孤独のグルメ (扶桑社文庫) (詳細)
久住 昌之(著), 谷口 ジロー(著)
「純粋に食を楽しむ」「素晴らしいの一言」「ほっとするぞ、サラリーマン」「都会で働くリーマンのためのグルメ指南」「■自由を楽しみ格好もつけない一人の男のシンプルかつきままな独白食事随筆」
絶滅食堂で逢いましょう―なぎら健壱が行く東京の酒場・食堂・喫茶店 (詳細)
なぎら 健壱(著)
「こんな本を待ってイタ!」「まだ読んでませんけど、お薦めします」
天才シェフ 危機一髪 世界一流レストランの舞台裏で起きた40の本当のお話 (詳細)
キンバリー・ウィザースプーン(編集), アンドリュー・フリードマン(編集), 実川 元子(翻訳), 松野 泰子(翻訳)
「一流レストランのフルコースのような味わい」
御馳走帖 (中公文庫) (詳細)
内田 百けん(著)
「この笑い!!日本人でよかった!!」「数少ない、旧かなで読める百けん先生の本。昭和初期にタイムスリップしたい人にも。」「くいしんぼうなのか宇宙人なのか」「Reading it makes you grin」「食べること生きること楽しむこと」
笑う食卓―面白南極料理人 (新潮文庫) (詳細)
西村 淳(著)
「表紙につられて」「前作を気に入ったのならこちらもどうぞ」「お料理にも即興性ってだいじですね。(笑)」「レシピが細かく書かれていて良かった。料理をしたくなる。」「落ち穂拾い」
コクと旨味の秘密 (新潮新書) (詳細)
伏木 亨(著)
「コク学の誕生」「新しい学問は最高に面白い」「おいしいは旨みではない」「「コク」とは…? 」
ことばの食卓 (ちくま文庫) (詳細)
武田 百合子(著)
「とっても新鮮なセンスを楽しめますよ」「ほかに誰も書けない」「唯一無二のエッセイ」「純粋無垢というよりは野性的な感覚」「思い出は皿の上の果物のようにごろんとそこにある」
ベトナムとタイ 毎日のごはん (集英社be文庫) (詳細)
平松 洋子(著)
「食生活が豊かになりました。」「タイ、ベトナム料理が作りたくなる本!」「この娘は”いい娘”」
旅行者の朝食 (文春文庫) (詳細)
米原 万里(著)
「トルコ蜜飴が食いたいっ!」「今週一時間以上電車に乗るのなら」「蕪や黒パンなど東欧圏の食品に関する蘊蓄はどれも初めて聞くようなものばかり」「食はすべてに通ずる源」「ああ、日本はいい国だなあ」
Escape 消えた美食家 (徳間文庫) (詳細)
内田 康夫(著)
・「純粋に食を楽しむ」
どうと言う事のない、普段喰ってる物の話で、特にあそこの何が美味いとか、あそこのシェフはこういう工夫をしてるぞ、とかいうウンチクグルメの話ではない。
ふらりと立ち寄った店、買った駅弁、デパートの屋上のうどん。たった一人でする外食。わびしいか?寂しいか?
主人公の台詞が帯になっている「モノを食べる時にはね 誰にも邪魔されず 自由で なんていうか救われてなきゃあ ダメなんだ 独りで 静かで 豊かで・・」
たくさんの人間で囲む食卓の楽しさは格別だが、独りで静かに食う飯には「癒し」があるのだ、とまあ大げさに言えばこういうことらしい。
独り月下を散歩するような、静かなドラマに溢れているこの作品は、何ともいえない風情で、グルメ漫画というカテゴリからはみ出している。
・「素晴らしいの一言」
モノを食べる時にはね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ独りで静かで豊かで…
このセリフ!まさに期待通りの久住昌之。私は「芸能グルメストーカー」から流れ込むようにこの作品に触れた口なのですが、06年10月時点で実に第14版、作品の息の長さが伺えます。
「ダンドリくん」「かっこいいスキヤキ」等、日常性の中に潜むおかしみをダンディズムを交えて語ってきた久住昌之氏と、狩撫麻礼・メビウス・夢枕獏など錚々たる面々の原作を手がけてきた職人・谷口ジロー氏の(一部漫画好きにとっての)夢の邂逅。
明確なオチやストーリーなどはありません。盛り上がるでもなく、しかし決して退屈にもならず、久住氏の重箱の隅を突くようなこだわりと谷口氏の超精密な絵でもって流れていきます。
それがもう、どうしようもなく、いい。こんな贅沢な漫画もそうそうありません。
ただし、「一家に一冊」という類の本ではないですね。男がひっそりと独りで読むような、ある種の隠れ家的愉しさに満ちています。男の本棚に、静かに一冊。
・「ほっとするぞ、サラリーマン」
僕はグルメでもないし、孤独癖のあるサラリーマンでもない。しかし、この漫画にはものすごく惹かれる。 食べることってとても大切だ。元気でも、疲れていても、楽しくても、嫌なことがあっても、人間は食べる。食べることは健康だということであり、生きるということでもあるのだ。 それにしても、初めての店に一人で入るのには本当に勇気がいるなあ。 これからの人生で、僕はこの本を何回も読むことになるだろう。
・「都会で働くリーマンのためのグルメ指南」
不思議なマンガである。1話8ページ程度の読みきり形式。主人公である中年男が行く先々で食事をする。筋らしい筋はない。グルメ漫画のような、食べ物に対するもっともらしい説明もない。有名な店にも行かない。また、行列に並ぶようなことはしない。街のどこにでもある食堂のありふれた料理を食べる。豚肉炒めライス、シュウマイ、ハンバーグ・ランチ等々。
文字にするとなんともそっけないものだが、何度も読み返したい気持ちに駆られる。なぜだろうか。
その秘密はタイトルに隠されている気がする。「孤独のグルメ」の響きに寂しげな印象を受けるが、全然そんなことはない。むしろ、都会人が享受できる「癒し」なのである。
都会が田舎に比べて長じている点は匿名性と選択の幅である。自分の存在を消せる町があり、たくさんの食堂がある。テイクアウトして公園で食べてもいい。自分自身で食事空間を簡単にコーディネートできる自由を持っているのだ。
お仕着せのない、時間と空間を大切にした食事。それを夢中で掻きこむところがとても美味そうなのだ。谷口ジローの確かな画力がなせる技であるのはいうまでもない。
闇雲に行列に並ぶ人達は本当にグルメなのだろうか。そもそも、食事とは単に食べるだけの行為ではないように思う。空間や時間もとても大切な要素である。そして、誰にも邪魔されない、つかの間の孤独。せわしなく、ほっとかれない都会人にとっての貴重なひとときである。 この作品は平成6年から8年にかけてPANJAという雑誌に連載された。2000年文庫となり、ひっそりと版を重ねている。
・「■自由を楽しみ格好もつけない一人の男のシンプルかつきままな独白食事随筆」
貿易古物商を一人で営む主人公が、仕事の合間にたしなむ食事の体験談を描いた形をとっている、ごくごく普通の中年男性による食事体験記。タイトルにグルメとうたってはいるがグルメ漫画にあるような高級レストランをはしごしたり、産地特産の名物にターゲットを絞ったりというような格好付けた話ではない。ありきたりな食堂、売店の食べ物、ふらりと立ち寄った回転寿司屋など、庶民になじみの深い、どこにでもあるような「日常生活の中のグルメ」が描かれている。
谷口ジロー氏の繊細でリアルなタッチや、主人公の「ちょっと格好つけたいんだけど、ついつい地が出てしまらない、そしてなによりもおう盛な食欲に正直」な行動が、読者に親近感を与えてくれる。製鉄所のそばで焼き肉を食べた時「まるで俺の体は製鉄所、胃はその溶鉱炉のようだ」と表現し、さらに食い続けると「人間火力発電所だ」と表現がより過激になったり、夜食代わりにちょっとコンビニに立ち寄って食事を買おうとしたらついつい買いすぎて2000円近くものコンビニの料理を机の上に並べ、それを平らげつつも「俺……いったいなにやってるんだろう」と自嘲したりなど、実に人間くささがにじみ出ている。あくまでも「孤独」であって「孤高」でないのがほほえましい。
こんな食事の楽しみ方をしながら生きる生き方もいいな、と思わせてくれる、不思議な魅力を持たせてくれる内容ではある。本編連載時にはさほど人気が出なかったのか、色々細かい設定が用意されていただろうに、それを消化しきれずにシリーズは終了したもよう。石坂浩二か石田純一あたりに主人公を演じさせてドラマ化しても面白そうな気がする。
●絶滅食堂で逢いましょう―なぎら健壱が行く東京の酒場・食堂・喫茶店
・「こんな本を待ってイタ!」
「絶滅食堂」とは、なんと過激なタイトルか!!タイトルと表紙写真にひかれて購入。
読んで納得。そうか――、絶滅という言葉は愛情をこめて付けられたものであったのだ。
酒場の達人、フォーク&カントリー名人である、なぎら健壱氏の目線が鋭く光っている。
それにしても、なぜ“コミック”と分類されているのか?謎である。
・「まだ読んでませんけど、お薦めします」
読もうとは思っていて毎晩手には取るんですが、毎回表紙の写真でやられちゃいます。実にいい写真なんですよ。ロバート・キャパも撮れないショット。この写真だけで笑えるし、同胞意識からの哄笑も沸き上がるし、昼間はいていたキツキツのスラックス締めているベルトを緩められる‘幅’を持っているあなたへ改めてお薦めします。
●天才シェフ 危機一髪 世界一流レストランの舞台裏で起きた40の本当のお話
・「一流レストランのフルコースのような味わい」
少しでもレストランに興味がある人なら、「エル・ブジ」「バッボ」「ル・ベルナディン」「ル・シルク」くらいは聞いたことがあるだろう。もう少し興味があれば、アンソニー・ボーデイン、マリオ・バターリ、ジェイミー・オリヴァーといったカリスマシェフの名前も耳にしたことがあるかもしれない。そんな当代きっての名シェフ40人が、これまでに経験したとんでもなく追い詰められた出来事を打ち明けたコラム集である。3200人の大宴会をケイタリングする当日、メインディッシュのロブスターが腐ってしまったという話。人種偏見に満ち満ちたフランスの三ツ星レストランの厨房で「イタリア野郎」とさげすまれた話。レストランをオープンした初日に、まかないのラムチョップを焼いていたら火災報知機が反応して水浸しになった話。いずれも後々まで悪夢にうなされそうなエピソードばかりだが、成功した今となっては「あの出来事があったから、今もがんばれる」と名シェフたちは口をそろえて言う。テーブルで舌鼓を打っているだけではわからない、レストランビジネスの内側についても教えてくれる。表側で働くホールのスタッフと、厨房で働く料理人だけでなく、マネジメント、PR、企画から下働きまで、全員がチームになって汗を流さないとレストランは成功しないどころか、一日たりとまわってさえいかない。一流シェフを生むのは、一流のレストラン経営なのだ。エピソードに笑ったりはらはらしたりしながら、表側から裏側までレストランを味わいつくせるフルコースのような楽しい本だ。
・「この笑い!!日本人でよかった!!」
この文章、この笑い!!彼の作品が読めること、そのオモシロさがわかること、これだけで「日本人でよかった!」と本気で思えます。食べたいものリストなんて・・・こんなもの書いてこんなに面白いのは彼だけではないかしら?
すごいわがままなのに「愛されキャラ」・・・人間としても「文章家」としてもこれほど優れたひとはもう2度と出ない。敢えて言えば、赤瀬川原平さんや中島らもさんからすこし似たものを嗅ぎとってしまうような気がするのですが。
モノや人を見る眼がものすごく鋭い。それは世の中の不条理まで見通してしまうから、彼の小説はあんな不思議で幻想的なのではないかしら。エッセイとはまた一味違う小説も、ぜひ読まれるべし。
・「数少ない、旧かなで読める百けん先生の本。昭和初期にタイムスリップしたい人にも。」
この本、ずっと手に入らなかったので、再版されて嬉しいのは私だけではありますまい。表紙の題字は百けん先生の直筆、昭和21年の初版本からとったもの、文体は旧かな、解説は"ヒマラヤ山系"こと、平山三郎さん。見事ファンの心をとらえる本であります。ファンのみならず、戦中、戦後すぐの食生活、先生の幼少時代に食べた、岡山ならではのお料理など、楽しい随筆がたくさん入っているので、昭和の始めの日本の食生活に興味のある人は必読ですよ。私は先生が終戦後、ジャガコロを作るときに使っていた代用油(本物の油じゃないのよね?)、マゾラ油って一体なんなのか知りたいです。
・「くいしんぼうなのか宇宙人なのか」
ただただおなかがへっている。 しょうがないからノートに食べたいものを羅列して書いてみる。(百間にならってときどきわたしがしてること。)
とてもとてもものがなくて、ほしいものがほとんど手に入らない戦後という時代に、なんだかその状況さえも、旅人にように興味津々で、書き綴っているそのすがたは、ただのくいしんぼうかそれとも赤瀬川源平風に言えば宇宙人なのか。ただいえるのは彼の文章は突出してクールである。
・「Reading it makes you grin」
Whenever I miss eating good ol' food that I grew up with...I open this book to confort my soul. I'm a 70's kid myself, but the food described in here, though old fashioned and some I have never tasted, brings back so much memories and just overwhelming sometimes. The author's unique style of writing and his bit twisted sense of humor remind me of my gramps a lot!
・「食べること生きること楽しむこと」
人間、食べないと生きていけません。食べること。これってとても日常的なことですが、どうせならこだわって楽しんで食べたほうが幸せというものです。飽食の時代=食を楽しめる とは限らないし、貧しい時代=楽しめない とも言えない。いつの時代であろうと、貧しかろうと、裕福であろうと、そんなことは関係ない、食を楽しむことは普遍的なものであるのだと思わせてくれる、そんな本ですね。
・「表紙につられて」
買ってしまいました。何かとくらい話題が満載のご時世、明るく乗り切る人の話はありがたい清涼飲料水です。明るいです、この方は間違いなく。いや〜、レシピで参考にしたいのはある程度限定されますが(だって一人分だけ作るには向いていないし〜)逆転の発想というか、調理における発想の転換は参考になります。この本によると」鮭の鮮度の見分け方を北海道民は肌で知っているらしいです。あと、なまこに対する考え方に目から鱗。自分の知らない世界を教えてもらう機会があるって、とても大事です。
・「前作を気に入ったのならこちらもどうぞ」
前作、面白南極料理人と同じテイストの本。前作を楽しめた人ならこの本も楽しく読めるでしょう。ただ、前作が著者の2回目の越冬経験を到着から期間まで時系列を追っていたのに対して、こちらは1回目と2回目の越冬経験がごちゃ混ぜになっているので、統一感は余りありません。完成度がどうとか評論すれば、低い評価になるのかもしれませんが、面白く読めればそれで良いと割り切って読んでください。
・「お料理にも即興性ってだいじですね。(笑)」
「面白南極料理人」の続編かと思いきやちょっと違う。あいかわらず、ノリとインスピレーションで足りないものを補い、大食いのおじさん達にご飯を作りつつ、呑みかつ食らう(?!)宴会大好きおじさんの飲ん兵衛な日々のお話ですが。(笑) 一章ごとに、著者が参加した二回の南極調査隊の思い出のエピソード&それにまつわるレシピが掲載されているのは、「面白南極料理人」よりは料理本っぽいですね。前著には詳細なレシピが載っていないので、料理名からどんなものを食べているのか妄想できても、想像は出来ませんでしたから。伊勢エビの団子など材料的に忠実に真似するつもりの無いレシピもあるので、読んですぐ作りたいタイプの料理本ではありませんが、やはりお料理って困った時には無いものを捏造するインプロバイゼーション的な機転も必要なのね、と思いました。
ただ本全体の構成は、「面白南極料理人」のほうが起承転結がしっかりしています。時系列的に分かりやすいというべきかな。前著では書かれなかった第30次隊と前著で書き損ねた(らしい)38次隊のエピソードが入り乱れていて、最初の章が30次隊だったから次の章も同じ頃のお話なのね、なんて気楽に構えていると肩透かし食います。章ごとのタイトルからもどの次隊のどの時期の話なのか類推しにくいのも難点ではないでしょうか?
全体的な読み物としては、前著に劣るので、星3つ。構成については、編集側にも落ち度があると思います。
・「レシピが細かく書かれていて良かった。料理をしたくなる。」
質問箱から、時代をさかのぼりながら読んでいるので、まだ最初の南極料理人は読んでいない。この本は、レシピがそれなりに細かく、でもやる気がなくならないくらいにはおおざっぱに書かれてあって、良かった。一話に最低一種類以上の料理がレシピとともに紹介されているので、急に何か作らないといけなくなったら、ぺらっとめくり返してみようかな。ワイルドで、おおざっぱな料理なので、僕のように料理好きじゃない男にも楽しく読める。そして、こんなにワイルドでいいなら、ちょっと料理楽しそうじゃない?と思わせてくれる本だった。
・「落ち穂拾い」
2004年に出た『面白南極料理人』の続編。料理人として、2回に渡って南極観測隊に参加した経験を語っている。前著の落ち穂拾い的作品なので、とりあえずは『面白南極料理人』を読むべき。 南極という得意な条件下での料理。食材は限られ、気温は低く、調理器具も揃っていない。そのなかで、どれだけ工夫して美味しいものをつくるか。変な料理が多いが、魅力的なメニューばかりだ。その発想の奇天烈さを味わうことが出来た。レシピもついているが、再現する勇気はない。 しかし、前著と比べると、どうしても評価は落ちる。全書を読んで、よほど気に入ったら、本書にも手を伸ばすべき。
・「コク学の誕生」
何気なく使っている「コク」とは何かが科学的、文化的両面から解剖されている。この種の本は、小難しくなりがちだが、いろいろなウンチクが散りばめられているので最後まで飽きなかった。牧場のミルクが美味しいのは気分のせいではなく科学的根拠があることに驚いた。また、実験用マウスが人間よりもビールの味を区別できるという話も面白かった。コク学という新しい学問が誕生したといってもいいと思う。
・「新しい学問は最高に面白い」
まだ、コク学というものが始まったばかりということもあって、本書でも情報は整理されていないが、情報そのものが面白いので、大許し。例えば、甘味はコクの中で重要な役割を果たしているというが、短時間ではあるものの、甘みをまったく感じられなくなることができるのだという。それはインドに自生するギムネマ・シルベスタという葉を噛むこと。これを噛むと、チョコレートは石けんの固まりに、おまんじゅうは砂の固まりに感じられるようになるというのだからすさまじい。人間はどこの民族でも血糖値は一緒だというが、甘味はこの血糖値を維持しエネルギー源となる。同じくエネルギーが最高に凝縮されているものとしては油がある。
こうしたコクのある食べ物を摂取した時、脳は「空間的な広がり」と「時間的な広がり」を感じるという。このうち時間的に広がりについては、精糖された砂糖や精製された塩よりも、黒砂糖や天然塩の方が様々な成分を時間差で次々と感じられることによって説明されている。また、舌だけでなく、軟口蓋などでも味覚を感じるため、空間的な広がりという印象も得られるのではないか、という。
なにせ、軟口蓋はペニスに先端と同じぐらいセロトニン産生細胞が存在しているという。つまり「口の中は、生殖器に匹敵するほど物理的な刺激に敏感な器官なのです」(p.43)と。ということで、アルデンテ状態のうどんやパスタが口の中で暴れる感じが好まれるのだ、と。それは快感だから。さらには、喉越しの食感なども三叉神経によって伝えられる。もう、すごいね。口の中は…。すごくエロいもんらしい。
・「おいしいは旨みではない」
「旨味(うまみ)」なら、グルタミン酸やイノシン酸などで化学的に説明できる。でも、「コク」のある食べ物、例えばラーメン・うどんのダシ、キムチ、鍋物、味噌汁、燻製・・・など、これらに共通するのは化学物質ではない。「コク」は様々な食材の組み合わせの妙で生まれるのだ。例えば舌で、口腔の上の方をグリグリするとくすぐったい感じをおぼえる。それも食感に影響しているかもしれない。そういった感覚も「コク」に影響しているかもしれないという。本書はそんな風に科学的かつ感覚的に「コク」を解説した稀な本である。
面白かった。
・「「コク」とは…? 」
料理の味を表現するものの1つ、「コク」。では、「コク」とは何か?と問われると、なかなかひとことでは説明できない。 本書では、その「コク」について判りやすく、丁寧に噛み砕いて説明されている。観念的ではあるが、科学的に証明されているものはキチンと科学的に、よくわからないけれど、そうらしい、というものについては著者の独断と偏見にもとづき、きちんと峻別されて説明されているのも小気味良い。ようするに、「コク」については、まだよくわからないことが多いのダ。 全体的に内容がわかりやすいだけに、もう少し専門的な内容を期待していた人も多いはず。私もそのひとり。だから★4つ。
・「とっても新鮮なセンスを楽しめますよ」
武田百合子さんの、なにものにもとらわれていない無垢な五感(味覚にかぎらず!)がつむぎだす、新鮮な文章が素敵なエッセイ集です。味覚の記憶のなかに、ひそかに”死”の影をひそませた「枇杷」や「牛乳」は何度読んでもしみじみとしてしまう、あきない文章です、お薦めです。
・「ほかに誰も書けない」
穏やかで平凡な題名とはかなり違った内容の本。いったい、武田百合子という人は天才的な素人なのか、素人のふりをしている天才なのか。 冒頭の「枇杷」を読んで、茫然となる。だいぶ後からじわっと涙が出た。亡くなった自分の夫の記憶をこんな文章で表現できる人って、ちょっといない。
他に印象的だった個所は、天井裏にお雛様がしまわれていると思い込んでいた子供の頃のイメージ(雛祭りの頃)、骨董の柱時計を買って帰る途中にその時計が鳴り始めたときの描写(上野の桜)など。呆けかけている老女が語り続ける「花の下」、かなしくて愛らしい。 イラストがあまり合っていない気がするのが残念...。
・「唯一無二のエッセイ」
これ以上の随筆というものは自分にとってないかも、と思うくらい魅力を感じ続けている一冊です。物事を見たそのままに切り取る作者の目と感性の斬新さに驚き、笑い、泣きそうになります。ありのままに、時に残酷なくらい鋭く物事を描き出しながらも同時に文章には作者のまっすぐな優しさが貫かれていると思う。天衣無縫、おおらかで大胆なイメージも強い作者だけれどこの本の中の、特に過去の記憶をたどる文章では、その繊細さや孤独が強く感じられるような気がします。もう何度繰り返し読んだかわかりません。それでも飽きないし、大好きな本です。
・「純粋無垢というよりは野性的な感覚」
記憶の中のちょっとした出来事を独特の感性と言葉で書いている。この人の本の不思議なところは、明らかに普通の人とは違う感覚や行動をしているのに、文章がさりげなく、登場人物や作者自身に非常に親近感がわく所ではないかと思う。加えて、さらりと綺麗なだけじゃなく、毒もある。簡単に読めるのに胸にぐさりと刺さる所があって、病みつきになって何度も読んでしまう。どの話もいいが、やはり一番は「枇杷」。最後の表現は純粋というより野性的で、唯一無二。ずっと本棚に残しておきたい本。
・「思い出は皿の上の果物のようにごろんとそこにある」
ほかの物書きの人に比べて武田百合子さんは読者にとても「愛されている」という印象が強くて、かねてから不思議だったのですが、この本を初めて読んでその理由が実感として納得できました。なんと魅力的な文章なのでしょう。皆さんにも是非魅了されてほしい、と思いおすすめします。虹や飛行機雲を発見したときの気持ですね。だれかれ構わず「ほらほら見て見て」と声をかけたくなるという。収録されているのは、広い意味で食べるものや食べることにまつわる文章です。ほとんどが随筆といえるものだと思いますが、ちょっとフィクションぽいものもいくつか。なにか特別な食べ物が出てくるわけではなく、ごくありきたりの食べ物をきっかけとして幼い頃の思い出が語られたり、お嬢さんと出かけたさきで普通に食事したり…… 当たり前ですが生きることと食べることは表裏一体で、だからどんなにありふれた食事でも、大切なひとの思い出や忘れられない出来事やなんとなく気になる奇妙な経験やらと切り離せないかたちでひとつひとつが妙に印象に残っていたりするのですね。個人的には主に前半部分に収録された、幼い頃の思い出をめぐるエッセイがどれも大変印象深いものでした。なつかしくいとおしいけれども美しいばかりではないもろもろの記憶が、うすっぺらい感傷の入らないいっそ即物的といっていいような文章(よくいわれる「無垢の」とはこういうことでしょうか)で語られ、それがかえって深いところで思い出にまつわるすべてを生き生きと輝かせていて、著者の文章の魅力が最もよく味わえる気がします。ほぼ各編にひとつそえられた野中ユリさんの、古い西洋の書物を連想させる銅版画(?)も、合ってるような合ってないような微妙なバランスで、この書物に不思議な魅力を加えています(ひとついえるのは、挿画が、もっと内容に即したもの(例えば「枇杷」に枇杷の絵とか)だったり、見るからに素朴なタッチの絵だったりしたらかえって台無しだろうなと)。
・「食生活が豊かになりました。」
ある日、ふと見たTV番組でベトナム料理が紹介されていました。調味料の‘ヌクマム’の味が気になって、今回この本を購入しました。キレイでおいしそうな写真が満載です!レシピは、とても丁寧にわかりやすく書かれていて、覚えやすいです。ベトナムとタイの食材やたれについても、詳しく書かれていて大満足です。身近な食材で、こんなに沢山の種類の料理ができる事を教えていただけて、この本に感謝します(^-^)
・「タイ、ベトナム料理が作りたくなる本!」
素晴らしい!レシピも99掲載され、コンパクトサイズですが、大変読み応えがありました。レシピの写真もとても綺麗で作ってみたいと思いました。調味料についての説明もあり勉強になりました。アジアンフード店に行ったときに、いろいろと発見できそうです。著者の文才も素晴らしい。簡潔で分かりやすく濃厚。愛読書になりそうです。
・「この娘は”いい娘”」
旅行をしている時にノートに書き残す、スケッチ入りのレポート。材料がこんなんで、道具がこうで、名前がどうで、ナンプラーの銘柄ラベルを貼り付けた、いつかまとめようとしておいた青春の放浪記ノート。それが具現化したらこんなふうになるのではないか。こういうことかなと思ってしまう。くすぐったい本。見て読んで感性で作れる庶民派料理。市販の調味料は利用する。伝統的王宮料理を食べる事はない貧乏旅行者にとってはこれが本物の味というとになります。綺麗にまとめた大学ノートのようなこの著作を調理前に横目で見ながら、当時の味と香と風情とを思い出しながら作らさせてもらうことができるでしょう。
・「トルコ蜜飴が食いたいっ!」
食エッセイに目がない自分としては、タイトルだけでとりあえず購入した本ですが、いやはや何とも、世界各国の食文化(特に東欧圏)に触れ、その背景に触れ、尚かつすいすいと読ませながらも、食欲をそそる内容は、最近買った本の中では久々の大ヒットです。特にトルコ蜜飴のくだりは、思わずそこら辺にいる人を捕まえて、『ほら、これ食べたくない?』と読ませて回るほど。いや、食好きの人は、何が何でもお読み下さい。
・「今週一時間以上電車に乗るのなら」
かばんにこの本をしのばせるとよいです。米原万理の驚愕の雑学量がさりげなくユーモアたっぷりに収められた食べ物エッセイです。贅沢グルメではない土地にしみこんだ貴重な味の記憶。万理さんは書く「・・・舌触りと味を何とか伝えたくて。しかし、その直前に言葉で言い表すのが不可能なのを察知して思いとどまり、不機嫌に黙り込む。」ね,読みたくなってきてしまうでしょう。
読み終わったら自分の手元だけにおいておくのは勿体無いので,まただれか,長い時間電車に乗る人にあげてください。
・「蕪や黒パンなど東欧圏の食品に関する蘊蓄はどれも初めて聞くようなものばかり」
最初はグルメ本だとばっかり思っていて、「そういえば旅先の朝食だけに焦点をあてたような本ってあまり知らないな」と思って一読。驚愕しました。最初の「卵が先か、鶏が先か」では、おそらくプリマコフの同時通訳で「アブオーヴォ」という単語が訳せずに窮地に陥ったが、なんとかうまくとりつくろった、みたいな経験が、フランクに語られているのが素晴らしい。会議が終わって辞典を調べるとAB OBOはラテン語だったということがわかります。同時通訳者たちの悪夢は《スピーカーがいつギリシャ語やラテン語の慣用句や有名な詩の一節を原文のまま口にするか》(p.12)ということ。これは《日本人が漢文の故事来歴を好むのと同じ》(p.13)なんでしょうね。
あと、本のタイトルにも採用された『旅行者の朝食』。ロシアンジョークで『旅行者の朝食』がオチになると、なぜかロシアの人たちは抱腹絶倒するのですが、そのワケがわからない…といったあたりからはじまって、それがソ連時代のマズイ缶詰だったということがわかって、たいていはマズいものが多いけけど中にはフォアグラと間違えるほどの鱈肝の缶詰などもあったという思い出につながり、最後は、そうしたものも輸入品に席巻されてしまい、いまでは「旅行者の朝食」も懐かしいと感じる、と終わる流れは、悠揚迫らず、見事なもの。
・「食はすべてに通ずる源」
本書は、著者がこれまで「食」について書いたエッセイを一冊にまとめたものである。文章もさることながら、卓越したユーモアのセンスと食に対する探究心には感服する。食事は楽しく食べると消化もいいなどと聞くが、本書は食材の由来や未知の料理も知ることのできる、まさに楽しみながら知識を蓄えられる消化のいい作品である。
・「ああ、日本はいい国だなあ」
なんてお気楽な気分にひたることができるくらいに私たちの国は、少なくとも平和ですね。もちろん、相反する状況が次第に大きくなっているような感じもあるのですが・・。そんな気分の中で妙な平和ぼけにならないようにするには、この方の随筆がなんともおすすめであります。いろいろな外国の人たちとつきあったり、外国の文化に触れて影響を受けたり、ということがあるときに、では自分はいったいどういう人間で、どういう文化の中にいるのか、ということを考えさせられることがしばしばです。米原氏の著述は、そういうことを主に旧東欧圏と呼ばれる文化の中で育まれ、当時の国境が無意味となった今においても生き生きとした息づかいを持っている現地の慣習とか、食べ物とかを通して、考えるすべを私たちに示してくれている、と思います。最近観た「グッバイ!レーニン」という素晴らしい映画にも通じる、思慮深きユーモアの世界。この本を読んで以来、ロシア語を話せるようになりたいと思うようになりました。
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