悩む力 (集英社新書 444C) (詳細)
姜尚中(著)
「数時間で読めるし、その数時間を費やす価値のある読んでも良い本。」「初めて読む人にはいいかも」「 K100Ds さんのレビューに賛成」「ウェーバーと漱石の違い」「私にとっては結局、タイトルが1番衝撃的だった」
「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書) (詳細)
大井 玄(著)
「診療経験は尊重すべきだが、洞察中心の主観的論証方法には問題あり」「痴呆老人から見える日本社会の病理」「「自分」の探究」「つながりたい「私」」「なるほど「痴呆」老人」
暴走する脳科学 (光文社新書) (詳細)
河野哲也(著)
「タイトルは品がないが、良書。」「脳科学とは何なのかを考える良書」「タイトルと内容の乖離」
リアルファンタジア 2012年以降の世界 (詳細)
山川 健一(著)
「僕らはどこからきてどこへいくのか、考えたくなる本」
「考えるとは本質に対する洞察。」「ソフィーの世界を超えた名著」「答は『詩』・・・イワン・カラマーゾフの悩み」「愉快だ!」
知に働けば蔵が建つ (文春文庫) (詳細)
内田 樹(著)
「頭の体操」「読んでみていろいろと気付くことが多い本です」「著者は確信犯です」
寝ながら学べる構造主義 (文春新書) (詳細)
内田 樹(著)
「非常に危険な本」「面白いです」「読め!」「「おじさん」の無様な小遣い稼ぎ」「入門書としては酷評をしなければならない」
14歳からの哲学 考えるための教科書 (詳細)
池田 晶子(著)
「自分の子供には正直読んで欲しくありません」「勇気をもってオジサンに読んで欲しい」「わかるのか・・?」「14歳からの哲学を読んで」「私は大人ですけど・・・」
翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない (ちくま学芸文庫) (詳細)
永井 均(著)
「かなり密度の高い内容。子供向きとは・・・」「永井哲学」
● 外語生の読書過程
● 素朴な疑問
● 心が浄化される本
● 原因と結果の法則
● ボストン読書記3
● ボストン読書記2
● 2008/12
● 不思議体験
● 最近の読んだもの
・「数時間で読めるし、その数時間を費やす価値のある読んでも良い本。」
悩みぬくこと、死をも引き受けること‥、たしかにそうした事は人生のある段階において、ある種の成長を促すことにつながるとは思う。しかし、漱石のいう「神経衰弱」やウェーバーの「精神病院治療」が、実際はどういう精神の在り様に対する如何なる治療などであったのかをよく考えてみる必要はある。漱石もウェーバーも、特にウェーバーは社会学者として世界に影響を与えた人である。こうした人々の思惟や精神を、一般的大多数の人々のそれらとパラレルにおいた本書の議論は、少し無理があるような気がする。 世の中には、悩みぬくには未熟で力不足な精神の持ち主もまた多い。また著者がいうように、複雑で変化が激しく情報の溢れた時代だからこそ、「囚人のジレンマ」のような、短期的な目先の利益にすがるしかない人々も多いのである。 全体として、本書は大学教員としての著者が、直接間接の教え子たちに自分の経験を語ることで、よりよい人生を送る糧になれば‥との思いで書かれているような気がする。それはそれで良いし、実際に内容の良い本なのではあるが、早熟高校生〜社会人数年目までの人の要求にフィットする内容だと思う。
・「初めて読む人にはいいかも」
『オリエンタリズムの彼方へ』や『ナショナリズム』を読んだ後、姜さんがブレイクしてしまい、遠ざかっていた。姜さんの本を読むのは何年ぶりだろう。漱石とウェーバーを引き合いに出しながら、世紀の変わり目の変動を、悩みぬいて、自分をつかめというメッセージ。たまたま漱石を続けて再読していることもあって(未完の『明暗』と水村美苗さんが書き継いだ『続明暗』とか、『野分』とかいいですよ)、期待していたのだが、その読みの突っ込みは比較的あっさりしている。悪くはないんですけどね。『蟹工船』が売れるキツイ時代、若い人とか、姜さんの本を初めて読む人にはいいかも。
・「 K100Ds さんのレビューに賛成」
私も今悩むことが多くて、そんな中この本に何らかのヒントを頂こうと思っていたが、本当に裏切られた。何が言いたいのか全くわからない。というのも、各章において結論がない。漱石とウェーバーを引き合いにだしてはいるが、だしているだけで、そこから得られる結論的なものが何もないし、伝わってこない。なぜにこんなにこの本の評価が高いのか理解に苦しむ。
・「ウェーバーと漱石の違い」
この本は全体で何を言っているのかよくわからない。
著者は、ウェーバーと漱石を「時代を引き受けやろうという覚悟」がありよく似ている。
と評しますが(P18)、漱石は高踏派と言われるだけに、社会派とは一線を画し、社会全体
というよりも、個々の人間自体の精妙な描写と、その人間関係に対する深い考察にその本領が
あるように思います。
著者は、自分のフィールドである社会学に無理に漱石を持ってきて社会的苦悩を表現しようと
するため、このようにわかりにくい本ができてしまったように思えます。
なお、夢十夜の第7夜(P73)で主人公が海に飛び込む(身を投げる)場面を
「わけもわからない時代に流されるのはいやである。さりとて、それにこだわって時代に
こだわるのは、もっと愚かである」と解釈していますが、これを漱石が聞いたら、大いに驚く
のではないでしょうか。
(私には、夢十夜は漱石が自己の内面の不安を幻想的短編にしたとしか思えませんので)
著者の漱石解釈はかなりバイアスがかかっているように思います。
・「私にとっては結局、タイトルが1番衝撃的だった」
「悩む力」というタイトルに惹かれ気になっていた本。
・「診療経験は尊重すべきだが、洞察中心の主観的論証方法には問題あり」
終末期医療の経験をもつ医師による、痴呆老人にみる社会の病理を述べた書。認知証患者に触れた経験と、独自のコミュニケーションによって興味深い改善を示した症例などをもとに、自己の尊厳に対する日本と欧米の認識の違いや痴呆への接し方、ひいては引きこもりに見る教育的問題にまで言及している。専門用語はほとんどなく、広い読者層を対象とし、200ページ程度の数時間で読破可能な内容。
最終的な結論は『個々のつながり』を大切にしようということであって、これについては異論はない。しかし、書全体の議論レベルについては疑問の余地が多々ある。ほとんどが経験則に基づいた考証であり、参考図書の主張も同様の手法で述べられているものがほとんどである。データそのものを主観的に解釈した記述も多いため、的を射ていない部分も多い。たとえば、『自分の都合に沿ったものしか見えない』という脳のはたらきの根拠に『ハトの色覚は光の強弱には反応しない』という実験データや、経験と記憶の相互関係ではゾウリムシ(単細胞生物)の外界認識を持ち出していたりする(これは記憶ではなく適応した受容体をもつ者のみが淘汰を逃れているだけである)。fMRIの発達から脳の部位別の機能と相互関係が明らかになりつつあり、脳全体の萎縮と、局所的な機能喪失では症状が異なることが予想されるが、これら脳科学から見た考証もないため、著者の主張の客観性には疑問がある。これらは、ラマチャンドランやオリバー・サックスの書、または『脳科学の最前線』などをみると全く異なる考察ができると思う。また、引きこもりの原因として知識重視型の教育を挙げているが、苅谷剛彦氏のデータや池谷裕二氏の脳科学の書から考えると全くそうは思えない。なお、我々は皆程度の異なる痴呆であるという概念は小説『アイの物語(山本弘著)』で既に述べられていて、新しいものではない。
医師として直接患者を診療した経験は非常に貴重であるが、論証は客観性と科学性を重視すべきと思う。参考図書を明示してはいるが、引用している部分はデータなどを主観的に解釈しているものがほとんどで、本書の考察の信頼性は高いとは言えない。病気の定義に踏み込んだ考察は面白いだけに残念な気がする。上記理由により星3つの書。
・「痴呆老人から見える日本社会の病理」
人間が痴呆になると、その目にはどんな世界が見えているのか?という問いに対する考察から、「痴呆」すなわち認知機能の低下は、外界とのつながりが失われていくことと分析しています。痴呆の象徴と見做されている異常行動は、つながりの喪失を自覚させられることにより不安が表出したものであり、環境によっては「病気」とされないことも可能としています。
筆者は最近使われだした「認知症」という言葉を、痴呆老人への誤ったマイナスイメージを背景にした単なる看板の架け替えであり、それ自体が世間の誤った認識を改善させる効果はないと看破し、あえて「痴呆」という言葉を使っています。常々「しょうがいしゃ」などという言い方に胡散臭さを感じている私は、この点にも好感を持ちました。
話題は痴呆老人だけにとどまらず、生きていく上で必要な葛藤を自分で処理できずうつ等の病気と診断してもらおうとする人の心理や、外界とのつながりが失われた存在としての「ひきこもり」とそれを生む社会についての考察など、非常に濃い内容で、かつ説得力のある本です。日本社会と、現代の日本人の心が抱える問題を明確に分析した名著だと思います。
・「「自分」の探究」
自分の形成と消滅という観点から痴呆を解き明かそうとする、意欲的・刺激的な著作である。痴呆老人の本というよりは、哲学あるいは死生観の本というべきかも知れない。本書を通じて、自分が消滅することに対する不安感・恐怖感が、少しだが緩和された。歳を重ねて消滅していくということは自然の流れであり、周囲はそれをできるだけ妨げないようにしなくてはならない、と痛感した(現実には不可能に近いかもしれないが)。
ただし、形而下学的・科学的立場の人間が読むにおいては、やや強引で押しつけがましさを感じるところもある。いきなり仏教の意識構造の話が出てきて、それに則って話が展開していく。アーラヤ識/マナ識と言われても、それは非科学的表現であり、理解はできるが納得はできない。
脳神経の反応がどうといった議論を求めるつもりもないし、それによって現在の科学・医学で「自分」が解明できるとは期待していない。しかし、もう少し、科学者としての医師の立場で語ることによって、説得力を強めて欲しかった。うまく表現できないが、隔靴掻痒感が残ったのが正直なところである。こんな風に感じるのは私だけであろうか。
・「つながりたい「私」」
「つながり」と「私」をキーワードに読み進めていくと目から鱗が落ちる。痴呆老人が何を見ているのかを探っていくことで、私とは何かを考えさせられ、そして今まで見えなかった私自身が見えてくる。本書の副題は「痴呆老人から何が見えるか」である。
・「なるほど「痴呆」老人」
今日のキーワード「自立」を考え、問い直すのに、すぐれた視点が示されています。「よりそう」、「なじみ」、「つながり」、「ほどける」など肌のぬくもりを感じさせる言葉から、「私」を考えることができます。
・「タイトルは品がないが、良書。」
脳科学が暴走してるなんてスタンスではないし、脳トレが効くかどうかを検討するものでもない。
脳にまつわる哲学・倫理学への格好の入門書である。エンハンスメント(能力増強)の考え方からはじまり、サイエンス・コミュニケーションの必要性へと至る。具体的には、心と脳は同じものか、脳研究で自己観は変わるか、脳研究の応用による倫理的問題は、などの問いを、幅広い分野の膨大な参考文献を紹介しながら、丁寧に検討していく。
最後に「一般の市民には、まだまだ科学技術リテラシーとマスメディア・リテラシーが欠如している」(pp.211-212)と言われても、そんなリテラシーを十分にもつのは、かなり高い要求なのではないかとも思う。それをめざすのであれば帯に書かれている具体的な「”脳科学リテラシー”入門書」も書かれなければならないだろう。
・「脳科学とは何なのかを考える良書」
脳科学とは何なのか、哲学・倫理学からのアプローチで考えることができる本。
例えば、ある感情の時に脳がどのように機能しているのかをfMRIやPETなどの画像検査で調べることで、脳の機能局在を調べていくのも脳科学の仕事の一部である。しかし、その感情自体が言葉の意味と同じように社会的にコード化されており、それを脳にラべリングする脳科学者も無意識に社会のコードに従っている。ゆえに、脳科学というのは社会というバイアスがかかっていて、完全には客観的な研究ではないということが、改めて本書を読んで思い知らされた。
また、P26の一節、「脳科学者が、自分の専門性を超えて政治や教育や健康などの分野で無責任な放言を繰り返し、それがあたかも脳科学的な裏付けがあるかのように受け止められている社会現象も見過ごせない。科学者は、疑似科学や似非科学への注意を喚起を行う社会的義務があるはずである。」には非常に共感できた。“ゲーム脳騒動”のように、似非脳科学者が宗教や占いなどに対し“脳科学からの御墨付き”なんてもの与えないか今後心配である。
・「タイトルと内容の乖離」
タイトルが適切だろうか? 編集者の意図が強く反映されているのかもしれないが,脳科学への批判が主たる目的で書かれたとすると,議論の切れ味がいまひとつではないか.帯にも「“脳トレ”は本当に効くのか?」と書かれているが,この著作で,それほど問題としているわけではない.多少強引に脳科学への批判を表明している感じが残る.
むしろ,著者がこれまでも述べている「拡張した心」と,近年の脳科学で次第にわかってきた「脳の可塑性」との関係を述べるために,脳科学における幾つかの議論をたたき台として利用している印象である.心は内に閉じておらず,脳も内に閉じていない.それが中心となる主張であり,現代の心身一元論として大変面白い.批判は二の次であろう.
・「僕らはどこからきてどこへいくのか、考えたくなる本」
おもしろかったです。一回目は体外離脱の音の話や、ガイドとして現れた妖精のような少女セリの魅力や、ミネルバのフクロウとの対話、著者の会話や体験のおもしろさに引き込まれ、二回目はフォーカス12をメインに旅した作者のことを考え(上にいかなかったのがとても興味深かったのです)、三回目は宇宙論のところをユックリ読みました。文中の話題も多岐に渡り巻末の参考文献も量が多く人類がどういうコスモロジーを描いているのかを古今東西を知るという上でもおもしろかったです。そして読後に浮かんできたのは、私は自分自身のコスモロジーを一片でもなにかもちえているのだろうか(つまりは借り物じゃない人生いきてるかどうか)ということでした。著者は冒険の最中に、私たちは全宇宙の描き出した「結果」なんじゃないかと、それは量子の海には愛がいっぱいなんじゃないかと、次々生きたコスモロジーが豊かにつむぎだされくところが感動です。私たちはどこから来てどこへ行くのか、どういうコスモロジーを底にもって今それをつむいでいるのか、とても考えさせられる一冊です。
・「考えるとは本質に対する洞察。」
私の存在の意味は、生命が問いを私に投げかけてきたことにある。あるいは、逆に、私自身が世界に向かって投げつけられた問いそのものなのだ。ユングのこの言葉を池田さんは引用するが、引用しつつ、自らの態度の表明でもある、と思われたのではないだろうか。科学、で把握される宇宙ではない、”弁証法として直感される心理学的宇宙”の存在を、”「個人」”で個人性を超えて、問い続けた姿勢。第1回わたくし、つまりNobody賞の受賞スピーチで、川上未映子氏は、池田さんのことを評して、「考えることによって、考えずに与えられて鵜呑みにしてきた言葉とか、意味とか、価値観とかに、言葉によってちゃんと向き合えるかもしれない。池田さんは、それを言葉でずっと示してこられた方だと思うのです。」と語った。池田さんのぶれない姿を再確認できる1冊。人生相談で炸裂する本音の池田節、”きっちり筋を通したあとは、実にすっきりしますね””ほとんど孤高の状態でしたよ”には、思わず泣き笑い。あるいは泣き苦笑。さまざまな池田さんが味わえる必読の1冊である。
・「ソフィーの世界を超えた名著」
将棋の17世永世名人の谷川さんの名言に「(どうしたら強くなれますか)と聞かれて、ちゃんとこたえると、質問者は満足しない。で、解ったんだけど、質問者は(どうしたら努力しないで強くなれますか)ってことを聞きたいらしい。そんな方法はありませんよ」と彼は笑います。彼のことばは、真実です。しかし、入門書作家は、この真実の壁を越える課題を背負っている。この壁を越えたと評されたのがソフィーの世界だが、西洋に偏っていて、しかもかなり厚い。それを、わが国の入門書の大家は、最後の仕事として仕上げていた。釈迦にはじまり老子も孔子もイエスも5頁。それも、小さな本に大きな字でスカスカの5頁。名を挙げておく。荘子、ソクラテス、プラトン、ピュタゴラス、ヘラクレイトス、エピクロス、デカルト、パスカル、スピノザ、カント、ヘーゲル、キルケゴール、ショーペンハウアー、ニーチェ、マルクス、シュナイター、フロイト、ユング、ハイデガー、ヴィトゲンシュタイン、西田幾太郎、臨済、空海、道元、親鸞、一休。これら先哲を厚さ1cmと1mmの中に見事に詰め込んで見せた。壮挙である。本は後に人生相談、モノローグの小文が続き、クールダウンするにはいい構成になっている。
・「答は『詩』・・・イワン・カラマーゾフの悩み」
第1章 過去の宗教、哲学の批評第2章 人生相談第3章 哲学的エッセイ という構成なっていますが、私は第1章、特に各宗教の思想の批評に驚きました。仏陀、老子、孔子、キリスト等が対象ですが、上から目線の批評のようにも感じます。まさに『釈迦に説法』というスタンスのようです。(語義は違いますが)
私は読んでいるうちにドストエフスキーがイワン・カラマーゾフ(=大審問官)の口を借り放った問いかけを思い出しました。
すなわち、「宗教から、奇蹟と、神秘と、権威を取り除き、残された論理は本当に絶対真理といえるのか。」という問題です。
池田氏は、宗教について考察する際、慎重に、「奇蹟」「神秘」「権威」を取り除き、論理だけで筆を進めています。今まで私が読んできた宗教の解説者は、全て下から目線(=敬虔な信者としての立場)のものでしたので、非常に衝撃を受けました。
さて、宗教から「奇跡」「神秘」「権威」を取り除くと何が残るのでしょうか。私にはあまりにも恐ろしい答なのでレビュー本文には書けませんでした。池田氏の答を、今一度、本レビューの題名にてお確かめ下さい。実はこの答は、イワン・カラマーゾフ自身が気づいていたものに他ならないのですが・・・・
・「愉快だ!」
特に第1章にはこの人一流の言葉の力が漲っている。しっかりとシンクロしました。どの読者にも負けない(つもりの)力で^^。この関係性から立ち上がる現象こそ愉快だ!
・「頭の体操」
著者のブログを編集して書籍化したもの。時事問題への言及は多いが現実的な提言というよりも、週刊誌や月刊誌よりももうちょっと違う視点で現実社会を捉えたい、でも現代思想や哲学なんか難しい、と思っている人にはちょうどいい文章をいつも提供してくれる。 個人の権利、機会の平等、プライバシーの保護、勝者と敗者を明確に階層化するこの社会の行く末がいかに味気ないものか、同時にその流れがいかに止め難いものか、冷静に分析する。 個人的には第一章の「貴族と大衆」が読みごたえがある。 現代社会の一見平等に見えるメリトクラシー(実力主義、能力主義)が不平等の是正どころか、逆に階層化を一層押し進めるような危機的状況をいかに生み出しているのかを論じる。そしてオルテガが予言したような本格的な大衆社会の到来のなかで、それでも目指すべき共同体のよりよい市民(オルテガのいう「貴族」)のあり方について提案している。 他の文章も、軽い語り口ながら、常に根源的な、はっとする問いを投げかける著者らしさは十分に現れています。
・「読んでみていろいろと気付くことが多い本です」
読んでみてこれからの日本の将来のことが心配になってしまったりしましたが、読んでみて自分の生き方、若者、これからの社会について気付かされることが多く、買ってよかったと思います。題材は難しいものが多いですが、文章は読みやすいので、気持ちよく読めます。
この本を読んで実践しても別にお金とか財産の蔵は建たないと思います。でも人々に共有された知識の蔵は建つかも。世界に共有され、自由に使える知識(オープンソース、Linux、哲学等々)というものはお金よりもある意味価値があると思います。
・「著者は確信犯です」
「なかなか鋭い視点だな」と思わせたり、「何を言っているのかわからないよ」と感じさせたりする話がごちゃ混ぜになっています。ここにレビューを書くために本書を読みながらいろいろと考えていた感想が、「あとがき」に著者自身の手によってしっかり書き込まれていました。著者は自分自身でわかっていながら、こういう文章を書いている確信犯であることがよく分かりました。同意できないこと、理解できないこともありましたが、すとんと腑に落ちるものも多く、総合的には面白い本だといえるでしょう。
・「非常に危険な本」
入門書にはわかりやすいかわかりにくいかという評価以上に、もっと重要な部分がある。題材にされている学問的な立場において最も重要なものを、きちんと伝えようとしているかどうかということ。それを伝えようとせんがために難解になり、複雑になってしまうことは避けられないし、著書の評価や質に関わるようなものではない。だからよく言われている悪い入門書の基準は「わかった気にさせてしまう」ということなのだ。入門者はわかりやすい入門書こそを疑うべきである。 そういう意味で、この入門書は「悪い入門書」に分類せざるをえない。事実、ニーチェの紹介やソシュールの紹介には一部、誤解を招きかねない内容が含まれている。一般的ではない特殊な学派の、廃れきった立場があたかも主流のような紹介もされている。まえがきやあとがきにどれほど保身的な注意書きをしていても、真に受ける人間は少なくないだろう。私たちがとっくにわかっている常識に移し変えるだけの紹介は、学問の存在の意味を失わせてしまう。 この入門書を読むことでわかったつもりになり、他の著書に自信を持って挑戦できるというのもそれなりに有用なのかもしれない。逆に言うならそれくらいしか望めるものはない。あくまでも品質は保証できない踏み台として、距離を持って読むことを注意したい。
・「面白いです」
文章は読みやすく、基礎知識がなくても理解が容易かったです。現代思想が専門ではない人間だが、知的な刺激を得たいという人にお勧めです。すでに多くの人が指摘しているように、これだけで構造主義が学べるわけではないということは、素人の私でも感じることですが、私のような入門者には、いきなり難解な本を買ってきて本棚に飾るだけよりも、この本を読んで好奇心をかきたてられて、次の本に移行するというほうがよっぽど建設的ではないかと思います。今の私にはこの本を批判する力はないけれど、もしも何か間違った記述があったとしても、それは将来気付くだろうから大きな問題ではないと思う。それよりも、新しい分野に対して好奇心をかきたててくれたということで、星5つ。
・「読め!」
この本は、かつて著者が共著で出版した『現代思想のパフォーマンス』を、わかりやすくおもしろくしたものである、と言ってもいいかもしれません。
とはいっても、この間に著者は、彼の読者にピントを当てることを覚えつつ、ユーモアたっぷりの「内田節」を確立させ、期間限定の人気作家となって帰ってきました。これは人気作家による著書なのです。
また、最近出された『ためらいの倫理学』や『おじさん的思考』などが、インターネット上に発表されたものをまとめたもので、読者にとっては「再読」となってしまうのに対して、これは書き下ろしであるところもうれしい。
それから、『レヴィナスと愛の現象学』を最後まで読み切れなかった人も、この本なら大丈夫。寝ながら「あとがき」までいけるはずです、たぶん。
などの理由で、霧のかかった現代思想についての知識を晴らしたくて、さらに、新しいネタで内田節を満喫したい人にはうってつけの本です。
しかし、万が一、たとえ、よくわからなかったとしても心配いりません。著者はホームページで次のように書いていました。
<「網羅的知識を持とうと望む必要はない」こと、「知的流行を追う必要はない」ことを、きっぱりと断言し、「あなた自身の極私的知的課題を、深く、熱く、全身をあげて、執拗に追い求め、その深みからあなたにだけ見え、あなたにだけ記述できる世界の眺望を語ること、それこそが、知性の王道である>
・「「おじさん」の無様な小遣い稼ぎ」
この著者は「おじさん」ということをウリにしている仏文学者だが、自らを「おじさん」と称することで、ある種の個体性を先行させることを意味している。それは志村けんが「私が変なおじさんです」と居直るときの機構と同一の先行性である。つまり法や規範に対して、それを逸脱する個体存在の事実性を優先し、そのような個体であることを露骨に提示して居直っている。夜の新橋界隈に行ってみれば、世はこのような「おじさん」で溢れかえっていることがわかる。一度「おじさん」をやると、悪臭を発することが病みつきになるようだ。普通の学者はもう少し慎重なものだが、この著者は「おじさん」芸の旨みを知ったらしく、簡約化された暴論を連発し、「おじさん」のなす大衆に阿り続けている。
こうして世に出てくる書物の中身の杜撰さは、まさに「おじさん」の倫理的堕落ぶりを証明するようなレベルであって、こういう人間がまさか構造主義やラカンを扱ってしまうわけだから、一体どういうことになるか、想像に難くはないだろう。
なお小泉首相は、この著者の言う「おじさん」的思考の理想として称えられるべきはずであろう。この著者には整合性があるであろうか?
・「入門書としては酷評をしなければならない」
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・「自分の子供には正直読んで欲しくありません」
興味を引くタイトルで、私が何年前14歳であったかは思い出したくもありませんが、哲学書の入門書として買ってみました。
正直な感想。
私には子供がいませんが、もし自分に子供がいても読んで欲しくはありません。
きっとこの著者の方、何の苦労もせずに生きてきたんだなーという思いを強くしました。
悪というものを論ずる際に、必ず殺人と同列に売春という言葉が出てきます、彼女は売春を本書の中で
「体は売っても心は売らない(中略)売れるものなら売ってしまおうなんて安い心を、わざわざ買う人なんぞいやしない」
そう述べている。
言葉は重要と本書で何度も語りながら、体を売ることでしか社会に存在しえない、歪んだ社会の縮図を背負いまた十分な教育を受けられなかった故に体を売っている彼女たち。
そんな社会的弱者の心を「安い心」と、陳腐な表現で切って捨てる彼女に哲学を少年に教示する本を書く資格などあるのだろうか?
著者自信が本書に書いた一文を、私からの忠告として著者に贈りたい
「語る言葉の一言一句が、君と言う人間の品格、君の価値なんだ」
・「勇気をもってオジサンに読んで欲しい」
タイトルに惑わされてはいけません。私と同じような30代、40代の働き盛りのオジサン、あなたこそこの本を読むべきだと思います。「14歳から」の本かもしれませんが、「なぜ生きているのか」「何が本当のことなのか」を考えることに年齢制限はありません。そして、それは一生続きます。それは、あなたが会議に出ているときでも、奥さんや子供といっしょにいるときでも、ずっと続いているんです。だって、今、生きているんだから。この本は、僕たち大人がわかっているようでわかっていない「本当のこと」に気が付くための手助けをしてくれます。そのことに気付いたからと言って年収が上がったりはしませんが、それよりも大事なことがあるのかも?と思うようになれるかもしれません。最後に、こういった書物を通じて僕たち大人が「本当のこと」を知ろうとすることこそが、今の「14歳たち」にとって、すごく大事なことなのだと思います。いつの時代でも、子供たちは身近な大人たちを真似て育つのですから...
・「わかるのか・・?」
14歳の妹に読ませようと思って購入しましたが・・・これじゃ、読み切る前に飽きてしまうだろうと思いました。 言葉の言い回しが面倒臭すぎるし、やっと答えが出そうだと思ったら、全否定するし・・・「そういうのが哲学だ」と言われてしまうのかもしれませんが、ナニが言いたいの?という感じで、私自身も読み切る前に疲れてしまいました。
この本を貸した友人も、同じように疲れて挫折してしまいました。 頭のイイ子ばかりが読むわけじゃないんですよね・・・。 本当に哲学してみなきゃいけない、「なーんにも考えていないっぽい子」に、これで伝わるんですかね? かなり疑問です。
・「14歳からの哲学を読んで」
中学生の教え子にこの本が適切かどうか購入して読んでみました。まず著者の難しい命題に取り組んだ勇気は評価したいと思います。
本の中で本物に関する文章でゴッホと宇多田ヒカルを同列に置いて書いてあるのには食傷しました。若い世代に理解して貰うと迎合し過ぎなのでは。もう少し国際的な感覚を著者も持つ様努力しないと狭い日本だけから見た価値観から抜け出せないと限界を感じ少しがっかりしました。
命題が難しいのであらを探せばきりがないでしょうが良い部分も多々あると思うのでこの本の目的である中学生たちに自分でこの本の中の「確かにそうだ」と思う部分と「いやそうでは無いんじゃないか」と思う部分を考えて貰うと言う見方をすると成功している気もします。中学生の読者には内容を自分で吟味する様に言ってから読ませたいと思いました。
・「私は大人ですけど・・・」
すでに他の方々も書いておられますが例えば科学というのは「科学的に取り扱える事柄を科学的な手段で解明しよう」という学問で元々全能なものではないし(学問をしたことのある人ならわかるはず)売春にしろなんにしろ社会はそんなに単純な構図ではないし作者はご自分の哲学以外にはまったく無頓着(あるいは無知)で、
そういった無頓着な読み物を免疫の少ない14歳の子どもに読ませるのは個人的には反対です。
肝心の哲学に関しても、答えの出ないものが哲学であるとしたって自分がどう考えるかではなくひたすら人に「考えてごらん」ニュアンスなのが傲慢でまた気に障ります。
これに限らず、この作者の本は
その「あたりまえのこと」になぜ人は気づかないのか、という鼻持ちならない感じとそれに気づいた私って凄いわ、という優越感が常に滲み出ていて私はすごくいやなんですが。
どちらにしても、この本に感応する感性の人は本がなくても考えることはできるだろうし感応しない人はいくら読んでも合わないだろうし存在意義のない本だと思います
●翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない (ちくま学芸文庫)
・「かなり密度の高い内容。子供向きとは・・・」
非常に面白かった。翔太君と猫のインサイトの対話で展開されるが、先導役のインサイトの考えが必ずしも妥当とはかぎらない。つどテーマについて自分なりに考えてみることが大切だと。決して、哲学史の本ではありません。
・「永井哲学」
中学生の翔太君と、ネコのインサイト(insight=洞察)との対話による哲学のはなし。
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