文明の衝突 (詳細)
サミュエル・P. ハンチントン(著), Samuel P. Huntington(原著), 鈴木 主税(翻訳)
「価値ある一冊」「アメリカ政府の新たな正当化の理論」「アイデアは秀逸だが妥当性を欠く分析あり」「予言のつもり」「あたらずといえども遠からず。」
文明の衝突と21世紀の日本 (集英社新書) (詳細)
サミュエル・P. ハンチントン(著), Samuel P. Huntington(原著), 鈴木 主税(翻訳)
「文明の衝突の続編」「リアルな喫緊の視点」「「文明衝突」論への危惧」「ハンチントンの視点」「ちょっと待った。」
語られなかった皇族たちの真実-若き末裔が初めて明かす「皇室が2000年続いた理由」 (詳細)
竹田 恒泰(著)
「衆愚政治、ここに極まれり。」「自らの先祖と向き合って書かれた良著」「とても面白く、読み易い本だと思います。」「平易でわかりやすく、それでいて濃厚な一冊」「変えるべきもの、変えてはならないもの」
職業としての政治 (岩波文庫) (詳細)
マックス ヴェーバー(著), Max Weber(原著), 脇 圭平(翻訳)
「読むたびに新たな発見。」「政治の形」「時代の皮肉」「第1次世界大戦敗戦後のドイツを憂うマックス・ヴェーバーの声を聞け」「マックス・ウェーバーは近代のマキャベリか?」
アラブとイスラエル―パレスチナ問題の構図 (講談社現代新書) (詳細)
高橋 和夫(著)
「ポイントを抑えた読みやすい本」「こんなに短時間でこの問題が分かる本はほかになし」「シオニズムとナチズムの意外な共通性」「今こそパレスチナ問題の原点を!」「定評ある解説書」
新訳 君主論 (中公文庫BIBLIO) (詳細)
ニッコロ マキアヴェリ(著), Machiavelli(原著), 池田 廉(翻訳)
「苦味が美味しく感じられる頃」「欲望とは何か、欲望に何が出来て、また何をしてしまうのか」「うんうん」「政治学の古典的名著」「ハートは熱く、スタイルはクールに」
拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる (文春新書) (詳細)
関岡 英之(著)
「あまりにも露骨な・・・」「さまざまな分野の人がそれも急いで読むべき1冊」「日本民族の精神構造を破壊」「既にお読みになられた方へ。」「やがて哀しき日本人」
君主論 (講談社学術文庫) (詳細)
マキアヴェリ(著), 佐々木 毅(翻訳)
「君主論」「麦酒の苦味に似た味」「君主じゃなくても役立つ。うなずける。帝王学。」「分かりやすい」「現代でも十分に生きる政治観」
公務員試験 行政5科目まるごとインストール―「知識」を「得点力」に変える解き方ガイド (公務員試験) (詳細)
高瀬 淳一(著)
「実戦力養成に最適。」「実戦力養成に最適。」
冒険者カストロ (集英社文庫) (詳細)
佐々木 譲(著)
「カストロ」「天才の生涯」
・「価値ある一冊」
1993年に『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載されてから10年以上が経った今、ハンチントン氏の見解が再評価されている。そして、世界中の多くの政治家や評論家また、地政学者が、この著書に共感している。前半は「Civilizations」という語の定義に重点が置かれており、我々一般人には少々学術的過ぎる。が、後半は、歴史的かつ文化的背景を踏まえ、冷戦後の国際情勢を論理的に納得のゆくように説明している。西側よりという視点が少なからず懸念されるが、文明の衝突というものは、イデオロギーの対立よりはるかに奥深いのが理解できる。この著書は、現在起こっている紛争を分析する上でも、これから起こりうる出来事を予測する上で、まさに必読本である。平和の代償が問われてる今、世界の中で日本はどうあるべきか改めて考えさせられた。
・「アメリカ政府の新たな正当化の理論」
本書は、アメリカ政府のために書かれたものであり、矛盾だらけである。例えば現在のアメリカは、ユダヤ資本の影響をうけており、パレスチナへの侵略に手を貸している。(ただしどちらが正しいわけではないが。結局、この世は強い者の勝ちだ。)しかしそのことの記述が無い。
ある人の言葉を借りれば、アメリカ合衆国の政策決定に置ける「文明の衝突」論の意義は、「ダブルスタンダードの公式化」にある。従来は、「民主主義のため」という口実ですべてやっていたのが、それだけでは立ち行かなくなってきた。それで、もう一本の柱として、「文明の衝突」論をおき、非民主的な政体を支援するときはこちらを使う。こうして、この相反する2つの理念を使い分け、都合が悪くなったら相手の論に責任転嫁をしながら、国益にかなった政策を展開する「文明の衝突」論は、実は、従来のイデオロギーを暗黙の前提として、それを補う形で機能する。すなわち「文明の衝突」論単独ではとても現実の政策の指針とはならないだろう。その意味でアメリカ政府の侵略に対する言い訳を知るべきだ。だから世界中の人々が、文明の衝突を読むべきだ。
・「アイデアは秀逸だが妥当性を欠く分析あり」
この本が出版されていらい、国際関係論、文明論はこの本に言及することなしにはいかなくなった。その意味で、ひとつのホールマークとして必読であるということができる。 最初に著者自身も記している通り、世界の政治地図を「文明」によって分類するというアイデアは、ひとつの作業仮説に過ぎない。著者の記述は、文明という分析ツールを用いるというパラダイムが、実際に有益であることを示すという作業に当てられている。 その具体的分析では、妥当な箇所、説得力に満ちた箇所と、著者の独断や偏見により穏当を欠く場所とに分かれている。後者の例を挙げておくと、「文明の衝突」を実際には西欧文明対イスラム文明、という図式のみで捉えられていることが挙げられよう。中国文明に対する記述も量的にはかなり登場するが、中国が取っている現実の政策についての当てはめは妥当であるという感を抱くものの、中国の行動予測については悪い意味で想像力があり過ぎるように見える(これは中国が穏健な、安全な国である、とイイタイわけでは決してない)。同様のことがわが国に対しても当てはまる。中国の台頭に関して柔軟な姿勢を取るだろう、という予想はその通りかもしれないが、アメリカから中国に同盟関係をシフトされてゆく、ということはまず考えられないからだ(これは「文明」に「オリエンタリズム」と「自文化中心主義」の両方の要素があることを著者が見落としている一つの例である)。
・「予言のつもり」
あからさまな政治的意図に基づいて書かれた本。長い、退屈、的外れ。さすがにベトナム戦争時に「都市囲い込み」(名称は忘れたが、農村地帯を絨毯爆撃して人を都市へと追い込むことによって相手を疲弊させること)を提唱しただけのことはある。アメリカの右派がどのようなことを考えているのかを知るのにはいいかもしれない。現実を観察した結果「文明の衝突」があることを発見したのではなく、この本に書かれているようなバイアスを通して世界を見ているがゆえに無用な衝突を起こすのである。いま現在起きているアメリカとイラクの「文明の衝突」という図式は、こうしたアメリカの保守及び新保守が、その方が自分たちに都合がいいという理由だけで成した単なるプロバガンダ以上の意味は持たないはず。内容がすべて間違っているとは言わないが、鵜呑みにするのは危険。
・「あたらずといえども遠からず。」
何年か前に買ったのだが、あまりの分厚さと翻訳ということで気が引けて永らく「積ん読」になっていた。気まぐれに読みはじめたら面白い、面白い、あっという間に最後まで読んでしまった。
とにかく論旨明快で「第一に」「第二に」と箇条書きにたたみかけるように短い文で説得する。
細かく見るとずいぶんおかしなことも書いてある。たとえば日本文明の記述である。「だが、ほとんどの学者はそうせずに、日本を固有の文明として認識し、中国文明から派生して西暦一○○ないし四○○年の時期にあらわれたと見ている。」(59ページ) もし日本文明を中国文明と独立のものとみなす立場に立脚するなら、「日本文明が中国文明から派生した」と見なすのは非常におかしい。縄文、弥生、あるいは古墳時代の文明が中国文明だったとはいえないだろう。日本文明は中国文明とはまったく独自に発生したと見なすのが自然であると思う。
また、仏教文明に対する扱いが非常にぶれている。8つの文明のなかに東南アジアの「小乗仏教文明」あるいはモンゴル、チベットを含めた「仏教文明」はふくまれていないが、28~29ページの地図、でには独立の文明として「仏教文明」が示されている。これは筆者の中に大きな迷いがあることを示している。
現在大きな問題になっている「ユダヤ教」をどう扱うかと言うことについてもふれられていない。ユダヤ対パレスチナという非常にビビッドな文明の衝突を、これでは分析できない。
しかし、こういう細かい問題はそれほど重要ではないと思う。筆者はこのモデルを「地図のようなもの」であるという。地図はその目的によって描かれ方が違ってくるとも言う。文明をいくつにわけるか、というような問題は分析すべき問題によって変わってもいいのではないか。ポスト冷戦の国際政治、世界政治の状況を読み解く上で、「文明の衝突理論」以上に説得力のある地図はないと思う。
この理論には「あたらずといえども遠からず」という態度で接するべきであろう。
・「文明の衝突の続編」
この本は、1993年に出版され、世界中で大反響を呼び起こした、ハーバード大学の政治学者、サミュエル・ハンチントン教授の「文明の衝突」の続編です。私は有名な前作については読んでいないのですが、この後編は新書なので短いし、要点だけ読むには良いのではないかと思いました。著者の21世紀における国際政治を展望した主張は極めて明確です。ポイントは大きく分けると3点あります。一つは、冷戦時代にはイデオロギーによって国家間の協力関係や敵対関係が決まっていましたが、ポスト冷戦時代には、文化や文明(の共通性や好み)といった要素によって、国家の行動が決定される傾向が強まっているという点です。二つ目は、冷戦時代には、二極のうちの共産圏から守ってくれる超大国として、アメリカは多くの国から歓迎されましたが、ポスト冷戦後における一極対多極という構図の中では、唯一の大国であるアメリカは、他国から脅威とみなされ、孤立しつつある、という点です。国連分担金、地球温暖化問題、中東への武力行使、テロ支援国家への経済制裁、など、現在でも様々な問題において、アメリカは国際社会で、多くの国と対立する立場に立っています。三つ目は、国際関係が文化や文明の近接性で決まるような時代において、西洋ともその他の文明・文化からも距離がある日本も、孤立の危険性がある、と指摘されている点です。読み終わって、日々の政治・経済両面において、アメリカとの親和性を刷り込まれるような報道に慣れている、我々日本人にとっては、覚醒の効果を持つ書物ではないかと思いました。
・「リアルな喫緊の視点」
米国のテロ事件以後、一挙に読まれはじめたハンチントンの著作の中で、一番取りかかりやすいのが本書。という私も、購入しながら未読の状態であったことを反省している。現在のメディアの論調の偏向性-テロ→国家の敵→世界同時不況加速→米国ガンバレ→世界が応援-に明晰なロジックと分析で反証を示す。テロ事件をめぐる現在の世界の状況を理解する最良の書。リアルな喫緊の視点を提供する現在の最重要書籍に間違いない。しかし、世界のメディアはどうして、必死になってハンチントンのインタビューを獲ろうとしないのだろう?本当に不思議だ!!
・「「文明衝突」論への危惧」
本書を簡潔に総括するならば、中西輝政・京大教授が「解題」で記しているように、欧米の主要なリーダーが本音に近い部分で世界をどう見ているかを知ることのできる貴重な一作であると言えるかもしれない。そうした意味で「文明の衝突」仮説は、欧米、特にアメリカの政治家や外交当局者の世界認識又は現状分析に対する一種の「指南書」「処方箋」とも理解できよう。
内容的には、地政学と勢力均衡論の見地を文明論で味付けし、五目御飯風に炊きあげた感じだ。だが、「日本文明」を含む7つの主要な文明の解釈にしても、例えばアマルティア・セン博士が母国インドの例を引き合いに出したように、「ヒンドゥー文明」の内実は“多様性”に満ちあふれ、文化・宗教等も決して単層単一ではなく、むしろ現実を見誤る可能性の方が高い。
確かに今日、米ソ冷戦下にあって抑圧、圧殺されていた民族的宗教的アイデンティティが暴発している傾向にあり、ハンチントン教授の指摘するフォルト・ライン(断層線)戦争も起こりやすい状況にあるだろう。しかし私は、過度に楽観的と言われるのを承知で文明の持つ理性の力に期待したいし、諸文明間の確執や軋轢、衝突をもって未来を予測し、日本の行く末における航海図とするには少し短慮過ぎるかなと思料する。
・「ハンチントンの視点」
本書は、世界的ベストセラー『文明の衝突』の概略である。国際政治の主要な要因が、国家アクターではなく文明に求められる、というハンチントンの主張が、21世紀の日本の立場について鋭く指摘している。彼によれば、イスラム文明やキリスト教文明と違い、日本は日本文明を有する他の国家や地域を持たないため、将来孤立しうるというのである。ゆえに、中国の台頭が日米同盟に楔を打ち込み、日本は米国、中国のいずれかを真のパートナーとして選ばざるを得ない日がくるというのである。この主張は現実味を帯びているものの、大半の人たちには理解されていない。日米同盟を強く批判する人、また支持する人双方にとって、この主張はしっかり受け止められるべきである。しかし、ハンチントンの「文明の衝突」理論が具体性に欠けるせいもあり、啓蒙以上の意味がないのも事実であろう。そこまで認識した上で、将来の日本の立場を考えることには意味がある。
・「ちょっと待った。」
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●語られなかった皇族たちの真実-若き末裔が初めて明かす「皇室が2000年続いた理由」
・「衆愚政治、ここに極まれり。」
三笠宮殿下に続き、旧宮家の側からも女系天皇反対の声が上がった。しかし、「皇室関係者は口を挟むな。皇室のあり方は国民が決める」とおっしゃる頭のおかしい方々が少なからず存在する(人格否定発言に共感してたじゃん!やっぱり皇族の方々に自己決定権=人権を与えてはいけないの?)。国民も知識もなく思考力も鍛えられていないので誰もそのような人々にツッコミを入れない。そもそも、国民の意見を参考にするのなら有識者会議は不要である。
ほとんどの国民に概念的な思考力など存在せず、「目先の」バラエティ番組やら細木○子の派手な発言やら車と家電製品の購入やら恋人とのセックスやらパチスロやら美味いメシを食うのが彼らの主な関心事である。なぜ日本が多神教国家であり続けられたのかなど考えたはずもない。
そもそも拉致問題が社会問題になったのも日本国民が拉致されたことに国民が怒ったからではない。非正規雇用者や失業者が増えだして年金財源が枯渇するかもしれないなどの社会不安が増大し、国民に生活に対する不安と鬱憤がたまってきた時にたまたま「目先に」拉致問題が転がっていたから、国民が己の感情の安定を得るために拉致問題を利用しただけの話だ。拉致に怒ってるのなら昭和55年に産経新聞が報道した時点で既に問題になっている。
話がそれたが、その程度の国民に女帝問題を委ねるべきではないと言いたかったのである。皇室のことは皇族および天皇陛下が決めるべきなのだ。
・「自らの先祖と向き合って書かれた良著」
自らの先祖の歴史に向き合い、できうる限りの資料と向き合って書いた良著と言えましょう。
若干、学術研究書の参考が少ない気もしますが、ちゃんと基本資料は抑えています。
また、戦前、戦中の一世代前、二世代前の皇族の実像に肉薄できているようにも思います。
・「とても面白く、読み易い本だと思います。」
小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は、女系天皇を容認する方向ですが、本書は天皇家2000年の歴史に照らし合わせて、あまりに短時間の議論に疑問を呈しています。過去に起きた3度の皇位継承の危機、「継体天皇即位」の時、「後花園天皇即位」の時、「後桃園天皇崩御」の時、傍系男子が皇位を継承し、直系女子を皇后に迎えて、皇統を守った例が記載されています。本書の大半は、皇位継承問題より、戦前に宮家が皇室と日本のために果してきた役割が詳述されております。また、直宮家と違って一見血縁関係が遠いように見られる旧皇族(伏見宮系)ですが、明治天皇の皇女を妃に迎えるなどして、天皇家と近い血縁関係にあることが分かります。
・「平易でわかりやすく、それでいて濃厚な一冊」
はっきりいってこの本を読むまで「女性天皇」と「女系天皇」の違いがよくわからなかった。本書の平易でわかりやすく、それでいて濃厚な記述ですっかり理解できた。皇室の歴史、戦争中の皇族の働き、天皇家の親族として穏やかに終戦を迎えるべく尽力した話、そして、皇籍を離脱しなければならなかった事情。どれも初めて接する話だったが、資料を駆使した記述は臨場感もある。そして、何よりも旧皇族一族の生活ぶり、躾など知られざる一面も描かれているため、かなり読み応えのある一冊になっている。
・「変えるべきもの、変えてはならないもの」
小泉内閣が今国会で皇室典範改正をめざすとあって、議論がかなり活発化してきている。ポイントは女系天皇を認めるのかどうか、という点だが、何冊か手に取った中では、本書がこの問題については、いちばんわかりやすかった。
類書の記述は、科学としての学問の成果(たとえばY染色体論)を根拠にしたり、ある種の政治的背景(たとえば共産主義やフェミニズム)をもっていたりして、どうも本問題についてピュアではない。唯一本書のみが、科学や理屈ぬきで、2000年におよぶ皇統を守るべき義務を負う立場から書かれていて、その意味で論点が純粋である。
・2000年に及ぶ皇室の歴史の中で、女性天皇は8人いた。・しかし女系天皇はただの一人もいない。・先人が苦労して守ってきた伝統を軽々しく変えるべきでない。・変えてしまったものはもはや皇室ではない。
これが主要な論拠である。一方、小泉首相の主張は「今の皇室典範のままだと天皇を継ぐ人がいなくなって将来困ることは明らか」ということだが、であれば、困るであろう将来(=2,30年後)まで時間をかけて考えて、それからでも十分間に合う、と著者の竹田氏はいう。なぜ今、急いで変えないといけないのか?確かにここがいちばんのなぞ、である。
議論の詳細は実際に本書を読んでいただくに如くはない。ともかく、この問題を議論するのではあれば、本書だけは読んでおいてほしい、そういう一冊である。手遅れにならないうちに、ぜひ。
・「読むたびに新たな発見。」
古典というのは大したもので、読み返すたびに新たな発見があるものだ。以前読んだ際は、政治家の倫理について述べた後半部が印象に残ったが、今回再読して感心したのは職業政治家の諸形態について論じた中盤部の記述である。
そこを読むと、最近の日本における小泉総理の族議員に対する勝利という現象が、十九世紀末の英国における党リーダーと党官僚の名望政治家に対する勝利という現象とぴったり重なることが分かる。そこから帰結するのは、国会議員の総イエスマン化と、デマゴーグに導かれた事実上の人民投票制の到来である。
ドイツ流分類学の最も良質の部分を受け継いだヴェーバーの簡明な分析は、読んでいて小気味良い。翻訳も読みやすいので、是非手にとって見てほしい。
・「政治の形」
そう、「職業としての政治」だ。これは本当にすばらしい本だ。たとえ政治へのかかわり方が、パートタイムであろうと、フルタイムであろうと、投票しかしない人であろうと集票マシーンといわれる人であろうと、この本に現代に至る政治の形がみな書いてあるように思う。ちなみに、本当に選挙を中心としる装置、マシーンという言葉がこの本の中にでてくる。なぜ自民党のような政党では、議員はたんに票を投じるだけの存在になるのか、なぜ幹事長というのがあんなにえらいのか、みなこの本の中で説明されている。本当に蒙を啓かれるとは、このことをいうのであろう。
この本は、マックス・ヴェーバーの最晩年の講義をまとめたものだという。1920年が没年であるので、死の1年前である。第1次世界大戦が終わったばかりのこの時期に、ここまで現代にいたるまでの政治の形について正確に分析し、人々のそれからの動きについて予見していたということは、筆舌に尽くしがたい価値があると思う。この本の、もう一つのすばらしさは、ヴェーバーのドイツの青年に向けてのことばである。青年達を育てようとする、ヒントを与えようとしている最後の節の言葉はほんとうに胸にしみる。
・「時代の皮肉」
ウェーバーの死の1年前、1919年に行われた、次代を担うであろう学生達に向けた講演の記録。
誰もが指摘するように、古典中の古典だが、得るものは多い。政治の持つ暴力性、現代的な政治を職業とする者の分類、そして政治家に期待される倫理、さらに資質……これらのことに関して論じたところは未だに色あせない。そして、多くの人が、これらのことについては語ってしまっているので、本書の違う部分に目を向けたいと思う。
ウェーバーはこの当時、ワイマール憲法の起草委員会のメンバーだったと記憶している。高校の歴史や政治経済の教科書などにも出てくる通り、基本的人権という面において、当時としてはもっとも完成度が高かったとされる憲法だ。自分の記憶が確かなら、起草に当たって政治社会学、法社会学の泰斗として、ウェーバーの果たした役割もまた大きかったに違いない。
そして、この講演…特に政治家の倫理や資質を語る部分は、当然、この憲法に基づくドイツの政治をこれから担う若者に対して発せられた、政治を職業とする者はかくあるべしという、ウェーバー流のメッセージのはずなのだ。さらに、彼はロシア革命を「乱痴気騒ぎ(カーニヴァル)」と言って嫌悪感を隠さず、政治的な熱狂によって導かれる政治を否定しさっていた。また、当時のドイツの政治状況をちくりちくりと批判し、警鐘を鳴らし、こうも学生達に呼びかける。10年後にもう一度集まって、同じテーマで論じてみたいものだと。
彼ら学生に、危機的状況を乗り越えて、穏健な民主国家としてドイツの未来を形作っていって欲しいと期待していたことが、ありありと窺えるではないか。
彼の講演を生で聞いた学生達は10年後を、さらにその後をどのような思いで眺めていたのだろうか。10年後には、ワイマール体制は機能不全の態を表し、1933年にはヒトラーが首相に就任するに至る。ナチ政権はまさに政治的熱狂が生み出した、ワイマール体制の理想の対極に位置するものだった。その後、ナチの支配はより堅固なものとなり、誰もが知る通り、ドイツは戦争への道をひた走り、戦争の敗北によって瓦解する。ロシア革命以上の乱痴気騒ぎと言わずして何と言おう。
こうして見ると、この講演も歴史の徒花になりかかったのであり、何とも皮肉を感じてしまう。それでもなお、時代を超えて生き残り、我々にも訴えかけてくるものがあるのは、さすがに誰もが認める名古典にして名講演と言わざるを得ない。
・「第1次世界大戦敗戦後のドイツを憂うマックス・ヴェーバーの声を聞け」
古典といえども今でも「政治」を考える上では色あせない1冊。 この本は、マックス・ヴェーバーが亡くなる前年に、ミュンヘンの学生団体の公開講演をまとめたものである。当時のドイツは第一次世界大戦に破れ、ロシア革命のあおりを受けて、国内は革命への機運が高まっている不安定な状態だった。そんな状態だからこそ、マックス・ヴェーバーは、ドイツの若者に対して、「政治」をきちんと捉え、国家の指導者たるにふさわしい姿勢と求めて語った。
マックス・ヴェーバーは、政治家の必要な資質として、情熱と責任感と判断力を挙げる。特に、単なる情熱だけでなく、その情熱が責任感と結びついたものであり、冷静な判断力で、自己陶酔を抑制することを求める。それは、政治が、権力獲得のためのものではなく、将来と将来に対する責任であるからである。
なんといっても、最後は思わず読んでいて熱くなる。この最後はぜひ、読者自身の目で見ていただきたい。熱い気持ちになるとともに戒めのようなものを感じるはずだ。最後の言葉は、政治家だけでなく、まちおこし活動をしているものにも通用するし、社会に対して変えようとアクションを起こしているリーダーにも通ずる言葉だ。
・「マックス・ウェーバーは近代のマキャベリか?」
本書は、彼が1920年に亡くなる前の年に行われた講演をまとめたもので、政治とは何か、政治家とはどうあるべきか、という彼の信条が書かれています。
本書の冒頭で、彼はトロツキーの「すべての国家は暴力の上に基礎づけられている」という言葉を引用し、政治権力というのは暴力を後ろ盾にしたものである、ということを大前提に議論を進めていきます。 そして、「善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為にとって決して真実ではなく、しばしばその逆が真実である」と言っていますから、政治というものは性悪説に立たなければやってられないものなのですね。なんだか、世界史の教科書で勉強したマキャベリのようなイメージが浮かんできます。 ウェーバーにとって、「無差別の人間愛と慈悲の心に溢れた偉大な達人」というのは、宗教家であって政治家ではありません。政治家は、暴力の中に身を潜めている悪魔の力と関係を結ぶ覚悟が必要だというのです。
本書によると、近代の政府というのは、君主や政治家という支配者と専門的に訓練された官僚層が権力を奪い合っているものだそうです。 ドイツのように官僚の力が強いと、専門官僚は閣僚の地位まで要求するようになりました。逆に、アメリカの場合は新しい大統領が就任すると、実務を行うべき官僚の入れ替えが行われます。その数は1920年当時30万から40万に達していたそうです。党のためにつくしたという功績で任命される新官僚の中には、何の実務能力を持たない人も多く、こんな無駄が許されるのは、アメリカが無限の経済的なチャンスを残した国だからです。
こんな分析をする著者ですから、民主主義を手放しで礼賛したりしていません。もっぱら情緒的に働きかける演説が多くなっている当時の状況を、「大衆の情緒性を利用した独裁制」とまで言っています。
●アラブとイスラエル―パレスチナ問題の構図 (講談社現代新書)
・「ポイントを抑えた読みやすい本」
アラブとイスラエル。ちょっと思い浮かべただけで、相当複雑な過去がある事だけは分かります。そんな複雑なことを、分かりやすい視点で読み解いたのが本書。1992年が初版というのは、新書にとっては古いと言わざるを得ませんが、古さを感じさせない点もすばらしいと思います。
イスラエルがなぜ建国できたのか、パレスチナはなぜ苦境に立たされているのか、アラファトはなぜ居続けるのか、その割にはなぜ力がないのか、などいくつもの疑問がすっきりします。また、冷戦がどの様に関係しているかなど、米ソ2大国の役割もはっきりします。
こうして10年以上も前の本を読み直しても、イスラエルとパレスチナの関係には、ここ10年間には何の進展も無かったことが分かります。今日の新聞にもイスラエルのヨルダン川西部に対する入植に対し、アメリカが債務保証額を減額する報復処置をとるとの記事がありました。
なるほどと、思わせる一冊です。
・「こんなに短時間でこの問題が分かる本はほかになし」
中東情勢については、分かりにくくする才能がある人が書いているのではないかと思われる悪書を数々買ってはお金を無駄にしました。ですから、この本に出会ってやっとイスラエルもアラブも分かりました。こんなに短時間で、「そうだったのか!」と納得させてくれる本は他にありません。今まで、この問題についての話題がでるとできるだけ知識がないのがばれないようにこそこそしていたのですが、この本を読んでからは自信をもって語れるようになりました。
・「シオニズムとナチズムの意外な共通性」
本書は湾岸戦争までを取り扱っているので、イラク戦争を体験した世代にとっては多少古くなっているが、今でも昏迷するパレスチナ問題を理解するための格好の入門書としての価値は失われていない。大戦中のドイツ人がユダヤ人を迫害する構図から、戦後ユダヤ人がパレスチナ・アラブ人を迫害する構図へ変化する様は我々を戸惑わせる。しかしナチスが目指した東方拡大政策とシオニストが目指したユダヤ人国家樹立が、無人の原野ではなく他の民族が生活する土地で、彼らを排除した上で実現しようとする帝国主義的性格を共に持っていること理解するとその謎は明らかになる。奇しくもアドルフ・ヒトラーもシオニズム提唱者テオドール・ヘルツェルも同時代の多民族国家オーストリア帝国出身であった。オスマン帝国統治下でイスラム、ユダヤ、キリストの三宗教が共存していたパレスチナに欧州製の「ナショナリズム」を持ち込んだことが全ての悲劇の発端であることを本書は明らかにしている。
・「今こそパレスチナ問題の原点を!」
刻々と変化するパレスチナ情勢。しかしその変化の激しさは、昔からの状況を丁寧に追うのを困難にする。そこでこの本の登場である。
この本はパレスチナ問題がなぜ起きたのか、という原点から1991年の中東和平会議前夜までを丁寧に追った書。特徴は、その時々の国際政治の影響を中東の情勢の変化と結びつけて解説してある点である。中東の歴史を追いながら、世界の歴史を同時に見ることができる。それは無論、複雑な中東の変化の理由を納得させることになる。
パレスチナ問題について知りたい場合は、必読の書。
・「定評ある解説書」
本書の著者高橋和夫放送大学助教授の解説の特徴として「分かりやすさ」がある。その「分かりやすさ」は、複雑な事情の単純化によるのだが、中東問題の半可通には必ずしも評判は良くはない。しかし、いたずらに多数の複雑な要素を考慮しても、必ずしも予測の精度が向上しないことは、科学技術の応用の現場では広く認識されている。高橋氏の解説は、中東の状況を予測するのに単純過ぎず、複雑過ぎずで、有用であるように思われる。 さらに、高橋氏の得意技に、世間に広まっている言説が「神話」に過ぎないことを、「王様は裸だ!」的に、明らかにする論説がある。中東問題では、良く考えるとトンデモな言説が、主流メディアや著名な外交評論誌などで、大真面目に論じられることが多い。1991年の湾岸戦争の前には、イスラエルは、米国にとって、中東におけるソ連の影響力に対抗するための戦略的資産(Strategic Asset)であるという、イスラエル・ロビーの広めた「神話」を真に受けて、したり顔で語る中東/軍事専門家がいた。しかし、大衆の間に反イスラエル感情が蔓延している中東では、イスラエルに軍事支援を求めるような政権は、正当性を失い、存続できない。だからこそ、当時のブッシュ大統領(現ブッシュ大統領の父親)は、湾岸戦争当時、イスラエルにイラク攻撃を許さなかった。米国がイスラエルにつぎ込んだお金は、親米国家の保護に全く役に立たない無駄金だった。「イスラエル=戦略的資産」説のトンデモさを明らかにしたのが本書であった。 1992年に出版された本書には、当然最近の話題が登場しない。しかし、入手し易く、安価な解説書として、トンデモ説に惑わされないための基本書として本書をお薦めしたい。
・「苦味が美味しく感じられる頃」
中国や日本の古典は 経営者にもよく引用される。「孫子」「五輪書」「論語」「日暮硯」等 いくらでも例は挙げられる。西洋の古典は 余りビジネス雑誌に出てくる事も無い。その中で 本書は健闘している。
マキャべりというと 元来悪いイメージが付きまとってきたのも日本である。性悪説に基づいた冷徹な「嘘つき」というようなイメージかと思う。小生もご多分に漏れず そんな先入観で一読した。
とんでもない。マキャべりは「人間とはどういう動物か」を語っているに過ぎない。
彼には「人間の善悪」というものは無い。善い悪いは抜きにして ただ 「人間とはそういうものだ」という彼なりの冷静な分析を披露しているに過ぎない。その意味では科学者が実験の結果を報告しているだけと同じだ。但し そこに分析されている人間の姿が 我々にとって 時には辛辣であることが 科学者マキャべり自身の評判を悪くしている。マキャベリにしたら迷惑な話だ。
「いかなる手段も 結果さえよければ必ず正当化される」「人は恐れている人より 愛情をかけてくれる人を容赦なく傷つける」 こんな言葉を否定することは難しい。吉田兼好が読んだら大声で笑って同意したに違い無い。
「辛いのは中傷でなく真実である」とは 誰の言葉だったか忘れた。 マキャべりへの毀誉褒貶の原因は 彼の本に含まれている 苦い真実である。そんな「苦味」が美味しいのは 小生も中年だからだろうか。
・「欲望とは何か、欲望に何が出来て、また何をしてしまうのか」
確か「プレイボーイ」誌のインタビューか何かで、出所したばかりのマイク・タイソンが言っていた。おおざっぱな記憶によれば、ざっとこんな感じだ。
「刑務所では読み書きと数を数えることを学んだ。それまでは、自分のファイトマネーがいくらかすら、知らなかったんだ。読むことを学んで、マキャベリを読んだ。みんな、彼のことを昔のイタリアの学者かなんかだと思っているけど、彼は欲望とは何か、欲望に何が出来て、また何をしてしまうのか、について語ったんだ。だからこれは、おれたちの本だよ」
「マキャベリズム」と呼ばれるものに由来する偏見に根ざした彼への悪評を払拭し、「真実のマキャベリ」を回復させようというのが、真面目なマキャベリ学者がずっと取り組んでいる仕事だが(そして名誉回復というのはいつも、面倒くさく時間ばかりがかかる仕事だとしても、大切な仕事ではあるのだが)、この字も読めなかったボクサーのようには、だれもこんなに正しくマキャベリを読んでこなかった。
・「うんうん」
私は以前まではこの種類の考えには肌さむい感覚がありましたし
多少理解しがたい感もありましたが、多勢のリーダーを経てさと
りました。
こうならざるを得ないんです。
現実的にこれが一番ベストに運びました。
人の主観なんてよほど強い信条が慣習がないと一致しません。
なにも少数派を弾圧しろという意味ではなく、少数の多少の
犠牲と多数の最低限の満足を選ぶのに迷った時にこの本を
参考にしてほしいのです。
とっても残忍な雰囲気もありますが事実この方が平和だったりします。
お読み物としても面白い。
熱中しましたし、訳がわかりやすい。
中庸思想が悪いというより、こちらの方がより現実的で、
よりただしいと思います。
・「政治学の古典的名著」
マキャベリのこの「君主論」は純粋な政治学の古典的名著である。その点では他のカスタマーの方々はまだ読みが浅い印象を受ける。
例えば君主論の記述の中に
「君主が尊敬を集めるには、なによりも大事業を行い、みずから比類のない手本を示すことである」「早いうち気づいて手当てをしないと、時がたつにつれて、病の発見はやさしくても治療がむずかしくなる」「民衆にあることを説得するのは容易だが、説得されたままの状態に民衆をいつまでも引きとめておくことはむずかしいのである」
これを地で行っているのが小泉純一郎だとはいえないか?「郵政民営化」という「大事業」を行い、「不良債権処理」という「治療」を行い、発足当初から高い「内閣支持率」を維持している。
まさに小泉純一郎は「政治学的」に見れば、高い評価を下せるのではないのだろうか?
・「ハートは熱く、スタイルはクールに」
マキアヴェリズムと言う言葉から連想される冷血漢というイメージは、マキアヴェッリにはそぐわない。人類の命運を自らの問題と一体視し、その中で何が最善かを考え抜いた誠実の人である。
マキアヴェッリはおそらく個人としては人当たりのいい善人だったろう。同情心も持っていたに違いない。しかし彼はそれだけで自分を肯定出来るほど怠惰ではなかったのである。
もしマキアヴェッリが政治家であり、彼の主張どおりの政治行動を見せたならば、天国とか地獄とかが存在するとして、彼はあるいは地獄にいくかも知れない。しかし彼の民衆は安寧な人生を送れるだろう。逆もまた真なりである。
●拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる (文春新書)
・「あまりにも露骨な・・・」
それにしてもアメリカの自分たちの価値観に対する絶対的な自信って一体何なんでしょう。しかもそれを、圧倒的な経済力と軍事力によって世界中に押し付け、さも当然といった顔を、というよりむしろそれこそが世のため人のためと思って疑わない厚かましさ。アメリカ的な価値観とアメリカの国益こそが絶対的に善であり、アメリカンスタンダードこそがワールドスタンダードであるという傲慢。毎度のことながら辟易させられますね。これだけ大っぴらに「アメリカの国益のために」毎年日本に要求されている「年次改革要望書」について、なぜほとんどの国民がその存在すら知らないんでしょうか。政治家とマスコミの責任は重大ですね。まさに”拒否できない日本”。そりゃあアメリカの日本改造もさぞ進むことでしょう。
・「さまざまな分野の人がそれも急いで読むべき1冊」
著者は14年間銀行に勤めた後、建築家石山修武に師事したが、そのとき建築家の国際資格の基準がなぜかアメリカと中国との取り決めによってなし崩し的にグローバルスタンダードとなっていく様を見て、かつてBIS規制導入によって日本の銀行がなぎ倒されていったときのことがオーバーレイしてくる。そのイヤな予感は予想をはるかに上回る戦慄すべき規模で的中し、調べれば調べるほどに次第にアメリカによる日本社会のシステム的なロボトミー手術の有様が浮き彫りになってくる。ヘタなミステリーよりもスリリングであると同時に、現政権下でも着々と進行中の事態であるだけに逃れがたい危機感が押し寄せてくる。(中韓の反日感情への嫌悪→ナショナリズムへの揺り戻し→実は親米へのより一層の依存という流れが見え隠れしている昨今だけに)
・「日本民族の精神構造を破壊」
1987年に「菊と刀〜貿易戦争編」というレポートが出された。外圧によって日本の思考・行動様式を変形・破壊するべしと述べている。恐ろしい話だ。
表立った外圧の代わりに、年次改革要望書と外国貿易障害報告書による内政干渉が始まったのだ。日本の役人と政治家は、毎年、突きつけられる年次改革要望書を、宿題を与えられた学生よろしく、せっせと実現に努めている。
これはアメリカの第二の占領政策であり、日本改造計画だ。さらに今回は、日本人の精神構造を破壊しようとしている点で、日本民族の抹殺に近い。
本書でも書かれている司法制度改革だが、トヨタに対する日本人女性の2億ドル弱におよぶ損害賠償訴訟のニュースが生々しい。このままでは相次ぐ訴訟によって日本企業は体力を奪われてしまう。
ショックだったのは、中国のWTO加盟を条件に、建築家の資格制度のグローバルなルール作りに中国が協力したというエピソードだ。
アメリカと中国が手を結んでいる。日本民族の精神構造を破壊した後には、大量の中国人の殖民が始まるだろう。日本という国はなくなる。
アメリカと中国と2つの敵を相手にして、日本はこれからどう生き残るべきなのか。
是非とも本書を、できるだけ沢山の人に読んでもらいたい。そして問題意識を共有したい。日本の明日のために。
・「既にお読みになられた方へ。」
本書をまったく評価しないという書評もあるようである。
しかし忘れてはいけないのは、日本国内では既に、アメリカの唱えるグローバリズムに賛同しそれから利益を得ているものと、そうでない人々とに分かれているということだ。
あたかも日本人自らの議論により、自然発生したように見せかけ、押し付けではなく、日本人自身による改革のように見せかけるのは彼らの常套手段である。
「改革は、日本の利益になることばかりである」というのも、よく聞く言葉ではないだろうか。
また書評のなかには、著者の言葉尻を捉えて「米国側が言い出したものもいくつかはマスコミで大騒ぎになっており国民は、そのことをきちんと知らされているわけではないなどということは全く言えない」という言葉がある。
これは、冷静に読めば、「日本で発生したものはもちろん、米国側が言い出したもののいくつかは、マスコミで取り上げられていない」という言葉の裏返しである。
役所のHPを辿っていって、ようやく片隅に載せられているのが発見できるようなものを、本当に庶民に知らしめていると言えるだろうか。
改革によって不利益を被る全ての日本人が、本書を読んで真実を掴まれることを切に願うものである。
・「やがて哀しき日本人」
「忙しいから本読んでる場合じゃないんだけど」と思いつつ書店で即買い、一気に読了した。文句なしの名著といってよい。
改革、改革とマスコミを巻き込んで大合唱の日々である。でもこれって誰のための改革なの?と多くの日本人は疑問に思っている。貧富の格差は拡大し、治安は悪くなる一方だ。まるでどこかの国みたいになってしまうんじゃないか。そう、アメリカ様のようになってしまうんじゃないの・・・・。この本はそんなあなたの疑問や直感が正しいと証拠付きでずばりと答えてくれる。小泉改革とは、アメリカのイニシアティブで行われる、日本国のアメリカ人のためのアメリカ化のことでなのである。とすれば抵抗勢力とは「アメリカへの」抵抗勢力ということになろう。いずれにしても属国日本の政治はこのようにして営まれているのだ。著者も言うように、この国に蔓延する無力感と思考停止は、国民が自分の生を自分で決定できないこの状態の悲惨さに淵源するとしか考えられない。読んでいても、生々しすぎて時々吐き気に襲われる。
日本人は昔から、「改革」と言う言葉が大好きである。おそらくこれは自分に自信を持てない我が国独特の病だろう。しかし歴史的に見ても、改革が自発的に行われることは極めて少ない。改革などを要せず安定的にやってきた民族なのだ、我々は。したがって日本人にとって改革の多くは、外圧によってあるいは外国の模倣によって否応なく日本の「らしさ」を剥奪する事と同義でしかないのである。このことをなぜ大勢は気がつかないのか。時代と共に「らしさ」を剥奪され続ける国、日本。ぼやぼやしているとこの地球上から「日本」という国は消滅するのではないか。読者はそんな危機感を読後に味わわれるに違いない。「らしさ」を人工的に奪われお仕着せの社会制度の中で生かされる人間は、静かに発狂するのみである。
いずれにせよ、アメリカの手先に成り下がって恥じることない、売国内閣を存続させ続け、一緒になって改革大合唱団を演じている野党、マスコミは自分たちがどれだけ「お調子者」なのか反省するがよい。
・「君主論」
目的のためには手段を選ばない、目的は手段を正当化するといった意味の「マキャヴェリズム」、権謀術数に長けた人を指す「マキャヴェリスト」の語源となった、著者ニッコロ・マキャヴェリ(本書ではマキアヴェッリ)が、当時、彼が住んでいたフィレンツェの統治者に献呈した、上に立つ者の在り方、国の保ち方、民の治め方などを書いた、政治学の古典として名高い名著。「マキャヴェリスト」という言葉のせいか、著者にはあまり良いイメージを抱いていなかったのですが、本書を読んでそれが少し変わってきました。民を治める者は時と場合によっては悪人になるべきとか、新しい領土を得てそこを長く保つためには、前統治者の血縁を皆殺しにすればよいなど、確かに厳しいことも書いてあります。が、これらは過去の例をいくつも挙げていることからもわかるように、マキアヴェッリが初めて提唱したものではなく、大昔から何度も何度も繰り返し行われてきたことをマキアヴェッリがまとめたに過ぎないものです。美辞麗句を並べるよりも、たとえ冷酷と思われようとやらなければならないことはやるべきだという徹底した現実主義者マキアヴェッリの姿が見えてくるような気がします。あまり良くない意味でマキャヴェリストという言葉が使われだしたのは、おそらく本書に書かれているモーゼのことが気に入らなかった教会のせいではないでしょうか?(マキアヴェッリの著作は本書しか読んでいないので憶測です。他の著書にその原因があるのかもしれません)本書、講談社学術文庫版は、本文に入る前に前書きとして、『君主論』が書かれた当時のイタリアの政治情勢やフィレンツェの状況が簡単に説明されているので、マキアヴェッリが、なぜ、誰に対して、どのような思いで書き上げたのか、『君主論』を読み理解するのに多いに役立ちます。欲を言えば、もっともっと詳しい説明解説をつけてほしかったです。
・「麦酒の苦味に似た味」
中国や日本の古典は 経営者にもよく引用される。
「孫子」「五輪書」「論語」「日暮硯」等 いくらでも例は挙げられる。西洋の古典は 余りビジネス雑誌に出てくる事も無い。その中で 本書は健闘している。
マキャべりというと 元来悪いイメージが付きまとってきたのも日本である。性悪説に基づいた冷徹な「嘘つき」というようなイメージかと思う。僕もご多分に漏れず そんな先入観で一読した。
とんでもない。マキャべりは「人間とはどういう動物か」を語っているに過ぎない。
彼には「人間の善悪」というものは無い。善い悪いは抜きにして ただ 「人間とはそういうものだ」という彼なりの冷静な分析を披露しているに過ぎない。その意味では科学者が実験の結果を報告しているだけと同じだ。但し そこに分析されている人間の姿が 我々にとって 時には辛辣であることが 科学者マキャべり自身の評判を悪くしている。マキャベリにしたら迷惑な話だ。
「いかなる手段も 結果さえよければ必ず正当化される」「人は恐れている人より 愛情をかけてくれる人を容赦なく傷つける」 こんな言葉は否定出来ない。吉田兼好が読んだら大声で笑って 徒然草に引用したに違い無い。
「辛いのは中傷でなく真実である」とは 誰の言葉だったか忘れた。 マキャべりへの毀誉褒貶の原因は 彼の本に含まれている 苦い真実である。「苦味」が美味しいのは麦酒だけではない。
・「君主じゃなくても役立つ。うなずける。帝王学。」
この本は名前の通りの本です。イタリアである王様が即位したとき。マキャべりという人が「このような、たいへんめでたい席で。本来ならとっておきの宝物をお贈りするべきでありますが・・・。」といった感じで王様に贈った本です。時代背景を少しで構わないので知っておきたいところです。ただ、理論は非常に的確かつ鋭いです。まさに帝王学。君主を社長と読み替えても面白いかもしれません。なかなか現代にも通じるところがあると思います。
・「分かりやすい」
難解と言われている君主論がスッと頭の中に入ってきました。佐々木先生の翻訳が良いのでしょうか。字も大きいですので、お勧めの版です。
・「現代でも十分に生きる政治観」
他の勢力と結託して保護されている団体は、危うい。もし団体を守りたいなら、団体それ自体に由来する力を増強するしかない。雇われて味方をしてくれている“傭兵隊”は、都合が悪くなれば雲散霧消するか、裏切って敵対勢力にさえなりかねない。団体の持つ潜在的影響力が強大であればあるほど、他の勢力はその力を恐れ、弱体化させようと企むことはあるにせよ、一時的に味方をしたからといって“恩”を感じることなどない。「自らが自らとして強くなれ」。マキアヴェッリは他人に頼ろうとする甘さ、他人に恩を売っていると勘違いする愚かさ、自らの力を不用意に誇示する危険性を鋭く指摘している。
●公務員試験 行政5科目まるごとインストール―「知識」を「得点力」に変える解き方ガイド (公務員試験)
・「実戦力養成に最適。」
同著者によるテキスト『行政5科目まるごとパスワード』の問題集編。『パスワード』で知識を入れ、この『インストール』で公務員試験特有の引っ掛けかたが分かれば、過去問演習に入るだけの実力とテクニックが十分身につくようになっています。
レイアウトも見開きを基本に非常に見やすく作られており、行政5科目が出題される試験の受験生は、ぜひ揃えておきたい本のひとつです。
・「実戦力養成に最適。」
同著者によるテキスト『行政5科目まるごとパスワード』の問題集編。『パスワード』で知識を入れ、この『インストール』で公務員試験特有の引っ掛けかたが分かれば、過去問演習に入るだけの実力とテクニックが十分身につくようになっています。
レイアウトも見開きを基本に非常に見やすく作られており、行政5科目が出題される試験の受験生は、ぜひ揃えておきたい本のひとつです。
・「カストロ」
キューバ革命の指導者カストロの人生が書かれています。かなり、有名な指導者ですが、チェ・ゲバラの方が、注目が高く、一般向けの本は少ないのではないでしょうか。知られざるカストロの人間像がわかります。カストロの生い立ちや大学時代、チェ・ゲバラとの出会いなど、カストロを理解するのにとても良い本だと思います。また、当時のキューバや中南米の時代の空気が伝わってきます。巻頭には、カストロの写真も載っていて、いいです。若い頃は、ヒゲはやしてなくて、かなり雰囲気違うので、一度見た方がいいと思います。結構上品な感じです。現在みているイメージによる先入観を変えてくれると思います。
・「天才の生涯」
日本ではカストロは共産主義者ゆえにあまり多く知られていないが、人間としてはまさしく天才に近い人物で、全面的な能力に長け、人間としての魅力もずばぬけている。この本は天才カストロのこれまでの生き様が描かれていて、カストロという天才のすごさを実感できる。
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