「 その人にも自分にも忠実に、潔く生きる」
大空のサムライ〈上〉死闘の果てに悔いなし (講談社プラスアルファ文庫) (詳細)
坂井 三郎(著)
「最高の戦記。」「サムライの心意気を知ることのできる本」「熱くなりたい人へ」「読んでいてとても夢中になった。そして電車で泣きそうになった。」「戦闘機乗りの生き様は凄い」
大空のサムライ〈下〉還らざる零戦隊 (講談社プラスアルファ文庫) (詳細)
坂井 三郎(著)
「同シリーズの上巻に続く下巻!」「現実の戦いとはこういうもの!」「いかにあろうとも、、、」「サムライの言葉に勇気づけられました」「朝飯は一緒に食えても晩飯は食えない。」
ゴーマニズム宣言SPECIAL パール真論 (詳細)
小林 よしのり(著)
「よしりん、ロスジェネ世代に説教をかます」「史料検証の第一人者「漫画家」小林よしのり。」「「パール判決書」を学ぶための最良の解説書」「漫画を超えた学術本」「学者以上に検証した内容」
話し言葉で読める「西郷南洲翁遺訓」 無事は有事のごとく、有事は無事のごとく (PHP文庫) (詳細)
長尾 剛(著)
「万人に読んで欲しい」「きみも西郷どんのとりこだ。」「人生の教え。政治家希望者は必読。」「よみやすさピカイチ!」「西郷の思想を分かりやすく説く」
私は貝になりたい―あるBC級戦犯の叫び (詳細)
加藤 哲太郎(著)
「わたしは戦争反対です。」「著者の戦争に対する思いは「私は貝になりたい」という言葉に凝縮されている・・・」「BC級戦犯による反戦への思い」
ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫) (詳細)
高木 徹(著)
「一般的な日本人(自分)には衝撃的な作品。しかし後味は非常に悪い」「国家の広報を請負う外国民間広告代理店出現の必然性」「社会人としての「実用書」」「これは書物を装ったテレビだと思う」「イラク攻撃前夜の今だからこそ…」
ルポ 労働と戦争―この国のいまと未来 (岩波新書) (詳細)
島本 慈子(著)
上杉鷹山の経営学―危機を乗り切るリーダーの条件 (PHP文庫) (詳細)
童門 冬二(著)
「当たり前のことを当たり前にする」「名君」「あらためて学んだ、経営者の哲学」「小説の後に読むと、同じことが書いてあると感じる…」「今最も必要とされるリーダー像」
「幻」の日本爆撃計画―「真珠湾」に隠された真実 (詳細)
アラン アームストロング(著), Alan Armstrong(原著), 塩谷 紘(翻訳)
● 心磨き。
● 最近読んだ本2
● 精神世界の本
● 生きる。
● 自分探し。
● 徳を身につける
● 惚れた男たち
● 手放したくない本
● 「ワシのリスト」
● 反戦、平和主義
・「 その人にも自分にも忠実に、潔く生きる」
論評はいつでも加えられる。大事なのは、次第に少なくなっている戦争体験者の生の声を聞きとっておくことである。著者は、自分と同世代の、祖父母世代が戦争を体験している年齢のようだ。直接戦争の語り部とはなりえないだけに、感情移入せずありのまま聞き書きし、伝え残す援助をしている。八十四歳の伊達智恵子さんをふとした機縁で最近知って「女性に残した戦争の影」を入念に追った記録である。何人もの特攻隊員の遺書などを一まとめにして出版したものをよく見かけるが、本書は一人の女性のかなえられなかった戦中の道程が淡々と、しかも生き生きと語られていて、小説を読んでいるような気がする。「将来のためには、過去の一切を忘れ得るのが、真に強き者である」「誰も恨まない」ように生きてほしいとの言葉を遺して飛び立っていった恋人。本書タイトル「知覧からの手紙」は、特攻隊員として出撃する直前にしたためた手紙である。その遺品を後生大切に戦後六十年を潔く生きてきた女性。自分自身では書き残そうとはしないでいた実話を著者に語り聞かせてくれた【心に響く純愛物語】である。 本書の語り手「私」は著者ではなく、主人公伊達智恵子という実在の人物である。遺影の前にたたずむ写真も口絵に添える。それだけに現実感をもって迫ってくるものがある。「幾久しく健在であれ」「その人の分も生きてください」と祈る。 自分を励ますように、最期まで前向きに、潔く生きようとする。遺書は次の言葉でしめくくられている。 今後は明るく朗らかに。 自分も負けずに、朗らかに笑って征く。
●大空のサムライ〈上〉死闘の果てに悔いなし (講談社プラスアルファ文庫)
・「最高の戦記。」
この本を読んで学ぶべきことはたくさんあります、それはただ機体の特徴、敵の進攻の様子だけではない自分の人生まで影響するような何かです。この本を読み終わったころにはきっと命の大切さ、仲間の大切さ、ここ一番でがんばると言うことなどがわかってきます。こんな本に出合えてほんとに嬉しいいです、ほんとの意味で男とはこう言う人を言うのではないのでしょうか?カバーの死闘の果てに悔い無しとは坂井三郎が自分に満点をあげたと言うことだと思います、いまどきこの世から去るときに悔いがない人などそういないでしょう、自分のすべてを出し切ったからこそこのようなことが言えるのだと思いました。このレビューを読むよりネットが便利になった「今」こそ、この本を読むべきだと思った。
・「サムライの心意気を知ることのできる本」
この本の中で好きなところは多いが、時間の無い方は、「あとがき」だけでも読むことをお勧めする。
真の飛行機乗りになるにはどうしたらいいのか、また坂井氏が努力してきた訓練方法、その方向性、信念は、単に戦闘機操縦のみならず、人生においても通用するものだということが分かる。
坂井氏はこう言う、「敵と戦うよりも、自分と戦うことのほうがずっと苦しいことであることを知った」と。「ほとんどの人は持って生まれた能力の30%くらいしか使わずにこの世を去っていっている」「人間は自らがつくり上げた第二の天性で勝負するものだ」とも言っている。
太平洋戦争ではすっかり日本が悪者になってしまっているが、この本を読むと、実際、現場の兵士たちが、いかに勇敢に誇りを持って国を守るたに戦ってきたか、というのが分かる。
今ではすっかり、サムライや武士道の精神を受け継ぐ人達というのはこの日本で見当たらなくなってしまった。サムライの精神というのは、こういうものだ、というのを後世に伝えることのできる貴重な一冊だ。
・「熱くなりたい人へ」
男が本気になる戦いとはどれほど熱いものなのかを、文面からヒシヒシと感じることが出来る。読み進めるにつれどっぷりと感情移入してしまい、あたかも自分が零戦を操縦している気がしてくる。そして圧巻は、「あとがき」にあった。これを読み、これは単なる戦記ではなかったのか、と気が付く。本文にはどこにも坂井氏が日常生活でどのような努力をしてきたのかがなく、「まさに才能の人」と感じていたが、あとがきに記された、緻密で弛まない努力を知ることにより、本書は「戦記」から「自己啓蒙書」へと代わった。ここまで戦うこと、自己を高めること、妥協しないことにストイックであった結果、「撃墜王」となった、ということに改めて頭が下がる思いである。また、随所で挿入されている写真が素晴らしい。被写体となっている男達の、「本気の視線」に大いに引き込まれてしまった。
・「読んでいてとても夢中になった。そして電車で泣きそうになった。」
とても読みやすかった。飛行機に詳しくなくてもなんなく読んでいける。空戦での命の終わりのあっけなさと、それに対するパイロットたちの心構えが読み終わっても自分の胸の中に重く残った。これは他人に薦めようと思う。先日亡くなった著者のご冥福をお祈りします。
・「戦闘機乗りの生き様は凄い」
坂井さんの文章は、小学校の話だとそれらしい文体に、二十歳くらいだとまたそれらしい文体に、現在だと俯瞰したような文体にと、実年齢によって文章の感覚に違いが凄くあって自伝的な話なのに当時の少年が作文をかいているような瑞々しさがある。戦闘機乗りになるまでに散々遠回りをした話をさらっと書いているが「努力」とはこういうことを言うのだなぁと痛感させられる。あとがきにも常に自分を律していることが一番楽なことだと書かれていて、私もそうなりたいなぁと憧れを持って読みきりました。本書の中での凄みは「死の受け入れ方」について触れられていることです。戦闘機乗りになったからには空で死ぬのが当たり前だという姿勢が全編に貫かれていて、戦士した友を涙を流して弔いながらそれがごく自然なことだと感受できるその戦争心理は、訓練で辿り着ける人間の境地を感じます。トップガンの映像が文章から凄い迫力で幾重にも展開されていく強烈な本です。
●大空のサムライ〈下〉還らざる零戦隊 (講談社プラスアルファ文庫)
・「同シリーズの上巻に続く下巻!」
世界中で英語などに翻訳されて出版されている大空のサムライシリーズの下巻です、やはり実際に零戦に搭乗した坂井三郎の戦記は一味違います、読んでるうちに勝手に想像してしまうのですよ。「なるほど、こっちからグラマンがきてこう攻めたのか。」などと勝手に想像しつつ読んでいるわけですが、いつの間にか理想の人になってしまいました。将来自分もこんな風に立派な人になりたい!と思わせる力があるのでしょう。とくに片目を失いつつも戦列に復帰して15機vs1機での壮絶な戦いの所には興奮してしまいました,,,,特攻出撃に坂井が行くときもやはり極限状態に追い込まれた人間の状況が生々しく書かれています。あまりに素晴らしいので友達に大空のサムライシリーズを全部薦めています、最後は衝撃的な終わり方で物足りない気もしますが、自分はこのシリーズほど衝撃を受けた本はありません。しかもただの戦記ではなくかなり今の生活に人生に役に立つ本だと思います、ちょうど自分ぐらいの年から海軍に入ったのかと思うと、この差をどう考えてよいのかわからなくなります。
・「現実の戦いとはこういうもの!」
戦術論(机上の空論ではなく)ではなく、いちパイロットとして、一対一の戦闘における飛行機乗りの極限状態など、生身の人間がいかに戦ったのかが克明に記されてある。 世界の名パイロット達も認める坂井さんの本。幾つもの死線を潜ってきた者にしか分からない事がある。これは普通の人では決して書けない内容だ。どんな差し迫った事態でも、そこを潜り抜けてきた人たちの告白は実に鮮明で説得力がある。
・「いかにあろうとも、、、」
戦争反対です。ゼロ戦のテクニックはすばらしいものがあったそうです。男も女も戦地にゆくのにどれだけの犠牲をしいて行ったのか?一人ひとりの物語としては美化しすぎではないかとおもいます。 戦地へおもむくという事が男のロマンやスキルでかたってはならないとおもいます。どれだけの死を認めれば戦いは終わるのでしょうか。わたしは戦争という特殊な世界ではなく、人として本当は戦いたくなかったのだと信じたいです。 亡くなられた人達のご冥福を祈りつつ、読み手もカッコイイと思わず、記録として身構えて読むほうがただしいのでは、、、
・「サムライの言葉に勇気づけられました」
392ページあとがきに代えて、を読み丁度悩んでいた今の私を勇気づけてくれました。
「戦いの常として、こちらが辛い場合には向こうも辛い。 辛い、辛いと思っているときには戦闘は互角である。 むしろこちらが勝っている場合が多い。その辛い最後の一瞬を、 必ず勝てるという信念で頑張り抜いた人が、空中戦においても敵に勝つ人 であって、その苦しい最後のときにヘタばった人が、必ず落とされる運命にある。」
これは、サムライが空戦に学んだ自己制御として、巴戦で敵戦闘機と一騎打ちをする際に、最後に頼れるのは自分自身のみであることを振り返っているくだりです。
もはや精神論以外の何物でもなく、今時・・・なのかもしれませんが、私はそうは思いませんでした。これは自分を信じること、頑張り抜くこと、その先に道が開けることの真理だと思います。
辛いときこそ、冷静になるべきだとは、いろいろな悩みを抱える現代の社会人にも、きっと勇気や救いの一言となると思います。
戦争を美化することでもなく、むしろその虚しさをサムライは伝えています。戦記というよりは、もっと深い心構えを教えてくれる本です。
・「朝飯は一緒に食えても晩飯は食えない。」
常に戦争をしてる日々が続くとこうなってしまう。この本を読むと朝はいた奴が夜はいない。一体こんなことが日常茶飯事になったら今の我々はどうやって向かい合って生きていけば良いのだろう。しかし今となっては遠い昔、こうやって戦い続けた日本人がいた。ごく1部の誤った指導者のお陰で。終戦を知った坂井が「死んだ仲間が一番可哀想だ。」。 今、彼は笹井中尉の元に仲間達の元に還った。「虎は千里を行って千里を還る。」
・「よしりん、ロスジェネ世代に説教をかます」
「パール真論」は、中島岳志著「パール判事」を批判しながら、正しいパール像を打ち建てるという本である。連載中から、「中島みたいな小物を相手にするな」「もうパールはあきた」と言った批判が相次いだようだが、結局、去年の年末から半年以上かけてパール論・中島批判は続けられた。特定の個人をこんなに長期にわたって批判したのは、ゴー宣の歴史始まって以来初めてのことだが、今回の論戦は、ゴー宣の歴史の中でどのように位置づけられるだろうか。私は、小林から中島らロスジェネ世代に対しての叱咤だったと考えている。
現在20代後半から30代前半の世代は、小林よしのり「戦争論」の直撃をもろに受けた世代であり、その衝撃があまりにも強すぎて、今でも彼らは小林に対して適切な距離をとることができない。ある者は小林を罵倒・嘲笑し、またある者は小林の影響などまったく受けなかったというフリをする。それでいて、何とか小林を乗り越えようともがいているのだ。一種のエディプス・コンプレックスである。
たとえば、右翼から左翼に転向した雨宮処凛は、論座で小林と対談した号で、自らの「戦争論」体験を語りながら小林を揶揄する文章を書き、小林から無礼だと批判されている。中島も、かつて小林の戦後民主主義批判に強く魅かれたと同時に疑問を持ったと、小林に対するその複雑な感情を著書で告白している。そんな、かつての良き読者であったロスジェネ世代特有の「弱さ」を、小林は中島に見出し、思い切り説教したのだろう。中島は父親=小林を乗り越えるために安易に小林を批判して、結局叩き潰されたのである。小林への反論で、自分にとって小林は特別な存在だと泣き言を言っていた中島が哀れであった。
彼ら特有の「弱さ」を克服し、小林の功も罪も吸収した上で小林を超える人物がロスジェネ世代から誕生するのはいつだろうか。そんな逸材が登場するまで、小林はまだまだ第一線に君臨し続けなければならないだろう。
・「史料検証の第一人者「漫画家」小林よしのり。」
本書の内容の大枠は中島岳志著「パール判事」に対する反論・批判となっています。
半分は「SAPIO」のゴー宣からの採録と他に「正論」での論文が2つと「戦争論3」から第10章を再構成して載せています。
もう半分は書き下ろし・描き下ろしで、「解題 パール判決書」と題したパール判決書の要約は115ページにも及び読み応えがあります。
帯には「これはもうひとつの戦争論だ」とありますが全くそのとおりで、副題を付けるなら「戦争論4」で決まりだと思います。
これまでの小林氏の著書からも明らかだったと思いますが、彼の史料検証は非常に丁寧かつ正確だと思います。
むしろ、本書を読むと「どうやったらこんな解釈になるのか?」と一般の高校卒業程度の国語力しかない僕でも不思議に思うような解釈を、中島氏をはじめ知識人の方々がしているのには驚かされます。
それはおそらく「国語力」で史料検証に当たるのではなく、「特定のイデオロギー」や「偏見」を持って史料検証に当たっているからではないでしょうか。
それではまともな史料検証など出来はしないのは言うまでもないことで、小林氏の本書における怒りや呆れは痛いほどよく解ります。
「たかが漫画家」などと侮らずに学者・知識人の方は本書を読むべきだと思います。
本書を読んでも反論出来るのかは甚だ疑問です。
・「「パール判決書」を学ぶための最良の解説書」
1年ほど前、近所の都内中型書店の左翼本コーナーに「パール判事(中島岳志著)」という本を見かけ、“何で左翼がパール判事を!?”と胡散臭さを感じたが、「左翼の巣窟」東大のアカ教授・御厨貴が賞賛していて納得。靖国に飽きたらパール判事ですか!?その夏、何とあのNHKがパール判事のドキュメンタリーの放送するとのことで、“ついにNHKも目を覚ましてくれた!”と喜んだのも空しく、番組はパール判事の真意を全く無視したもので愕然とした。その頃からか、本書の著者・小林よしのりが中島岳志らを相手にパール論で論戦をしていて、個人的には著者に対し、「胡散臭いサヨクを徹底的に叩き潰してくれ」と内心思いつつも特に関心を寄せていたわけではない。しかし、何と中島岳志は「自称保守」で、おまけに比較的まともだと思っていた西部邁が同調してしまっているらしい。何だこれは、中島は張治中かハリー・ホワイトか!? 『つくる会』のように保守分断を狙った工作員のようだ。
本著はそうした論戦時の小林よりのりの漫画や論文を集めたものである。「パール判事の日本無罪論(小学館文庫)」「パール博士『平和の宣言』(小学館)」は読んだが、「パール判決書」をジックリ読む予定はちょっと…という人には、その要約・解説書として絶対にお薦めである。書き下ろしで「パール判決書」を要約・解説した論文が全体の3分の1、約100ページに渡って収録もされている。後にパール判事が「日本人は、どうか私の判決書を読んで、日本の歴史を学び直して欲しい」と言ったように、日本の近代史も学ぶことが出来る。それにしても、一人の漫画家や一般の素人に簡単に論破されてしまう珍説を垂れ流す日本の学界ってどうなってるんだろう!?本来、最高学府にして国家を背負うエリート育成の最高峰とならなくてはならない東大が完全に「左翼の巣窟」といった有様で、そこから腐敗官僚が産み出されていくのである。せめて、国立大学くらいは一度、解体・再編しないと本当にアブナイ。最近ではテレビをつけて、解説で出てくる大学教授を見るだけでどの局かわかってしまう。
・「漫画を超えた学術本」
普通の学者以上に徹底して検証した漫画を超えた学術本だと言える。パール氏の名誉と真実を守ろうとした著書の熱い思いが伝わると同時に、また非常に勉強になりました。ところで、「虎太郎」さんとやら、あなたはきちんと著書をよんで評価を下したのか?読みもしないでいい加減な評価はやめていただきたい。
・「学者以上に検証した内容」
第1次資料に当たることがいかに大切なのかと言うことをまざまざと見せつけてくれた一冊だろう。学者が言うことはいつも正しいとは限らない。裁判と一緒だ。みんな自分に都合の良いことだけを提示して、判断を仰ごうとするのだ。この本を読む限り、どちらに説得力があるかについては語るまでもない。
●話し言葉で読める「西郷南洲翁遺訓」 無事は有事のごとく、有事は無事のごとく (PHP文庫)
・「万人に読んで欲しい」
述べているのは自律した人たれ、ということに尽きるかと思う。が、その言葉だけで自律できる人はいまい。具体的にかくあれ、ということをケースとして述べることでより理解が深まるのである。
・「きみも西郷どんのとりこだ。」
西郷隆盛は、形あるものを自ら書き残していないそうだ。本書は、西郷さんから口伝されたものを書き起こした「西郷南洲翁遺訓」を口語訳したもの。
いま、もし西郷隆盛が生きていたら、迷わず師事したい。そう感じる内容でした。明快な信念をもった人物にふさわしく、本書は非常に分かりやすい言葉で書かれていて、内容はまじめで重いのに非常に読みやすい。
この本に書いてあることを、もう少し公共教育に取り入れるのもよいんじゃないかと思いました。
西郷さんの人柄がよく表れていて、もっと、西郷隆盛という人について知りたくなりました。
ということでより西郷さんを知るために、つぎは原著を読んでみようと思います。
・「人生の教え。政治家希望者は必読。」
日経新聞掲載の広告を見て何となく購入しました。帯にあるような「ビジネスの神髄」には少し違和感を覚えましたが、人生訓が項目毎に書いてあり、とてもタメになります。経営者になる人なら、一度は読んだ方がいいでしょう。いかに人を引っ張るかというリーダーシップにつながる何かを得ることができます。また、天下国家についてはページを割かれているので、政治家希望者・現役政治家には是非読んでもらいたです。政治を司る人が、このような精神であると、国家も繁栄するのだと思います。当たり前の道徳的なことも見受けますが、ハッとする驚く教えもあるので、読んで損は無いと思います。読みやすい、量も適当なのもうれしいところです。
・「よみやすさピカイチ!」
西郷南洲翁遺訓の分かりやすい本があったらいいのに…と、ずーっと思っていました。やっと出ました!という感じです。本書の現代語訳がどのくらい忠実なものかは、漢文が読めないので正直いって分からないです。が、しかし、この本の内容は読者に、きっと本当の勇気と励ましを与えてくれるでしょう。おすすめですよ!
・「西郷の思想を分かりやすく説く」
オリジナルの西郷南洲翁遺訓は、漢文が苦手なもので小生には読みにくかった。そんな折に本書が発売され、いいタイミングだと思って購入してみた。直訳ではなく著者が付加した部分も大分あるが、西郷南洲翁遺訓を損なう結果にはなっていないと思う。
西郷が、偉大なる徳性を持ちながらも、精神論を説くような人ではなく、非常に現実的な人であったことが伺える。
本書を読んでも、西郷という人間がいかに器の大きい人物であったか、何故、ああ多くもの人を魅了したのかが、納得できる一書である。
・「わたしは戦争反対です。」
戦争を知らない世界でうまれました。生まれてくる魂死んで逝く魂どこがちがうのでしょうか? これからの人達は戦争を知らない人のほうが圧倒的に多い。加藤さんのような作品がベストにはいるということは、うれしいというと御幣がありますが、大切かとおもいます。bc級戦犯とはどのような人なのかがよくわかります。 昔映像化されたものを見たようなきがしますが。とにかくこの作品を戦犯とは戦争とはとつぎつぎにつきさしてゆく言葉を主人公は貝になりたいと言わしめた、愚かで正直で人間的標準てき人が刑にしょされるというのは、何回も考えを私達読者に
戦争反対と大きな行動をしなくても、こころに刻みこませることができたのではないでしようか。
一読推薦いたします。ぜひ読んでください。
・「著者の戦争に対する思いは「私は貝になりたい」という言葉に凝縮されている・・・」
「私は貝になりたい」という言葉の意味。そして、昭和30年代には、この作品をもとにしたテレビ・ドラマ(主演フランキー堺)が制作されていたということくらいしか知らなかったので、驚きの連続だった。
まず、そもそも原題が「狂える戦犯死刑囚」だったということ。そして、著者は「全部がフィクションととってもらっては困る」とはじめに記しているものの、一応は手記の形式をとるフィクションの体裁をとっていること(当然自身の経験をもとにしたものだが)。初稿では「貝になりたい」ではなく「カキになりたい」だったこと。更にはテレビドラマの著作権を巡り、著者を原告とする訴訟が提起されたいたことなどである。
著作権紛争の経過資料として主に訴訟資料が掲載されているのだが、それを読むと、悪く言えば偏執的な性情も見え隠れしているのだが、それ以上に著者のこの作品に対する並々ならぬ想いが伝わってくる。
この本は約260ページなのだが、「狂える戦犯死刑囚」という作品自体は20ページ足らずの短さである。ほかは、著者の家族宛手紙や戦争に関する論文、そして前述の訴訟関係資料が大部分を占めている。だから、全体的なまとまりには欠ける。著者の左寄りの思想に共鳴できない部分もある。
しかし、戦争犯罪人として一方的に連合国(=アメリカ)に死刑を宣告され、生還した著者の記す言葉、綴る文章はあまりにも重たい。
戦争に負けて戦勝国によって裁かれるということはどういうことか、そして、B.C級戦犯とは一体何なのか。この本によって考えさせられることは多い。
・「BC級戦犯による反戦への思い」
2007年夏に日本テレビで放送された著者の伝記ドラマを見て、その原作であるこの本を読んだ。
・「一般的な日本人(自分)には衝撃的な作品。しかし後味は非常に悪い」
衝撃的な内容の力作であるのは間違いない。PR会社のこういった仕事も現代社会では否定できないのだとも思う。しかし、読後感は非常に悪い。
主人公ジム・ハーフが属するPR会社では活動の倫理的問題に非常に慎重であり、例として国内の政党をクライアントとするのを禁じていることが挙げられているのだが、その理由をCEOは「社内には個人のレベルで民主党の支持者もいるだろう。その彼らが仕事とはいえ違う政党のためにビジネスをしなければならないとしたら、それは私の流儀ではないのだ」と説明する。そんなに偉そうに言うことかと思う。
彼らは、ボスニア内戦はセルビアに非がありボスニアからの仕事の依頼は倫理に反しないとして引き受ける。しかし、彼らはその前年ユーゴから独立したクロアチアから依頼された仕事をしているのである。情報のプロであるなら、悪いのはセルビアだけでないのはわかっていただろう。百歩譲ってその時はわからなかったとしても、その後次々に現れた彼らにとって都合の悪い事実に対しての見事なまでの対応を読むと、彼らに倫理は存在しない。そこにあるのは、クライアントの依頼を完璧にこなす有能なビジネスマンの姿である。それは、ラストシーンにはっきりと現れている。
著者は、彼が「やらせ」には手を染めず、知り得た情報を見事に使いこなしたと述べている。確かにそうかもしれない。しかし、メディアがセルビアが決定的に不利な状況に追い込まれ、後に事実誤認が発覚した情報を提供している。そして、PR会社の戦略に乗せられるのもメディアである。NHKのディレクターでもある著者はこれらについて触れようとしない。日本の情報管理体制を憂うる前に考えることがあるだろうと言いたくなる。
この戦争で旧ユーゴの庶民がどうなったのかを知りたい方は「木村元彦」の一連の作品を読んで欲しい。メディアの罪がよく理解できるはずである。
・「国家の広報を請負う外国民間広告代理店出現の必然性」
本書を読んでもっとも示唆的だったのは、国家が遂行する「戦争」の広報を請け負うPR会社が存在することを、倫理的に断罪するのではなく冷厳な現実であり、かつ必然であるとしている点である。
取材対象となったPR会社は、確かにきわどいこともやってはいるが、情報操作とまで断言できるようなことはしていない。後々マスコミに暴露されるようなスキャンダルを抱え込んでいては、会社として存続していくことは不可能なのだ。
反対陣営のミロシェビッチ側に雇われたとしても、このPR会社は同様の緻密性と徹底性をもって確実に成果を上げていっただろうと思わせるに足るほど、「プロフェッショナル」という言葉がピタリと当てはまるような仕事ぶりなのである。だからこそ全米PR協会は賞を与えるにふさわしいと判断したのだろう。
国際報道機関が巧みに誘導され、その報道機関が国際世論を誘導していく。そして戦争の勝者となるか敗者となるかの鍵の一端を国際世論が握ることになった意味と重さを考えされられた。そういえば、当時千葉大学の岩田昌征教授が孤軍奮闘、「ミロシェビッチ=悪人」説の底の浅さを痛烈に批判していたのを懐かしく思い出した。
・「社会人としての「実用書」」
以前より読もうと思っていたが、結局文庫化されるまで読まずじまい。何となくタイトルと聞こえてくる評判から変な偏見をもっていたからだ。PR会社がボスニア紛争を牛耳ったことを糾弾している安易な批判本ではないか、と。
しかし、この本はそういう単純な図式から遠く離れている。ボスニア紛争において、ルーダー・フィン社のジム・ハーフを中心としたメンバーが、明確なPR戦略と実行力で、如何にボスニア=善、セルビア=悪という明快な図式に国際世論を誘導していったかが、綿密な取材をベースに、しかも非常にわかり易い文体で描かれている。
ここで重要なのは、ジム・ハーフ達が戦争をビジネス化したこと(と、それへの批判)ではない。この本で面白いのは、ジム達が情報の本質を鋭く理解しており、またそれを如何に整理し他者に伝えていくのか、そのノウハウをプロフェッショナルとして見事に手法化していることだ。つまり、事は戦争に限らない。ビジネスでも政治でも、そして学問でも、ある情報をどう整理し如何に他者に届かせるのか、というのが決定的に重要であることをジムたちは見事に喝破している。そして、著者もそのことを十分理解しているが故に、この本ではジム達の手法に対する批判は殆ど見られない。その代わり、著者は丹念な取材で、ジム達のとった戦略、手法、その成否をつまびらかにしていく。よって、この本は単なる国際紛争のルポにとどまらない。例えば僕にとって言えば、いかに自分が日頃のビジネスで情報に対する感度が低いか思い知らされた。この本は、広く情報を扱う人たち、つまり社会人として働いている殆ど全ての人にとって有用な「実用書」と言えるのではないだろうか。
・「これは書物を装ったテレビだと思う」
重要なテーマだし、読んで面白いことも確か。著者のTVジャーナリストとしての力量も認める。その上で一言。 この本は単行本発行の当初から気になっていたが、手が伸びなかった。私はこの本が「薄すぎる」のが気に入らなかった。このタイトルなら、せめて倍の厚みが欲しいと思った。 実際、この本には書名から予想される以上のことは書かれていない。「ボスニア紛争ではPR会社が決定的な役割を果たした。現代の国際紛争においては、国際世論を味方につけるための情報操作が重要である。日本の外交は、この点で大きく立ち遅れている!」…オシマイ。 もちろん、多くの固有名詞や出来事の詳細が紹介されてはいる。だが率直に言って、情報に奥行きがない。最重要の登場人物たるボスニア・ヘルツェゴビナ外相シライジッチ、PR会社ルーダー・フィンのジム・ハーフについてさえ人物像、経歴や思想的背景の詳細が掘り下げられていない。シライジッチが大学で歴史学を講じていたとあるが、どんな研究業績があるのか? 広報マンとしての特異な才能は何に由来するのか? PR会社はいくらで仕事を引き受けたのか? セルビア側の視野の狭さは何に起因するのか? ユーゴスラビア連邦首相に任命された米国人パニッチの過去についても、もっと多くのことが語られていい。 注意深く読めば分かるが、本書の記述はきわめてテレビ的である。それは本書中の重要証言のほとんどが、カメラを前にして語られたであろうことを感じさせる、という意味だ。どこか公式的な、それでいてインスタントな言葉。映像化できない情報は手薄なまま放置されている。そして何より、この本には思想がない。著者に、「世界は新しい段階に入った。日本よ、世界に追いつけ」という以上の主張はあるのか? 著者が番組制作のための取材に立脚したこと、それはいい。補充取材もしただろう。しかし本書は基本的に、テレビの枠を超えていない。それが本書の薄さの意味だと、私は思う。
・「イラク攻撃前夜の今だからこそ…」
とにかく、読むと、米国がどう動くのかが見えてきて、怖かった。例えば、今イラクを攻撃したいのは、イラクが危険かどうかではないということだ。欧州が反対しようが、イスラム圏の人々が怒ろうが、イラクが査察に応じようが、国連が止めに入っても、何百万の非戦闘員が死のうが、米国世論が「やっちまえ」に染まれば、やる。やるでしょう。ほぼ確実に。それを操っているのが、広告代理店っていうのは、ブラックジョークでしかない。今まで、映画や小説ではこういう素材はあったのだが、ボスニア情勢という現実の事象で、その策謀をここまでつまびらかにされると、薄ら寒くなる。米国の信奉する、自由主義社会って、こういうものなのかと。
それを勲章として堂々と公開してしまう”戦争広告代理店”もすごいと思ったが、2002年いちばんの業績と賞を与えて評価する全米PR協会もすごい。読後、米国という国の非情さと、凄さに感嘆しつつ、米国発の報道を疑うようになりました。情報という奴は、多かれ少なかれ操作されるわけで、バイアスがかかっているかどうかは、オルタネイティブなものを
比較してくしかないんでしょう。アルジャジーラみたいにね。取材の行き届き方といい、2002年、いちばんスリリングな1冊。未読の方は、ぜひ。
●上杉鷹山の経営学―危機を乗り切るリーダーの条件 (PHP文庫)
・「当たり前のことを当たり前にする」
現在、注目されている人のことを書いた、注目されている作家の本であり、期待して読んだのであるが、当たり前のことが書いてあるだけで若干期待はずれであった。そのように思うのは、それだけ「当たり前のことを当たり前にできない時代になっている」ということの表れか。
・「名君」
貧困の米沢を救った名君。自ら質素倹約に努め、一汁一菜の食事をとっていた。名門上杉家のプライドを捨てきれない家臣達の抵抗のあるなか、様々な産業を奨励し米沢藩の改革に努めた。お堀に鯉を養殖したり、食べられる垣根としてうこぎを栽培、養蚕、織物、工芸品などの産業を起こした。それらの産業は現代の米沢の立派な観光資源として活躍している。
なせばなるなさねばならぬなにごともならぬはひとのなさぬなりけり。現代に通じる名君であるといえる。
・「あらためて学んだ、経営者の哲学」
庶民の幸福一点にこだわった、当時ではまれな民主主義的政治哲学で、窮乏の極みに陥った米沢藩を見事に復活させた、上杉鷹三。そのマネジメント能力を、歴史本とは思えない、分かりやすい現代語解説で解説してくれている。
ケネディアメリカ大統領が「最も尊敬する日本人」として名前を挙げた上杉鷹三。現場を重視し、トップとして率先して模範を示し、過去の慣習にこだわらず、よい意見は身分にかかわらず採用する。
こういった鷹三の考え方は、歴史から学ぼうという意欲を少しでも持った経営者なら、誰もが参考にしていなければいけない。
しかしながら、目先の利益と自己保身に躍起になっている、一部の経営者や指導者にとっては、鷹三は歴史上の人物のひとり程度としか位置づけられていないのではないだろうか。ベンチャーの若い経営者や新人政治家の皆さんには、あらためて学んで欲しい名君である。
・「小説の後に読むと、同じことが書いてあると感じる…」
童門 冬二さんは、「上杉鷹山」という小説も書いておられますが、そこで述べていること(小説を脱線してコメントしていること)をまとめ直し、いくつか類似の事例を追加しただけ?? と感じてしまいます。いや、実際には文章を見る限りぜんぜんそんなことは無いんですが。
私は小説を先に読みました。そのためか「同じことが書いてある」ように感じられました。多分、逆順で読むと小説のほうに対して同じような感想を抱くのでしょう。
それぐらい、上杉鷹山の「名君としての本質」はシンプルで、本質を突き、応用の利く、しかしその通りに実施することの難しい、事なのでしょう。JFKが尊敬する、と言ったのもうなずけます。
・「今最も必要とされるリーダー像」
2時間程度で一気に読みきる事が出来ました。「してみせて、言って聞かせて、させてみる」は、上杉鷹山の言葉として有名ですが、まさに格言通りの誠実なリーダーだったんだなと思いました。小説風に纏められてる為、所々に創作されたのでは?と思える箇所が目に付きました。
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