キングアーカイブシリーズ「唖蝉坊は生きている」 (詳細)
オムニバス(アーティスト), 高田渡+α(アーティスト), 高田渡(アーティスト), 小沢昭一(アーティスト), 添田知道(アーティスト), 坂本ハツミ(アーティスト), 島田正吾(アーティスト), 榎本健一(アーティスト), 武蔵野タンポポ団(アーティスト), 佐伯としを(指揮)
ファーストアルバム ごあいさつ(紙ジャケット仕様) (詳細)
高田渡(アーティスト)
「日本のフォークの出発点の1枚」
伝説のフォークライブ・ベストセレクション (詳細)
オムニバス(アーティスト)
「これはお得!」
27/03/03 (詳細)
高田渡/高田漣(アーティスト), 高田渡(アーティスト), 高田漣(アーティスト)
「親子という絆に・・涙」「初心者禁止」「その事件とは」「渡の真髄」「この音源がCD化されるとはまさか夢にも思っていませんでした。」
高田渡,旅の記録 上巻 (詳細)
高田渡(アーティスト)
「貴重なテープの中から」
「少し路線変更?でも、コアな部分は、変わらない。」「とにかく歌う、自分のとおりに。」「うたうたい、心拾い」「高田渡の頂点だったのかもしれない」「高田渡だったらこれ」
春一番ライヴ 72 (詳細)
オムニバス(アーティスト), いとうたかお(アーティスト), 田中研二(アーティスト), シバ(アーティスト), 中川五郎(アーティスト), 遠藤賢司(アーティスト), あがた森魚(アーティスト), 蜂蜜ぱい(アーティスト), 小坂忠とフォージョーハーフ(アーティスト), ディランII(アーティスト), 友部正人(アーティスト)
「冷めやらぬフォークの熱気」「当時のエネルギーを伝える貴重なライブ盤。」
「歓喜と失意、提言」「高田さんを復活させようと」「合掌」「安らかに・・・」「渡さんは、いつも身近にいた」
FISHIN’ON SUNDAY (詳細)
高田渡(アーティスト)
「お待ちどうさま」
俺たちのフォーク (詳細)
オムニバス(アーティスト), はっぴいえんど(アーティスト), なぎらけんいち(アーティスト), 泉谷しげる(アーティスト), 岩渕リリ(アーティスト), あがた森魚(アーティスト), 西岡恭蔵(アーティスト), 上絛恒彦と六文銭(アーティスト), よしだたくろう(アーティスト), 赤い鳥(アーティスト), 南こうせつ(アーティスト)
「懐かしの名曲の数々」「センスに欠ける」
・「日本のフォークの出発点の1枚」
URCから2枚のアルバムをリリースした後(正確には最初のアルバムが五つの赤い風船とAB面を分けているから1枚半ともいえるが)、キングレコードから発表したアルバムの再発。高田渡氏も亡くなってしまい、時代は変わってしまったが、このアルバムは時の流れを超えて、日本のフォークの流れを大きく変えた1枚であることは紛れも無い。私もそうだったが、このアルバムが、とりあえずギターを弾いた若者に、自分の言葉で自分の考えを歌う事の大切さを教えてくれた。 何度も再発されている。それでも今回再び発売されることはありがたい。買えずにいた者にとってありがたいことは勿論だが、またこれを機会に誰かが高田渡氏の世界と新たに出会えることに感謝したい。 サポートメンバーは、はっぴいえんど、岩井宏、加川良、中川イサト、木田高介、など。構成は早川義夫。高田渡氏に大きな影響を与えた山之口獏氏の「鮪に鰯」やカントリータッチの「自転車に乗って」「銭がなけりゃ」、名曲「値上げ」「生活の柄」など16曲。
・「これはお得!」
NHK-BSで放送されたライブの音源をまとめたものです。当然、音質は問題なし。この値段では超お得でしょう。すぐ廃盤になりそうな好事家向けのCDなので、早めに買った方がいいのでは?【Disc1】01. コーヒーブルース/高田 渡02. 行きたいところがあるんだ/いとうたかお03. 位置をかえてすわってみても/いとうたかお04. 夜汽車に乗って/シバ05. 淋しい気持ちで/シバ06. だんらん/村上 律・中川イサト07. 今日はまるで日曜日/中川イサト08. COME TO MY BEDSIDE MY DARLIN/中川五郎09. MR BOJANGLES/中川五郎10. 生活の柄/高田 渡11. 明日はきっと/高田 渡12. 夢は夜ひらく/三上 寛13. パンティストッキングのような空/三上 寛14. かけら/三上 寛15. また来ん春/友川かずき16. ワルツ/友川かずき17. サーカス/友川かずき18. 空のさかな/友川かずき19. 生きているって言ってみろ/友川かずき【Disc2】01. 寝図美よこれが太平洋だ/遠藤賢司02. カレーライス/遠藤賢司03. 満足できるかな/遠藤賢司04. 東京ワッショイ/遠藤賢司05. 夢よ叫べ/遠藤賢司06. ガソリンとマッチ/なぎら健壱07. 葛飾にバッタを見た/なぎら健壱08. 銭がなけりゃ/なぎら健壱09. 朝日楼/なぎら健壱10. 永遠のきずな/なぎら健壱11. もう春だね/友部正人12. 街は裸で座り込んでいる/友部正人13. 夕暮れ/友部正人14. もうずっと長い間/友部正人15. まるで正直者のように/友部正人
・「親子という絆に・・涙」
先日、「アコースティックギターマガジン」に特集されていた、伝説のフォークシンガー「高田渡」に興味が沸き、発売日に購入。
何故、今までこんなに「素敵」な音楽を聴かなかったんだろう?と思う程に素晴らしいアルバムでした。
とにかく、ディレクターの人が「チューニングまでカットしたくない!!」と言った気持ちがヒシヒシと伝わってきます。
MCから唄、ギター・・・全てを含めて「高田渡」そのもの。
更に、息子さんである「高田漣」の、小さい頃からオヤジの背中を見ていたから出来る、好サポートには「絆」の素晴らしさを感じました!
とにかく、俺もそうですが・・・最初の「高田渡」に!!
是非、どうぞ。
・「初心者禁止」
飲んだくれ放蕩親父と、そんな親父をあきれながらも優しく見守る孝行息子という普通絶対あり得ない構図。旅先の釧路で亡くなる2年前。音楽作品というより、これはひとつのドキュメント。歌も演奏もすごくいいんだけど、それ以上のなにかがここにはある。渡は幸せ者だったんだなあ、としみじみ思える。漣はいい息子だ。高田渡を初めて聞くって言う人は買っちゃダメ。そりゃ落語のオチを先に聞くようなもんだわ。
・「その事件とは」
高田渡の歌とギター、息子高田蓮のスティール・ギターによるライブです。選曲もベスト版的な集大成的な曲目です。その「事件」なんですが高田渡なら普通のことです。あえて書きませんが買って聴いてください。しかし高田渡関連の音源が続々発掘されて喜ばしいことです。でもあと10年早かったらなあ・・・
・「渡の真髄」
高田渡を聴くと、日本語がこれほどに表現力のある言語かと痛感させられる。落語で言えば志ん生なのかもしれないが、それはただ野放図なだけではなく、何を言うべきか、何をどう伝えればよいのかを知っているからこそ許されるものだということがわかる。文楽のような“名人芸”ではないが、それは確かに“名人芸”である。どちらがいいのではない。すべてを認めての上での彼の選択であったことが伺える。漣さんもすばらしいが、one & onlyの親父に較べるのは、あまりにも酷ではあるまいか。是非聴いてほしい一枚である。
・「この音源がCD化されるとはまさか夢にも思っていませんでした。」
NHKFMのライブビートでの高田親子の競演は録音していて何度も聞いていました。この音源がCD化されるとはまさか夢にも思っていませんでした。このまさかが起こってしまったのです。本当に信じられません。高田渡の選曲はまさにベスト盤というべきものであり、途中のハプニング(渡さんが突然トイレにいってしまい、漣さんにソロ演奏を任せる)のも収録されているのでしょうか。本当にCDになるのが楽しみです。
・「貴重なテープの中から」
ここに載ってる音源は、高田渡が亡くなるまで全国の地方何十年もあちこち廻って残してきたいくつかの記録と、TVのCM用に作ってきた作品、また高田渡がコンサート中に話したMC等々、そんな高田渡の魅力がぎっしり詰まった貴重な音源。まさに“旅の記録”が聴ける。 高田渡本人も保管してたという数々のカセットテープからもいくつか収録されているので、ただのライブ盤ではない…て事を解って頂けるだろう。
●石
・「少し路線変更?でも、コアな部分は、変わらない。」
2005年4月16日、高和渡56歳で逝去。 この世は、彼の好きだったバーボンを飲みながら、「お通夜」と称して彼や彼の仲間のCDを聞いていた。
この「石」は、ベルウッドに移籍してから確か3作目であったと思うが、「フォーク」と少し離れて、「武蔵野タンポポ団」のような遊びをしていたのかと思う。
でも、彼の基本的スタンスは全く変わらず、世間にこびず、あるがままに自分を出している。
少し毛色は変わりますが、基本線は変わってません。
・「とにかく歌う、自分のとおりに。」
~「ごあいさつ」がはっぴいえんど、「系図」が武蔵野タンポポ団とのセッションだとするなら、「石」は薗田憲一とディキシー・キングス!高田渡さんの頭の中では、フォークもジャズもシャンソンも、ちゃんと同じ辺りにあるはずだ。そして、何より、人の世に対して、カテゴリーや概念などというものを持ち込んでいないはずだ。~~底抜けなジャズ・ソング、「私の青空」「私は私よ」の合間に、ギターの音やさしく響く「ものもらい」「ひまわり」「石」・・・。同じ頃の春一番コンサートでも、ディキシー・キングスとともに歌っていて、何とも面白くてその世界の豊かさに笑ってしまう。~~ベルウッド3部作の最後のレコード、「石」。歌詞カードは本人の意図により、付けられなかった。代わりに、ヨーロッパで撮った1枚の写真が入っている。(CDでは、とても小さく、印刷も悪いけれど、LPではもっと大きいサイズだったのだろうか??)高田渡さん・・・いつまでも歌いつづけてほしい。~
・「うたうたい、心拾い」
高田渡の歌は優しい。彼の歌は、普通に生きる人々の心を拾い上げては歌にする。彼が拾い上げるのは「ホームレス」「浮浪者」「余剰」「分析」などという言葉や概念ではなく、人々が胸に抱いてはこぼしていく様々な気持ちだ。それらは素朴で、少し寂しく、優しい。今の音楽シーンではめったに聞くことの出来ない歌たちが、たとえばこのアルバムにはぎゅうっと詰め込まれている。是非聞いてみてください。
・「高田渡の頂点だったのかもしれない」
高田渡の本質は、なかなか理解できない。ただ言えることは誰にも気兼ねなく自分の道を歩いてきたということだろう。この辺は、確か「ごあいさつ」に書かれたライナーノートを参考にすると良いだろう。
さて「石」であるが、現代では理解しがたい世界である。「ものもらい……たくさんの恩人ができました」とか「見返れば僕はあの頃からの浮浪者……」等、高田渡を解釈するための言葉が散らばっているのであるが、今の世代にはとうてい理解できない。なぜなら今はホームレス世代であって、彼らはものもらいなどせず、社会の余剰の中で十分寄生できるからである。もし、昭和40年代後半の社会学的な分析を試みるのであれば、是非聴いてみてほしい。そして、あえて時代から取り残されようとした高田渡の頂点がこの「石」ではないかと考えるのである。
・「高田渡だったらこれ」
70年代の代表的フォークシンガー、高田渡の”ベルウッド三部作”の三作目。 前述の三作、「ごあいさつ」、「系図」、そして本作、どれもそれぞれ素晴らしいのだが、個人的にはスイング・ジャズの香りのする本作が断然一番です。
高田渡の歌い口は声を張り上げるわけではなく、朴訥に語りかける風だし、作曲スタイルが詩人の詩を用い、それに様々な曲をつけるというほうほうなので、どうも今の若い人にはアピールするところは少ないかもしれない。しかし、このアルバムで聞けるような暖かく、それでいて芯が強く、てらいの無い優しい視線にあふれた歌が聞けなくなっている昨今、このうたを魅力的と思える人は逆に増えているのではないか。ここにあるのはメッセージ・フォークではなく、時代が過!ぎても変わらない個々の寂寥感や、ささやかな幸せだ。これくらい嘘の無い歌を、今どれだけの人が歌っているだろう?
・「冷めやらぬフォークの熱気」
71年のフォークジャンボリーという頂点を過ぎこれから下降路線をたどることになるフォークなのだがこの春一番ライブ’72はまだまだ熱気冷めやらぬ頃のフォークを堪能できる。
フォーク永遠の名曲「ミスターボージャングル」を中川五郎が歌い遠藤賢司は満足できるかな~シーサイドバウンドのメドレーをブルージーに歌い上げ、あがた森魚と蜂蜜パイが冬のサナオリウム~サルビアの花メドレーを切々と歌う。
・「当時のエネルギーを伝える貴重なライブ盤。」
1960年代後半から1980年にかけての日本のフォーク・ムーブメントで大きなものはいくつかあるが、その中での全日本フォークジャンボリーはいろいろな意味で大きいものであり、始まりであり、終わりだった。その後のフォーク・ロックはそれぞれの想いで展開していくのだが、1971年に始まり毎年開催の『春一番コンサート』と1974年に開催された『HoBo's Concert』は意味を持っていた評価される二つだ。いずれもコンサートのライブ盤がベルウッド・レコードから市販され、そのコンサートに足を運べなかった不幸な私にも、その一部を体験できた。 『HoBo's Concert』はヴィヴィッド・レコードからCDで復刻されたものの、残念ながら現在は入手できない。『春一番コンサート』は第2回の72年から79年までをCDで聴くことができる。この時代の復刻盤は予定数を販売すると品切れ・廃盤となってしまいがち。入手可能なうちにそろえておきたいシリーズだ。 現代の若者が春一番の時代をどのように評価するのか興味深い。決して商業ベースに乗らなかった時代の「うた」が、活き活きとした表情と、あふれんばかりのエネルギーをもって、当時の若者を繋ぎ、エネルギーの共有をつくっていた。このCDのシリーズはこの時代のそんな状況をよく伝えている。 72年のライブ盤は当初2枚組みLPで72年8月に発売され、その後1枚物に編集され75年8月に発売された。本CDは、ジャケットデザインこそ75年版だが、オリジナルの全18曲が収録されている。
・「歓喜と失意、提言」
デビュー以来現在まで、孤高の道をマイペースに歩んできた高田渡氏の、リリースラッシュという意味での最盛期である、ベルウッド期。入手困難なアイテムが再発されることは素直に評価します(”四畳半フォーク”というキャッチ・コピーは、「ご冗談でしょ」と苦笑しつつ開祖である南こうせつ氏にお返しするにしても)。
ただ、リマスターも無く、ボーナストラックも無い三枚組のセットをBOXと称されるのには抵抗がある。『フォーク・ギター・・・(タイトル失念)』に収録された「自転車にのって」のアナザーver.など、音源はあると思うが・・・。後発されるHobo's Concertや春一番ライブには、大量の未音源化マスターが存在するはずなので、その中から重複しないライブ音源をDisk4としてこそ、ライブで真価を発揮する高田氏のBOXといえるのではないか。
・「高田さんを復活させようと」
高田渡さんは、山之口貘をはじめとした昭和の詩人たちや演歌師の作品を多く歌っていました。もう30年以上前、中学や高校生の時、僕は高田さんから「文学」を教わりました。 昨年だったと思いますが、NHKの教育TVで、高田さんと高石ともやさんを特集した番組をやっていました。「反戦フォーク」という時代的なフレームの中で知られ、プロとして出発したふたりの歌手の半生をたどる番組でした。 高田さんは職工。高石さんはキリスト教会が出発点かな。「反戦フォーク」というカテゴリーを与えられた訳ですが、本人たちは「それは違うのではないか?」という疑問を抱えていきます。 ふたりは新宿フォークゲリラに、職業として歌をうたうことを批判されるのです。高田さんは悩みながらも、彼らお坊ちゃんたちの生活感覚のなさに疑問をていし、自分の立場を再構築していきます。 それと、彼らが歌を政治の手段にしようとしたことに、とても怒っていたと感じました。 高田さんは番組で、僕はいまでも六畳一間と台所の貸家に女房とふたりで住んでいるのだけど、洗濯機をまわすと電灯のブレーカーが落ちちゃうのだ、とか話していました。なんでそういう生活をしているかというと、僕の歌は、そういうひとたちの歌をうたっているわけだから、と。僕の歌は人生で、その責任をとらなければいけない、という意味だったと思います。 番組で、高田さんは沖縄のライブハウスで歌っていました。焼酎を飲みながら(ウィスキーだったかな?)。歌いながら寝ちゃうのです。あきらかにアルコール中毒の症状がでていた。でもそれは、多くのひとに生きる勇気を与える、「平和で幸せなアル中」のようでした。観客のみんなは起きるまで待っている。北海道での公演中に倒れられたと聞きました。まさに高田渡的。中学生の時見たライブはもう見られませんが、心の中に高田さんを復活させようと、ボックスを買いました。
・「合掌」
56才でお亡くなりになったのは、あまりに早すぎます。残念としか言いようがありません。
・「安らかに・・・」
日本フォークの伝道者がまたお1人お亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。
・「渡さんは、いつも身近にいた」
渡さんの歌を初めて聴いたのはいつだったろう。高校生だったろうか。漠さんの「生活の柄」の世界は今風にいうなら、「ワタル的」とでもいうのだろうか。「生活の柄」は渡さんと漠さんと二人で夜空の下で酒を酌み交わしながら、出来たような歌だ。もちろんそれは違う。しかし彼はフォークソングを生き抜いた人だ。それは漠さんが漠さんとして最後まで生き抜いている姿にとても似ている気がする。彼にとってそれは不幸なことだったろうか、という問いは愚問だろう。否、そんなことを問うべきではない。彼の余りにも突然の訃報を知ったとき、「さびしいと いま」の歌詞を思い出した。晩年の彼を知る友人からとても穏やかな死に顔だった、と聞いた。渡さんの歌も漠さんの詩もぼくの人生のかけがえのないものの一部だ。ぼくはいまさびしいと言いたい。
・「お待ちどうさま」
高田渡ファンの皆様、お待ちどうさま。1988年にCD化されているはずだけど、レーベルの関係か、なかなか手に入らなかった逸品だ。
当時のレコードを聴き返すことは殆どなくなった今でも、“♪日曜日には、日曜日には~(魚つりブルース&フィッシング・オン・サンデー)”というフレーズが時々口をついてくるような、忘れられない1枚だ(このCDと同様、当時のLPにも歌詞カードはついていなかったのに!)。
クスクス笑える「頭を抱える宇宙人」は、まさしく山之口獏の世界だし、山岸潤士が参加している「ヘイ・ヘイ・ブルース」は今でもシビレてしまうし…。とにかく間違いのない1枚だ。
・「懐かしの名曲の数々」
ここに収められている懐かしい曲は、フォーク・ソングが爛熟した文化を作り、ニュー・ミュージックへと進んだ時代を代表する名曲ばかりです。1970年代を中心とした当時のヒット曲を集めた2枚組コンピレーション・アルバムですので、幅広い年代をカバーしています。青春のメロディという性格を持っていますね。
冒頭に収録されている「友よ」の岡林達のシンプルでストレートな歌唱を聴くたびにあの時代の若者の持つエネルギーの象徴がこの歌に集約されていると感じます。70年安保に端を発した学生運動の連帯感を支えた歌だったといえましょう。
また五つの赤い風船の「遠い世界に」は、当時の若者の間で誰もが合唱した曲だと言えるでしょう。集会の際によく歌ったものです。音楽が時代の空気を作っていたのです。時代性の象徴として「歌」が存在していました。
高田渡さんの「自転車にのって」、天野滋さんのヴォーカルが聴けるNSPの「夕暮れ時は淋しそう」、西岡恭蔵さんの名曲「プカプカ」など、残念にも鬼籍に入られた方々の歌声はCDの中では生き続けています。
赤い鳥の名曲「竹田の子守唄」も長らく放送禁止歌として扱われてきましたし、赤い鳥のベストアルバムにもほとんど収録されてきませんでした。そう言う意味ではこのアルバムの値打ちを分かっていただけると思います。
その他の収録曲のどれもが、前奏を聞いただけで歌いだしが思い出せるほどです。我々の世代の「ナツメロ」なのでしょうね。もう一度、あの時代の「フォーク・ソング」を聴いてみませんか。
・「センスに欠ける」
「赤色エレジー」を無性に聴きたくこれを買った。期待は裏切られなかった。少なくともdisc1では。しかし、全体としてはこれは安直でセンスのない企画であったことが暴露されてしまう。フォークとは時代の声なのだから、それを聴いて時代が見えなければいけないのだけど、特にdisc2ではそれが見えない。まずこのタイトルからセンスがない。「俺たち」以外のフォークはないのかと思わず言ってしまう。disc1が救われているのは、あの時代のフォークのメッセイジのある種の共通性のおかげであって、決して選曲のためではない。つまり、あの時代のフォークはどれを選んでも時代の匂いが濃いのだ。それが証拠にdisc2では完全に破綻している。この企画の主張が見えなくなくなってしまっているのだ。宝の持ち腐れの企画となってしまったのが惜しい。
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