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▼死生観:人気ランキング

[新装版]活眼 活学[新装版]活眼 活学 (詳細)
安岡 正篤(著)


遺品整理屋は聞いた! 遺品が語る真実 ~消せなかった携帯の履歴、孤独死のサイン、女の遺し物…~ (青春新書INTELLIGENCE 220)遺品整理屋は聞いた! 遺品が語る真実 ~消せなかった携帯の履歴、孤独死のサイン、女の遺し物…~ (青春新書INTELLIGENCE 220) (詳細)
吉田 太一(著)

「深く考えさせられました」


スヌーピーたちの人生案内スヌーピーたちの人生案内 (詳細)
チャールズ・M・シュルツ(著), 谷川 俊太郎(翻訳)

「ストレスだらけの社会に」「辛いとき、疲れたときに」「素晴らしい」「私には抽象的すぎて・・・。(15分で読めます)」


納棺夫日記 (文春文庫)納棺夫日記 (文春文庫) (詳細)
青木 新門(著)

「静かな深い感動があります」「「死」と向き合う仕事 映画「おくりびと」を観てから読みました」「黒色の(単行)本」「元ネタ」「日記部分はそう多くありません」


ほんとうの心の力ほんとうの心の力 (詳細)
中村 天風(著)

「中村天風氏にささげる良書」「繰り返し読む天風哲学」「要約版ながら味が残っています。」「天風哲学のエッセンス」「支えになる人生の参考書」


生まれ変わりの村1生まれ変わりの村1 (詳細)
森田 健(著)

「死んだらどうなるのか」「死んでも死なない」「ビックリする、考える、でも、おもしろい」「とてもリアルです」「ノット・ファイド・アウエィ」


死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫) (詳細)
エリザベス キューブラー・ロス(著), Elisabeth K¨ubler‐Ross(原著), 鈴木 晶(翻訳)

「人生の終末を選べるのなら…」「人生を考える20世紀の古典」「直らない病気に冒された患者の心」「良書だがいくつか疑問も」「結構おもしろい」


なぜこんなに生きにくいのかなぜこんなに生きにくいのか (詳細)
南 直哉(著)

「僧侶の泥臭いくらいに人間らしい言葉が詰まった一冊」「「悲しみを止めてはいけない」」「霧が晴れました〜♪」


安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う (詳細)
安岡 正篤(著)

「腹に収めて忘るべからず」「こころにしみる一言一言」「まさに座右の書」「「自分から」を思い知らされた。」「ゆっくりと慌てず一日づつ…」


神との対話〈2〉宇宙を生きる自分を生きる (サンマーク文庫)神との対話〈2〉宇宙を生きる自分を生きる (サンマーク文庫) (詳細)
ニール・ドナルド ウォルシュ(著), Neale Donald Walsch(原著), 吉田 利子(翻訳)

「シリーズで最も過激な内容。」「日本人の感性としては自然に読める内容でした。」「何度読んでも新たな発見のある宝物」「すばらしい。」「前作を超えた面白さ!」


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▼クチコミ情報

遺品整理屋は聞いた! 遺品が語る真実 ~消せなかった携帯の履歴、孤独死のサイン、女の遺し物…~ (青春新書INTELLIGENCE 220)

・「深く考えさせられました
早速拝読生き方そのもの、生活そのものを深く深く考えさせられる内容です。日々身の回りを片付けておかなくては。自分の生き様をさらす最後の生活の場。美しく有りたい、残した人々に迷惑をかけたくない「日本人の美意識」がどこかへ行ってしまったような思い。自分だけは「日本人であり続けたい」ためにやっぱり整理しておこうと考えさせられました。この書籍は友人知人にクリスマスプレゼントかな?

遺品整理屋は聞いた! 遺品が語る真実 ~消せなかった携帯の履歴、孤独死のサイン、女の遺し物…~ (青春新書INTELLIGENCE 220) (詳細)

スヌーピーたちの人生案内

・「ストレスだらけの社会に
ピーナッツ(スヌーピー)のキャラクターの言葉には人生がそのまま映し出されているような気がします。それぞれの愛すべきキャラクターたちの含蓄のある言葉。クスリと笑ってそして人生を深いものにしましょう。私もピーナッツにどのくらい助けられたかわかりません。

ちなみに、今年の目標はSnoopyのせりふ"KEEP LOOKING UP... THAT'S THE SEACRET OF LIFE..."上を見続ける...それが生きるコツさ..

装丁もとてもおしゃれです。一家に一冊、お勧めします!

・「辛いとき、疲れたときに
昔から大好きなスヌーピーたち。含蓄のある言葉が多いとは思っていたけど、こんなに良いこと言ってるなんて。元気が出たり、頑張ろうと思える言葉が載ってます。ちょっと疲れたときに読むといいです。

・「素晴らしい
ちょっと辛いとき、半歩だけ足を前に踏み出せそうな本。 誰かにプレゼントするも良し、自分の部屋に飾るも良し 本自体も最高に可愛いし言うことなしです 是非一家に一冊どうぞ

・「私には抽象的すぎて・・・。(15分で読めます)
見開き1ページにスヌーピーの絵と一言が英語と日本語で書かれているという構成です。約50個の格言のようなことが書かれています。テレビで見て、自称「本のソムリエ」という方が絶賛していたので、購入しました。しかし、私には、抽象的すぎて、正直あまり心に響かなかったです。

でも、その中にも好きな言葉があったので、一部抜粋します。「誰にも愛されていないと、みんなに愛されているふりしなきゃなんないのよ!」「野球試合が目のまえにないと、ホットドックは本来の味がしないものなんだよ。」「人生という本には、うしろのほうに答えがかいてあるわけじゃない。」

15分ほどで読み切ってしまいました。

スヌーピーたちの人生案内 (詳細)

納棺夫日記 (文春文庫)

・「静かな深い感動があります
遺体を清め、棺に納める。その職業に就いた著者の、淡々とした語りが続いていくのですが、単なる作業ではなく言葉で言いあらわせないような、人間として生きたいのちの尊厳への畏怖のようなものを感じます。それは、死してなお、肉体が存在する限り魂も共にあるという感覚でしょうか・・・ 人間とは何か、自分とは何か、家族とはなにか、なぜひとりひとりの命が尊いのかを、活字ではなく、行間からにじませる、すばらしい作品だと思います。目に見えない何かを感じようとされている方に是非読んでいただきたい本です。

・「「死」と向き合う仕事 映画「おくりびと」を観てから読みました
筆者の青木新門さんは、新聞の求人広告をみて、冠婚葬祭会社に就職され、現在は専務取締役をへて監査役を務めている方です。(文庫本の紹介より)

ご本人が書かれている「納棺夫」とは、亡くなられた方に最後のお別れの化粧を施し、永遠の旅立ちに対して、それへの衣装を着せ、故人を偲ぶために一番美しい状態へと蘇らせ、そのご遺体を棺に納めるという職業です。

第1章の「みぞれの季節」は、まさしく映画にも登場したエピソードの数々が収められています。「穢らわしい」と妻に叫ばれた挿話はこの仕事の厳しさでもありました。筆者は元々詩人であり、若いころ文学を志しただけあって実に流麗な文章が綴られています。また、宮沢賢治の人生観やその詩にも共感しており、よく引用しています。第2章の「人の死いろいろ」では、筆者が体験した「死者」の姿やそこでの思いが切々と綴られています。

個人的に素晴らしいと思ったのは、第3章の「ひかりといのち」でした。そこには筆者の宗教観が明確に記されています。特に浄土真宗の開祖の親鸞上人の教えと「教行信証」や「大無量寿教」の記載について詳しく解説がなされています。「歎異抄」の教えも含めて難解と思われる教義をできるだけ分かりやすい言葉で綴られているのは、この仕事を通して導かれた境地なのでしょう。なお宗教用語に関しては、11ページに渡って筆者の注釈が掲載されています。其の後に続けて掲載されている『納棺夫日記』を著して、も筆者の人柄を感じさせる話が沢山収録されてあり、人として立派な方だというのも理解しました。

・「黒色の(単行)本
富山県で葬儀社にお勤めになった青木氏の1993年3月初版第1刷をよみました。死を穢らわしいものとしかおもえないのに、仕事でやっている方たちを超越した、さわやかで詩的なすばらしい作品です.宮沢賢治がよくでてくるのは著者が心酔しているからです。序文は近頃亡くなられた吉村昭が「美しい姿」の題のもとに賛辞をよせている。青木氏がいまどうしていらっしゃるのか好奇の念にかられることしきり。

文庫本ではなくて単行本を読んでの感想です。

・「元ネタ
モントリオール映画祭グランプリを受賞した映画おくりびとの元ネタになったと言われています。

・「日記部分はそう多くありません
日記という表題がついておりますと、全編が納棺夫としての日記(エピソード)だと思いますよね。  そう思って読み始めたとしたら、少々がっかりすると思います。 前半の三分の一はたしかにそうなのですが、それ以外の部分は著者の思索の変遷を辿った、仏教に近いところにある思想書です。

怖いもの見たさで読むんだったら立ち読みで十分。やむを得ない事情で卒塔婆小町の域に入ってしまった死者たちとの触れあいが書かれています。 著者の青木さんも、これらのすさまじい体験から生と死を見つめざるを得なくなり、思索の道に入っていきました。 そもそも、納棺夫の職に就く前は青木さんは(売れない)詩人/小説家だったのです。 ですから、この納棺夫日記は文章も洗練されていて、訥々とした無骨なところはありませんでした。

宮沢賢治も多く引用されていました。 彼は浄土真宗の素地に法華宗の影響を受けた人物ですが、青木さんは宮沢賢治の詩を引用すると同時に、彼の評論もしています。

親鸞聖人についてもさかんに取り上げています。 納棺夫日記の根幹思想と思いましたが、わたくしは仏教の素養がなくて、あるいは脳足りんのせいでまとめることができませんでした。 著者の青木さんは詩人ですから、詩人の素質がある宗教家、思索家には強く魂を揺さぶられるようです。

納棺夫日記 (文春文庫) (詳細)

ほんとうの心の力

・「中村天風氏にささげる良書
長いお話が苦手な人にも読めるよう、特別な編集がなされた良書です。

天風哲学のエッセンスをうまくコンパクトにまとめていると思います。

情報、知識であえいでいた心が、軽やかに健やかになれること請け合いです。

こころのあり方を考えたい方内面を磨きたい方にはぜひオススメします。

・「繰り返し読む天風哲学
本書は1つの題目が見開き1ページに纏めてあるほか、持ち運びに便利なミニサイズであるため、非常に読みやすい。このため、隙間の時間に繰り返し読んで天風氏の哲学を噛み締めることのできる良書。

ただ、中村天風という人物を全く知らない人にとっては、一読では氏の本当に伝えようとする意味を汲み取ることは困難だと思う。この場合、他の関連本を読んでみるのもいいが、本書を繰り返し読むことで真意を理解することができれば、きっと末永く心に染み込んで財産になると思う。

生涯読み続けることのできる最高の書。

・「要約版ながら味が残っています。
天風氏の語りの味を損なわず、1ページに1題目で編集されており、大変身近に据えておける良書です。

オリジナルとしては高価な本が多いですので、「君に成功を贈る」、「運命を拓く―天風瞑想録 」で、天風氏の語り口調を味わい、感銘を受け、「この本」を常備する。 という流れをお勧めします。

・「天風哲学のエッセンス
中村天風先生の哲学に関しては、正直言って、自分の中で賛否両論あるのですが、この本に関しては100%推薦できる名著だと思います。この本は天風哲学のエッセンスをコンパクトに編集したもので、余分なものがカットされているため、違和感なく読めました。天風哲学はちょっと苦手という方も、この本なら納得できると思います。読めば読む程、学びが深まっていく深い内容の本なので、気に入った方には、再読、三読をオススメします。

・「支えになる人生の参考書
どこから読んでも人生の指針となる内容。こういう考え方を知っているのといないのとでは毎日の取り組みに雲泥の差がでると痛感しました。

ほんとうの心の力 (詳細)

生まれ変わりの村1

・「死んだらどうなるのか
死んだらどうなるのかまさに死人に口なしで死んだ人からその後のことを聞くことはできません。前世について書かれたもの、輪廻転生について書かれたもの、それらが多く出回っていることによりどうやら「私」という存在は消滅することなくずっと続いているらしいのだが、しかし前世を覚えていなければあるいは思い出す方法を知らなければ自分の存在が永遠であることを実感することはできないでしょう。 仮に覚えていたとしてもそれがアトランティス時代の科学者だとか、中世ヨーロッパの貴族だったとして、それらが確かであることを証明する方法は皆無でしょう。証明する術のない死後の世界を語ることはこれまでは精神世界または宗教界の狭い世界だけに限られた独占市場でした。 本書には特別な人は誰も出てきません。代わりに生まれ変わった先が隣の家であったり、前世で孫であった子と同じ中学のクラスメートなった人、他にも前世の家族と再会を果たし、死んで生まれ変わったことを証明できる人々に一人ずつ森田氏との会話形式で話が進み、前世を記憶する意外な方法を知ることになります。 いつか訪れるであろう死と、そして死後について語られる一人一人の証言には誰かの教えや悟りや脚色も一切ありません。 本書が世に出てきたことによってこれまでの死生観、つまりわからないままあやふやにしてきた死後の世界、それだけではなく今まで私たちが常識だと思っていた生き方に一石を投じるだけではなくやがて大きな波紋となるだろうと思っています。

・「死んでも死なない
前世やあの世のことに興味を持つよりも、今の人生をしっかり生きることのほうが大切であるというようなことを耳にすることがよくあります。でも、前世やあの世のことを知ることで、人生観や価値観が変わり、生き方ががらりと変わってしまうこともあると思います。死は誰にでもいつか必ず訪れるものであり、死に対する潜在的な恐れや不安がその人の価値観や善悪の概念に反映されていることがあると思うからです。本書によれば、死の瞬間は驚くほどあっけなく、人によっては死んだことを自覚していない人もいます。あの世に行った人もいれば、行っていない人もいて・・、そして、どの人も等しく唐突に生まれ変わります。 あの世は、これまで一般的に言われていたような世界とは異なり、この世と同じように動いていて、生活もあるようです。証言は人によって千差万別であり、読者によってはさまざまな証言に混乱を覚える人もいるかもしれませんが・・、ただ一つ確実に言えることは、「死んでも死なない」ということだと思います。 死んでも「私」はずっと続いており、生まれ変わっても、「私」はそのまま続いている・・前世や来世では、「私」は別の性別や性格に生まれ、まったく別の人生を歩んでいるのだと・・ この「死んでも死なない」という事実を知っているかいないかで、人生観や価値観がすっかり変わってしまうのではないかと思いました。それぐらい衝撃を受け、いろいろなことを考えさせられる本です。

・「ビックリする、考える、でも、おもしろい
買ってからなんどもよんでます。ここまでなんども読んじゃう本もめずらしいです。ええーっと思って閉じて、また開くって感じです。あの世の証言(しかも複数・多数)というのが人類初だと思います。時間をかけてコツコツ取材されてます。せっかく出てきたのに知らないであの世に行ったら大変だと思います。なんの親孝行もしてないですがこれだけは親しい人や年取った両親にケチな私がプレゼントしてしまいました。また読んでると頭が真っ白になるんです。視点移動(反転?)の本としても面白いと思います。自分がいくら思考で越えようとしてもこえられない向こうの話だとおもいます。また旅行記(写真がたくさんはいってます)、取材記、としても面白いと思います。中国の奥地の暮らし…また証言されてる人たちが食事を作ったりするシーンもあります。生きたり死んだり…親子や性や人間の悩みや疑問の糸口かもしれないものがぎゅぎゅっと詰まってます。しかし著者はなにも結論付けていません。自分で読む本です。そこもなんども読んでしまうゆえんかもと思います

・「とてもリアルです
死の瞬間からこの本は始ります。厳しい環境の中で生きている人や悪事を働いた人、病気で亡くなった人など様々な環境の人が証言者として次々出てきます。今まで死の先はあまりにも漠然としているし生まれ変わるにしてもとても限定した情報しかないと思いました。

例えば祖父が亡くなってその家族や親戚に赤ちゃんが生まれたらお祖父ちゃんの生まれ変わりかもという程度かとても遠い過去が前世だということで証明が難しいので否定も肯定もできないものでした。願望と想像がごちゃまぜで架空の域を出てはいなかったと思います。でもこの人たちは生まれ変わる瞬間にようやく自分が死んだことを知っていきます。意外な前世記憶法がこんな風に作用するのはなかなか飲み込めないですが事実なんだと思いました。 この本に書かれている死の記述も生まれ変わる瞬間も非常にリアルだと思いました。死ぬのも突然ですが生まれ変わるのも突然の出来事でそのことを含めても人生そのものが詰まっていると思いました。今までの人生の影響は次の人生にはありませんでした。それも常識では考えられないことだと思いました。あの世にしてもフワフワとした甘さはありませんでした。霊になった自分を想像しても今まで聞いた天国やお花畑よりこの方がリアルな感じがします。そして生まれ変わって前世の家族に会うことやその後の交流は自分の事のように読んでしまいました。 記述は森田氏が取材した順にされていて自分がその取材に同行しているような気分にもなれると思いました。写真も沢山あり森田氏のコメントにより一緒に考えられる本になっていると思いました。親にも読んで欲しくてプレゼントしてしまいました。

・「ノット・ファイド・アウエィ
死ぬということは、生物であれば当然として待ち受けているイベントです。それについて各宗教諸説あって、どれが本当やらわからずに、どうなるのやら不安をいだかせるというこには変わりはありませんでした。それが著者の調査という現地へ入って地道な聞き取りを数年にわたり続けてきた報告がこの本です。それによるとどうやら肉体は滅んでも、魂は私という意識を持ったままあの世へ行って、さらにこの世へと消えずに舞い戻ってくるようです。それにはこれといった基準らしきものは、なくヤクの売人として前世では、放蕩三昧の末に銃殺された人も、生まれ変わり、今世は幸せに暮らしているようなのです。そして前世と今世の私としての記憶が混在したままに前世とは違った私をどの方も選ぶこともできずに、今の私をしていました。この本から、あの世の描写も証言からいろいろとわかってきます。そして各証言かぶるようなことも多くそこからあの世をイメージすることもできました。そして何より大きいのは、肉体は死んでも私という魂は消えることなくありつづけ、以外な前世を記憶法を知らせてくれることには、読む者を引きつけます。

生まれ変わりの村1 (詳細)

死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)

・「人生の終末を選べるのなら…
私がこの本に出会ったのは、わずか13才の時。精神科に看護婦として勤める母が愛読していた事で、タイトルのインパクトから好奇心をくすぐられて読んだのが最初だった。13才の私にはどう読んでも「死」への恐怖が強調されているようで(怖かった…)と印象に残っていた。そして今、32才になり、友人・我が子を見送り、いずれは母・そして私にも必ず訪れる「死ぬ瞬間」をいかに迎えるのか?そのために日々をどう生きて行くのか?皆が恐れてやまない「死への恐怖」のメカニズムを、精神科医である著者が見事に解き明かしてくれている。13才のあの時、読んでいて良かったとも思える。トピックが「死」であるからといって、子供には…などど思わず、直面する現実を親子で考える時間のきっかけにさえなる。良書とはこういうものであり、これはそう呼ぶに相応しい1冊だと確信する。

・「人生を考える20世紀の古典
著者はスイス生まれの心理学者。アメリカへ渡り、200人の末期ガン患者に直接面談し、彼らが死にいたるまでに、「否認と孤立」「怒り」「取り引き」「抑鬱」「受容」の5段階の心の動きがあることを発見した。何人も死を恐れているのだが、なかんずく、「病気を治療する」ことのみを教育された医者そのものが死を直視しようとせず、治る見込みのなくなった患者をいかに孤独のうちに死に追いやっているかを鋭く指摘する。尊厳死とかホスピスの出発点となった本であり、それらの著作のある日本の山崎章郎氏や柳田邦男氏にも大きな影響を与えた。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」が環境保護運動の出発点となったように、この本は尊厳死の古典となるにちがいない。

・「直らない病気に冒された患者の心
直らない患者に医者は冷たい、という。病院は病気を治すところであって、直る見込みのない病気はもはや医者のものではないからである。末期医療の重要性が認識されて久しいが、この現状は今も変わらないようだ。

直る見込みのない病に冒され、死を待つしかない患者の心は、想像を絶する。本書はそうした末期患者へのインタビューを通して、患者の怒り、恐怖、不安、悲しみを和らげていく試みの記録である。

何人もの患者が登場するが、皆、何がしかの凝りを心に持っていてそのために苦しんでいる。インタビューをきっかけにその心情を吐き出し、家族との絆を深めたり、心の平静さを取り戻したりしていくその様子にはほんとうに胸を打たれる。

キューブラー・ロスといえば臨死体験とか死後の世界というイメージが強いが、本書にはそういったニュアンスは全くない。原書の出版は1969年というからもう40年ちかく前になるが、いまだに末期医療のバイブルとされている名著だそうだ。その評判に偽りはない。

・「良書だがいくつか疑問も
 「死の五段階受容説」を提唱した本として著名である。 しかし、読んでいて不思議に思ったのだが、必ずしも著者自身は「五段階の受容が段階的に行われる」とは明確に書いていないのだ。確かに、章には「第一段階 第二段階」とあり、「まず最初の反応は・・である」という書き方がしてあるのだが、ここで挙げられている具体的なケースとなると、必ずしもこの五段階をその通り踏んでいない変則的なケースの方が多い。なので、「五段階受容」と理解してしまうと、必ずしも実際にそぐわないのではないか、という疑問がある。 もうひとつの疑問は、おそらくキリスト教的死生観から来る「受容」をベターとみなす価値観である。「死」が約束されているひとは、「死」と闘おうとせず、静かに来るべき「死」と和解したほうがよい、という価値観から設立されているのがホスピスである。しかし、宗教的なバックグラウンドなしに、「死」と和解して死んだほうがよい、と言い切れるものだろうか? あくまで「死にたくない、生きていたい」と生に執着する生き方もあるのではなかろうか? この本に関して以上のような疑問があまり表立って唱えられていないが故に、わたくしは不思議に思う。実際、日本という非キリスト教国では、ホスピスはうまく機能していないのだ。 疑問は呈したが、末期医療に一石を投じた古典であることは間違いない。日本の読者と言えども一読の価値はある名著だ。

・「結構おもしろい
この本は1969年に出版されてから、末期医療に関わる人の「聖書」とも言うべき存在になっているらしい。ガンなどの病で亡くなる患者の死は、一瞬ではなく、五段階に分かれるという、「死の五段階説」について書かれているのがこの本の大きな特徴。まずガンを告げられた患者は「否認」の状態に入る。つまり、「俺がガンになるわけなんかない」と考える。2段階目は「怒り」である。「何故俺(私)なんだ。」という気持ち。3段階目は「取り引き」。「俺(私)が死ぬのはしょうがないから、息子が20歳になるまで生かしてください」と神や医者と取り引きをしたがる。4段階目は「抑鬱」。入院によって体力がなくなり、病気の事実を否定できなくなると、無気力や喪失感が生まれてくる。そして最後が「受容」。この段階に入って患者は死を覚悟する。この5段階は人によって長さや順番が変わることもあるという。自分は別に医療に携わる仕事をしているわけでもないし、その予定もないが、なかなか勉強になった。

死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫) (詳細)

なぜこんなに生きにくいのか

・「僧侶の泥臭いくらいに人間らしい言葉が詰まった一冊
「なぜこんなに生きにくいのか」このタイトルに『ドキ!』っとして、本を手に取りました。最近、仕事の環境が変わり、仕事も私生活も、生きて行くのって結構大変なことだなと感じ始めていたからかもしれません。

この本をひと言で説明するとしたら『「自分とは何か」「なぜ生きるのか」という問いを抱え、自身が生きるため仏教を極端に”私流”解釈した僧侶の、泥臭いくらいに人間らしい言葉の詰まった一冊』です。

著者は福井のお寺の住職兼恐山の院代というお方ですが、仏教用語はほとんど出てきません。お坊さん=お行儀の良いことしか言わないというような先入観があり、「人は生きることに意味がある、生きているだけで価値があるんだよ」と説くものかと思いきや「生きていること自体に意味がある、という幻想は捨てたほうがいい」と言う。そんなリアルな言葉がひとつひとつ胸に刺さり、生きにくいと思っていた現実も、実は自分が作り上げた幻想ではないかという気がしてきました。

とても読みやすいので、著者の言葉や問いを考えることに頭を使うことができます。「自分とは何か」「なぜ生きるのか」という問いを持っている、特に若い人にお勧めします。

・「「悲しみを止めてはいけない」
こんなにストレートなタイトルでいいのだろうか? と少し不安に(ほんとにおせっかいですが…)なったのですが、読了すると、やっぱりこのタイトルしかなかったよな、と納得しました。

30年前の学生時代(フルッ)、禅に(道元に)惹かれたことがありました。もちろん「ヤワ」な性格ですので、修行するわけではありません。どてらを着こんでコタツに入り、昆布茶をすすりながら頁をめくっておりました。主に内山興正氏や澤木興道氏の著作です。

この本を読んでいると、そんな「ヤワ」な青春時代の感性が蘇ってきました。宗教というと、いかがわしさがつきものと思われる方も多いでしょう。しかし、上記の2人や、この本の著者である南氏は少し違います。たとえば、南氏は自分の不運を先祖のタタリとする考え方を「人間関係で孤立している人が、自らの苦境と、そこから生じる不安を、死者のせいにする。…」と一喝しておられます。ただキツイだけではありません。「悲しみを止めてはいけない。その悲しみが自分と他人を傷つけないように悲しみの流れを導いていかなければならない…」。なんか上質の詩を読んでいるようでありました。仏教はすごいよな、と実感する一冊です。

・「霧が晴れました〜♪
ここのところ、様々なことに鬱々としていた私にとっては、頁を読み進む内に「そんな考え方もあるかもね〜」→「ん・ん〜?」→「な〜るほど!!!」という一冊でした♪

抗えない状況に出会ったときに、どう自分は向き合うのか…そこに私自身が映しだされる…そして、それは「最後に残された自由」という発想に、ハッとしました。どう向き合おうと、自由なんですよね…結局。こうしなければならない…なんて、自分で自分の選択した形にはめ込んでいるだけのことかも。他人の尺度ではなくて、私自身の中に尺度を育てればいいんだわ!そう思ったら、なんだかモヤモヤしていたものが、ふっと晴れました(^^)

「慈愛」と「敬うこと」の根源は「想像力」という導きに、膝を打ちながら読み終えました。この本に出会えたことに、感謝です♪

なぜこんなに生きにくいのか (詳細)

安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う

・「腹に収めて忘るべからず
その根本原因としては、現代人が人間の本質を胸・腹(情意)ではなく、頭(知)に置いてしまっていることが挙げられるだろう

本書はこういった現代人の病巣を鋭く抉り出し、どう生きていけばよいのかを直接的・間接的に教えてくれる

昨今は利を貪る輩がもてはやされる傾向にあり、たいへん危険な兆候にあったように思うが、こういった書が世に出され、そして多くの正しい眼を持った人たちに読まれる限り、日本もまだまだ捨てたものではないようにも若輩ながら思う次第である

ただ知識・見識・胆識とあり、胆識に重きをおく限りにおいては読んだだけでは一知半解なのは至極当然で、私も日々自分の思考と行動に結びつけ、この書を真の実学、活学として生かしていきたいと思っているそしてこれから読まれる方にも是非そうしていただきたい

福澤諭吉翁が「日々の教え」にて書いた”腹に収めて忘るべからず”の一語にふさわしい一言一句が珠玉の名言ばかりのまさしく真の名著といえる内容であり、より多くの方が読まれることを切に願っている

・「こころにしみる一言一言
購入してから毎日読んでいる。一言一言がこころにしみる。生きていく道しるべとなってくれている。安岡正篤の本は、読みこなすことがむずかしい。この本の一文は、短いだけにこころの琴線に触れる。より勉学に励まなければと自分に考えさす。

・「まさに座右の書
よくある1日1言形式だが、とても良くできている。平均的に1ページに2つの話があり、時間のない忙しいときにも、1言分は読むことが出来る大変有り難い書。1つ1つの分量は多くないが、1言1言がとても重い。真に生きるとはどうあるべきか、と言うことを考えさせられ、読むたびに身が引き締まる思いがする。また、東洋思想の奥の深さを思い知らされた。日々の自分の行動の振り返りにも、是非使いたい本。

・「「自分から」を思い知らされた。
 気持ちがなっていない私は、愚痴を言っている自分がいやになるときがあります。それだけ、自分の行いのいたらなさを、他のせいにしているのでしょう。 このほんの一節に「本当の自分を知り、本当の自分をつくれる人であって、初めて人を知ることができる、人をつくることができる。」とあります。「教育は人づくり」などと口では言ってみても、まず自分づくりをしっかりすることが大前提なのだと気付かされました。 また、安岡先生の他の著作も読んでみたいと思うようになりました。

・「ゆっくりと慌てず一日づつ…
あのトヨタでさえ要はリコール隠蔽…そしてパロマ…親殺し子殺し…

宮崎アニメ「ゲド戦記」のキャッチの「人間の頭が、おかしくなっている」に目が釘付けになった。 秀逸なクリエイターは何かを感じ、警鐘をているのだろう、きっと。

日本人の心は少しおかしくなってはいまいか? そういった時期だからこそ出会ったのかもしれない、、、この書籍に。 ゆっくりと慌てず一日づつ…心を養い、生を養おう

安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う (詳細)

神との対話〈2〉宇宙を生きる自分を生きる (サンマーク文庫)

・「シリーズで最も過激な内容。
この作品は3部作の中でもっとも難解で過激な問題作です。冒頭でニール・ドナルド・ウォルシュ氏はこの内容を公開することに抵抗があったことを告白しているし恐怖を感じているとまで書いています。それもそのはず、この作品の内容はあまりにも尋常ではありません。本書で取り上げている主な話題は時間の概念や善と悪の解釈、セックスに対する考え、教育問題、政治問題、環境問題など地球規模の問題点や疑問を人類に対する奥深い洞察による回答と崇高な教えで示しています。おそらく最も議論を呼ぶのは善と悪に関する解釈ではないでしょうか。

じつは善も悪も私たちの妄想であり、究極の現実には「正」も「悪」もないらしい。だからヒトラーのような極悪人でも天国に行ったということが書かれています。このことに疑問や反感を感じる人は自分で本書を読んでほしい。なぜ悪人は存在しないのか詳細に書いてあります。究極的に言えば意識レベルの高い人と低い人がいて、低レベルの人が悪事を行ったとしても低レベルなりに最善のことを行っているんです。そもそも「正」と「悪」は時間や環境やその他諸々の条件や変数に影響されるものであって、そのように変動する価値観は絶対的ではないのです。

だからといって当然のことですが誰かを殺してもいいなどと言っているわけではありません。みなさん誤解しないでください。あくまでも高度な知識による高度なレベルでの理論ですから、人類のようなまだまだ原始的なレベルでは悪いことをすれば処罰されます。そのことを踏まえたうえで本書を読んでください。かなり過激な内容ですが、その偉大な知識、人格(?)、ユーモアセンスどれをとっても素晴らしい。わたしが唯一尊敬できる本です。

・「日本人の感性としては自然に読める内容でした。
総論から各論に移った、という印象をもちました。第一巻では神と人間・個人の関係についての対話でしたが、第二巻は、神と人類との関係について対話がなされています。おこがましいかもしれませんが、違和感、突出感というものは感じませんでした。キリスト教の教義を理解していないせいか、日本人の感覚からすれば実に自然に受け止められる内容だと思います。人間の作り上げた論理の呪縛を解きほぐしていくような”体験”です。日本では近代化・国際化の名のもとにそれまでの感性・教養を放棄しつつありますが、むしろそのことが心配になってきました。アメリカでこういう本が出版されたということにも興味がわきました。アメリカの深層部分を反映しているとも考えられます。読書というより”体験”する本です。どなたにも体験していただきたいと思います。

・「何度読んでも新たな発見のある宝物
人類の宝物である『神との対話』シリーズの二冊目。この本の圧巻は、セックスの真実を書いたところだろう。だれでも知っていて、でも、隠し続けているセックスの素晴らしさを、わかりやすく、本当に納得のいくかたちで説明してくれる。人間が、セックスという行為をすることの本質を、ここまで見事に解明した本は、今まで存在しない。また、ヒトラーは、地獄ではなく、天国にいったという、最初は衝撃的だが、読み進めると、心からその通りだと思える話や、政治や環境問題などについても、実に深く考えさせられて、それでいて、とてつもなく実践的なうながしのある本である。また、教育の話の途中で、ルドルフ・シュタイナーの名前が出てくるのも、とても嬉しい。シュタイナー教育の素晴らしさを再確認できる。とにかく、いろんな人に読んでいただきたい。何度読んでも、新たな発見があります。

・「すばらしい。
本当に面白いです。一冊目を3時間で読んで次々読んでいきましたがなんともいえない魅力的な神様に引き込まれてしまいます。宝箱といった感じの本です。また、友達にプレゼントするため買いなおしました。みなさんもどうぞ。

・「前作を超えた面白さ!
前作は、主に個人的な問題について言及されていましたが、今回は主に世界的な問題を扱っています。有史以来、この地球上には戦争がなくならず、神も「原始的な社会」と嘆きます。神は地獄などというものは作っていないと言います。現在は、この地球上が地獄になってしまっているのだと思います。

このような悲惨な状況を打開するには、まずは個人個人がバラバラであるという意識をなくすことが大切だそうです。地球人みな家族という考えです。それから、全てをオープンにすることも大切であると言われます。秘密主義を止めて、お金のやり取りなどをオープンにするのです。

また、地球上に存在する宗教観も茶番であると嘆いておられました。神は、こうすれば天国に行けるとか、罪を犯すと地獄に行くとか、そんなことはあり得ないと言います。また、カルマを解消するために生まれてくるとかそんな話はないと嘆いています。これらは全て、愚かな地球人の集合意識の賜物であり、間違った宗教観に根本原因があるのだと思います。

我々には自由意志が与えられており、神を喜ばす唯一の方法は、我々一人一人が自分自身を偉大であると知り、魂を成長させるような経験をすることであるとの気付きが得られました。オススメします。

神との対話〈2〉宇宙を生きる自分を生きる (サンマーク文庫) (詳細)
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