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▼新潮文庫:人気ランキング

西の魔女が死んだ (新潮文庫)西の魔女が死んだ (新潮文庫) (詳細)
梨木 香歩(著)

「久々に胸打たれた素晴らしい本です」「ラストがとにかく”ぐっ”とくる」「うーん」「14歳からの哲学がすべて織り込まれているようなメルヘン」「説教くさいし子供には読ませたくない」


七瀬ふたたび (新潮文庫)七瀬ふたたび (新潮文庫) (詳細)
筒井 康隆(著)

「超能力者はつらいよ」「「異端者」の悲しみと憤怒」「超能力者たちの孤独感と苦悩、同朋意識が、スリリングに描き出されている」「七瀬が帰ってくる!」「七瀬」


蟹工船・党生活者 (新潮文庫)蟹工船・党生活者 (新潮文庫) (詳細)
小林 多喜二(著)

「これは面白い」「食わず嫌いを後悔・・・ 「政党」じゃなくて「正統」な現代小説でした。」「働くのか、働かされるのか?」「プロレタリア文学…と毛嫌いしないで読んでみる価値のある作品」「現在も繰り返す「蟹工船」の世界」


ラッシュライフ (新潮文庫)ラッシュライフ (新潮文庫) (詳細)
伊坂 幸太郎(著)

「誰かは誰かと端っこでつながっている」「楽しめる」「あまりにも見事」「なんだかなぁー」「わからない・・」


家族八景 (新潮文庫)家族八景 (新潮文庫) (詳細)
筒井 康隆(著)

「純文学でありながらエンターテインメント」「心のスイッチの切り替え方」「七瀬かわいい」「人間の心を読めことができるのは幸せか?」「何度読んでも、楽しい本だなぁ」


新源氏物語 (上) (新潮文庫)新源氏物語 (上) (新潮文庫) (詳細)
田辺 聖子(著)

「一番オススメの訳です。」「心に染み入る日本語」「源氏物語ーなぜ今まで読まずにおいたか」「若き日の思い出」「うーん」


こころ (新潮文庫)こころ (新潮文庫) (詳細)
夏目 漱石(著)

「思春期に」「我々のこころの中に生きる漱石」「『人間的』とは何かな?」「暗いのは苦手です。」「奥さんは全て知っていたのではないか?」


エディプスの恋人 (新潮文庫)エディプスの恋人 (新潮文庫) (詳細)
筒井 康隆(著)

「永遠のヒロイン」「続編というものを否定する続編」「長く続くことが良いわけではない」「人の心を読む悲しみ」「才能を爆発させた一作」


ローマ人の物語 (33) (新潮文庫 (し-12-83))ローマ人の物語 (33) (新潮文庫 (し-12-83)) (詳細)
塩野 七生(著)

「やはり読み応えあり」


海馬―脳は疲れない (新潮文庫)海馬―脳は疲れない (新潮文庫) (詳細)
池谷 裕二(著), 糸井 重里(著)

「凄い本だなぁ、これ!」「やる気を生み出す方法」「良くも悪くも糸井重里」「わかりやすく内容も充実、科学的にも経験則でも他の学習法本を圧倒」「形式と組み合わせに問題あり」


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▼クチコミ情報

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

・「久々に胸打たれた素晴らしい本です
シャーリー・マックレーンの娘さんが西の魔女を演じるとの大きな特集を読売新聞で読み、この本を読んでみることにしました。

児童書でもあるようですが、40台半ばにさしかかった私には、主人公の中学生の気持ちも、その母親の気持ちも、そして主人公の祖母の気持ちも、どれもが手に取るように理解できました。

読みやすく、描写も文体も美しいです。 「おばあちゃん」の一言一言がものすごく大切なことをさらっ、と言っているので、何度も読み返してしまいました。

テーマはとても奥深く、スピリチュアルで、人がなぜ生まれてなぜ苦労をしながらも生きていくのか、本質をついていました。

読みながらも目頭が熱くなりましたが、読み終えた後は、自分でも理解できないぐらいわんわん泣いてしまいました。

心の豊かさがどのようにして育まれるのか、経済的に余裕がなくても、母親として子供にしてあげられることの中で、何が一番大切なのか、あらためて確信した次第です。

物を沢山持つことが、文化ではないことがよくわかる一冊です。

・「ラストがとにかく”ぐっ”とくる
 不登校の中学生まいは田舎のおばあちゃんのところで暮らすことになる。英国人の古き良き時代の伝統を引き継ぐおばあちゃんは「私たちは魔女の家系なのだ」と告げる。魔女になるには規則正しい生活と何でも自分できる事が大事なのだ。山に囲まれた自然豊かな家で少女の心は次第に緊張がほぐれていく。

 生活描写がとてもいい。特に食べ物に関して。野いちごのジャムは作り方が克明だし,ハーブ入りののサンドイッチや朝食のハムエッグ,そしておばあちゃんの得意料理のキッシュはとても美味しそう!  ラストがとにかくぐっとくる。(種をあかすと「ぐっ」とこなくなるのでここでは言わない。)いつか訪れるであろう人生の予行練習とも言える一冊です。

・「うーん
たしかにいい話だし、読んだ後に温かい気持ちになる。が、それまでだった。なにか物足りなさを感じる。これは果たして私が時間をかけてじっくりこの本を読まなかったせいだろうか。言葉が簡単だしすらすら一気に読めるので、今まで読書と縁がなかった人がそれとの接点をもつ機会としての一冊とするなら問題はないだろう。

・「14歳からの哲学がすべて織り込まれているようなメルヘン
現在山梨県の清里で映画化のための撮影が行われているとの記事を見て読んでみた。凄く身近な出来事(不登校、里山、老人、家族)なのだけれど、凄いです。児童文学などという枠の作品ではないと思います。池田晶子さんの「14歳からの哲学」が全部織り込まれているようです。それも非常に分かりやすく。そして心と身体性の問題である心脳問題までも。。生きる事、死とは何か。主人公の「まい」とイギリス人なのだが、より日本人らしいおばあちゃんとの心の交流と自然の中での生活を通して人間全てが良い魔女であるべきただと語りかけているのだと思う。

通勤電車の中では読まない事をお勧めする。

・「説教くさいし子供には読ませたくない
可もなく不可もなくといった内容。なんだか人物描写がいまいちで、登場人物に共感できませんでした。主人公もひねくれてるし、母親も役立たずだし。それにおばあちゃんの生活をオールドファッションと言ったり。結局、こういうのっていいよね、でも、現代じゃもう世知辛いよねって皮肉っぽい響きを感じました。

なによりいまいちだったのは主人公まいの成長と言うものがどうも感じられなかったところです。そもそも不登校の原因はすれ違う母と子の環境にあるような書き方をしてるのに、どうも何も改善されていないようで。

この小説で言いたいことは「こういうおばあちゃん大好き!」というただそれだけのことだと思う。そこから発展するメッセージが何一つなかった。深いことを書いているようでその浅さを随所に感じた。「面白いよ」と薦められた本だけに期待してこんなきつい評価をしていますが、電車の中で読む文には普通に時間をつぶせると思います。

西の魔女が死んだ (新潮文庫) (詳細)

七瀬ふたたび (新潮文庫)

・「超能力者はつらいよ
前作『家族八景』では超能力者・七瀬は主人公というよりは狂言回しであり、彼女が住み込む個々の家庭の住人たちが真の主人公でした。しかし、筒井康隆は七瀬をそれだけの存在にしておくには惜しいと思ったようで、彼女を本当の主人公に据えた続編を書きましした。それがこの『七瀬ふたたび』です。NHKでドラマ化されたりもして、私も見てました。

本作は超能力者が登場する一般的なSF小説とは大きく異なります。七瀬を初めとする超能力者たちがバッタバッタと敵をなぎ倒すなんてことはありません。ひたすら描かれるのは、現代社会において超能力者が生きていくのがいかに大変なことかという、その苦労です。その辺りは筒井康隆による内部からのSF批判ととれないこともなく、ひねくれ者の筒井らしい作品と言えますね。

・「「異端者」の悲しみと憤怒
テレパスである火田七瀬という女性を主人公にした三部作の二作目である「七瀬ふたたび」に異端者の悲しみと憤怒を読んだ。

一作目「家族八景」の七瀬はいうなれば貴種流離の悲哀であった。テレパスの能力を隠し孤独に漂流を続け、その先々で人間の剥き出しのエゴイズムのぶつかり合いを見て、また度々自分にも危機に巻き込まれそうになることでいよいよ厭世的になり且つ人への諦観の色合いを強めて他者への介入を避けていた。

しかし、二作目では超能力を持つ仲間に恵まれ彼らとの共感に慰められ、また守るべき人の出現によって七瀬は強く美しく成長し展開が変わってくる。特殊能力のために「普通人」から命を狙われることになるのだが、そこで彼女の中でテレパスの使命や役割とは何か、といった超能力者としての自我もしくは正義感が芽生えることによって彼女の視野は広がりをみせた。ある側面から見れば古代遊芸民族の不条理な被差別の系譜が描かれているようにも見えるが、七瀬という女性はそれに敢然と立ち向かう、ここが現代的なテーマである。

「普通人」による「超能力者」の排斥という構図はとりもなおさず、マジョリティがマイノリティを排除しようとする構図そのままである。それは人間の本能的な性質でもあるのだがそれに同情はせず諦めずに「それはどうしてか」と問いかけ猛反撃を企てる。火田七瀬シリーズは超能力者を扱っているためにSFとカテゴライズされるかもしれないがその実、人間の本性に焦点をあてたリアリズムの極致と読みとれる。

・「超能力者たちの孤独感と苦悩、同朋意識が、スリリングに描き出されている
 他人の心を読むことのできる精神感応能力者(テレパス)、火田七瀬(ひだ ななせ)を主人公にした三部作、『家族八景』『七瀬ふたたび』『エディプスの恋人』。その第二部にあたるのが本書『七瀬ふたたび』で、七瀬のような超能力者の孤独感と苦悩、同胞意識が、スリリングに描き出されています。

 七瀬サイドに立つ超能力者として、同じ精神感応能力を持つ男の子、未来を予知できる青年、物体を遠隔操作できる念動力(サイコキネシス)を持つ黒人青年、時間旅行者(タイム・トラベラー)の娘の、総勢五名。特異な能力を持つが故の彼らの孤独感と葛藤、互いに心を許し合える同胞にめぐり会った喜びがリアルに描き出されていて、読みごたえがありましたね。なかでも、時間旅行者という超能力者を登場させたことが、話に変化と深みを生み出す上でバツグンの効果を発揮しているなあと思いました。

 <とてもいい書き出しだ。夜汽車で火田七瀬の見た予知場面なのだな、と気づいたとたん――それは最初のページで気づくのであるが――スイと作品の流れに乗っていける。>にはじまる平岡正明の文庫解説文も、作品のツボを押さえたナイスな語り口。読みごたえ、あります。

・「七瀬が帰ってくる!
七瀬3部作の中で、私は一番好きです。

家族八景の時の七瀬は大人びすぎすていて冷めきっていて、筒井流の言葉とあいまってとっても面白かったんすけど「仲間」を探し出会っていく中で、前回より人間的というか、ドラマっぽくなっていて、本当に面白くよめました。ずっと前に本当にTVなりましたけど、文章で読むほうがずっと面白いドラマがあるということを改めて感じます。

短編として電車で読むもよし、秋の夜にひとりてでふけるもよし…とにかく、筒井康隆ってなんて面白い作家なんでしょうね!

・「七瀬
家族八景、七瀬ふたたび、エディプスの恋人、この三作品を全て読むきっかけになったのがこの作品。 超能力者である「七瀬」の物語なのだが、彼女は様々な「美しさ」を備えている。 「七瀬」が触れ合う人物達との葛藤、自身との葛藤で魅せる美しさに、ドップリハマった思い出の一冊。

七瀬ふたたび (新潮文庫) (詳細)

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

・「これは面白い
プロレタリア文学、というとまず出てくる作品だがなんだか取っつきにくい感じがしてやっと最近手にしたが、こんなに生き生きとした面白い作品とは思わなかった。船内の生々しい描写にも驚くが最後まで読ませる力をこの作品は持っている。資本家の労働者からの搾取という問題は今でも解決されてはいないが、この作品が70年以上も命脈を保ち続けているのはそのテーマ性よりも人間が描ききられているからではないだろうか。同時収録の「党生活者」で敷衍される組織の問題にしても、まずそこには人間がいる、ということを我々にまざまざと思い起こさせてくれる。蟹甲船はプロレタリア文学というよりもまず文学として成功している。これは作者にとっては本意なのであろうか・・。

・「食わず嫌いを後悔・・・ 「政党」じゃなくて「正統」な現代小説でした。
最初はプロレタリア文学として、その思想的背景が嫌であえて避けていた。間違いだった。少なくとも「蟹工船」は、共産主義やその周辺の思想的な記述はポツポツと出るだけ。しかも見かけ上は過度の共産主義賛美な箇所は見当たらなかった。作者の意図を度外視すれば、この小説の面白さはイデオロギー(団結、反権威など)とは別のところにあると思う。現代に生きる我々としては、例えば多彩な人物の登場であるとか、セリフを多用した臨場感や、濃密な空間を設定し、そこで起こる出来事や感情の動きを一つ一つ追う、といったいわばオーソドックスな手法から、小説的面白さを汲み取ることができるのではないか。

そもそも「蟹工船」の設定は古臭いものなのか?船内の狭い空間に何百人という漁夫たちが押し込められた描写は、満員電車でもみくちゃになった通勤風景を想起させ、死ぬ寸前までの労働者の酷使は、過重な残業を思い起こす。蟹工船の労働者と現代のサラリーマンとが、私のなかであまりにも重なり、古さを全く感じなかった。だからと言って、「サボ」を現代人にも薦めるつもりは全く無いけど。我々の過酷な労働環境をどう改善すべきかは、また別の機会に考えるとして。これを共産主義文学や革命文学というくくりで読もうとするから話がこじれるのであって、純粋に多喜二の小説的技法を味わう、といったノリでいいんじゃないか。

・「働くのか、働かされるのか?
戦中拷問死した社会主義者の本という先入観がページを開くのをためらわせているのでしょうか。事実「蟹工船」は小説としておもしろい。戦後60年にわたり読者をひきつけてきた魅力がある。「」を使った口語体が多様されておりライブ感にあふれており、中盤から後半にかけての展開はスリリングで一気に読ませてくれる。

・「プロレタリア文学…と毛嫌いしないで読んでみる価値のある作品
私は、現代の社会に共産主義的思想は必要ないと思っている。しかし、明治以降の日本の近代化において、その時代背景を顧みると、現代の労働者の権利獲得の過程で一定の役割果たしたのだと考えている。

「蟹工船」はプロレタリア文学を代表する作品としてあまりにも有名な作品であるが、著者が共産主義者ということもあって今まで読んだことがなかった。読んでみると確かに、徹底的に悪人として描写された資本家に対して、劣悪な環境で働かされる決してインテリではない労働者達が団結に目覚める姿が描かれている。設定としては、プロレタリア文学の典型なのだろう。

しかし、この作品は素晴らしい。決して巧みとは言えない荒削りな文体。ブツブツやドロドロ等々と擬音描写も単純でおかしみさえ感じられるのだが、これらが合わさると化学反応が起きたかのように「労働者達の生きた姿を」描かれた力強い文学作品に仕上がっている。

社会主義体制が崩壊した現代において、思想的な部分の古さは否めないものの、一つの優れた文学作品として読み継がれるべきものであろう。もっと早く読めばよかった…。

・「現在も繰り返す「蟹工船」の世界
 過去に何回か読もうと本書に挑戦したが、船上での暴力を伴う過酷で劣悪な労働条件の下で働く者の血と汗と、船内のリアルな描写による不潔で、悪臭がただよってきそうな気配に、読書欲がそがれて、挫折を繰り返した。

 本書の内容は、カムチャツカ沖で操業する蟹工船上を舞台に、貧しい出稼ぎ労働者たちが、常識を超える悪条件の下で労働を強いられる。かつその彼らに暴力を振るう現場監督の労務政策の耐え難い限界に抗して、なかば自然発生的なストライキに立ち上がる物語である。   暴力的な労務政策は別として、今日の低賃金と無権利状態の派遣労働者・契約社員・名ばかり管理職・アルバイト社員などは「蟹工船」に近いか、類似した職場環境で働いていると思われる。

 長時間労働や成果主義が広がる中で過労死や過労自殺や使い捨てが後を絶たないのが現状であることが、それを物語っている。つまり、本質的には80年前の日本の資本主義と今日の資本主義の真髄は変わっていないといわざるをえない。

 本書は80年以上も前の古典だ。しかも用語解説も付されていないし、当て字も多く読みづらいと思うのだが、それでもこの古典を読み、いまの厳しい労働環境を変革しようとする若者が大勢いることは心強い限りだ。

 今回は彼らのエネルギーに勇気づけられて、私もやっと読み終えて、やはり長く読み継がれた名作だと実感した。

蟹工船・党生活者 (新潮文庫) (詳細)

ラッシュライフ (新潮文庫)

・「誰かは誰かと端っこでつながっている
いくつもの人生が、ちょっとずつ端っこでつながっていき、それが誰かの人生を作り上げていく。

群像小説と読んでしまえば簡単。ただし「群れ」と呼ぶには個性がありすぎるキャラたちが、文字の舞台を縦横無人に駆け巡る物語は、オールスター戦に近く、それでいて最後には群像小説としてのまとまりを持たせているのは圧巻。

この作家の上手いところは、ふとしたポイントで自分の現実世界を振り返らせることで、

誰かの人生が僕の人生の端っこでつながって、結果的に僕の人生を作り上げている、ということを気づかせてくれる。

世界では誰もが主人公で、誰もが脇役なのだろう。

そうやってできた世界の一部がこの小説なのかもしれない。

・「楽しめる
よかったなー。1回目読んだ時には意識してなかった出来事が、2回目読んだ時に関連性というか繋がりがわかる。話に無駄がなく、起こりうる出来事全てが何らかの繋がりをもっている。だから読みなおしたときにまた面白さがやってきた。

・「あまりにも見事
2003年度版このミス11位

作者の2作目。今の知名度でこの作品を出せば、もっと注目された作品だと思う。そのくらい完成度が高い。

自分に楯突く者を絶対に許さない、傲慢で拝金主義者の画商独特のこだわりをもつ泥棒の黒澤リストラに遭い、野良犬と仙台の町をさまよう豊田お互いの配偶者の殺人を画策するサッカー選手の青山とカウンセラーの京子(彼女だけ姓がないのが一つのヒント)新興宗教の教祖の解体に立ち会わされる河原崎

これらの5組にまつわる話が時間軸を上手に操られ、微妙にリンクしながら最後に騙し絵のピースのようにぴたりとはまる。初読の際にはこの見事さに感動すら覚え、各章に隠された時間についてヒントをメモしながら再読し、再度感動した次第である。未読の方は、是非、この「時間」ということに注意しながら読んで頂きたい。最後の驚きが倍増(は大げさかもしれないが)するはずである。

作品中の「展望台」や「好きな日本語を書かせる外国人女性」など、一見意味の無いようなエピソードの使い方もうまく、また作者独特の鮮烈で暖かみのある文体が完成度を高めていることは言うまでもない。是非おすすめの一冊である。

・「なんだかなぁー
絶賛レビューばかりだが、私には合わなかった。ミステリー風の純文学が書きたいのか、純文学風のミステリーが書きたいのか。トリックも、トリックと呼べる水準にはなく、話の収斂のさせ方も、それしかないだろうと思っていたもので意外性がない。この著者にそんなことを求める私が間違っているのだろうか。やっぱり、ミステリーは、40歳を超えないとろくなものが書けないと(多少の例外はあり、それを希求してやまないのだが)再認識した。

・「わからない・・
なんだか物語の仕組み(というのか?)が薄々わかってしまい、ほかの皆さんがおっしゃるような面白さが感じられませんでした。しかも、登場人物一人一人が薄っぺらい感じがして、誰にも感情移入できずに終わってしまいました。他の伊坂こんなものなんでしょうか?

ラッシュライフ (新潮文庫) (詳細)

家族八景 (新潮文庫)

・「純文学でありながらエンターテインメント
この当時の筒井康隆は今読んでも面白いですね。この「家族八景」は七瀬三部作の1冊目で、人の心を読んでしまう超能力者七瀬がお手伝いさんとして8つの家庭を渡り歩き、家庭の裏側を垣間見ていきます。一つ一つのエピソードは筒井康隆節と言える皮肉まじりの視点で人間と家庭の悲哀を描き出していきます。これが文学ならではの面白さで、映像化してしまうと魅力が半減しそうです。この本は普段漫画しか読まない人に薦めますね。文学ってこんなに面白いのかと思うこと請け合いです。活字入門には最適と言えるでしょう。筒井康隆作品であとお薦めとしては、七瀬3部作の2作目「七瀬ふたたび」3作目「エディプスの恋人」「俗物図鑑」「霊長類南へ」「脱走と追跡のサンバ」等です。あと短編でもかなり傑作が揃ってます。筒井康隆は純文学扱いですが、七瀬3部作はエンターテインメント度が高いです。

・「心のスイッチの切り替え方
他人の気持ちが、まさに手にとるようにわかる、七瀬の苦悩と防御と御し方をテンポを良く描いた傑作だと思います。もちろん七瀬ほどではなくとも、他人の気持ちを斟酌できる人、空気を読める、間合いを感じ取れる人はいるわけで、しかし同時にそれらができる人は、他人の気持ちにあれこれ左右されずに、確固たる自己を持って、心のスイッチを切り替えて賢明に生きる、そういう術を身につけようとすること、私には、これがこの傑作の主題だと思います。読んでいくうちに、知らず知らずのうちに、心のスイッチの切り替え方のコツを身につけることができるような気がします。

・「七瀬かわいい
 美少女テレパス火田七瀬――彼女は生まれながらに目の前の人の心を読みとることができるのだ。世間の迫害を恐れた七瀬はテレパシー能力に勘づかれないよう、お手伝いさんとして様々な家庭を転々とする。一見ごく平凡で幸せそうに見える8つの家庭で七瀬が見たものは、小市民たちの欲望と狂気に満ちた猥雑な心理であった・・・・・・ コミカルな筆致で人間の心の暗部を残酷に抉る、恐ろしくも哀しいオムニバス作品である。テレパス七瀬初登場の作品で、他にも七瀬シリーズは『七瀬ふたたび』『エディプスの恋人』があるが、この続篇2つは駄作だと思う。ただ『家族八景』は素晴らしい作品なので、ぜひ読んでいただきたい。直木賞候補作にも上った。

・「人間の心を読めことができるのは幸せか?
『あの人の心を読むことが出来たらなあ』と、一度は思ったことがありますよね?それは、現実にはありえないし、人間には誰しも表と裏があって、それを使い分けていることで、人間関係が成立しているのでしょう。この『家族八景』の主人公、七瀬(ななせ)は、人の心を読むことが出来ます。それは必ずしも良いことばかりではありません。七瀬は様々な家族の本当の心の言葉を聞き取っていき、表面上からはわからない、本当の家族を見ていくことになります。それが興味深いところでもあり、残酷なところでもあります。

・「何度読んでも、楽しい本だなぁ
他人の思考を読むことのできる能力を隠すため、「お手伝いさん」となって、いろいろな家を巡り歩く主人公、七瀬。七瀬が見た、8つの家庭の物語です。家族の中の秘密、人々の怒り、嫉妬、恐怖、死などが、七瀬の視点から描かれてます。

話自体の筋や結末も気になり、一つ一つの話を、一気に読みきりました。話の長さも丁度よい。

また、話の作り方、描写の仕方、テーマの捉え方など、何回よんでも、上手いなぁ、と思わせます。

一方で、登場人物と比較して、自分はどうなの?と考えさせられることも多い本です。

また、若くて美人だが、特殊能力を持ってしまったばかりに、屈折を抱える七瀬の人々の捉えかた、感じ方も興味深いです。

結局、何回読んでも、飽きない本でした。

家族八景 (新潮文庫) (詳細)

新源氏物語 (上) (新潮文庫)

・「一番オススメの訳です。
初めて源氏物語を読破したのはこの作品でした。この本を読む以前に子ども用のマンガで入門のようなものを読んで興味をもっていたのですが念願の源氏物語を読破できたことでとても幸せだったのを覚えています。それからほとんどの有名な源氏物語の訳を読んできましたがやはり最後に一番お話として面白く書かれているのはこの本だと気づきました。ほかの方もレビューで書かれていましたが読みやすく独特のテンポで、まるでやさしいメロディーのような、訳者の源氏物語への愛情までもが伝わってくるような文体です。内容もとてもわかりやすく面白く作ってあり、原典では分かりにくい登場人物の感情の流れも書かれていて学問ではなく小説としてしっかりとした読み応えがあります。これがきっかけで私は古典に興味をもち、原典を読みたくなりました。そのときから古典は勉強でははくなり、楽しみや趣味になってしまいました。この本にはそれだけの力があると思います。とてもオススメです。

・「心に染み入る日本語
 現代語訳以外の、アレンジされた源氏物語は数多くありますが、個人的にはこの本がとても好きです。

 美しくやわらかな(決して難解な表現はないです)ことばが、登場人物全てに愛情を持つ田辺さんによって、リズミカルに紡がれています。たおやかな文章に心が解きほぐされ、ことばが染み入ります。  こちらは原文に忠実に訳されたものではなく、田辺さんによる「新しい源氏物語」です。 厳密な意味での受験対策などには、忠実な現代文訳の併読が必要かと思います。   私は受験勉強で大筋を知った程度だったのですが、この本(全3巻)を読んで源氏物語に対するイメージが変わりました。単なる男女の愛憎劇に終わりません。  やさしい文なので、こま切れの時間を利用して読むことも出来ますが、時間や精神的に余裕のあるときに何度も読み返すのにも十分耐えうる本です。  言葉が時と共に変化していくことは自然なことですが、TPOにあわせてこのようなたおやかな言葉を使い分けられると、とても素敵だと思います。 語彙力もUPしますので、興味が持てたならぜひ手に取っていただきたい1冊です。 

・「源氏物語ーなぜ今まで読まずにおいたか
タイトルが実直な感想です。はっきり言ってしまえば、教科書に載る部分は色恋のおもしろいところは取り除かれたものだと思います。これだけ長い間伝わるだけの読みごたえはアリです。「新」でおわかりのとおり、現代語で書かれていますので読みやすいです。けれども、表現の美しさは変わらないと思います。日本語の美しさ、文化に自信を持てるようになるのではないでしょうか。

・「若き日の思い出
アメリカに永住して、はや20年。20年前ロサンゼルス空港にトランクひとつで降り立った日、飛行機の中で読んでいたのが、田辺聖子さんの当時の新刊”新源氏物語1”でした。見知らぬ町に住み、英語もまったくわからなかった私はたった一冊のこの本を何度も何度も読み返しました。

先日、日系書店で思いがけずに文庫版になっているのをみつけ、早速3巻購入し一気に読んでしまいました。20年かかってやっと読み通せた時、あの若かった日の自分と現在の自分が重なりました。源氏物語はほとんどの訳者の作品に目を通しましたが、”新源氏物語”が一番読みやすく、わかり易い。老若問わず楽しめる作品だと思います。

・「うーん
 この本を買った理由は、自分の中で「源氏物語は古典の基本だ。だから読もう。」だった。だから内容的に期待したものではなかった。

 そしてこの本が届き読み始めたが、この本は源氏物語を一から訳したものではなかった。どういうことかというと、多分源氏物語は源氏の出生の頃から始まると思うのだが、この本はいきなり「恋の物語」から始まるのだ(要するに順番通りではない)。 内容は、まあまあ普通の内容(めっちゃおもろい!とか全然おもしろくない。ということはないと思う)だ。

 私は一度源氏物語を通して読んで見たかったのであれだが、そうじゃなければかまわないのでは?

新源氏物語 (上) (新潮文庫) (詳細)

こころ (新潮文庫)

・「思春期に
高校の教科書に「こころ」の一部分が載っていて、全部読みたくなり読んだのが最初です。

授業で、「K」は何で「K」なのだろう?という話し合いをしました。答えは無い問題なのですが、こころの「K」だとか名前にしてしまうと誰と決まってしまうからアルファベットを使っているとか色々ありました。

その中で、先生の言っていた、

自殺に使った「knife」(ナイフ)の「K」何も言わずに去っていった「K」と、ナイフと言う時に発音されない「K」「K」は言葉に出来なかったもの。という意見。

こじつけっぽいけれど、すごく心に入り込んで、「こころ」というとその授業がすごく印象的です。

・「我々のこころの中に生きる漱石
文豪、夏目漱石の作品は我々の身近にある。親しみやすい背景や展開、それから描写対象だ。

漱石の作風は、晩年になる程、人間の内面をより鋭くえぐる。「こころ」はそんな作品だ。

先生の述べる内容は、当初謎めいているが、薄皮を剥がすが如く、段々と実体が明らかになる。先生と学生の微妙なやりとりに引き込まれる。

そして、学生が先生からの分厚い手紙を受け取った後、自分の父親が危篤状態であるにもかかわらず、汽車に飛び乗る下りには手に汗握る。

そして、後半の先生の、驚くべき独白だ。独白の内容にはものものしい部分もあるが、非常にデリケートな部分も多い。その文体そのものにも先生の誠実さを感じる。

私の俗っぽい見識だが、先生とKは頭が良すぎるのだ。そして、二人は、青年故に、純粋過ぎる。それが描かれる事も、文学の醍醐味でもあるが。

先生とKの苦悩を、こんなにも大胆に描き切った。近代日本文学の超名作だ。

・「『人間的』とは何かな?
この『こころ』は、中学生の時の国語で一部分だけ習ったのみで、一冊丸ごと読み通していなかったのですが、実際に読んでみたら凄い小説でした。

「上・先生と私」では、主人公である「私」の眼から、ミステリアス且つ深遠で高尚なイメージを醸し出していた「先生」の過去が、「下・先生と遺書」において凡て暴かれていきます。そしてそれとは、「先生」が永年誰にも教えずに(教えられずに)隠し通してきた「人間の罪」が描かれたものでした・・・。

非常に多角的な読みが出来る作品だと思いますが、私はこの『こころ』を読んで、「≪人間的≫とは何か?」について深く考えさせられました。哲学的・宗教的で、一見「人間的でない」様に見えた「先生」の友人「K」が、実際は誰よりも「人間的」であり、「K」よりは数段「人間的」に映った若き日の「先生」が、宿屋の「御嬢さん」を巡り、あのような行動を取ってしまいましたが、その時の「先生」の行動も、彼が「K」の死の最中に世間体を気にする狡さも、そして彼がその後の人生で内面に罪を背負いながら生きていく姿も、「K」とは違う意味で、極めて「人間的」であるように思いました。つまり、一義的に「人間」というものは定義付けできないものであり、結局の所、人間という存在は底深き謎なのだ、と思いました。それにしても、確かに「K」のような哲学的な人物は、現実世界においても冷徹だと思われがちです。しかしながら、実際上は哲学的思索に耽る人間とは、まさに人間の「こころ」という、極めて曖昧で定義不能な禍々しいものに対する真摯な問いをしている訳であって、誰よりも「人間的」なのです。逆に「先生」のような「人間的」であるかのような生温いタイプは、見せ掛けであって、いざとなれば自己保存の為に悪に変わるというのも、実生活の中で幾度も目撃しており、漱石の観察眼の鋭さに共感しました。

そういったことを通して漱石が表現したかったこととは、やはり≪性善説か性悪説か≫という人間存在の本質についての問題であり、「先生」もいうように、≪人間とは、基本的には善であるけれど、いざとなれば悪に変わる≫という定義は、極めて的を得たものだと思いました。即ち、普段の≪善≫なる人間の姿とは、言ってしまえば仮象に過ぎず、いざとなったときに立ち現れる≪悪≫なる姿こそが、人間の本質であるに違いないと思いました。そこから、≪戦争が異常なのか、平和が異常なのか、もしかしたら、戦争≪悪≫こそが人間の在るがままの姿であり、平和≪善≫とは、ただの仮初めの姿に過ぎぬのではないか≫などと、個人的に考えが大きな規模へ膨らみました。

本書は、日本文学で、最も有名な作品のひとつですが、同時に最も深淵な問題提起をしている作品のひとつであるにも違いありません。

・「暗いのは苦手です。
学生の頃、あまりの暗さに途中で読むのをやめました。社会人になって改めて読んでも、先生とKの、キャラや言動に共感できません。

Kは仏教を中心とした様々な宗教や哲学、時にはスウェーデンボルグについてまで熱心に勉強していたことになっていますが、アタマでっかちで勉強を人生に応用できないタイプだったのでしょうか?心の問題は心だけでは解決できません。身体や感情・魂や環境、その他の存在etcに関してもそれらの文献は触れているはずなのに、あれだけ勉強していればそれくらい気づくのでは?と、とても不思議です。そしてその疑問は先生についても感じます。結局、先生は思慮深いようで行き当たりばったりの気分屋という設定…?そして何も知らされてない先生の妻はお気の毒ですが、あそこまで天然すぎるのも不自然です。唯一「私」の言動だけが比較的自然に感じられました。

いくら作り話とはいえ、全体的に見てやはり私には納得のいかないキャラ設定ばかりで、悲壮感が漂うお話しでした。

最後に……個人的な意見ですが、高校生にはもっと明るく元気が出て、将来に希望が持てる小説を読んでもらいたいです!

・「奥さんは全て知っていたのではないか?
先生の「過去」に迫る主人公の「私」。物語の前半ではどうにか先生から「過去」を聞き出し、先生の心を知りたいと願う私が、先生の生活を観察し、奥さんに尋ねます。

先生は私に全てを告白した後でも、妻には知らせたくない、と公表を拒みます。しかし奥さんは全て知っていたのではないでしょうか? それは前半の奥さんのさりげない言葉、まだお嬢さんだった頃の先生とKへの表情のあちこちに見え隠れします。

 先生とKの運命を変えてしまった奥さんの本当の「こころ」。そんな尺度で物語を見つめ直すと意外な真実が浮かび上がってくるような気がします。 授業で教わった時は気づかなかった大人の女の視線に、私もやっと近づけたのかも知れません。「一度読んだ」人も再読をお勧めします。きっと今度は全く違う物語として読めるはず。

こころ (新潮文庫) (詳細)

エディプスの恋人 (新潮文庫)

・「永遠のヒロイン
「家族八景」「七瀬ふたたび」を読んで面白かった人が、「さぁ、三部作の最後だ!」と意気込んで読んだら、たしかに「なんじゃこりゃ・・・!?」と思う作品に違いない。(^_^;)

しかし、筒井康隆という作家は、火田七瀬というキャラクターが超能力万能最強無敵ヒロインに祭り上げられ、求められるままに延々とその続編を書くことを要求され(読者と編集社に、である)、作中で彼女がその能力を加速させ、ついには死のうが何しようが再び生き返ってきたり、しまいには神の如くに何でもできちゃうどっかの安物アニメと五十歩百歩の存在になる前に、自らの手で彼女を永遠に「火田七瀬」のままで終わらせたのである。

筒井康隆という人は、そういう作家なのだ。

だから別のレビュアーもおっしゃってているように、「七瀬ふたたび」までのお話を期待しているお方は、読まない方がよいだろう。それは作品や作家の作風に対する好みだから、「ぜったい読め」と強制したところで、ただ一介のレビュアーに過ぎない私にとって、一文の得にもならない。

しかし反対に、筒井康隆という作家の底知れない奥深さを知ってみたい人、断筆宣言にも見られる「へそ曲がり」の一面(笑)を確かめてみたい人や、「この作家の頭の中って、いったいどうなってるの?」というワクワクを感じてみたい人には、三部作を通してぜひ、お読みになることをお勧めする。

それを共有できる人がひとりでも増えることは、熱烈な筒井党の私にとってこのうえない悦びだから。

・「続編というものを否定する続編
『七瀬ふたたび』を読んで「この本に続編なんて作れるの?」という疑問を持った人は大勢いることでしょう。そんなあなたは正しいです。もちろん、小説の世界ではああいう作品に続編を作ることは決して不可能ではなく、むしろよく行われていることです。『シャーロック・ホームズの生還』のようなことをやればいいのです。しかし、そんなことは筒井康隆のプライド(あるいは単なるひねくれ根性?)が許しません。

『七瀬ふたたび』の続編であるはずの『エディプスの恋人』は3分の2くらいまで読み進めても、『七瀬ふたたび』のラストには全く触れられずに話が進みます。てっきり「この作品は時系列的な意味での続編じゃなくて、『七瀬ふたたび』よりも前の出来事を描いた番外編的なものなのかな?」と思ったくらいです。ところが、種明かしをされてみてびっくり仰天しました。なるほど、筒井康隆はこういう方法で続編の要望を寄せてくる読者や編集者に平手打ちを食わせたのですね。

・「長く続くことが良いわけではない
筒井康隆と言う作家は強烈なまでに職業意識を持った、真の意味でのプロの作家である。それは断筆宣言を巡る一連の騒動でも明らかであるし、過去の作品を紐解けば理解できるはずである。純文学であろうと、SFであろうと、とにかく生半可では済まない問題作を出し続けているからだ。

『エディプスの恋人』は既に読了した人間ならば分かることだが、七瀬シリーズの最終章に当たる作品である。続編にしてはあまりにも不可解な冒頭を皮切りに、尋常ではない「知的アクロバット」ともいうべき結末で全てが解明する。

そして、この作品は続編の作る余地がない作品である。作者本人は書くはずもないし、もし他の人間が書いたとしてもそれは粗悪な「偽物」でしかない。『家族八景』『七瀬ふたたび』そしてこの!『エディプスの恋人』の三作品で完全なものとなっているからだ。これ以上不純な夾雑物を入れても価値を貶めるものでしかない。

そして、こういうことを堂々とできる作家だからこそ、筒井康隆はここまでの実績を残しているのである。「七瀬シリーズ」に批判的な筒井ファンはそこのところをお忘れなく。

・「人の心を読む悲しみ
人の心を読むことの、おもしろさと恐怖を、まざまざと実感させられる。愉快さを通り越した先に、恐れがある、恐れの先に悲しみがある、そんな主題を存分に描いている。人の心を読む主人公の作品、この作品以降、これを上回る作品が出ていないことが、この作品の評価を不動のものにしている。

・「才能を爆発させた一作
シリーズ一作目が好きな人には、この作品が苦手な人が多いようだ。私は小学生の時に読んで、恐怖のあまりトラウマになってしまった。それと同時に筒井作品を深く読むようになった記念碑的作品でもある。七瀬三部作は是非10代で読んで欲しい。

エディプスの恋人 (新潮文庫) (詳細)

ローマ人の物語 (33) (新潮文庫 (し-12-83))

・「やはり読み応えあり
 待望の、「ローマ人の物語」の文庫最新刊です。 このシリーズ、前半ほど波乱に富んだ魅力的な人物は出てこないんですが(史実とその分析なんで、当然ですが)、それでもとても面白くて含蓄に飛んでいて自分にとって滋養になる作品なので、出るたびに古代ローマの世界にはまり込んで読んでしまいます。 さて。 本作では3世紀のローマが舞台で、このあたりからローマは完全に崩壊へと向かっていきます。それまでは敗者を同一国家の帝国内に同化して肥大化させてきたローマが徐々に潰れていく過程が描かれています。この33巻はその序章ということで、どうしてローマが滅んでいったのかということをその当時の3人の皇帝を順々に紹介していくことで浮き彫りにしています。 たとえば、カラカラテルメで有名なカラカラ帝(ちなみにテルメは浴場です。なので宝塚にあったカラカラテルメはカラカラ帝の浴場という意味だったわけですが、イタリアからきた人はどうしてこんなものが日本にあるのか首をかしげたでしょうね。感覚としては、日本人がヨーロッパにいったら、その片田舎にいきなり「秀吉太閤の湯」みたいなお風呂屋さんがあるようなものですから)。 彼は「すべてのローマ帝国領内の人間はローマ市民権を得る」という新法を出しますが、これがいけないと塩野七生さんは書きます。一見すると、これはローマの敗者同化主義の延長で、今まで同様の権利委譲に見えるし、ヒューマンなものだが、これによって逆にローマ軍の中核である市民の志気が下がり、財政上の問題も出て来た。人間は「取得権ならば頑張るが、既得権になった時点で頑張らなくなる」という視点からこの法によってかえってローマ全体の一体感が薄れたのではないかという風に示しています。 このあとタイミングも悪くローマは、長年の宿敵パルティアを倒して大ペルシアの復活をもくろむササン朝ペルシアとの戦争に突入してしまうんですが、その前段階としてのパルティアとの戦争に弱腰であったとしてカラカラ帝は暗殺され、それを指揮していたのではないかといわれるマクリヌスが皇帝としてたつも、戦争をシリアの放棄という形で講和した(このあたり、弱腰だとして前皇帝を非難して暗殺した本人がそうなっちゃうのが少し理解に苦しむ人ですが)ということで、マクリヌス自身が暗殺で殺されてしまいます。反動のような形でカラカラの血をひく、ヘラガバルスやアレクサンダルが皇帝にたつもののじわじわとローマは崩れていきます。ヘラガルバスなどは、男色でしかも自分が受けの方であったことを公然としていたこともあって侮蔑の上で殺されてしまいますし、アレクサンドルもガリアとの戦いでの弱腰を非難されて暗殺されます。 こうしてみてみると、時代が要請したこともあるかも知れませんが、マッチョではないということで少しでも弱腰を見せるといかに皇帝であろうと暗殺されたり殺されたりしていく、しかも前線で配下の将軍や近衛軍に殺されたりしていくというパターンになっていきます。やはり軍部が力を持つと恐ろしいことになっていくのだなぁとしみじみ思います。 これよりも古代のローマでも内戦めいたこともあったし、元老院と皇帝の戦いや、皇帝ら有力貴族同士の権力闘争もありましたが、あくまで巨頭同士の戦い的なものが多かったのが、このあたりの皇帝は絶大な権力をもつといえども、気にいらなければ殺されるような危ういものになっていってて、このあたり通史としてローマ国が建国されたあたりからずっと読み進めてきただけに感慨深いです。感想というよりは紹介みたいになってしまいましたが「ローマ人の物語」はやはり面白いです。

ローマ人の物語 (33) (新潮文庫 (し-12-83)) (詳細)

海馬―脳は疲れない (新潮文庫)

・「凄い本だなぁ、これ!
専門家の言葉をフツーの言葉に翻訳する名手、糸井重里が東大首席卒業の新進気鋭の脳研究家池谷祐二に「脳」について聞く対談です。

本書で明かされる脳の知識は知らないことばっかりで、それをここに書いたら「本」になってしまうくらいのもの。

池谷氏は、小さい頃、九九もできず、漢字も覚えられなかったというのがおもしろい。

脳には、単なる暗記(WHAT記憶)と方法暗記(HOW記憶)があるらしい。「頭がいい」とか「独創的である」あるいは「名人の極意」「センス」というのが、この方法暗記(HOWの記憶;経験メモリー)の組み合わせでできているということで、そういうものもテクノロジーであって「学べる」ものだということには驚いた。

発想力や想像力も方法記憶の話になるわけで、新しい記憶のネットワークをつくることが、クリエイティビティということ、と言うくだりには唸ってしまった。

大事なことは、幾つになっても「自分にとって何が快適なのか」「しあわせとはどういうものか」ということを考えないと「何が面白いのか」もわからない。そう考えていくとボディと世界観が初めてジョイントするという。

すごく元気と希望のでる話だ。すごいな〜、人間のポテンシャルって!!!

・「やる気を生み出す方法
 本書を読んで、ああそうだったのかと納得しました。何も行動を起こしていない状態では、やる気が起こらないのは当然の事だったのです。

<従来の誤解>従来、私は「やる気と行動」に関して以下のように考えていました。・当初はやる気が無い状態。   ↓・積極的な考え方をして意識的にやる気を出すように努力する。   ↓・次第に行動的になる。

<今回分かったこと>やる気を出すには以下の流れになるようです。・当初はやる気が無い状態。   ↓・何かを手始めにやってみる。   ↓・やっているうちに興味が湧いたり興奮したりして側座核(そくざかく)の神経細胞が刺激を受け、次第にやる気が出てくる。   ↓・行動的になる。

つまり、何も行動していない状態では「やる気」が起きないのは当然であり、何かをやる前にやる気が出ないと悩むことはあまり意味が無いことになります。

やる気が出ないからといって、自分は駄目な人間かも知れない、などと悩む必要は無いのです。

従って何かに手を付けてみる、取りあえず少しやってみるということが、今後の生活を行動的にするのに役立つということです。

消極的に生きるのも人生。積極的に生きるのも人生。回り道をしてしまった方がいるかも知れませんが、一歩前に踏み出してみませんか。

・「良くも悪くも糸井重里
タイトルから海馬や脳の新しい情報は常識を覆してくれる事を期待してしまいますが、本書は海馬の研究者と糸井重里の雑談がメインの本です。そのため、興味深い話は幾つか出てくるのですが、海馬の研究者である池谷裕二より、糸井重里の方がかなり発言をしています。(感覚的には、それぞれの発言の割合は糸井:池谷=7:3ぐらい・・・)

糸井重里が好きで、彼の発想や考え方を楽しみたい、または彼のファンであるなら十分楽しめると思います。しかし、脳についてわかりやすく楽しく知りたいと思い購入した人は不満を感じます。

・「わかりやすく内容も充実、科学的にも経験則でも他の学習法本を圧倒
本書でいう海馬(かいば)とは、脳内の記憶を制御する部位を指す。この海馬について、脳科学者の池谷裕二氏と作家の糸井重里氏が行った対談を収載した書。平易な言葉でまとめられており、広い読者層が対象。人の思考を決定している因子で重要なものが、記憶情報であるという観点から、これを司る海馬研究の立場から述べ、それをわかりやすく他の言葉に置き換えて解説している。各章ごとに要約を記載している。

第一感はとにかくわかりやすい、次に内容が厚い、にもかかわらず数時間あれば読破できるという良書である。著名人と科学者の対談の組み合わせとしては、最近では羽生善治氏と金出武雄氏の対談を収録した『簡単に、単純に考える』が知られているが、本書の糸井氏は言葉のプロであることで、池谷氏の説明する科学データを一般の出来事に喩えて確認する作業が抜群にうまいため、この2人の組み合わせは絶妙である。逆に、糸井氏が日常の出来事を話し、池谷氏がそれを科学的に解説する部分も多い。ただし池谷氏の言葉もきわめて平易でわかりやすく、一般の読者(と糸井氏)が理解できるよう配慮されている。さらには、読者が実際に誤認や錯視を体現しながら説明される部分も多く、いやが上にも納得させられる仕掛けになっている。内容の一部を紹介すると、30歳程度を境に頭脳の発達する部分がかわるため、30歳以降でも十分に能力を伸ばすことが可能な点や、刺激によって海馬の細胞が増殖することなど。ほぼ全てに科学的根拠となる研究データ、または引用文献が紹介されていて、一般的な学習法を紹介する書と比較しても群を抜く完成度であり、本書の中にこそ望ましい勉強法のヒントが満載されている。当然一貫性も保たれている。敢えて減点材料を挙げるとすれば、糸井氏がしゃべりすぎかなと思える部分や少し脱線している部分、喩え話が的をはずしている部分がある点か。ただし、話が意外な方向にそれることも、池谷氏は新たな視点が生まれるとして容認している点がすばらしい。驚くことに、池谷氏は小学校での成績がビリだったとのこと。科学的にも経験則でも他の学習法本を圧倒している秘密がここにある。

わずかに減点材料があるものの、他人へのお勧め度は星5つ。文庫分では後日談も掲載されており、単行本ではなくこちらを買うこと。海馬についてさらに詳細に学びたければ、重複は多いが池谷氏の『記憶力を強くする』がお勧め。

・「形式と組み合わせに問題あり
皆さん、えらく高評価ですが、私はそうは思いません。

内容的に、かなりインフレ気味に感じます。

まず、形式がインタビューでなくて、対談というのが、ビミョーです。本書のテーマを考えると、少なくともプロパーである池谷さんに、糸井さんがインタビューするという形式の方が良い気がしました。

立花隆さんの「脳を究める」にしても、対談形式なら、売れなかったんじゃないでしょうか。

内容的に、脳を知りたいというニーズを満たしたいなら、形式を変えるか、別の人との対談にするかだと思います。

以上の理由から、本書は、糸井さんを読みたいというニーズを満たすかもしれませんが、脳を知りたいというニーズはあまり満たさないように思います。

ニーズが脳を知りたいであれば、池谷さんの近著「進化しすぎた脳」の方が、その意味で、形式、組み合わせともにバッチシです。

海馬―脳は疲れない (新潮文庫) (詳細)
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