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▼政治家:人気ランキング

広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書)広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書) (詳細)
服部 龍二(著)

「「落日燃ゆ」の人物像を覆す」「「常人宰相」の悲劇」「犯罪的な不作為」「それほど画期的か」「はがゆい広田外交」


野中広務 差別と権力 (講談社文庫)野中広務 差別と権力 (講談社文庫) (詳細)
魚住 昭(著)

「謀略を尽くす一方で弱者に優しい鵺のような政治家の評伝」「著者もまた、野中に魅惑された一人でしょう、明らかに」「悪夢のように面白い」「凄い人物評伝」「麻生太郎への一言がしびれる」


威風堂々の指導者たち―昭和人物史に学ぶ威風堂々の指導者たち―昭和人物史に学ぶ (詳細)
芳賀 綏(著)


情と理 -カミソリ参謀回顧録- 上 (講談社+α文庫)情と理 -カミソリ参謀回顧録- 上 (講談社+α文庫) (詳細)
後藤田 正晴(著), 御厨 貴(監修)

「政治の冷静な証言者」「素人には分からないよ」「政治家の思い」


老兵は死なず―野中広務全回顧録 (文春文庫)老兵は死なず―野中広務全回顧録 (文春文庫) (詳細)
野中 広務(著)

「敵は小沢一郎から小泉純一郎に!」「日本が変わっていく大きなうねりのなかで、老兵が守ろうとしたもの」「死んでも死にきれない政治家」「もっと冷静に私たちも政治に参加しないと・・・」「やっぱり「老兵は死んだ」」


情と理 -カミソリ参謀回顧録- 下 (講談社+α文庫)情と理 -カミソリ参謀回顧録- 下 (講談社+α文庫) (詳細)
後藤田 正晴(著), 御厨 貴(監修)

「ノってきましたね」


わが上司 後藤田正晴―決断するペシミスト (文春文庫)わが上司 後藤田正晴―決断するペシミスト (文春文庫) (詳細)
佐々 淳行(著)

「将の将たる人」「同じようだったが、それでも面白い」「護民とは?未曾有の大事件に毅然と臨む上司・部下。」「生まれついての護民官」「内閣安全保障室長、佐々淳行」


自由と繁栄の弧 (幻冬舎文庫)自由と繁栄の弧 (幻冬舎文庫) (詳細)
麻生 太郎(著)

「麻生新総理の地政学」


自省録自省録 (詳細)
中曽根 康弘(著)

「自省録ではない、自慢録」「彼は偉大な政治家だか内容は今ひとつ」「若い人に読んでほしい「老国士」の遺書」「ただの年寄りの昔話です。」「今はまだ評価を下せない」


凡宰伝 (文春文庫)凡宰伝 (文春文庫) (詳細)
佐野 真一(著)

「100兆円を超える、財政資金を投入したおとこ@エコノミスト・ミシュラン」「暗い時代」「こんなに面白い人物が総理大臣でよかったのか…」「今改めて小渕政権を考える」「冷めたピザの秘めたる熱さ」


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▼クチコミ情報

広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書)

・「「落日燃ゆ」の人物像を覆す
本書を読む人はおそらく「落日燃ゆ」の読者だろう。「悲劇の宰相」像を強く打ち出した「落日」に挑戦するタイトルにもその点はよく出ていて、本書は読者を選んでいるともいえる。私もそうだし、著者も言っているが、城山三郎の傑作である同書に感銘した読者は多いが故に、同書のイメージに引きづられ、「陸軍の言いなりになった文官たち」という戦前についての歴史観のコンセンサスさえ生んでいたことを感じた。賛否両論あると思われるが、「落日」に感動した読者には相当なインパクトを与える本だ。

本書理解の前提として、「落日」の広田像を説明しなければいけない。「落日」での広田は、自らを積極的に売り込まず、流れるままに生きた。計らずして外相、首相になり、計らずして処刑された。また、平和主義者であり、中国との協調に全力を尽くしたが、陸軍の横槍でまったく不首尾に終わった。というものだ。しかし、本書はそうした広田像をまさにひっくり返す。広田は政談が好きで国士的な一面を持っていたこと。「落日」では否定されていたが、国家主義団体・玄洋社の社員だったこと。外相在任中、戦勝ムードに沸く世論に押され、陸軍以上の高圧的な交渉姿勢で中国国民党に臨み、ついには南京傀儡政権という陸軍の案に乗ってしまう。

日本が国際社会で孤立していく1930年代の大半、広田は駐ソ大使、外相、首相と顕職にあり続けた。駐ソ大使としては日中戦争処理などで卓越した手腕を挙げたが、外相、首相としては、軍部にはっきり物を言えず、失策が多かった。国内からは「弱腰」、外国から「嘘つき」と批判され、陸軍と激しく対立し続けながらその暴走を抑えきれず、内外から批判を受けた20年代の幣原外交(広田と幣原はそもそもそりが合わず、幣原時代は冷遇され続けた)に代わり、新たな外交ドクトリンとして、陸軍に一定程度妥協しながら、融和的な外交も維持するという広田外交が登場したが、結局、ますます陸軍に引きづられる結果になった。というのが、私の理解した本書の大筋だ。

時代の流れもあるが、歴史の転換点となった30年代、日本外交の中心に居続けた広田の性格が日本の帰趨に一定程度関与したことは否めない。対英米協調という点では幣原外交と一致していたが、対中国に関しては、広田の「日本がアジアを仕切る」という大アジア主義、国家主義的な考えに肯定的だったことから、日中戦争端緒で幣原のように「不拡大」を徹底することができなかった(幣原が満州事変処理で炎上したことを外で見ていたからかもしれないが)。また、陸軍に大幅に譲歩したため、陸軍の政治干渉に貢献してしまった。「落日」では乗り越えるには、時流と言うのはあまりに大きすぎる壁のように感じたが、本書を読むと、外交かとしてはともかく、政治家としての広田の淡白すぎる政策遂行に歯がゆいというか失望感がした。

・「「常人宰相」の悲劇
対米開戦は、天皇以下当時の日本の指導者の誰一人本心では望んでいなかったと言われている。東条英機ですら、対米開戦の前夜「陛下に申し訳ない」と号泣したという。東條英機と天皇の時代 (ちくま文庫)

指導者層が望んでいなかったにもかかわらず戦前の日本が破滅的な決断に追い込まれていくプロセスについて、丸山真男は「既成事実への屈服」を指摘したし、山本七平は「空気の支配」と呼んだ。省庁が割拠し権力の中心を欠く大日本帝国の統治構造が、シビリアン・コントロールの機能を徹底的に欠いていたため、既成事実への屈服が起こったし、折から勃興したマスメディアが煽る「草の根の軍国主義」に抵抗することができなかったのである。

本書で描写されている広田弘毅の首相・外相としての事績は、残念ながら「既成事実」と「空気の支配」への屈服にほかならない。統治のシステムが内在的な欠陥によって暴走を始めたとき、その暴走をとどめなければならない立場にいたにもかかわらず、広田はそれに失敗した。為政者としての結果責任は逃れられないところである。

しかし、日中戦争から対米開戦に至る経過が「統治システムの暴走」であったとするならば、それを止めるためにはシステムを根底から改変する必要がある。それはほとんど「革命」に等しい。織田信長か西郷隆盛クラスの「非常人」でなければなし得ないことである。広田は大日本帝国のエリートとして養成された外務官僚であり、どこまでも「常人」でしかなかった。「非常の人」が必要とされる「国家存亡のとき」に常人でしかない広田をリーダーとせざせるを得なかったところが帝国憲法体制の限界を象徴している。

公人としての広田は批判されねばならない。しかし冷徹な記述に徹してきた著者が「書かずにはいられなかった」広田の家族との別れのシーンは、涙なしに読むことができなかった。「常人宰相」は家庭にあっては良き父であったのだ。あえて財閥との縁談を蹴って郷党の子女と結婚したエピソードを含め、「常人宰相」広田弘毅は個人としては敬愛に値する。

・「犯罪的な不作為
通説を否定し、広田が玄洋社の正式な一員であったとして本書は始まる。国士であることと合理主義的な外交官であることの二面性は、広田の外交に奥行きを与えるどころか、軸の定まらない広田の揺れを助長することとなる。「その姿は中国と欧米の間でよろめく日本を象徴していた」。若い頃から大陸に憧れ日中提携を模索した広田が、日中開戦を避けられず、対中強硬派を説得できず、南京事件を黙認し、最終的には中国判事の賛成で(6対5で賛成が上回った)絞首刑とされる。この逆説に満ちた広田の人生は、「軍部の方針に抵抗し続けた高潔な平和主義者が理不尽な判決により葬られた」とする城山三郎が描いたような悲劇とは言い切れない。本書が示すのは、対中強硬路線を叫ぶ陸軍と世論、世論頼みの近衛に、毅然と立ち向かったのではなく「消極的に賛成を繰り返した」結果、外交の選択肢を急速に狭めていった広田の弱さである。南京事件における「かれの不作為は、犯罪的な過失」とした東京裁判の判定は、勝者の一方的な裁きとして無視できるものではない。国運を左右する決断は、世論とも軍部とも距離を置き、指導者の国家観に基づいてなされなければならなかったが、広田が盧溝橋事件以降、軍部や世論を押さえ込もうとした形跡は見当たらない。広田は(東條ほか多くの軍人も)、人格高潔であったことは間違いない。広田の外務省内での人望の厚さも本書では示されている。ただ、国家の指導者ではなかった。チャーチル、スターリンといった高潔や倫理といった観念とは別の次元にいるリーダーと対峙するには、日本にあまりにタレントが足りなかったことが最大の悲劇であった。広田の消極性は、今日に到るまで日中関係の桎梏となっていることは間違いない。また、本書が示す幣原と広田の距離感は、昭和外交史の重要な視点であろう。城山三郎とは別の意味で、本書からは著者の広田、また昭和期の外政家に対する深い敬意を読み取ることができる。

・「それほど画期的か
本書は一般に、城山三郎『落日燃ゆ』で同情的に描かれた広田像に疑問を呈するものだが、玄洋社とのかかわりのほかは、特段新事実が発掘されたわけではない。第一に私は、『落日燃ゆ』の広田像からさほどの同情をかきたてられてはいない。なぜなら同書で広田は、天皇に責任が及ばないように証言を拒否したと書かれているからである。それに、十五年戦争期の実相は、天皇ですら軍部に抵抗し得なかったというのが事実であって、広田がもし軍部に抵抗したら暗殺されていただけだろうし、仮に天皇が軍部に徹底的に抵抗したらやはり殺されていただろう情勢であって、文官の不作為責任などを問うても意味はない。本書が現れたことの意義は認めるけれども。

・「はがゆい広田外交
私たち日本人の歴史認識は確かな歴史研究の蓄積の上にではなく、歴史小説などによって形成されてしまっていることがしばしばある。司馬史観はまさにその典型的事例だが、このような傾向は問題ではないかと個人的に考えていた。本書の問題意識はまさにそのような評者の個人的な危惧に共通するものがある。一般に広田弘毅のイメージは城山三郎の名著『落日燃ゆ』によってつくられ、その「悲劇の宰相」像が広田への同情論となり、さらには東京裁判批判へと展開していく傾向がある。フィクションではないにせよきちんとした史料も押さえずに書かれた歴史小説によって形成された広田像が普及している。本書は、そのような傾向を危惧する著者による真の広田弘毅像を提示する試みである。

理知的な外交官であると同時に右翼玄洋社のメンバーでもあり、対欧米協調主義とアジア主義の両面を兼ね備えていた広田。「日中提携」を掲げ、日満支地域秩序構想を模索するものの、その平和主義は軍部に抵抗する気概に欠け、近衛政権期には「先手論」に乗っかり、大衆の熱狂的世論をそのまま外交につなげるようなポピュリズム政治を展開する。軍部の圧力にいとも簡単に屈し、外交の一元化の努力を怠り、時には軍部の力を背景に軍部以上に対中強硬外交に打って出た広田外交。東京裁判における死刑判決が適切であったかどうかは別としても安易に同情論と東京裁判批判に走る前に冷静に広田外交を見据えようとする本書は、単に陸軍だけが悪玉であったわけではないことを再確認させてくれる。

広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書) (詳細)

野中広務 差別と権力 (講談社文庫)

・「謀略を尽くす一方で弱者に優しい鵺のような政治家の評伝
野中広務;不思議な政治家だと思っていました。田舎の町長から府議会議員へ、そして50歳半ばで中央政界に来たら、わずか10年余で権力の中枢へ上り詰め、小泉政権からは抵抗勢力の代表として引退を余儀なくされた男。 ある時は保守、ある時は親共産党知事の懐刀。 そして誰よりも役人と同僚政治家に恐れられた男。反面、弱者には優しい男。このような男の真相に、気鋭のジャーナリストが挑んだ力作です。野中は言う、「君が書いたことで私の家族がどれだけ辛い思いをしているか」。 それに答えて著者が言う。「誠心誠意書きました。これが私の業なのです」。 野中の育った環境、時代背景、政治的闘争歴が彼の政治家としてのありようを規定したことが克明に語られています。 現在進行形の政治の姿を知るまたとない本といえるでしょう。 また、文庫版は、著者と異彩の元外務官僚佐藤優の対談と佐高信の解説がついており、単体でも読ませる濃い内容となっていました。現代政治とどろどろした地方風土を理解する上でまたとない本としてお奨めです。

・「著者もまた、野中に魅惑された一人でしょう、明らかに
文庫版で新たに収められた著者と佐藤優との対談で、佐藤は先行する魚住の2つの評伝(瀬島龍三・渡邉恒雄)について「役割を終えていると、そういう前提で全体を整理したわけですよね」(p411)と指摘した上で、今回の野中伝については「どういう違いがありました?」と問いかけている。著者も佐藤も明確に回答を与えていないけれど、やはり、前2作と同様だと私は思う。 確かに著者は野中の「弱者へのやさしさ」を強調しているが、他方で「独自の国家戦略を持たず、与えられた役割に忠実すぎる野中の弱点」(p357)を指摘し、「やさしさ」についても沖縄の基地問題にからめて「野中が目指したのはあくまでも沖縄の痛みをやわらげることであって、痛みそのものを除去することではない」(p357)と分析。野中が暗躍してまとめた自自連立・自自公連立については、ジェラルド・カーティスの言葉を借りて「それ以来、日本の政治は後退してしまった」(p377)と評価。 1999年、野中は加藤紘一の乱をアメとムチで鎮圧したものの、自民党の旧体質に対する国民の失望と怒りを招き小泉フィーバーを招来してしまう。「野中は自らの墓穴を掘ったと言うべきだろう」(p383)という著者の言葉は、厳しい。 本書は野中の出自をめぐる記述に始まり、2003年9月の野中最後の自民党総務会における、麻生太郎の差別発言に対する痛烈な抗議の場面で閉じられる。日本の最高権力一歩手前まで達しながら、自ら身を引かざるを得なかった男の、まさに「差別と権力」の物語。野中の冷酷とやさしさ、辣腕と限界を出自に収斂させすぎる疑問も感じるが、とにかく読ませることは間違いない。

・「悪夢のように面白い
後書きで講談社は訴えられたら負けるでしょうと佐藤優氏が言っているが、多分負けるんだろうなあという切り込みっぷり。どこまで真実なのか。これは事実なのか。と思わざるを得ない赤裸々な描写が、しかし感情を抑えた切れのよい筆致でテンポ良く綴られる。すこしアクが強すぎて一気に通読はできなかった。これを読むと、今回の政変についても、いろいろ思うところがある。野中氏の、というか政治家一般の評価とはえてして難しいのだろう。私設秘書の給料流用すれば、事務所運営にしか使ってなくてもガンガン叩くマスコミ&世論と実態の乖離を非常に感じる。どちらがより歪んでいるのか。まだ考えがまとまらない。とにかく、悪夢のように面白かった。

佐藤氏との対談も良かった。

後は、あてられ過ぎないようにしなきゃいかん。そう思う。

・「凄い人物評伝
ある種「悪の政治家」の代表格である野中広務。彼の人生を記す渾身のノンフィクション。小泉改革の抵抗勢力の代表と報道され、引退を余儀なくされた彼。しかしながら野中の政治手腕は弱者へのいたわりが根底に流れている。それは彼自身の生き方から湧き出す、やさしさなのであろう。そのやさしさを知ることが出来る野中であるから、その行動、言動にキレがあるのであろう。そのキレに対して、世間やマスコミは冷酷との印を押すしかなかったのであろう。本当はその中にはあふれ出す優しさがあるのである。その優しさを冷静な視線で描ききった作者に拍手をお送りしたい。

・「麻生太郎への一言がしびれる
魚住昭の『権力』三部作のひとつ。ナベツネ、瀬島龍三、そしてこの人。野中もまた、前の二人と同様権力志向が強い人間であるが、どちらかといえば前の二人は弱者を無視してふみつぶしていくタイプである。基本的に、権力闘争というのは「上」を見ながら行われるゲームであって、そこで「下」のことを本当に考えている人というのは案外少ないのだろうし、権力者にはやっぱりナベツネみたいな人が多いんだろう。

一方、野中の権力への意志は、弱者を代表し、擁護するところから来ている(少なくとも魚住はそういう風に三者を描き分けている)。そのやり口はともかく、野中を見直した。こういう政治家がいてもいいよね。特に、麻生太郎と対峙する以下のシーンは必読。このシーンだけでも読む価値あり。2003年9月、野中が引退するときの発言。

<「総務会長、この発言は私の最後の発言と肝に銘じて申し上げます」と断って、山崎拓の女性スキャンダルに触れた後で、政調会長の麻生のほうに顔を向けた。総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で、『野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会出身の三人のメンバーに確認しました。君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣ポストについていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!」 野中の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。麻生は何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。>

しびれる。

野中広務 差別と権力 (講談社文庫) (詳細)

情と理 -カミソリ参謀回顧録- 上 (講談社+α文庫)

・「政治の冷静な証言者
カミソリと恐れられた政治家 故 後藤田正晴氏のインタビュー形式による自伝だ。

このインタビュー(オーラル ヒストリーというらしい)は、数十回にわたり事前に質問事項を後藤田氏に渡しておき、インタビュー前までに、その記憶の整理をして望んでいる。

ここから見えてくる後藤田氏は、”カミソリ”という非情なイメージではなく、中立公正に職務にあたる官僚のイメージの方が強い。もともと、彼は自治省、警察庁の人間だ。目的が決まれば、その遂行能力は抜群だ。もともと主義主張はぶれることはない。ぶれる人間を信用しないし、評価もしない人だ。そのうえ、道理にあわないことをとても嫌う人でもある。そのため、利益や役得で、主張を変える政治家からは嫌われる。だから、”カミソリ”と言われたのだろう。

また、彼の人間観察力はおもしろい。一般的な政治家のイメージとは異なる等身大の政治家の本当の姿を語ってくれる。

例えば、竹下登氏について”言語明瞭、意味不明”と言われたが、後藤田氏は、これほど他者に反感をもらわず、目的をいつのまにか達成する政治家はいないと評している。

官僚から引退するまでのヒストリーを語っているので、個々のエピソードの深堀がもうひとつという気がする。が、後藤田氏の常に信念にそった発言、行動は、歴代の内閣が重用するというのが、わかる気がした。

・「素人には分からないよ
 後藤田正晴氏のインタビュー形式の回顧録。当時の考え方などが読み取れる、大変意義のある企画だと思うのですが、一般人向けに文庫として出版する本としては少し疑問があります。 上巻には、戦前からよど号事件くらいまでについて触れられているわけですが、半数くらいの人は当時を知らないわけですよね。この本は、後藤田氏のインタビューを載せているだけなので、当時の時代背景にはほとんど触れられていません。本人には常識でしょうし、インタビュアーである著者も専門家ですから。できれば、もう一分冊くらい増やして、当時の時代背景を補足しながら、話を整理して欲しかった気がします。 …これがオーラルヒストリーだ、と言われてしまえばそれまでかもしれませんが。でも、内容は面白かったです。

・「政治家の思い
ページ数多いので、読むのに抵抗あるが、読んでみると、官僚、警察、政治家の立場がどういうものか分かり、読み応え十分の内容であった。後藤田さんを、何人もの首相が懐刀とした理由が分かる気がする。また、本書には様々な事件の内情が述べられているが、真摯に事にあたっているように思える。(多少、美談となっているかもしれないが)厳しいことを、言っているのだけれど、情を感じるのは、やはり後藤田さんの人柄なのかと感じる。こういった、人間味があり、骨のある政治家は今の時代には、出てくることはないのかなと、嘆いてしまうが…お薦め本です。

情と理 -カミソリ参謀回顧録- 上 (講談社+α文庫) (詳細)

老兵は死なず―野中広務全回顧録 (文春文庫)

・「敵は小沢一郎から小泉純一郎に!
 前著『私は闘う』(文春文庫)の続編。時代の流れに沿って書かれているので、やはり前著から読んだ方がイイ。 前著からの仇敵の「悪魔」小沢一郎に加え、本書では加藤の乱における「御乱心」加藤紘一、第一次小泉内閣で外相に就いた「お嬢」田中真紀子、総裁選で寝返った「二枚舌」青木幹雄らが本書では敵役。そして最後・最大の批判対象が現総理小泉純一郎である。登場人物が皆キャラ立ちしていて面白い! ただ終盤近くの第16章「政治家の条件」で御自身の経歴について述べておられるが、何故か出自については奥歯にモノの挟まったような記述。同章では同和問題についての言及もあるのだから、自らの出自についてあえて触れないのは非常に違和感がある。TIME誌の英文記事では大鉄局勤務時に受けた差別的誹謗もハッキリ書いてあったのに本書では何故かぼやかした表現。この期に及んでなぜ隠す必要があるのか?野中氏にとって出自はもうプラスになりこそすれマイナスになることは無いと思う故に実に残念である。

・「日本が変わっていく大きなうねりのなかで、老兵が守ろうとしたもの
2年前の2003年9月、突然政界を引退した野中広務氏の回想録である。1996年の橋本政権から2003年9月の引退まで、政権の舞台裏を描いている。小渕首相の死、加藤の乱、田中眞紀子と鈴木宗男のバトル、北朝鮮のテポドンなど、まだまだ記憶に新しい騒動のウラ側を垣間見ることができ、大変興味深い。

野中氏といえば、在職中は抵抗勢力のボスで悪玉のイメージが強かったが、その思想、判断、道理にはうなずけることも多く、世の中は小泉=善玉、古い爺さん連中=悪玉、とそんなに単純ではないことがよくわかる。

小泉改革が正しかったどうかは過ぎ去ってみないとわからないが、少なくとも、野中氏は旧来の秩序を守ることが正しいと信じている。小泉政権はそれを破壊し変えていこうとしている。ビジネスの世界ではネット社会の到来が大きく産業構造を変えようとしているが、政治の世界もまた大変な変革期にあるのだ、ということが実感できる一冊であった。

なお、本書は2003年12月に出た単行本の文庫化であるが、その後の郵政解散や後藤田正晴氏の死去についてのコメントも加筆されている。

・「死んでも死にきれない政治家
単行本ですでに出版されている文庫版です。単行本では書かれていなかった郵政解散について、野中さんなりの考えを書かれています。流石は引退なさっても政界一の情報通とあって、鋭い見方を示していますし、野中さんなりの視線で民主主義の在り方への警鐘を鳴らしています。あと、野中さんの政治手法の一つとして、執念深いという性質がありますが、野中さんは小泉総理よりも、青木幹雄憎しというのが単行版でも伝わりましたが、文庫版の付章でも青木憎しという思いが全面に出ています。あと、次期首相には福田康夫さんをずっと推してましたが、この文庫版でも福田さんを推しています。しかしながら、亀井静香やそれに追随した議員の現状を見ると、野中さんの引き際のタイミングというのは見事だったと思います。引退しても、現役時代以上に叫びつづけているのを見ると、そう感じざる得ません。

・「もっと冷静に私たちも政治に参加しないと・・・
普段テレビで見る限りでは何か一癖もふた癖もあるようにみえていた野中さんですがこの本を読んでいかに私たち国民のことをまた国のことを考えているかがわかりました。今まで何人かの政治家の本を読んできましたが今の小泉内閣がいかにアメリカ的で貧富の差を大きくする無責任な政治家であるかがわかりました。実際今の世の中は勝ち組、負け組みといわれるように各県も都会と地方で差が出てきていますし会社もまたできています。これではますます国を悪くするもとではないでしょうか?今度は野中さんの「私は闘う」も読んでみたいと思います。

・「やっぱり「老兵は死んだ」
弱者への思い、というのは切々と伝わってきた正常な政策の中では救われないから弱者となるわけで弱者を救わんとすれば政策を曲げる力が必要になるそれ故、国民には見えないところでの努力が必要となる結果として政治活動と権力に不透明な点が生まれてきて嫌われる党人派のリベラルな政治家が抱えるジレンマの最たるものであろう逆にタカ派であったり小さな政府主義者の場合は「国民の声」による力押しが可能になるそういうパラダイムシフトを通り過ぎてしまうとやはり「老兵は死んだ」としか思えない。悲しきかな

老兵は死なず―野中広務全回顧録 (文春文庫) (詳細)

情と理 -カミソリ参謀回顧録- 下 (講談社+α文庫)

・「ノってきましたね
 ボクの記憶が残っている時代のお話になってきたので、時代背景に関するコメントが非常に少なくても、何とか理解できるようになって来た。時系列順にインタビューしているのかは知らないが、上巻に比べて、インタビューアのツッコミが深くなっている気がする。良いことだと思う。 しかし、つくづく残念に思うのは、証言を聞きだして満足しないで、一つのノンフィクションに仕上げて欲しかったなあ、と思う。そうすればもっと面白いものになると思うのに…

情と理 -カミソリ参謀回顧録- 下 (講談社+α文庫) (詳細)

わが上司 後藤田正晴―決断するペシミスト (文春文庫)

・「将の将たる人
 佐々淳行さんだから書けた後藤田正晴伝だと思う。気骨の人同士の緊張感と節度ある友愛が伝わってくるようだ。

後藤田正晴官房長官、佐々淳行内閣安全保障室長のとき、官房長官の初訓示がいい。一.「省益を忘れ、国益を想え」。二.「悪い、本当の事実を報告せよ」。三.「勇気を以って意見具申せよ」。四.「自分の仕事でないというなかれ」。五.「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」。

 大島三原山大噴火のときの、危機管理対応の章は息詰まるような臨場感がある。国事に携わるとはどういうことかを示しているようだ。

 人間性は、その人が語る人物評に出るという。後藤田正晴の島田叡氏(戦時中、最後の沖縄県知事)評。「旧内務省にはえらい人がおった。たとえば、米軍上陸がわかっとるのに最後の沖縄県知事として赴任した、島田叡さんという人がおる。前任者は病気とかなんとかいうて逃げて本土に帰ってきてしもうた。内務省は困ってしもうていろんな人に打診するが、引き受けるものがおらん。そこで島田さんに白羽の矢が立ったんじゃ。島田さんは断らんかった。行けば死ぬの分かってるのに単身赴任して、上陸作戦が始まるまでに一人でも多く県民を救おうと、学童疎開やったり、台湾から食料調達したり一生懸命働いた。米軍上陸の直前、非戦闘員の撤収が行われたんだが、島田さんは県民と一緒に残る、いうて脱出せなんだ。そして摩文仁の丘で死ぬんよ。戦死とも自決ともいわれとる。未亡人になられた島田さんの奥さんは子供を育てるために魚の干し物の行商をやってな。ワシらも貧乏でどうもならん。せめて少しでも足しになりたいというてみんな申し合わせて魚の干し物、買ったよ」。こういう時代だからこそ、読まれるべき名著だと思う。

・「同じようだったが、それでも面白い
佐々氏の著書は好きで、これまで5冊くらい読みました。だいたいどれも同じような語り口、同じような内容ですが、飽きることがありません。極めて良質のドキュメンタリーです。「わが上司 後藤田正晴」だから主人公は後藤田氏かと思いましたが、やはりそうではなく、主人公は佐々氏であり、その佐々氏を後藤田氏が

いかに使いこなしたか、という内容でした。でもやっぱり面白かったです。「特別権力関係」という間柄だそうですが、まるで三蔵法師と孫悟空みたいですね。さんざん楯突くが、どうしても逆らえない。そして服従する時は徹底的に。表紙の写真もそんな間柄をよく表しているように思います。

あとがきに、佐々氏と時を同じくして後藤田氏に仕えた内閣五室長の一人、的場順三氏が文を寄せておられます。ある時、的場氏が後藤田氏に「佐々さん一人でも大変なのに、5人も猛者を使われて、大変だったでしょう」と話しかけると後藤田氏は「そりゃ大変だった。わかっているならもう少し仕え方があっただろう」と答えたそうです。これなんか実

に端的に、当時の官房長官と内閣五室長の関係がわかる会話です。後藤田氏も佐々氏もいまだに現役。時代が必要とする人というのは、こういう人たちを言うのでしょう。

・「護民とは?未曾有の大事件に毅然と臨む上司・部下。
僕は政治に特別興味がある人間ではありませんが、度々ニュース番組で拝見する好々爺っぷりと含蓄のある言葉に、後藤田さんがどんな人物なのか興味を持っており、本書を手にしました。あくまでも長年後藤田さんの元に仕えた佐々さんの視点で書かれており、後藤田さんの半生記的な内容ではありません。中盤から後半、上司・後藤田、部下・佐々が幾多の昭和の大事件に機転を利かせて毅然と対処していくくだりは大変スリリングでした。また、佐々さん自身のキャリアにも多く触れられており、その異端児っぷりや、後藤田さん以外の上司に関する記述もそれはそれで面白く読めました。戦前の「護民官」という言葉についても本書で知りました。この言葉の本質的な意味があらためて問われるべき時代に、つくづく惜しい方を亡くしたのだと悟りました。ご冥福をお祈りします。

・「生まれついての護民官
 総理官邸の「危機管理」 と聞くとなんだか難しそうな内容のようなのですが、どんなことが起こって、どんな人がどんな行動をとったかを分かりやすく描写してあります。 三原山の噴火の際の避難誘導 若王子事件 金日成暗殺の誤報の顛末 東芝ココム違反事件 昭和天皇御不例など、大事件の話がたくさん載っていてとても読み応えがありました。 後藤田正晴さんという上司の元で自分の能力を発揮した著者の楽しさが伝わってくる本です。

・「内閣安全保障室長、佐々淳行
本書は、中曽根内閣での安全保障室長だった佐々淳行氏と、その上司であった官房長官、後藤田正晴氏との働きぶりを中心とした、回顧録です。この時期の日本の危機管理は、確固たるマンパワーに支えられて、うまくいっていたように思います。日本人としては、むしろ冷戦終了後にこそ、後藤田さん、佐々さんみたいな、有事に強い人が、リーダーとして存在して欲しいんですけれど、、、

蛇足ですが、マスコミでは悪玉にされちゃってましたが、まだヒラ大臣時代の橋本龍太郎が、佐々氏に時々さりげなくコメントしくんですが、それがすごくセクシーで、びっくりでした。

わが上司 後藤田正晴―決断するペシミスト (文春文庫) (詳細)

自由と繁栄の弧 (幻冬舎文庫)

・「麻生新総理の地政学
此の「自由と繁栄の弧」はH.J.マッキンダーのハートランド理論や其れを発展継承させたスパイクマンのリムランズ理論を彷彿させる訳ですが,孰れにせよ日本からの視点で此の様なVisionを示した事は大きな意義があると思います.

本書の中にある「自由と繁栄の弧」を示した地図を観ると,其れがユーラシア大陸の中心をグルッと囲む様に,日本を発して東南アジア,南アジア,中東,西アジアを経て,そして欧州へと繋がっている.其れは経済や政治で対立する大陸の国家群ロシア,チャイナ,南北コリアへの牽制であり,其等を囲む様に自由と繁栄の国家群を築き上げようと言うプランである事も感じられます.

勿論,チャイナへの牽制ばかりでは無く今後大きな市場たり得るチャイナに対して如何にして共に利益を享受するかと言う事も述べられています.マクロ視点としての「自由と繁栄の弧」を示し軸にして,ミクロ視点として日米間,日中間を外交政策からどの様にすべきか,そして其の為には日本はどうすべきかと言うVisionを示している,今迄の外交政策では日米,日中の様に二カ国間の対処策的な処が多かったが,此れは久し振りに観る,多くの国・地域を股に懸けた空間的な繋がりを持たせていると同時に,スケールを重ねた重層的な戦略Visionであると思います.

受動的な日本から能動的に自国の価値を発信する日本への変貌を期待させる内容です.新総理になった麻生氏が何処まで此の政策を実現出来るかにも期待したいです.

自由と繁栄の弧 (幻冬舎文庫) (詳細)

自省録

・「自省録ではない、自慢録
読むに進んで、不愉快不快になる。手にするだけで堕落する。宰相という言葉を、自慢の漫談家として選ばざるを得なかった国民の不幸を感ずる。”一番偉いのは、俺様”という本である。

・「彼は偉大な政治家だか内容は今ひとつ
 道路や郵政の民営化論議の小泉政権の苦悩を見れば、国鉄・専売・電電の三公社を民営化へと導き、行政改革を断行した彼の政治的手腕が、いかに卓越したものであったかは、多くの人がそれを認めるところであろう。

 だがこの本書の内容は正直イマイチ。

 自分の実績をあまりに広く紹介しようと言う気持ちは理解できるが、話題があまりに広範囲で深く掘り下げず底が浅くなってしまっている。

 内幕を語っているつもりらしいが、それ程驚くべき事実は含まれず、唯一挙げれば、ロッキード事件をアメリカが暗躍したというくだり位。もっと総裁選の内幕や、政争の生々しさなど突っ込んで語って欲しかった。

 「私は全てを書き遺した」

 と自分では言っているが。もっともっとあるでしょう?といいたくなる本。

・「若い人に読んでほしい「老国士」の遺書
私は元来、政治は魑魅魍魎の跋扈する世界であり、政治家なんてものは自己の利権拡大と名誉欲だけに動かされる汚い生き物と思っていました。中でも中曽根さんは、東大を出て、俳句を作り、座禅を組み、外国語も堪能、おまけに浮沈空母発言をするわ、元々左寄り気分の強い私には相容れない、単なるインテリ気取りの嫌いな政治家でした。

その人が一体どういうことを書いているだろう、きっと自己體`、自己顕示に終始しているだろうとの予断をもって買いましたが、予断を覆す良い内容でした。

この本を書いた中曽根さんの想いは、あとがきに凝縮されています。政治家の言うことなど9割間引いて聞くべきかもしれませんが、本書の冒頭にある通り、小泉さんに自民党政治家としての終止符を打たれた過去の人が今更自己PRして何になるでしょう。習い性となった自己顕示欲はあの世に逝くまで消えない?私はこの人は国士として遺言のつもりで赤裸々且つ平明に、そして「歴史法廷の被告として」の覚悟で戦後を証言したものだと思います。

文中しばしば語りかけがあるように、この本は若い人に読んでほしい。若い人たちはオヤジを馬鹿にするきらいがありますが、君たちに中曽根オヤジのような決意と情熱とあの手この手とで自分の信じるビジョンを実現に向かわせることができるか?中曽根さんの片棒担ぎをする訳ではありませんが、名実共に中年になった私はこの本を読んで中曽根さんと初めて和解できた気になりました。これほどの才能、人脈をもった人なので、小泉さんもうまく利用したらいいのに・・・。

・「ただの年寄りの昔話です。
「政治家は歴史法廷の被告人である」なんて言いながら、自分がどれほど偉い政治家であったか、丸々一冊の紙幅を使ってクドクドと語っただけの本。

「私の政治理念は文化の発展である」なんて言いながら、文化の発展に関して政治家として何を成したのか、まったくふれてない点にも驚いた。

最後に今後の日本が進むべき道について私見を述べているが、それも日経や朝日の社説でよく目にするような内容に過ぎず、「さすが元宰相…」と思わせるようなことは何も言ってない。

いっそのこと、自分を追い込んだ小泉の恥部を暴く暴露本でも出したほうがはるかに良かったと思う。

・「今はまだ評価を下せない
 小泉首相の人気凋落に呼応するように、一時中曽根氏を再評価する向きもあった。それだけに、このような早い時期の回顧録出版はタイムリーではある。

 内容は、同氏が政治家を志す動機を与えた青年将校時代に始まり、戦後、政界に入ってから首相を引退するまでの経歴を語り、最後に現在の政治に対する同氏のメッセージに終わる。同氏は、安全保障の面でのアメリカとの協力関係をより緊密にすることで、冷えていた両国関係を改善し、ソ連との冷戦に勝ち抜いたことを強調している。この点については、現在のイラク情勢を考えると、果たしてそれで良かったのか、と疑問に思う向きもあるかもしれない。 同書には、同氏の政治に対する極めて強い自負と自信が現れている。これについては読者の意見も賛否両論というところだろうし、その妥当性に対する評価は次の時代への宿題となろう。少なくとも、「自省」というよりは、日本国民へのメッセージとしての性格が強い。

自省録 (詳細)

凡宰伝 (文春文庫)

・「100兆円を超える、財政資金を投入したおとこ@エコノミスト・ミシュラン
佐野眞一の伝記物、例えば、『巨怪伝』(正力松太郎)とか、『カリスマ』(中内功)とかを読むのは、すこしつらいかもしれない(なんせ、分厚いから)と思っているかたは、この『凡宰伝』から読み始められたらいいのではないかと思う。

佐野スタイルというべきかどうかはわからないが、対象とする人物が、若い頃どういう人であったかということや、

その家族が、どのように生きていたのか、という部分にこだわりをみせる記述の仕方。

いいかえるならば、伝記で描かれる人物とその周辺にいた人間との、様々なエピソードを通じて、対象を浮かび上がらせようという、佐野眞一流の方法、そのエッセンスが、この本にはつまっている、と私は思う。

凡人と中傷されながらも、重要な法案を、あっさりと

通した小渕という男が、実際に凡庸なはずがない。その当たり前のことを、この本は、丁寧に教えてくれる。

佐野眞一に興味はなくとも、小渕首相には興味があるという人が、この本を通過することで、上で挙げたものを代表とする、数々のぶっとい(骨太の)の作品を読むことになれば、さらに奥深き佐野ワールドへと、いざなわれることは間違いない。

・「暗い時代
総理大臣は国の最高権力者であるという言い方がある。また、国を導く最高のリーダーシップを発揮すべき存在であるという言い方もある。その地位を、政治家は前者としてとらえ、国民は後者ととらえるなら、そこにはそもそも大きな溝がある。困ったことにかつて我々が首相に戴いた小渕恵三という人物はそのどちらでもなかったようだ。その人物の時代に、ガイドライン法、盗聴法、国旗国歌法が成立したということに、いまさらながら震撼する。本書にたいした価値を見出すことができなかったので、佐野眞一の本のなかでお勧めのものを記しておきたい。『遠い「山びこ」』(文庫本解説は読むに堪えないが)『巨怪伝』『東電OL殺人事件』。

・「こんなに面白い人物が総理大臣でよかったのか…
著者は人間そのものを描こうとするノンフィクション作家である。その人物をそのような人間にしたものは何か…合理的には説明できない何かを、膨大な資料や執拗な取材を行うことによって突き止め、その人物を描き出そうとする作家である。だから、この作品も故小渕総理の政治的業績から分析したものではない。あくまで、人間としての小渕恵三を描こうとしている。

著者は小渕自身にもインタビューを何度も行い(このインタビューでの小渕の話が結構笑える)、そしていつものように、その生い立ちにまで遡り、細かい取材を重ねて、彼のパーソナリティーを形作った何かを探し出そうとするのだが、つかみどころがなく、どうもすっきりとはいかない過程がうかがえて非常に面白い。

そんな、著者が最後にたどり着いた「小渕の政治行動は今までもおそらく、永田町の論理いうよりも…旧群馬三区で身につけた大衆の論理によって突き動かされている」という結論は、陣笠にもなれなかったといえそうな父の跡を継ぎ、福田赳夫、中曽根康弘という大物との選挙を戦い抜き、最大派閥(当時)の領袖にまでなっていた人物が「人柄の小渕」「凡人」などと呼ばれていたことに違和感を覚えていた私にとって非常に納得のいくものであった。

この作品を今読むと、そういえばそうだったよなぁという読み方ができるのだが、発売当時(小渕はこの作品の発売前に倒れた)に読んだ時は、総理大臣まで登りつめた政治家の、政治的闘争が殆ど描かれていない「評伝」が、ここまで“滑稽”で面白いのは、日本にとって不幸なことだったのではと感じたものである。

政治家としての小渕恵三は忘れられたのだろうが、この作品で描かれた「人間」としての小渕恵三は、政治家にしておくのが惜しかったくらい?の面白い人物である。

・「今改めて小渕政権を考える
小渕元総理について、政策・政治的にではなく、人物論的に迫った本です。著者お得意の、生まれ故郷にまで遡った生い立ちを明らかにする手法で、読者にその人間性を納得させていきます。ただ、それが若干クドイ面もあるのが、一点減点の要因です。

小渕元総理も一人の人間としては傑出した人物であったことがわかりますが、果たしてそれが日本の総理として必要とされる才能だったのかというと、疑問符を付けざるを得ないというのが、読後の思いでした。

・「冷めたピザの秘めたる熱さ
「平成おじさん」こと小渕恵三の人生を当人にも多く取材して描いたベテランジャーナリストの書籍である。周囲から「凡人」と思われていたこの人物の凄み――人心収攬から不気味なまでのしたたかさ――を取り上げる一方で、その限界点も指摘する。一国の宰相を無闇にヨイショしたり、逆に罵倒するのでもなく、その複雑な内面まで分け入った評伝として興味深く読める。

凡宰伝 (文春文庫) (詳細)
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