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夜と霧 新版 (詳細)
ヴィクトール・E・フランクル(著), 池田 香代子(翻訳)
「真摯な解釈の結果、より原書の雰囲気に近づいた」「旧版との比較」「名著復活」「収容所は今もある。あなたのそばに。」「定評どおりですっ!」
ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) 新潮文庫 (詳細)
塩野 七生(著)
「ハードカバー版との違い」「塩野 ローマ史学の始まり」「ローマ再生」「ローマの不思議再発見」「さすが塩野七生 !ただの「文庫化」ではありません」
ローマ人の物語 (2) ― ローマは一日にして成らず(下) 新潮文庫 (詳細)
塩野 七生(著)
「ローマを学ぶことは、システムを学ぶこと」「面白いし、学ぶことも多い」「知的好奇心をくすぐられる一冊」「積み重ねています。」「ひとまずの結びーローマ人の真のアイデンティティとは」
ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上) 新潮文庫 (詳細)
塩野 七生(著)
「ローマの師匠、ハンニバル」「亡国の危機にローマはどう対処したか?」「誰か映画化してください」「塩野七海さんはすごい」「戦争家の真骨頂」
ローマ人の物語 (4) ― ハンニバル戦記(中) 新潮文庫 (詳細)
塩野 七生(著)
「稀代の将軍ハンニバルが分かる本」「As Good as its preceding volumes.」「ハンニバル、ローマを破る!」「カルタゴとローマの英雄が登場」「名将対決」
ローマ人の物語 (5) ― ハンニバル戦記(下) 新潮文庫 (詳細)
塩野 七生(著)
「苦い勝利の味」「ぞくぞくさせられる歴史物語!」「ザマの戦い!」「「交渉相手との信頼関係」」「面白い!」
ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)ローマ人の物語8 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)
「待ってました」「一気に読ませる」「魅力的なカエサル像」「女たらしの借金王=カエサル!」「名前はよく聞くけど、カエサルっていったいどんな人?」
ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)ローマ人の物語10 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)
「あまりにも美しすぎる光景」「賽は投げられたか?」「ルビコンを前に固める決意」「ガリア戦役の終末と次なる戦いへ」「人間界の破滅か我が破滅か? 究極の選択」
ユリウス・カエサル ルビコン以前(中)ローマ人の物語9 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)
「疾風怒濤のガリア戦記」「カエサルの類い希な才能を実感」「ガリア戦記」「『行くぞ!! ガリアへ!!』」「カエサルの大活躍」
ローマ人の物語〈12〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(中) (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)
「キリスト教の呪縛から」「キケローの不幸」「・・・」「・・」「自己改革の難易さ」
● イタリアファン
● 好きな本
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 15/20
● 日々の糧になる本
● ローマつながり
● 雑多なお勧め
● 好きな作家,本
● 世界史(読み物)
● ローマ参考資料
・「真摯な解釈の結果、より原書の雰囲気に近づいた」
訳者が変わり、文体がシンプルなものになると同時に、旧版についていたアウシュビッツに関する資料がなくなった。これは前の訳者の主観を読者に植え付ける要素が強く、著者の客観的な姿勢に反した余計なものだと思っていた(この点で旧作は本としては星四つ)ので、本としてソリッドに著者の意思が統一された形となった。
この本が生きるヒントを与えてくれる類の本だと受け止められたのは、単純にナチスの非道さが記されているからではない。凄惨な極限状況の中で人と悪魔を分けたのは、ユダヤ人とドイツ人という人種ではなく、勝者と敗者といった立場でもない、普遍的な人間性や良識を維持できたか否かという個人の内面の充実に答えを求めているからだ。つまり、現在平和な状況で生きている我々も、この答えを持たないため、少し状況が変われば獣に落ちてしまいかねない不安定な存在なのである。自分の凄惨すぎる収容所の経験と平和な状況での混迷を真摯に同列として扱って答えを探そうとするところに、本書が人々の心に直に響く要素があるのではないか?そういう原書の持つ哲学書としての真摯さを尊重すれば、これくらい簡潔にライトな和文で記述されるのが、相当であり、妥当な選択であるといえる。
それにしても、作品の本意に従うためとはいえ、戦争ドキュメンタリーとして秀逸な旧作にあえてメスを入れ、大幅なスリム化を施すのには大変な勇気が要ったことだろうと思う。戦争を軽視しているなどといった不本意な批判が起こることへの恐れもあったに違いない。しかしそれでも原書への忠実さと、本書が持つ「普遍的な平和」への飢えの訴求力を信じた出版社と訳者に敬意を表したい。
・「旧版との比較」
「夜と霧」には旧版がありますが、それとの相違点について書いてみたいと思います。
まず、旧版は1947年、新版は1977年に刊行された原典をもとにしています。1977年版にはいくつかの改訂が加えられていますが、1947年版の主旨が置き換わるほど大きなものではありません。
次に、旧版は上智大学名誉教授の霜山徳爾氏、新版はドイツ文学翻訳家の池田香代子氏が翻訳しています。霜山氏の訳文は学者らしい切れのある文体、池田氏の訳文はていねいな読みやすい文体です。
最後に、新版には旧版にあった「解説」「写真図版」という資料が削られています。「解説」はドイツ強制収容所の過酷な実態を70ページ近くにわたって緻密に説明したもので、「写真図版」はそれを視覚的な面から補足しています。
私個人としては、良かった点もあれば残念な点もあるので評価は星3つです。良かったのは池田氏の訳文が「夜と霧」を新しい側面から照らしてくれたことです。ただし、新版が登場したからといって、旧版すばらしい訳文の価値が下がることはないように思います。
残念だったのは資料が削られたことです。私の場合、フランクルの言葉にどれほどの重みがあるかが資料を読むことではじめて分かった面もあったからです。「この本を若い人に読んでもらいたい」のが新版刊行の理由だそうですが、それならなおさら資料に意味があったのではないかと思います。
総じて新版は旧版と比較して「軽くなった」という印象です。文章は読みやすくなり、資料は削られました。ただ、このような本を軽くしてよいのかには疑問があります。旧版を手にする機会があれば、一読することをお勧めします。
・「名著復活」
どうしても旧版と比べられてしまいますが、改訂された原書の翻訳ですから、単なる改訳だと思ってはいけません。旧版も絶版にはなっていないようですので、ともに存在価値があると思います。さて、この機会に旧版ともども一気に読みました。比べるつもりはないものの、やはり「差」は感じます。それは出版された時代背景についてです。
ホロコーストそのものについての情報が乏しかった旧版の時代と、それらを予備知識として前提できる今日との差は、あきらかにあるようです。それをもって旧版は重く新版が軽いと言っては正鵠をえていないでしょう。この本は、悲惨な状況を冷静にかつ客観的に書いています。決して、悲惨の原因を糾弾することではなく、淡々と書いていることが印象的です。
その雰囡?気を、新版もあますところなく伝えています。旧版に比べて軽いと感じるとすれば、それには読みやすい文体が寄与しています。原著もこんな「感じ」なんだろうと、私には思われます。
・「収容所は今もある。あなたのそばに。」
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・「定評どおりですっ!」
ナチスの強制収容所でのさまざまなことを精神医学者の立場から描いたノンフィクションです。僕は以前から一度はこの本に触れておきたいと思っていたので大学の休みを利用して一日かけて読んでみました。感動しました。僕はこの本のすごいところの一つは以前から言われてきた人間性に対する鋭い洞察を強制収容所という事実を元に裏付けたことだと思っています。例えば、人間本来が持っている限りない強さ・可能性・良心、また自犊意志です。それは以前から言われていました。しかし信じる人も信じない人もいました。それをフランクル強制収容所という地獄(誰もが骸骨に薄皮一枚を来たような状態で死を待っている状況を想像していただきたい)の最中にあっても通りすがりの人に思いやりのある言葉をかけ、なけなしのパンを譲っていた人々の存在を描写することで裏付けました。それが全世界の人々に人間性に対する希望と信頼を与え、また読者自身の中に本来備わっている最高に尊貴なものに気づかせたのです。また、感銘を受けたことの一つとしては「わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているのが問題なのだ」があります。また、「およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ」との一節には収容所を生き抜いた人間の奥深さを感じました。「一番、苦しんだ人こそ、一番、幸福になる権利がある」というある人の言葉を思い出しました。是非是非読んで頂きたい。あなたがこの本を読むことが不戦への一歩にもなります。何より自分と他者の人間性に希望を見いだすことができます。
●ローマ人の物語 (1) ― ローマは一日にして成らず(上) 新潮文庫
・「ハードカバー版との違い」
私はこの本をハードカバー版と文庫本番の両方を持っている。両者の違いは何か。分冊になっている、本の体裁が違う点はもちろん、1番大きな違いは、文庫本版でだけ読める、その冒頭の、感動的な「『ローマ人の物語』の文庫本化に際しての、著者から読者にあてた長い手紙」という小文の存在であろう。私が知らなかった文庫本という形式の出版の歴史そのものから説き始めて、文庫本化に望む作者としての矜持を示してくれる。この小文を読めるだけでも、この文庫本版ローマ人の物語(1)は買う価値があると思う。
本文の内容については、既に多くのReviewerが書いている通り、すばらしいものであり、まさに巻を置くことあたわずの境地に多くの人を引き込んでくれるものと確信するが、ここではこれから「ローマ人の物語」を読み始める人のために、「『ローマ人の物語』の文庫本化に際しての、著者から読書にあてた長い手紙」の存在を指摘させていただいた。
・「塩野 ローマ史学の始まり」
2002年に文庫で出た際に 一気に何冊か読んだ。面白かったが 面白すぎて 読みとばした点を反省した。5年後の今 再度 今度はゆっくり読み始めたところだ。
塩野の「ローマ人の物語」は 塩野という一大歴史小説家のライフワークに止まらず 日本で書かれた歴史小説の中でも 屈指の名作だ。司馬遼太郎という歴史小説家を持っている我々として 司馬に加えて塩野を持っているという点は 紛れもなく世界に誇りうる事だと思っている。 これは 僕のナショナルズムがなせる発言ではない。実際 世界を見回しても 司馬や塩野のように 歴史学とエンターテイメントを上手に統合して 誰が読んでも面白い歴史書を書いた人は余り居ない。
本書は そんな「ローマ人の物語」を高らかに開幕する書である。塩野は本書で このシリーズのテーマを明快に語っている。
「なぜ ローマ人だけがあれだけの大をなすことが出来たのか」
21世紀を迎えた僕らにとっても このテーマは 実は非常に身近な話なのだと思う。2000年たっても 人間はさほど変わっていないし 進歩もしていない。それが僕らに対する痛烈な指摘でもあるのだ。
・「ローマ再生」
ケルト民族により、完膚なきまでに叩きのめされたローマがどのように再生していくか、それを丁寧に描いていく、塩野さんの筆に思わず引きずられます。
ローマ史がこれほどおもしろいものだったとは!そして、ローマ人というのがこれほど特異なみんぞくだったとは!まさに、目からうろこ!でした。
ひとまずの結び、のところは何度も読み返してしまいました。とりあえず、第1巻目読了。これからの物語がますます楽しみです。
・「ローマの不思議再発見」
大学受験以来、忘却の彼方にあったローマ史ですが、これが非常に面白い。
「ギリシアが高度な文化や政治制度を持っていたにも関わらず衰退する中、なぜローマだけが際限なく発展したのか?」。ギリシアとローマを対比させながらその謎に迫ります。
著者の堅苦しくなく、ウィットに富んだ語り口により、僕がかつて世界史を学んで(詰め込んで?)いたときには、覚えにくい文字の羅列でしかなかった古代ローマや古代ギリシアの人々が非常に身近にいきいきと感じられます。
第1巻と第2巻は、カエサルも5賢帝も登場しませんし、史料も少ない上に、非常に長い期間(建国~ポエニ戦争前まで)を扱っていますので、著者も大変苦労されたと思いますし、若干盛り上がりには欠けますが、副題のとおり「一日にしてなら」ないのがローマであり、「ゆっくりと、しかし着実に」発展したローマの特徴が非常によく分かるよう工夫されていて楽しめました。
なぜ、ローマだけが発展したのか?他者に寛容な多神教、王政と貴族政と民主制のいいとこどりをしたような政治体制、戦争で敗かせた相手をも取り込んで「ローマ化」する貪欲さ・・・
著者はこれらを「ローマの開放性」と表現し、これこそがローマを発展させた源であるとしています。
僕たちは、「文明の衝突」が叫ばれ、他者に対する非寛容と硬直した価値観による対立が益々エスカレートする現代に生きています。
そうした現代だからこそ、古代ローマの開放性を再評価する必要があると感じます。日本も同じ多神教をベースとしていますから、日本人である僕たちこそ、共感を覚えることも多いはずです。
次の巻も読まずにはいられない、楽しみながら「温故知新」できる、そんな本です。
・「さすが塩野七生 !ただの「文庫化」ではありません」
■塩野史観といってもいいほどのプラグマティズムとロマンが融合した「価値観」と精緻な「調査」に裏打ちされた「ローマ人の物語」がついに文庫化されました。
■第一巻(上)ではローマ誕生をはじめとして王政から共和制への歴史を扱っています。「知力では、ギリシア人に劣り、体力では、ケルト(ガリア)やゲルマンの人々に劣り、技術力ではエトルリア人に劣り、経済力ではカルタゴ人に劣るのが、ローマ人である」と自覚していたローマ人を興隆に導き同時に滅びのきっかけとなる「つよみ」を学ぶことは日本の行く末はもちろん、仕事や生き方を考えさせられます。
■冒頭にある「著者から読者への長い手紙」では「文庫」誕生の歴史的背景からはじまり、本シリーズの文庫化に対する筆者の意気込みが強く感じられます。まずはそこだけでもつまみ食いしてみてください。きっと最後まで食べたくなるはずです。ちなみに単行本は一年一冊のペースで継続中。人生を通して、長く楽しめる本になると思います。
●ローマ人の物語 (2) ― ローマは一日にして成らず(下) 新潮文庫
・「ローマを学ぶことは、システムを学ぶこと」
職業柄、少し違った見方を。企業の種々のマネジメント・システムを勉強していると、基本的なところで東洋的なものと西洋的なものの違いを思い知らされる。西洋の論理的合理性を追究するシステム思考に対して、東洋の人格人徳が仕事をする人治主義的思考。たとえば、医療現場でもシステム思考を追究する西洋と、お医者様は偉い先生様だから間違いは起こさない、疑ったりしちゃ罰が当たると考える東洋。だから組織に不祥事が起こればシステムを直す西洋に対して、不祥事はそれを起こした人が悪いのだから人の首をすげ替えて済ましてしまう東洋。あまり適切な例ではなかったかも知れないが、少し大袈裟に誇張して表現するとこのような違いがある。この合理的システム思考の源はどこから発するのかと考えていたが、このローマ人の物語にひとつの答がある。
元老員と執政官の関係、更にふたりの執政官とその弱点を補う独裁官の誕生、そして護民官の発生過程などを見ていると、システムの国であることがよく分かる。特にこの第2巻がその中心である。自国の発展を願って種々のシステムを考案し、基本的にこのシステムを守ろうとする。何か問題が発生すればシステムを破るのではなく、システムを再検討して新たなシステムに進化させる。ここにシステム三原則(設定 → 厳守 → 進化)が明確に見て取れる。もちろんひとつひとつを見ればきれい事ばかりでは済んでいないのだろうが。このようにシステマティックに思考することは、ある程度それを守りきる市民の意思が必要だが、権力はあくまでも人に所属してしまう日本ではまず考えられない。そのようなことまで考えてしまうほど、奥の深い著述である。
・「面白いし、学ぶことも多い」
古代西洋史大好き人間にとっては、これはとても面白い本である。字も大きくてすっきり読みやすい。目に優しい。長い長いシリーズの2作目となる本作では、共和政ローマについて語る。共和、といっても今の共和国とは違うもので、王政と民主政の混じったとでも言おうか、大きな権力をもつ役職は存在するけれども、市民の力や声もそこ
そこ反映されている。でも、勿論貴族も平民も皆仲良く幸せに暮らしました、とはいかないわけで、階級間の対立や諸部族との戦闘にもまれながら、ローマが「ゆっくりと、だが着実に」試行錯誤しながら成長していく様子がわかる。研究者のようにきちんと調査したうえで書かれているのがわかる非常な労作。
ケルト人にこてんぱんにやられてから何とか復興していく様子が見もの。
・「知的好奇心をくすぐられる一冊」
待望の文庫化。うーん、これほど手堅い書き方をしているのに、なぜこんなに面白いんだろう。ローマ人の世界観がよく分かる一冊だと思います。
・「積み重ねています。」
この巻の出来も立派だと思います。複雑な周辺事情をも正しい順序で説明してくれているのでしょうかね。
お話はギリシアへの派遣視察団が帰国するところから続きます。前449年十二表法の制定により、共和制ローマとして、ローマ人は歩み始めます。塩野さんの説明がすごくわかりやすかったのは、この共和制というのが、現在のフランスの共和制などとはまったく異質の政体であるこというものでした。翻訳の問題なのだろうが、歴史を志すものには重要なポイントなので、イメージだけでもしっかり持ちたいところ。といいつつ私もすこし忘れている。しかし、彼らの文明はこの時期に法律が必要なほど高いものだったとも考えられるし、日本では成文法は聖徳太子の17条の憲法(604年)まで法律がなくても、モラルのあった生活をしていたとも考えられる。
■ ともかく政体を変える事により、躍進するかと思った共和制ローマなのですが、文化レベルでは蛮族と言わざるを得ない、ケルト人により、壊滅的な敗北をすることになります。これが前390年の出来事です。このケルト人は去年流行したceltic womanや、有名なenyaもそうですし、もっとも好きなのはThe Chieftains等、他にリバーダンスなどの文化の源流たるケルト人ですが、このころは蛮族でしかなかったんですね。しかし、この時期は森に棲む民族として、広く生きていました。ドイツにも、スイスにも、フランスにも、スペインにも。375年にゲルマン人の大移動が始まるまでは、深い森の中でケルト人は暮らしていたのですね。
さまざまな様子が事細かにかかれていて、非常に読後感も素晴らしいものでした。
・「ひとまずの結びーローマ人の真のアイデンティティとは」
ケルト民族により、完膚なきまでに叩きのめされたローマがどのように再生していくか、それを丁寧に描いていく、塩野さんの筆に思わず引きずられます。
ローマ史がこれほどおもしろいものだったとは!そして、ローマ人というのがこれほど特異なみんぞくだったとは!まさに、目からうろこ!でした。
ひとまずの結び、のところは何度も読み返してしまいました。とりあえず、第1巻目読了。これからの物語がますます楽しみです。
●ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上) 新潮文庫
・「ローマの師匠、ハンニバル」
膨張を続けるローマと宿敵・大国カルタゴの対決を描いた3巻。一気に読ませます。
サブタイトルの通り、主役はハンニバルです(登場は第4巻ですが)。アレクサンドル大王の後継者とも言える、この軍事の天才は、父の代からのライバル、ローマを倒すために一生を捧げます。
有名なアルプス越え、ガリア人の懐柔、ローマ同盟国の切り崩し、斬新な戦法の導入・・・敵地ローマにあっても百戦百勝のこの天才にローマはどのように立ち向かったのかという点が最大の見所です。
また、クライマックスである、天才ハンニバルvs若きスキピオの対決は鳥肌ものの迫力です。
さらにこうした戦記としてのおもしろさに加え、最終的にローマが勝利を収めた理由の分析が興味深い。第1巻から読んできた方には非常に納得できる説明ではないでしょうか。
宿敵であるハンニバルからも学び、学んだことを消化して「ローマ化」し、さらに成長を続けるローマの底力には心底敬服してしまいます。
「勝利と正義は違う」として、武力でうち破った昨日までの敵を同盟国として遇していくローマの政策は、まさに「北風と太陽」の太陽政策といえるでしょう。
今後ローマがどのように拡大していくのか、そして何故衰退し滅亡することとなるのか、もう先を読まずにはいられません。
・「亡国の危機にローマはどう対処したか?」
塩野七生によるローマ史全10巻の第三巻にあたる。ローマ史前半の山場になるであろうカルタゴ対ローマ、地中海の経済覇権をめぐる戦争を描く。三次に渡り、最後は国論をまとめ挙国一致で対処したローマが勝ち、カルタゴは滅亡する。
フランスからアルプスを越えてイタリア半島に攻め入ったカルタゴのハンニバルという稀に見る天才軍略家による第二次ポエニ戦争が圧巻。この第二次ポエニ戦争はスペインを植民地としたハンニバルによってカルタゴ本国には無断で起こされた。追認するカルタゴ本国。暴走する現地駐留軍とそれを制止できない本国という構図は、さながら戦前日本の満州事変における関東軍と日本政府との関係を思わせる。29歳で戦争を始め、本国からは十分な支援を得られないまま16年間!も敵国内で活動を続けたハンニバルの精神力、行動力、統率力には驚嘆させられる。判官びいきでどうしてもハンニバル側を応援したくなるが、この亡国の危機に対するローマ側の対応もまた注目してみたい。
・「誰か映画化してください」
唯一、ローマ帝国を危機に陥れた天才戦術家ハンニンバル!彼はアレキサンダーにならい書記官を同行させて長大な遠征を行った。その記録からハンニバルがいかにして戦い、いかにして敗れていったのかを知ることができます。すごいですハンニバル!!そしてそのハンニバルを破る事になるローマの粘り強さも見ものです。
・「塩野七海さんはすごい」
第1次ポエニ戦役を描いた本。イタリア半島を統一し、それ以外の土地についての侵略など考えもしないローマが、なぜ、シチリア覇権をめぐってカルタゴと争うこととなったのか等、生じたことに対する理由がはっきり示されており、事実と結果だけを書いた教科書では決して学べない歴史を学び取ることができる。1,2巻の評価は星4つとしたが、ハンニバル戦記を扱った3〜5巻は、単なる物語としても充分おもしろく、そのために星5つをつけさせてもらった。
・「戦争家の真骨頂」
あのハンニバルである。幾度となく語られた彼だが、このようなスケールから描かれたことは、これまでなかった。常に、日本人好みの「ヒト」に焦点を当てたものが多いからだ。でも、塩野は違った。というより、歴史は違う。もっと広大で深遠なシステムなのだ。これを喝破した彼女はすばらしい。スキピオがハンニバルに「あなたは戦争の時代にはふさわしいが、平和の時代には必要ない」と言ったのは、的を得ているのだろう。
●ローマ人の物語 (4) ― ハンニバル戦記(中) 新潮文庫
・「稀代の将軍ハンニバルが分かる本」
アルプス越えをした将軍として有名なハンニバルの鮮やかな戦術と戦略が時代を超えて知る事が出来る。当時無敵であったローマ軍を何度も破った戦術の妙が作者の臨場感溢れる文面から読み取る事が出来る。ローマ同盟の解体を願いイタリアに攻め入ったハンニバルだが、個人対国家の力の限界という現実的な事態に直面する。この本ではハンニバルがそれをどのように打開していくか、そしてローマはどのように対処していくかが戦争と政治の両面から楽しめる。
・「As Good as its preceding volumes.」
The only thing I want to say is if you enjoyed the first 3 you will be very pleased with 4, It is the best. I wish to recommend an excellent similar book which will leave you satisfied and thinking about the future of Japan. SB: 1 or God by Karl Mark Maddox in English.
・「ハンニバル、ローマを破る!」
いよいよアルプスを越えてローマとの戦いにいたるハンニバル!たくみな心理戦や誘導作戦で次々とローマを撃破、ついに最大の決戦カンネーにいたる。だが、この戦い、わずかに生き残った兵士の中に10代のスキピオがいた。スキピオはスペインに渡りハンニバルの戦術をもってカルタゴを破る!二人の天才、ハンニバルとスキピオがそれぞれに来るべき決戦を目指す!
・「カルタゴとローマの英雄が登場」
歴史には、しばしば英雄が登場するが、同時期に英雄が揃って登場するのは稀である。この第2次ポエニ戦役の主役となるのは、カルタゴの「ハンニバル」とローマの「スキピオ」のふたりの英雄である。このふたりが刃を合わせる事がなかったのは残念であるが、同時期に活躍した偉人として比較するのは、興味深いしおもしろい。また、領土を侵される劣勢に立たされながらも、次々と策を案じ、的確な人事と対処を怠らなかったローマ人の気質は、今にもつながる教訓を与えてくれるとともに、この本の読みどころでもある。
・「名将対決」
父ハミルカルの仇をうつ意味もあって対ローマに燃えるハンニバルの大活躍から、本書は始まる。スペインから、北回りで伝説のアルプス超え(象も一緒に)を成し遂げ、まさかのイタリア進入を果たしたハンニバル。情報収集で相手をつかみ、地形を調べ、巧みな戦略によって、ローマ軍団をやっつける。ハンニバルの戦術と策略に見事にはまり、容易に戦士を補充できなくなるほど死者を出すローマ。国家存亡の危機に、なんとかふんばり、あの手この手で奮戦し反撃してゆく様子が見もの。執政官が次々に対ハンニバル戦で斃れる中、戦闘に参加していたのはまだティーンのスキピオであった。20台半ばとなった彼は、執政官でも議員でもないのに、軍を率いる権利を手に入れ、スペインで活躍を始める・・・スキピオの今後の活躍が楽しみなところで本書は終わる。字も大きく読みやすい文庫である。戦いの記述が非常に多いため、陣形の図なども入っている。
●ローマ人の物語 (5) ― ハンニバル戦記(下) 新潮文庫
・「苦い勝利の味」
ハンニバルとスキピオという 二人の天才が ポエニ戦役という舞台で最後にどのように振舞ったかを本巻は物語る。 史実として言うなら スキピオはハンニバルに完勝し ハンニバルはスキピオに完敗した。勝者と敗者がいる風景だ。但し この二人が 大きな歴史の流れの中に消えていく様も良く見えてくる。特に 勝者であったスキピオが ローマ帝国の内部のパワーゲームの中で不遇に死んでいく場面は印象的だ。ハンニバルの方が 自分の資質に忠実に生き、そして没落していった様に 幾分かの爽快感を含ませた塩野にして スキピオとの「距離感」が微妙にあると感じた。
本巻で 最後にカルタゴとマケドニアがローマに滅ぼされていく様が語られる。それは 必ずしも「ローマの勝利」を意味しているのではないと 塩野は言っているような気がする。 相手を滅亡させなくてはならないローマとは それまでの「敵を見方として飲み込む」というローマの哲学の「破産」も意味しているかもしれないからだ。
ローマとの「旅」は まだこれからだ。
・「ぞくぞくさせられる歴史物語!」
ハンニバルに攻め込まれ、こてんぱんにやられつつも、しぶとく反撃したり様子を見たりで何とか持ちこたえ、攻勢に転じようとしていたローマ。本書は、ケルト人にすっかりやられてからも起き上がったローマ(『ローマ人の物語』文庫第2巻)を思い起こさせる、ローマ反撃劇を語る。天才ハンニバルが孤軍奮闘する中、10代のころから対ハンニバル戦に参戦していたスキピオ。このスキピオが名将に成長し、若いのに特例の特例で軍団を率いて勝利を収めた後から物語は始まる。カルタゴの象をうまくよけるように隊形を組むなど、スキピオの戦術が光り、圧勝していく様子が見所である。また、スキピオが圧勝してはい終わり、とはいかなかったその後のポエニ戦役のもようも語られてゆく。ギリシアやマケドニア、ヌミディアなど周辺諸国の思惑も絡み合い、マケドニアとカルタゴの滅亡へと歴史は進んでゆく。ローマがマケドニアを根絶したことは、未だに賛否両論であるが、陥落するカルタゴにローマの遠い未来をみる武将の姿がよかった。
・「ザマの戦い!」
天才戦術家でありながら、祖国の支援も武将にも恵まれなく孤独に戦い続けたハンニバル。多くの熱狂的志願兵を集め、将軍たちと友情に結ばれたスキピオ。二人の英雄がついに雌雄を決する時が来た。北アフリカはザマの戦い。ハンニバルは勝てない事を知っていたのではないだろうか?祖国にいいように使われるハンニバル。しかし、それでも戦いに望む彼に、ふと楠正成を重ねてしまった。決戦前の会談など知られざるエピソードも加えたハンニバル最後の戦い。
・「「交渉相手との信頼関係」」
本巻は、「ローマ人の物語」シリーズ文庫版第五巻、紀元前二世紀のローマとカルタゴの戦い、ポエニ戦役の終盤を描いている。
前の巻で鮮やかな戦略と戦術により時のローマを脅かしたハンニバルだったが、今回はローマの若い武将スキピオに追い詰められ、ついに敗れてしまう。この二人が剣を交わしたザマの会戦で紹介されているエピソードで、スキピオが一度捕らえたハンニバル側の斥候を殺してしまうのではなく、自軍の情報をくまなく知らせた上でハンニバルの下に戻し、ハンニバルはそのメッセージを受け、有利に戦いを進めることができたにも関わらず、スキピオと直接の会談を申し入れる、というものがある。当然、自軍の情報を知らせてしまうことは不利になるのは分かっていながら、スキピオは自分!が投げかけたメッセージに対して、ハンニバルがどう対応をするかを予測できていたからこそ、こうした大胆な行動がとれたのであろう。
この辺の二人の希代の武将の駆け引きは見ごたえがある。一方が圧倒的に劣っていたのではなりたたない戦い。お互いの知力が拮抗し、お互いを知り尽くしていたこそ生まれた場面。交渉相手と中々心が通じ合わずに四苦八苦した自分の経験に照らし合わせたりしながら、うらやましく思ったりも。戦いながらも、彼らはその時間をお互いに楽しんでいたのでは?
・「面白い!」
ローマ人の物語Ⅰ~Ⅴ、自己最高記録の速さで読破してしまった。登場人物の背景、さまざまなエピソードなど詳細で且つわかりやすい表現。まるで自分が共和制ローマ時代の人間にでもなったような気分だった。
ハンニバル戦記においては、戦場での布陣図が本文をさらにわかりやすくしてくれ、
その他にもそれそれの国の時代ごとの勢力図、戦場になった場所の地図も参考になる。何より公平であろうとする姿勢が良い。
何度でも読み返したくなる本。続編の文庫化が非常に待ち遠しい。
●ユリウス・カエサル ルビコン以前(上)ローマ人の物語8 (新潮文庫)
・「待ってました」
やっと文庫版でカエサルが主人公となりました。著者の本を読んで毎回思うことは、歴史の教科書もこれくらい面白ければなあ・・ということですね。歴史の教科書がこれくらい面白かったら、他の授業中に歴史の教科書を盗み読んでいたことでしょう。
本書では前巻のスッラとマリウスに関わる物語も、カエサルから観た視点としておさらいされているので親切である。またカエサル像についても、著者はカエサル自身の発言、他の歴史学者等の解釈を紹介した上で、自分の解釈を述べているので良心的でもある。本巻はカエサルが頭角を現す前の部分がメインになっているため、これまで聞いたことのない大借金や女たらしなどの逸話が満載されていて面白い。本書を通して「キケロ」というととっつきにくいイメージが生まれるのに対して、「カエサル」に対しては親近感が湧いてくる本である。
・「一気に読ませる」
著者が最も愛するカエサルの雌伏の時代が8巻の内容になります。つまり、7巻で描かれたスッラ~ポンペイウスの活躍する同時期のカエサルの視点での物語となります。ポンペイウスに比べれば遅咲きのカエサル。しかし、その魅力は時代の牽引車となる以前もあふれんばかりです。塩野七生のカエサルへの愛情を感じます。
・「魅力的なカエサル像」
一人の著者がローマの通史を書くという試みは凄い。叙述は政治史に偏向しており、支配する側の視点から描かれることが多すぎるというのは確かに欠点だと思う。他にも研究の蓄積の膨大な家族史の成果をほとんど無視してるところとか、用語の使い方の無神経さ(「文明」とか「野蛮」とか「ローマ化」とかを無邪気に多用しているところは正直失笑を隠せなかった)とか色々と突っ込みどころはある。それでも読んでいて楽しかったのは、この巻からいよいよカエサルが登場したからだろう。「寛容」であろうとしたカエサル姿には、現代人も見習うところが多いのではと思う。塩野七生の描くカエサル像は魅力的だ。実際のカエサルがどうであったかはまた別の問題かもしれないけど。
・「女たらしの借金王=カエサル!」
いよいよ登場した、誰もが知っている古代ローマ最大のヒーロー・カエサル。この巻では、若かりしころのカエサルが描かれています。
これだけ有名な世界史上の巨人ならば、さぞかし立派な紳士・・・かと思いきや、「ローマいちの女たらしにして、最大の借金王」だったというではありませんか!
しかも、つきあってきた全ての女から恨まれず、また、借金取りに悩まされて人生を踏み外すこともなかったというからすごいです。なぜ、そんなことが可能だったのか?本書を読めば「なるほど」と思えること間違いありません。僕たちにとっても、非常に参考になります。
彼がその後、どのように変わっていくのか?遅咲きの天才カエサルは、現代を生きる僕たちに大きな希望を与えてくれます。
もてたい人、元彼女や元奥様に恨まれている人、借金が怖くてできない人、天下を取りたい人(?)必読!
・「名前はよく聞くけど、カエサルっていったいどんな人?」
かつて、「歴史にstoryとルビを振るのか、それともexperienceなのか…」と問うたのは寺山修司でした。おそらくのそどちらもが「歴史」というものなのでしょう。そこから現在への「教訓」を読み取るもよし、「物語」として楽しむもよし。
ただし文化資本の消費者としての立場からいうならば、「面白くなければ歴史ではない」。歴史は読み物としての「語り」が面白いものでなければ消費者としての読者に見向きもされないでしょう。『ローマ人の物語』シリーズ中でもこのカエサルの部分(『ルビコン以前、以後』)は、書き手もおおいに楽しみながら書いているという「熱」がよく伝わってくる、また読み手にとっても最も「エキサイティングで面白い」、ひとつの大きなヤマ場となっています。それがいよいよ手に取りやすい文庫版になって登場です。帝王切開や英語のJuly、「カエサルのものはカエサルに…」あるいは「賽は投げられた」「ブルータスよお前もか」など数々のコトバで知られるカエサルも、ではいったい「何がどう偉大だったのか」実際に知る日本人は少ないかも知れません。ちなみに「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら…」はパスカルのパンセの中にある一説ですが、クレオパトラは容貌の点ではどちらかというと平凡で、必ずしも「絶世の美女」というわけではなかったようです。カエサルほどの男は「容姿だけ」で女性を選んだりはしなかったのですね。
西洋はキリスト教文化とともに古代ローマ文化の影響を強く受けており、その両方について知っておくことが西洋理解のうえで必要となってきます。「八百万の神」や「彼岸」や「親孝行」などのコトバに仏教、神道、儒教文化が流れ込んでいるのと同じような感じです。
読んで面白く、おまけに知識や教訓も得られる、ということで☆五つのオススメです。
●ユリウス・カエサル ルビコン以前(下)ローマ人の物語10 (新潮文庫)
・「あまりにも美しすぎる光景」
『The die is cast!!』。有名過ぎることわざの発端となったルビコン河の渡河は、カエサルにとって自己に忠実ならしめんとする決意と、従事する多くの部下を勇気付ける一つの表れ。 著者の情景描写がこれまた素晴らしい。ルビコンを前に悩めるカエサルの高貴な後姿。その向こうには打倒すべき同胞ローマがある。地面を見続け悩むカエサル。その後姿を黙って見つめるしかない多くの部下。息詰まるほどの無音の中を破るカエサルの静かな一言。まるで映画のワンシーンかのように素晴らしい情景描写に、私は感嘆するしかなかった。 一連のカエサル関連書の中でも絶品です。 本を読んでやられたのは久し振りでした。
・「賽は投げられたか?」
カエサルのガリアでの戦いもいよいよ終盤へ。ガリアでの唯一のライバルといえるヴェルチンジェトリクス(ウェルキンゲトリクス)との熾烈な攻防。多くの作家がこのライバルを描いてきた。他の作家のカエサルやウェルキンゲトリクスと比べてみるのも一興だろう。例えば、佐藤賢一の『カエサルを撃て』など・・・
そして次なる戦いとしてポンペイウスと元老院がローマに待ち受けている。ルビコンを越える・・・読者も2000年の時を超え、カエサルと同じ興奮をおぼえるだろう。
・「ルビコンを前に固める決意」
『The die is cast!!』
有名過ぎることわざの発端となったルビコン河の渡河は、カエサルにとって自己に忠実ならしめんとする決意と、従事する多くの部下を勇気付ける一つの表れ。
著者の情景描写がこれまた素晴らしい。ルビコンを前に悩めるカエサルの高貴な後姿。その向こうには打倒すべき同胞ローマがある。地面を見続け悩むカエサル。その後姿を黙って見つめるしかない多くの部下。息詰まるほどの無音を破るカエサルの静かな一言。まるで映画のワンシーンかのように素晴らしい情景描写に、私は感嘆するしかなかった。
一連のカエサル関連書の中でも絶品です。
シリーズを通さずとも、本書を読むだけで著者の力量や思い入れ、ローマが内包する素晴らしさがわかります。
・「ガリア戦役の終末と次なる戦いへ」
本編はガリア戦役後半部およびルビコン川渡河までの物語です。本編ではまたもカエサルの軍事家、政治家としての手腕の高さが如実に示されていることに加えて、物書き(ガリア戦記)としての才能の高さも示されています。正確には口述筆記ですが、カエサルの文章は飾らず、自分に酔わず、物事を客観的に述べながらも読者を惹きつけるやり方が著者によって説明されています。私の周りにも会議などの発言録をそのまま文章にして、校正なしに本が出せる人がいますが、カエサルも頭の中がものすごく整理されていた人物であったことと思います。
ガリア戦役最大の正念場、アレシアの戦いについては包囲模式図や陣地断面図などが掲載されているので大変親切でした。ほかの巻同様是非購入し、休日にでも一気に読んでください。
・「人間界の破滅か我が破滅か? 究極の選択」
『The die is cast!!』
有名過ぎることわざの発端となったルビコン河の渡河は、カエサルにとって自己に忠実ならしめんとする決意と、従事する多くの部下を勇気付ける一つの表れ。
著者の情景描写がこれまた素晴らしい。ルビコンを前に悩めるカエサルの高貴な後姿。その向こうには打倒すべき同胞ローマがある。地面を見続け悩むカエサル。その後姿を黙って見つめるしかない多くの部下。息詰まるほどの無音を破るカエサルの静かな一言。まるで映画のワンシーンかのように素晴らしい情景描写に、私は感嘆するしかなかった。
一連のカエサル関連書の中でも絶品です。
シリーズを通さずとも、本書を読むだけで著者の力量や思い入れ、ローマが内包する素晴らしさがわかります。
●ユリウス・カエサル ルビコン以前(中)ローマ人の物語9 (新潮文庫)
・「疾風怒濤のガリア戦記」
借金漬けのプレイボーイだったカエサルが、本巻と次の巻では、政治的にも軍事的にその才能を遺憾なく発揮してきます。
華麗なる戦勝歴を背景に民衆の人気絶大なポンペイウス、ローマ一の金持ちで経済界代表のクラッススと結び「三頭政治」をはじめ権力基盤を強化したのち、軍事的な名声を高めるために、未だローマの覇権が及んでいなかった、ガリアの地の制圧に乗り出す。
ガリア人諸部族やゲルマン人との闘争、ライン川渡河、ブリタニア侵攻、ローマ国内でカエサルの政治基盤を脅かす「元老院派」との対決等々、戦略性・カリスマ性・政治力・コミュニケーション力 全てにずば抜けて優れていたカエサルの才能が余すところなく発揮されます。
圧倒的な兵力数の少なさ、敵地での戦闘という悪条件、同盟したガリア人の裏切り等々 さまざまな逆境をものともせずに、むしろそれを楽しんでいるようにも見えるカエサルは、本当に「かっこいい」の一言につきます。
大迫力のガリア戦記。これは読まないと損ですよ。
・「カエサルの類い希な才能を実感」
本巻でようやくカエサルが本領を発揮することになります。執政官への就任、クラッスス、ポンペイウスとの三頭政治、そしてガリア戦記です。本巻からは著者のカエサルに対する愛情がひしひしと伝わってくるので、読んでいるこちらが微笑を浮かべてしまいます。しかしそれを抜きにしても、カエサルが政治家として、軍事家として、そして間違いなくお金の面でも類い希なる才能を持っていたことがわかります。
本書を通じて確かにあらゆる面で頭の良さを感じます。ある時は意識的に、ある時は無意識なのでしょうが、とにかく物事を良い方向に進める才能に長けています。良いというのは自分だけでなく社会にとってもという意味であって、著者が指摘しているようにカエサル自身の私利をローマ社会の公益につなげ行動しているという、いわゆるWin-Win戦略を基本としています。
本巻ではガリア戦記の一部としてカエサルのブリタニア(イギリス)上陸が記されていますが、まさかその島が後の世界の中心になるなどとは、さすがのカエサルも予想していなかったことでしょう。ただオリエント重視の世の中で、誰も眼をつけていなかったブリタニアに侵攻したカエサルの視野の広さには驚かされるばかりです。
・「ガリア戦記」
資質では立派であったカエサルが、いよいよ政界入りへと目指す第一歩の展開に、必ずや読者はその桁外れの度量と気概、優しさにうっとりするはず。並みいる政敵を論破してゆく姿に驚かされ、結果ガリア遠征へと出かけて行くカエサルの心意気が素晴らしい。 ローマ独特の敵を懐柔して属州化する手段は、現在の日本の政治家にも学んで欲しいところである。カエサルの人間を動かす術は、青年期での遊びが実を結んだのだろう。『遊んだもの勝ち』とはこれいかに。 残念なのは、書店店頭でで本書と『ガリア戦記』、『内乱記』が並んで陳列されていないこと。今までどこの本屋でも見かけない。凡人よりも数歩先行くカエサルのセンスに、書店員はついて来れないのだ。
・「『行くぞ!! ガリアへ!!』」
資質では立派であったカエサルが、いよいよ政界入りへと目指す第一歩の展開に、必ずや読者はその桁外れの度量と気概、優しさにうっとりするはず。
並みいる政敵を論破してゆく姿に驚かされ、結果ガリア遠征へと出かけて行くカエサルの心意気が素晴らしい。 ローマ独特の敵を懐柔して属州化する手段は、現在の日本の政治家にも学んで欲しいところである。カエサルの人間を動かす術は、青年期での遊びが実を結んだのだろう。『遊んだもの勝ち』とはこれいかに。 残念なのは、書店店頭でで本書と『ガリア戦記』、『内乱記』が並んで陳列されていないこと。勿論ラテン語原書とラテン語辞典もない!! 今までどこの本屋でも見かけない。
凡人よりも数歩先行くカエサルのセンスに、書店員はついて来れないのだ。
CD屋よろしく、手書きPOPだけ立てれば良いというものではない。
・「カエサルの大活躍」
この巻で一番印象的なのは、カエサル自らが記した「ガリア戦記」の文章の素晴らしさだ。著者も絶賛しているが、カエサルそのものを文章で描いた並居る巨匠たちもこのガリア戦記の期間中のカエサルはカエサル本人のガリア戦記にはとても適わないと思ったのか手をつけていないのが面白い。それほどカエサルの文体は洗練されていたようだ。カエサルの部下の使いこなし方、兵糧の確保の仕方、全てが現在の実社会でも参考になることばかり。血なまぐさい戦争をドーバー海峡を渡ってまで仕掛けていく戦闘の様子と、それと並行してのローマでの政治的変遷、カエサル、ポンペイウスの立場の変化などが克明に描かれていき早く次の巻をめくりたいという思いで本書を閉じる。
●ローマ人の物語〈12〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(中) (新潮文庫)
・「キリスト教の呪縛から」
ローマ史の専門家でもなんでもないのですが、キリスト教の呪縛にとらわれていない東洋人が書いた”物語”として評価できると思います。単行本の巻末には参考にした書籍が書かれているので、疑問に思われることがあるのなら直接あたってみれば良いでしょう。このシリーズを読んでローマ史に興味をもたれたら、より専門的な書籍あたれば良いだけです。それが本当の勉強です。
・「キケローの不幸」
塩野さんの本に出てくる 情けないキケローの姿に同情して キケロー自身の著作である「老年について」「友情について」を読んでみたが どうして大したものである。「老年について」のレビューにも書いたが 日本の縄文時代にローマではワイン片手にこんな本を書いた人がいるという事実は2000年経った今でも「重い」。それにしても まことキケローは知性の人であり 塩野さんにあそこまで滑稽に書かれるのは 彼の不幸である。塩野さんの愛するカエサルが同時代だったのが 彼の不運であるとしか思えない。キケローさん、ちょっと生まれた時代が悪かったですよね、同情します。
・「・・・」
イタリア人の書いた面白いイタリア史の本があるのに何故この人が売れスのか?彼女の著作は基本的にイタリアの歴史書で普通に書かれている事だが、日本人向けにうまく噛み砕いた上に「これを日本に例えると・・・」とか「女の心理はこういう場合・・」などと言っている所が受けるのだろう。歴史小説でよく、これをサラリーマン社会に例えると、というのと同じでうまく方程式に乗っている。そういう箇所が目障りと思う人もいるはず。
・「・・」
なぜ塩野の本はつまらないか。それは問題意識がないからです。確かに面白いと言える司馬の作品では、例えば代表作を例にとると「何故薩長同盟などが可能だったのか、そしてそこに土佐の浪人が介在し得たのか」を示すといいう命題があり、その過程に人間の醜さ、美しさが巧みに描かれ、そこに読者は引き込まれていくわけです。塩野作品ではカエサルがこうして、次にどうして、それからこうして、あ、それから、カエサルの女たちはこんな人でした、といわれても詳しい高校世界史の参考書を読む程度の感動しか覚えません。ただこれほどの大著ともなると10年後20年後にも出版されているかもしれません。「なんとなくイタリアを知りたい」という読者たちの要望は常にあるでしょうから。
・「自己改革の難易さ」
外を固めたカエサルがいよいよ内を固める時に直面した人生初の苦難と苦行。それは軍隊を動かすよりもはるかに難しい仕事だった。人間の業と力量、そこに見え隠れする外圧にカエサルはどう耐え忍び、どうのようにして遂行してゆくのか。凡人であれば簡単に倒れてしまう苦難にどのように立ち向かい、結果、内と外をまとめるに至ったのかがよく分かります。 ゼロから立ち上げるよりもはるかに難しい、それまでにも見事に機能していた組織を、『将来のためにあえて改革する』難事業とその成功物語。日本の政治家に聞かせてやりたい。
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