシックは少ないけど、ジャンルにこだわらないように心がけて、5000枚以上聴いて、今のところ、これがベスト・アルバムです。間違いなく一生聴きます。これよりいい作品があったら、ホント、教えて欲しい。

・「この曲のアクシスを変えた
販売当初(20年以上昔)のインパクトは凄かった。当時バロック音楽は古楽演奏がメジャーになりだした頃で、世話になっておいて悪いが、イ・ムジチやミュンヒンガーやパイヤールなんかは、全部詰らなく思えてきた頃で、まして、「ピアノで弾くバッハなんか」っていう感じだった。石丸電気の2号館でクラシックの階へ足を運んだ時、耳にしたのがこの演奏。当時何処の誰かも知らないままにすかさず買った。で、やがてCDになってからも買い揃えた。繰り返し部分は省略されているが長大な全曲を、一気呵成に弾き込んで、聴き手に時間を忘れさせ、外に出て歩いても、かすかに頭の中で鳴り出す、という小林秀雄まがいの怪しい体験までしてしまった。幾種類ものチェンバロの演奏を聞いていた筈なのに、それらは、当分聞くことはなくなってしまった。本当の「古楽演奏」とは、グールドの演奏かもしれない。ところで、グールドは何度かこの曲を演奏しているが、55年の最初の録音より、この盤のインパクトは凄かった。というより、この盤が話題になってから、逆に「思い出された」感じ。この盤は55年盤よりポリフォニックな面がかなり強く出ている。凄まじいスピード感と音符の一音一音が浮かび上がるかのような両手の力は神業で、同曲のみならず、ほかの多くのピアノ演奏を、過去のものへと追いやった感じさえした。ほかにザルツブルク音楽祭のライブ盤があるが、それはこの演奏と、55年盤の中間のような気がする。

・「グールドのバッハ
グールドのバッハは何か違う。バッハの譜面にのって演奏しているというよりも、グールドのオリジナルに聞こえてくる。神がかり的名演と思います。小生が自分の世界に入り込んで集中したい時に聞く名盤です。

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音) (詳細)

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音)

・「旋律は流れる風のように
1981年のゴールドベルグ変奏曲が心に染み渡る水であればこの1955年のモノラル録音の方は吹き抜けていく風のようです、1981年は音の一つ一つに重みがあり「一言一言ちゃんと伝えたい」という感じ、それに対し1955年は「たくさん伝えたいことがあって自分の想いを一気に告げる」ような感じです。1981年は聞き終わった後に深い感動がありましたがこちらはある種の爽快感があるように思えました。どちらが好きかといわれたら1981年の方ですが単純に比較すべきではないのかもしれないです、それくらい同じ人が同じ曲を演奏しているのに雰囲気が、音が、伝わってくる感じが違います。

・「いつ聴いても新鮮な演奏
グールドのバッハ演奏については多くの方が書き記している。ゆえに何を今更という感がするではないが、コメントせずにはいられない不思議な魅力を持っている。早すぎた死を悼むばかりである。1981年盤と比べられる演奏であるが甲乙つけがたいと言うのが私個人の意見である。1981年盤のゆったりとした遅いテンポの演奏、哲学者と対話をするかのような間の取り方…。1955年盤では若さゆえの潔さ、古い慣習にとらわれることなく果敢に取り組む姿勢などが伝わるかのようなスピード感溢れる演奏。結局どちらも聴いてしまうのであるが…。いつ聴いても新鮮な演奏である。

・「君よ、グールドを聴きたまえ・・
今やJ.S.バッハの定番曲ともいえるゴールドベルク変奏曲。が、このグールドのレコードが発売されるまでは音楽評論家も聴いたことの無い曲だったという。グールドのデビュー作は彼のみならず、この曲をも一気に有名なものにしてしまった。と同時に余りにも洗練された演奏だった為、他のピアニストはこの演奏を未だに越えることが出来ずにいる。楽器が異なる演奏でないと常にグールド盤と比較され、有名曲の割りに録音が少ない。それがいっそうグールドの解釈の確かさ、卓越した技術、曲想の独自性を際立たせている。実際のところ、ピアノの無かった時代に作曲したバッハ本人がこの演奏を聴いたなら腰を抜かすかもしれない。それほどまでにグールド色が豊か。バッハの作曲+楽器の進歩+若きグールドの解釈=フルトヴェングラー指揮「第九」55年ライヴ盤に匹敵する価値を持つ演奏、といった辺りが僕の中での評価。 有名な「演奏中の唸り」は既に確立されていて、グールド初心者は注意!(決してあなたのスピーカーが壊れたわけではありません)星4つと評価したが、これは81年盤の「Aria」から「Variations1」へ移る瞬間の微妙な間が個人的にとてつもなく好きな為、それに比較すると本盤は若さゆえか、スッと入っているのがあっさりしすぎていると感じる為である。ともかくクラシック音楽、そしてバッハ、グールドいずれの初心者にも是非聴いて欲しい。クラシック音楽は音楽室に在るのではなく、人の心の中にあるのだ、ということを実感させてくれる名盤だ。ちなみに今回のSONY BESTCLASSICS 100にはグールドのCDが8枚も入っている。数年前までは考えられなかった事だ。間違いなく、正しい。

・「ジャケット買いもアリ!
このデビュー盤は、内容は言うまでもないが、そのジャケットが味わい深い。スタジオでの録音の際にDon Hunsteinによって撮影された30枚のグールドの写真。この曲に収められている変奏曲の数も30であるところが象徴的である。プロデューサーのHoward Scottと議論している写真。歌いながら演奏する写真。23歳の若者がこれほどまでに輝いている様子を羨望の眼差しで眺めないではいられない。

・「一般的な感想
一般的な感想ですが、とにかく演奏が早い。私は最初に80年代録音の同作を聴いていたので、本作を聴いたときは、あまりの違いに驚いてしまいました。実際、演奏時間を比較してみると、20分も違う。同じ曲なのにですよ!好みは分かれると思いますが、個人的に好きなのは、55年の方です。あまりの早さに、体が踊らされてしまうほどです。この高揚感は、なかなか味わえる物ではありません。

是非、クラシック初心者に聴いて欲しいですね。

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音) (詳細)

ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集

・「グールド演奏で3指に入る名演
1982年2月8-10日、6月30日-7月1日、ニューヨーク、RCAスタジオで録音。ヨハネス・ブラームス(1833-97)のピアノ音楽はキャラクター・ピースと呼ばれ、各曲は随所に『キャラクター』があると言われている。確かにこれらの曲には端々にブラームスの他作品に通ずるポリフォニックな書法が顔を出す。バラード作品10は1854年、ラプソディー作品79は1879年の作品である。バラード作品10には有名なベートーヴェンの運命のモチィーフも飛び出してくる。いつも思うことだが、いわゆるクラシック音楽からブラームスの作品を引き算してしまったらどれだけつまらなくなるだろう。ブラームスは他の作曲家に無いサムシングを常に作品の中に持っている希有な作曲家だと思う。さて、演奏は最晩年のグールドのもので(1982年の秋に彼はこの世を去っている)、グールドの全演奏の中でも3指に入る名演だとおもう。特にバラード作品10は出色で、グールドの力強く速いタッチがこの曲にピッタリで最高だ。

ゴルドベルグ変奏曲の再演とこの曲の演奏でやり残したものは何も無く、グールドはこの世を去ったと思うのは僕だけだろうか?

・「孤高の調べ
このディスクには,グールドの青年期(1960年)に録音した「間奏曲集」と,最後の録音となった(1982年)「4つのバラード」と「2つのラプソディ」とが収められている。「4つのバラード」は,ブラームス21歳のときの作品だが,冷め切った,諦観さえ感じさせる音楽には,既にして大家の佇まいを感じる。この作品をグールドは,瑞々しく透明なピアノの音色で見事に弾き切っており,青年ブラームスの音楽から冷え冷えとした孤独感をも引き出している。ブラームスは,ピアノの小品を「私の苦悩の子守歌」と称したそうだが,「間奏曲」も晩年のブラームスの苦悩から生まれ出た,瞑想的な雰囲気を持つ深い音楽である。グールドは,この間奏曲を深い情感を込めて,思索を重ねるかのように演じている。その様は,さながら修行僧の修行のようにさえ思われる。ところで,両曲の録音の間には,20年という時間の経過がある。にもかかわらず,グールドの演奏はその経過を感じさせないぐらい連続したものである。それだけ彼がキャリアの当初から完成し切った存在なのだということを改めて感じる。ブラームスの小品集には,叙情的で甘美なルプーのもの,知的で深くも素直なカッチエンのもの等があり,それぞれに素晴らしいが,孤高の天才グールドが紡ぎ出す調べに,私は,より深い共感とブラームスのスピリットの神髄を感じる。

・「瑞々しさと冬枯れ
過剰なロマンには引きがちなので、長らくロマン派は苦手で、クラシックで好んで聞くのはバッハかドビュッシー以降のものばかりだったのですが、それを克服するきっかけをくれたのが、このアルバム(とバックハウス/フルニエのブラームスのチェロソナタ)です。

ブラームスの壮大な大曲は、下手するとロマンティシズムに耽溺しすぎで甘さが過剰に重たくなりがちなのですが、これらの小品集はそのあたりのバランスがとてもよく、引き算することによる魅力を感じます。

間奏曲集はブラームスの甘さが鬱陶しくならずに楽しめる。グールドの演奏がとても瑞々しくて、若若しくチャーミングです。

他方バラードとラプソディでは、ブラームスのもう一つの魅力である「枯れ」が堪能できます。彼の甘さの中に常に影のようにつきまとう冬枯れの静謐さが、グールドの内省的な面と呼応しあっています。

またグールドのピアノのタッチ(とピアノ選びと調律)は独特で、よくあるコンサートピアノが金属的に共鳴するようになっているのとは対照的にポロポロと一音一音が木を叩いたような音なのですが、それが、ブラームスの「枯れ」にぴったりはまっています。

かなり独自の解釈を行うグールドですが、(冒頭にバーンスタインの発言が残されているブラームスの協奏曲第1番や、モーツァルト、ベートーベンの聞き慣れたソナタあたりを聞くと、その独特さがとてもわかりやすいかと…)この曲集についてはとても自然に聞こえます。他の演奏家と比較すれば実は個性的なのですが、個性的だと思わせないくらい自然なのは、やはり相性が良いからなのでしょう。

グールドのCD全集はかなりの数をもっているのですが、その中でもお気に入りの一つです。バッハ以外のグールドを、と言われたら、これとシェーンベルグあたりが好みです。(あとSWEELINCKのオルガン曲のライブ音源もとても良かった。)

・「孤高の調べ
このディスクには,グールドの青年期(1960年)に録音した「間奏曲集」と,最後の録音となった(1982年)「4つのバラード」と「2つのラプソディ」とが収められている。「4つのバラード」は,ブラームス21歳のときの作品だが,冷め切った,諦観さえ感じさせる音楽には,既にして大家の佇まいを感じる。この作品をグールドは,瑞々しく透明なピアノの音色で見事に弾き切っており,青年ブラームスの音楽から冷え冷えとした孤独感をも引き出している。ブラームスは,ピアノの小品を「私の苦悩の子守歌」と称したそうだが,「間奏曲」も晩年のブラームスの苦悩から生まれ出た,瞑想的な雰囲気を持つ深い音楽である。グールドは,この間奏曲を深い情感を込めて,思索を重ねるかのように演じている。その様は,さながら修行僧の修行のようにさえ思われる。ところで,両曲の録音の間には,20年という時間の経過がある。にもかかわらず,グールドの演奏はその経過を感じさせないぐらい連続したものである。それだけ彼がキャリアの当初から完成し切った存在なのだということを改めて感じる。ブラームスの小品集には,叙情的で甘美なルプーのもの,知的で深くも素直なカッチエンのもの等があり,それぞれに素晴らしいが,孤高の天才グールドが紡ぎ出す調べに,私は,より深い共感とブラームスのスピリットの神髄を感じる。

・「秋に「草枕」を読みながら聞くグ-ルド。
1982年の「バラ-ド&ラプソディ-」と1960年の「間奏曲集」の2枚組、このうち1960年の「間奏曲集」は性的なものの言い方を極端に嫌うグ-ルド自らが「ブラ-ムスの間奏曲のこれまでで最もセクシ-な演奏」、と言ったグ-ルドの録音の中でも白眉な1枚。だけどどこがセクシ-な演奏なのか???そこでもう1度。グ-ルドの好きな漱石の「草枕」のイメ-ジをダブらせながら聞いてみる。両方とも得にハイライトも盛りあがりもなく、淡々と時間が流れていく。季節的には冬より秋。もしかしてここがポイントかも。グ-ルドの音楽、ってイメ-ジとして圧倒的に「冬」、だから。あと両方ともジャケットがグ-ルドのレコ-ドの中ではとてもとても良いので本当は別々に出してほしいんですよね。僕は「間奏曲集」は頑張ってアナログ盤も手にいれました。もちろん中古盤ですけど。

ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集 (詳細)

バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)

・「素朴であり、限りなく深い
カザルス:「(無伴奏チェロ)組曲はアカデミックな作品と考えられてきた。テクニック一辺倒の、機械的で温かみのないものだと。考えてごらんよ!広がりと詩情が一点の曇りもなく輝きあふれるあの曲が冷たいだなんて、だれがいえるだろう!あの作品はバッハの本質そのもので、バッハは音楽の本質そのものなのに。」(J.L.ウェッバー著「パブロ・カザルス 鳥の歌」、『バッハ』の項より抜粋)

カザルスによるこの曲の演奏は、心の芯の、そのまた芯にまで響き渡る、全人類必聴の超名演です。カザルスの奏でる、奥深いチェロの響きは、巷に溢れる耳触りの良い、聴き易い音楽を聴き慣れている耳には、ぎすぎすした重苦しい音色に聴こえるでしょう。ですが、それは当然というもの。本当の魂の音楽というものは、心の底からそれを欲する時にしか、その素晴らしさを味わうことが出来ないからです。

カザルスは、音楽家史上稀に見る高潔な人格をもつヒューマニストでした。暴力や戦争を心から憎み、人間の愛の可能性を強く信じていました。そんな彼の思想や人柄が反映されたこの演奏には、人間の心の中にある最も神聖な「なにか」に強く訴えかける力が満ち溢れています。仮に、世界中の全ての人がこの演奏を聴き感動したのなら、世界は、良い意味で、もっと違ったかたちになっていたことでしょう。あなたがこの演奏を聴いて感動した時はきっと、人間として、忘れてはいけない感覚―幼い頃、母親の腕に抱かれていた時のような、懐かしい、限りなく幸せだった時の気持ち―を思い出すはずです。

・「古き音の向こうから聞こえる命の鼓動
 チェロは人間の声の音に最も近いと言われる。そのため最も自然に人間の耳に入り、心地よく響く。しかし、その歴史はヴァイオリンよりも地味で古今東西のチェロの名曲と言えるものは多くはない。その中でバッハの無伴奏チェロ組曲は最高の曲である。この当時、近代的なチェロは存在せず、ヴィオラ・ダ・ガンバやバリトンと呼ばれる現在のチェロには到底及ばない楽器が用いられていた。そのため独奏楽器としてはほとんど用いられず、ただ合奏の低音部を担う程度の役割しか与えられていなかった。そのような時代にバッハが独奏チェロのための曲を作った事は彼のチェロへの関心とこの楽器の魅力に対する先見の明があったと言えるだろう。この組曲はヴァイオリンソナタのような厳格な形式に依らず標準的な古典組曲の形に則っているが、内容は深く、紛れもないバッハの音楽である。そしてカザルスのこの演奏は彼の最高傑作のみならず、人類最高の遺産である。20世紀という激動の時代に自らの信念を貫き、最高のチェリストのみならず、最大の人格を備えた芸術家であった彼は後世に多大な影響を与えた。そしてこの演奏からは彼の命の鼓動が聞こえてくる。彼はこの曲の自筆譜を若き頃古本屋で見つけ、熱心に研究したという。その努力があたかも立派な樹木が地の下の見えない所に深く根を張っているように、冒頭のプレリュードから肺腑をえぐられるように心に響いてくる。このような演奏を聴くと自分の愚かさを思い知らされるようである。今現在の日本で僅かのお金を出してこの録音を簡単に買う事ができる時代になったが、果たしてそれで良いのかと思ってしまう。命を懸けてこの曲に取り組んだカザルスの命の鼓動を聴く側が安直な態度では決していけないだろう。こちらも可能な限り全精力を傾けて聴き、ようやくそこから何か得る事があるだろう。古き音の向こうから聞こえる命の鼓動を魂で聴くことによって。

・「一挺のチェロが歌いあげる音楽の、なんて豊かなんだろう。人類の遺産というべき名盤
 樹齢千年を超える古木のたたずまいを見るような、どっしりとして雄勁な演奏。今から七十年以上も前の録音なんだけれど、一挺のチェロから繰り出されていく音の逞しさ、微塵も揺るがぬ気迫といった風韻に、心を揺さぶられましたね。「流石に、名盤として語り継がれてきただけのことはあるなあ」と、パブロ・カザルスが紡ぐチェロの音、バッハの楽の流れに、深々とした銘酒の味わいを感じました。

 全6曲のなかでは、ハ長調の『第3番』と、ニ長調の『第6番』が、特によかったなあ。『第6番』の前奏曲やガヴォット1&2といった曲でのカザルスのチェロは、生き生きとしてダイナミック、おのずとにじみ出る風格と気品が漂っていて、本当に素晴らしかった!

 バッハのこの曲を聴いてみる気になったのは、過日、文庫で読んだある話の中で、この曲が流れていたから。「優雅で、切なくて、そよ風とも嵐ともつかない曲。そんな気がしません?」なんて、登場人物がバッハのこの音楽のことを語っていましたっけ。伊坂幸太郎の『死神の精度』(文春文庫)。未読のかたは、ぜひ!

 録音年月日は、次のとおり。■『第1番 ト長調』・・・・・・1938年6月2日■『第2番 ニ短調』『第3番 ハ長調』・・・・・・1936年11月25日■『第4番 変ホ長調』『第5番 ハ短調』・・・・・・1939年6月13〜16日■『第6番 ニ長調』・・・・・・1938年6月3日

・「ただ、感謝
色々なチェロの音色を聴いて、私は結局、カザルスの音色に行き着いた。カザルスの奏でるチェロの音色には、「永遠と一日」を感じる。どこまでも心が、やすらいでゆく。

・「至高の音楽
音の中に魂が融け込んでしまうような。そんな音楽/演奏は、あまりありません。目をつむれば、静かな森の木漏れ日の中にいるような感覚。心から好きな音楽/演奏は他にもありますが、何も考えたくない、何も感じたくない、何も聞きたくない、ただ休みたい、それほど疲れ切っているときに魂が受け付けることのできる、本当の疲れを癒してくれるのは、私にとって、カザルスのこの無伴奏組曲だけなのです。

バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲) (詳細)

モーツァルト:ピアノソナタ集

・「まさに「あいた口がふさがらない」
モーツァルトのピアノソナタというと、あの美しい旋律の穏やかな曲だぁ。と思っている人がかなりいると思いますが、そのイメージを初っ端からぶち壊してくれます。まず驚くのが8番。あの楽譜からこんな演奏が出てくるなんて!最初に聞いた時は、思いもかけない"奇襲"には正直びっくりしましたが、よく聴いてみると技術的に完璧な演奏だったり、なによりも音楽性に富んだすばらしい演奏だという事が分かると思います。ようするに魅力的なのです。この演奏はグールドにしかできないと思います。できることなら、全集を勧めたいですが、まずはモーツァルトの名曲がぎっしり詰まったこのCDで衝撃を実感してください。

・「我とともに唄え、モーツアルトを!
 曲想がはっきりと聴き取れるって、他にはまず、ありえない。グールドがモーツアルトと対話して、俺のモーツアルトを聴き給え、と示した名盤。

 グールドが辿りついた各曲の解釈と曲想が、彼の歌い、ハミング、鼻歌?でわかる。プロの演奏家も、心の中では歌ってるはず。隠す事なく伝えてしまったのがグールド。

 音楽って楽しいでしょ、僕にはこう読み取れるんだよね、皆さんはどうだ?よかったら一緒に歌おうよ、気持ちいいんだよ。機会があれば君が掴み取ったモーツアルトも見せてもらうからね、とグールドが伝えているように思えてならない。

 教科書のさらに先にあるモーツアルト、好き嫌いを言っていいのだけれど、好きになってくれる人が増えるとうれしい。

・「グールドのお部屋に「お呼ばれ」する妄想
グールドはモーツァルトがあまり好きではない、とどこかで読みました。で、どう弾いているのかと思いきや…

K310の第一楽章。早い。K331の第一楽章。遅い。どちらも、ちょっと変わっているのですが、弾きたいように弾いてる感がとてもよいです。子供の頃、これらの曲を家でひとりで練習している時、飽きてくると、譜面通りには弾きたくなくなる瞬間があります。で、自分の好きなように、速く弾いたり、遅く弾いたりして遊んでいたことを思い出しました。

天衣無縫にグールドさんが勝手に弾きまくるモーツァルト。うなり声も手伝って、なんだかとてもプライベートな空気濃厚。お部屋によんでもらって、弾いているのをそのへんのソファで聴いているような、なんとも贅沢になれる1枚です。

・「私もこれではまりました
私は、この一枚を聴いてグールドファンになりました。皆様の言うとおり、出だしの8番やトルコ行進曲付きには、とにかく驚かされます。でもそれと同じくらい楽しめるのが、最後のK545!!スウィング感溢れる第1楽章、倍速の第2楽章、踊り出しそうな第3楽章。墓の中のモーツァルトも「君の演奏には参りやした。やるんなら徹底的にやりなはれ!!」と激励してくれるでしょう。

グールドの魅力は何か。既成概念を破りながら、尚かつ普遍性を獲得しえた希有の音楽...そんな演奏家を私は他に知らない。

・「「外界を知らない魂は考えることができない」by アリストテレス
これは只の演奏ではありません。演奏の形を取った批評です。「俺だったらこうする」「この方がいいと思わないか?」というね。そうでなかったら、大嫌いな作曲家の大嫌いな作品を全曲録音しようなんて思わないでしょう。(ちなみに、嫌いな理由は「聴衆に媚びてるから」だそうです)

そもそも音楽を言葉で語ること自体がナンセンスなのですから、これは非常に真っ当なやり方です。ただ、普通の批評家はそれ程の演奏能力を持っておらず、普通の演奏家はそれ程の批評能力を持っていない、というだけのことです。つまり、やらない、のではなく、出来ないのです。

グールドは、人並み外れた演奏技能と高度な知的活動を兼ね備えているという点に於いて、非凡な存在なのです。

ですから、彼がスコア通りに演奏するかしないかなどということは、全く些末なことに過ぎません。重要なのは、スコア通りに演奏するにしても、ただそう指示されているからそうする、というだけなのか、それとも、自らあれこれ考察した上で、「成る程、スコア通りに演奏するのが最良だな」と納得した上でそうするのか、という点です。つまり、演奏家としてのみならず、人間としての主体性の問題なのです。

グールドは、間違っても「演奏マシン」に成り下がらないだけの主体的な批判精神を持った最高度の演奏家、言わば、真の意味での「現代人」の「音楽家」なのです。

そんなグールド相手に、好きだの嫌いだのと子供みたいなことばっかり言っててもしょうがないんです。私達が彼の作品を楽しむ、或いは楽しむことしかできないのは私達の勝手でしょうが、音楽そのものを情緒的な快楽としてだけでなく知的探求として捉えるセンスなしには、彼の演奏の神髄を味わうことは出来ないでしょう。グールドを聴く喜びは、発見の歓びなのです。

音楽を、でなく、音楽「で」思考しなければ!

モーツァルト:ピアノソナタ集 (詳細)

バッハ:平均律クラヴィーア曲集

・「すっきりとして清々しいバッハ。この曲の二番手、三番手としておすすめしたい
 全然、平均的じゃないバッハ(笑)  あちこちで、はっ とさせられる箇所があり、清新の気に満ちたピアノでしたね。流れるようなバッハとは対極に位置する、めりはりを利かせた演奏。

 でも、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』の最初の一枚としてはどうなんだろう。私だったら、まず、リヒテルの全曲盤をおすすめしたいな。この作品の深みを味わうなら、リヒテルのピアノが一番だと思うし、実際に聴いてみて、とても感動したから。 続く二番手、三番手のチョイスとして、全く毛色の違う演奏を楽しんでみようかって方に、グールドのこの選集をおすすめしたいですね。明晰で、斬新な解釈のバッハ。もやもやしたところのない、すっきりとして清々しいバッハだなあって、そんな印象を持ちました。

 第1巻、第2巻の各24曲の「前奏曲とフーガ」から、それぞれ、8曲をセレクトした抜粋盤。第1巻は、1962〜1965年の録音。第2巻は、1966〜1971年の録音。 どちらかっていうと、第2巻のほうが、聴いていて面白かったな。

 肌に合う、合わないが、人によって大きく割れるのが、グレン・グールドのバッハ。 『ゴールドベルク変奏曲』の旧録音盤を筆頭に、私はこの人のバッハ、「躍動感にあふれていて面白いなあ」って、とても気に入っています。

・「最高の演奏
バッハを弾かせたら、右に出るものはいないと思います。私は、グールドをゴールドベルク変奏曲(55年盤、81年盤両方)で知って聞くようになったのですが、このように録音を残してくれてありがたく思っています。完璧としか言いようがありません。

本CDは平均律クラヴィーアの抜粋ですが、それだけに良い曲目ばかり選ばれているとも言えます。1枚でじっくり味わえるCDです。

・「バッハの平均率、リヒテルと並んで名盤です。
最初の第一番でリヒテルとはまったく違うアプローチで、なかなか楽しめます。ただ、最初に聴いたのがリヒテルのほうなので、個人的にはどうしてもリヒテルのほうが好きです。例の「刷り込み」ってやつですね。

バッハ:平均律クラヴィーア曲集 (詳細)

バッハ:イタリア協奏曲

・「『ドロップアウト』以前
1959年6月23-29日他録音。グールドが演奏会から『ドロップアウト』したのは1964年3月28日、シカゴでのリサイタルからである。かくて1982年10月4日の死の時までの18年間、彼はスタジオにとじこもり、自らの閉じた世界を構築していく。このアルバムは言ってみれば『ドロップアウト』前の貴重なレコーディングと言うことができる。特にイタリヤ協奏曲ヘ長調BWV971は、その明るさもあってグールドにピッタリな曲である。動いて動いてしかたがない十指がとめどなく突っ走り、聴く者のシナプスをざわざわと動かしてくれる。

閑話休題。グールドはグリーグの遠縁にもあたるそうである。(●^o^●)僕にとって、何処までも何処までも興味が尽きない数少ないミュージシャンの一人だ。

・「グールドがピアノで弾くわけ
グールドといえば、なによりもデビュー盤の『ゴルトベルク変奏曲』が思い出されるだろうが、私にとってはこの『イタリア協奏曲』(たしか第3枚目のアルバム)こそがグールドを聴くきっかけになった重要なアルバムだ。はじめは「協奏曲なのになんでオーケストラはいないんだろう?」などとバカなことを考えながらも、このピアニストに次第にそして完全に傾倒していった。他のピアニストによる『イタリア協奏曲』もけっこう聞いたが、それらはあまりにも感傷的で、テンポが決して乱れることのないグールドの完璧な演奏に慣れてしまっていた私の耳には甚だ物足りないものに聞こえた。

この曲の第3楽章は流麗無比だ。グールドの神髄がこの楽章には表れている。それは左手のパッセージが非常にクリアであるということ。私見だが、対位法がふんだんに使われているこの楽章において、左利きでもあったグールドは右手と左手の平等化を図っていると思わせる部分がある。それは、冒頭部のパッセージが再現される最終部で、右手の高音を抑え、左手の旋律により強いアクセントをおいてグールドが演奏している場面だ。従来の解釈をくつがえす衝撃的な瞬間。

強弱をつけられないハープシコードが一般的だったバッハの時代とちがって、より現代的な楽器であるピアノはその名前のごとくダイナミックな音の強弱が特徴だ。ロマン主義の音楽では多くの場合、右手に美しい高音の旋律を歌わせ、左手の重厚な低音部によって曲の雰囲気を作り出すといった、ある意味運命づけられた役割が与えられている。私には、グールドはこの従来の二項対立的な形式を平等化し、そしてさらには逆転させようとしているかのようにみえる。考えてみれば、グールドは南より北を、華美より質素を、喧噪より平穏を、長調より短調を指向したひとだった。この延長線上に、メジャーな右よりもマイナーな左の存在に光をあてる閃きが生まれたのではないだろうか。このような解釈にたどり着いたピアニストはあとにもさきにもグールドだけだったように思える。

・「クラッシクファン以外でも
 後で知ればいいことだけれど、グレングールドがクラッシク音楽以外に、また音楽以外に、また芸術以外に教養が深いかこの比較的ポピュラーな曲を聴くと認識できる。 グールド入門としてうってつけ。第一楽章の奇妙な?アクセントはワールドミュージック的だし、第二楽章は映像的。 第三楽章のスピードにはジャズ・ロックファンも必ず舌を巻くはずだ。 

・「『ドロップアウト』以前
1959年6月23-29日他録音。グールドが演奏会から『ドロップアウト』したのは1964年3月28日、シカゴでのリサイタルからである。かくて1982年10月4日の死の時までの18年間、彼はスタジオにとじこもり、自らの閉じた世界を構築していく。このアルバムは言ってみれば『ドロップアウト』前の貴重なレコーディングと言うことができる。特にイタリヤ協奏曲ヘ長調BWV971は、その明るさもあってグールドにピッタリな曲である。動いて動いてしかたがない十指がとめどなく突っ走り、聴く者のシナプスをざわざわと動かしてくれる。

閑話休題。グールドはグリーグの遠縁にもあたるそうである。(●^o^●)僕にとって、何処までも何処までも興味が尽きない数少ないミュージシャンの一人だ。

・「なんと言っても素晴らしいのは、「イギリス組曲」だ。
グレングールドのピアノを聴くと、まるでマッサージされているかのように、一音一音に心がほぐされていく。その効果がもっとも期待できるのが「イギリス組曲」なんじゃないかと思う。本作トラック30におさめられている「イギリス組曲」は兎に角、良い。和音もメロディーもバッハもグールドも最高だ、としか言いようがない。

バッハ:イタリア協奏曲 (詳細)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、第14番「月光」、第21番「ワルトシュタイン」、第23番「熱情」

・「☆の数では表せない歴史的名演!
 なんと素晴らしい演奏なのでしょう! ベートーヴェンのピアノソナタが好きな人には、絶対にお勧めできるCDです。

 私には、ベートーヴェンの曲は、感情的な部分とガチガチの部分とが入り組んでいるイメージがあります。ケンプ先生は、そんな私のイメージに見事に反応するかのように、ロマンチックなところは、「これでもか!」というように感情豊かに、そして、締めるところは、しっかりと締めて演奏されてます。

 ロマンチックで楽曲に表情を与える、どこか詩人のようなケンプ先生ですが、この締め具合が、このピアノソナタの感情をより引き立てています。 このあたりが、ケンプ先生の演奏に対しての評価の中でも他の作曲家より、ベートーヴェンの演奏が特に高い評価を得てる所以ではないでしょうか?

 ベートーヴェン・ピアノソナタの演奏には、他にも、いろいろな名盤があるかとも思いますが、ベートーヴェンの楽曲に対しての印象が、私のように「感情的な部分とガチガチの部分とが入り組んでいるイメージ」の人には、これ以上のものはないのではないでしょうか?

 最後に、本当に素晴らしい! 聴き終わった後の余韻も。。。

 

・「ほんまもんのベートーヴェンの豊かな味わい。いいですねぇ、このピアノは
 ミスタッチも結構あるなあと耳についたので、ミスのない正確な演奏をお求めの方にはおすすめできません。でも、この演奏には、ベートーヴェンの音楽の真髄に触れるものが確かにあると思ったんですね。奇をてらったり、テクニックを誇示しようとする演奏からは、最も遠い所にあるケンプ(1895-1991)のピアノ。

 なかでも、1964年9月に録音された「ワルトシュタイン」のソナタが素晴らしい。ベートーヴェンと対話しているような趣があるというか。ぶっちゃけて言わせてもらえば、ベートーヴェンその人がピアノを弾いているんじゃないかってぇくらい、本物の雰囲気と香りを感じたんだなあ。「まるで奇跡のような、素晴らしい輝きにあふれた『ワルトシュタイン』だああ」と、心から魅了されました。

 続いてよかったのが、同じ月に録音された「熱情」のソナタ。ギレリスあたりのドラマチックで、推進力に富んだ演奏も魅力的ですが、ベートーヴェンの音楽の豊かさがひしひしと感じられるケンプの演奏も、とてもいいですね。ミスタッチがかなりありますが、いつの間にかそれが、あんまり気にならなくなっていました。それはケンプのピアノに、ベートーヴェンの音楽への深い共感とあたたかな眼差しがあったからじゃないかなあ。

 1965年1月録音の「悲愴」と「月光」のソナタも、人間的なぬくもりを感じる演奏が好ましかったですよ。

・「ドイツ音楽の神髄
音楽の神髄がある。絶妙のニュアンス、確固たる様式感,絶妙な響き深い精神性等々。ケンプのシューベルト、シューマン、ブラームスは絶品!バッハも良いがやはりべートーヴェンは彼の心臓部。だだ残念ながら彼のベートーヴェンは日本ではある一面しか評価されていない。それはレコ芸等を牛耳っている評論家達の”愛らしい”という評価

神格化されているバックハウスと比較してのこと。あの武骨なべートーヴェンが正統だという見解(それはそれなりに評価するが)。素直に聞くと音楽の質の差が明確。インスピレーションの差とでも言うか。私にとってはケンプが圧倒的だ。ケンプ以外だとエリーナイが素晴らしい。かってフルトヴェングラーが

”ケンプと5分共演出来るならバックハウスを2H貸してあげても良い"とか言ったとか? なんとなく判るような気がする。

・「ショパン的音なのか
ケンプのピアノの音ははぎれが良い心地よい音であるが、はたしてベートーヴェンにベスト・マッチなのかという疑問も浮かぶ。むしろ本質的にはショパンの華やかなポロネーズに合っているのではなかろうか。

バックハウスやリヒテルのものはもっと響きを押さえた落ち着きのあるものである。しかし、ケンプの音は特に右手の高音が軽やかに響く。それでいて左手の音はある程度の落ち着きを持たせベースをきかせ対比させている。「悲愴」そして「アパショナータ」はベートーヴェンの熱愛を伝えた名曲であるが、これらの曲においてそれは顕著に表現されていると思う。

つまり左手が男性的、右手が女性的表現であり、ある時は右手が軽やかに両手に絡み戯れる。そしてあるときは旋律を交換させ交わる。かつてホロヴィッツの「アパショナータ」を聞きこんでいた。こちらはまさしく熱情的でロマンティックな演奏であったが、ケンプのものは技術的に明快であり無理矢理にも納得させられてしまう演奏だ。

この4曲の中で「ワルトシュタイン」以外は総て恋人に捧げられた曲だと思うが、ベートーヴェンの愛の表現には比較的に成功していると思う。だがベートーヴェンのファンにとってケンプという存在は好き嫌いがはっきりと別れるのではないか。私はこのケンプの演奏で「悲愴」の良さを再認識させられたのであるが・・・・

・「さすが!ケンプ様!ベートーヴェンの代表ソナタ
ベートーヴェンソナタのCDは、何枚も聞き比べたきましたが・・・!ケンプのすばらしいこと!かっちり堅実というベートヴェンソナタのよさもありますが、悲愴や熱情では、感傷的な旋律の部分では、嫌味でない、洗練された感情移入がされていて、で1曲1曲の構成が、立体的であり、他の演奏家では、まねできない世界が広げられてると思います。とにかく、おすすめの1枚ですよ!

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」、第14番「月光」、第21番「ワルトシュタイン」、第23番「熱情」 (詳細)

アンコール!~ヴァイオリン愛奏曲集

・「おすすめです!
コンサートの終わりにアンコールでよく演奏される小品を集めたアルバムです。収録された28曲のすべてが3分から五分の短いものばかりです。アンコール曲に使われるだけあってどの曲も演奏時間は短いけれどつかみが早く印象的な作品ばかりです。勢いのある曲あり、しみじみと聴かせる曲あり、前衛的で高い技術を要する圧巻!な曲などうまく構成されており、何回聴いても飽きないです。本当にみどりさんは天才だと思います。力強い音、甘くて切ない音、はじけるような覇気のある音、様々な音の万華鏡のようです。バイオリンを習っている小学生の息子も大好きです。

・「価格も安くなりましたし持っていて損はありません
昔は3千円近くしましたが、ベスト100の再発売ということで、半額近くなりました。曲はアンコール用の小曲ばかりですが、単独コンサートを開くときにも選ばれる選曲ばかりです。ソリストとしての力量は、このようなソナタ集のようなもので判ると思います。とてもうまいバイオリニストです。

・「通して聴きたい
1つ1つが短い曲なので、通して聴きたいCDです。ヴァイオリンは協奏曲もよいですが、こういった小品集も曲が並べば聴き応えがあります。私のお気に入りは、エルガーの曲で「愛の挨拶」と「朝の歌」です。どちらも落ち着く演奏です。

・「奏者、選曲も別格の小品集!!!
最近イヴリー・ギトリスの小品集を聴いて触発され、改めて五嶋みどりの『アンコール!』を耳にした。何よりも選曲がよい。ギトリスのディスクは演奏自体凄いものだが、レコード会社の注文に応じてポピュラー作品を弾いてみましたという感じだ。五嶋のは違う。選曲に相当な思い入れや周到さを感じさせる。この手の小品集にありがちな狎れがないのだ。そのため何度聴いても飽きが来ない。勿論、お決まりの有名曲も入っているが、ショスタコーヴィチの前奏曲やバツェヴィッチの『オベレック』というものなど、このディスクで初めて聴いた。何よりも高級な響きと音色による格調の高さと秒殺的と言いたいピアニッシモ! ハッキリいって最早聴き飽きたエルガーの『愛の挨拶』やクライスラーの小品でも、ゾクッとするような瞬間がいくつもある。それには収録されている作品の順番も大きい。愛の挨拶→ウィーン風小行進曲と来て、ショスタコーヴィチの前奏曲冒頭のピアニッシモが始まると驚かされる。全曲の白眉がこの『4つの前奏曲』だろう。確かなテクニックと融通無碍な表現力! しかもどんなに激しい表白をしても格調を損なうことはない。五嶋自身はどの曲にも顔を出さない。音楽だけが現われ、奏者は背景へと隠れるのだ。これこそ音楽。五嶋は紛うかたなき天才である。

アンコール小品集もいろいろと聴いたが、本ディスクは別格の1枚といえよう。

メータの指揮で入れたシベリウスのコンチェルトはいまだに同曲のベスト盤だと思うが、五嶋は結構レコーディングに慎重なのか、ベートヴェンやブラームスのものはまだ出ていないようだ。ひょっとすると自ら適性を疑っているのだろうか? そろそろドイツ物も期待したいところだ。ブラームスのヴァイオリン・コンチェルトでは久しく「本物」を聴いていないように思われるのだが。

アンコール!~ヴァイオリン愛奏曲集 (詳細)
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