バガボンド 29 (29) (モーニングKC) (詳細)
井上 雄彦(著), 吉川 英治(著)
「煩悶の日々」「濃密な一冊」「感動した」「微妙」「バガボンドに『光』」
ローマ亡き後の地中海世界(上) (詳細)
塩野七生(著)
「塩野七生の光と影」「塩野氏は問う。人類は進歩したのかと」「西地中海の海賊の横行を視座に据えた新鮮な中世史」「『ローマ人の物語』と『海の都の物語』の空白期間を埋める作品」
旅する力―深夜特急ノート (詳細)
沢木 耕太郎(著)
「深夜特急再び」「人生の旅そのもの」「共感できるところが多々ありました。」「沢木耕太郎の原点――「旅」と著作に関する総決算」「深夜特急を通した旅論」
人間の覚悟 (新潮新書) (詳細)
五木 寛之(著)
「期待しないと覚悟する生き方」「すばらしい本です」「いちいち胃の腑に落ちる思考と感覚です」「私もまた悪人」「五木流”大変な時代”の生き方を淡々と教えてくれる1冊。」
容疑者Xの献身 (文春文庫) (詳細)
東野 圭吾(著)
「●数学って、実に面白い!!」「これは愛の話ではないと思う」「ミステリとして面白い」「最悪の小説」「これを機会に」
ミロクの巡礼 グイン・サーガ124 (ハヤカワ文庫JA) (詳細)
栗本 薫(著)
「カラヴィア紀行」「スローペースだが久々おもしろい巻!」「大湿原の観光案内と、ヨナの旅」「はあっ…地味!」「ミロク教の動向が中原を・・・」
「いつもよりも最後のオチが浅いと感じた。」「加賀刑事の守備範囲では?」「「救済」の意味」「待望の長編ガリレオシリーズ第2弾―<執念>という言葉が鍵概念か?」「語りたいけど語れない面白さ」
「より純化された天童ワールドにのれるか、のれないか。」「いまのお話を胸に、悼ませていただきます」「母親に共感できず。」「印象に残らなかった」「多くの人に読んで欲しい一冊」
「ガリレオは短編に限る」「やはり短編が醍醐味」「一気に読みました!」「作者の苦悩」「商業主義に興ざめ」
「現代エンタメの最高峰=超一流シェフの最高級料理」「良い出来ではない」「読みやすいが。。」「あまり好きではありません」「文字通り“すべての東野作品を越えた”」
● 面白いマンガ
● 自分の読んだ本
● 続き待ちな漫画
● 連載中
● 現在進行形
● 漫画ランキング
● 「ローマ人の物語シリーズ」が終了して虚脱感におそわれている人へ、お薦めの本
● 僕の本棚
・「煩悶の日々」
吉岡門下70人の精鋭との殺戮をくぐり抜けての2巻目。剣士として致命的な右ふくらはぎの深い傷は癒えぬまま、武蔵は届けでなく決闘した罪で投獄されるのだが・・・。
ここ最近本作が描くのは強さ、とは別の形で現れる「強さ」だ。武蔵がここまで我々読者に知らしめてきた強さとは、幾人もの強者の屍の重なりの上にかろうじて存在する類の強さである。一見それはこの上ないもののように思える。しかし人の死によってはじめて成り立つという他律的な強さが、本当に「強い」と言えるのだろうか?強さを証明するために、その都度目の前に現れる敵を斬り伏せなければならない。強さに固執する限り、「殺し合いの螺旋から」永遠に抜けることがその生き方が、本当に強いと呼べるのだろうか?強さのその向こうにあるはずのもう一つの強さに、沢庵和尚が彼を「人はなぜ生まれ 如何に生きるべきか」という実存的問いを通していざなおうとする。
さもすれば単調になりそうな禅問答のような会話のやり取りを、「魅せるもの」にかえる作者の技量にも驚嘆。静かな情景に、静かなやり取り。そこに命の奪い合いは起こらない。しかし、個々の生き様、信念がはげしく交錯する第29巻。
・「濃密な一冊」
武蔵、おつう、城太郎、小次郎、それぞれに進展あり。中でも、武蔵やおつうの葛藤は、とても奥が深い内容です。また、武蔵と沢庵が、お互いに理屈ではなく自分が受けた感覚を、なんとか言葉で説明しようとする場面は、見事に描いているなぁ、完璧だなぁと脱帽でした。「根っこのところを天に預けている限り、完全に自由」うーん、なんとなく解るような気が...何かを意識すれば、すでに影響を受けているわけで、それは完全には自分の意思ではない....何かに逆らおうとすれば、その時点でそれは自分が本当にやりたいことではなくなっている...天に逆らわず、自分の道は天に決められていると考えればこそ、何からも制約を受けず、世界は無限になり、本当の意味で自由になれる......みたいなことでしょうか。たぶん読んだ人それぞれ、感じることが違うと思います。それほど二人の会話は凄い。武蔵やおつうの表情も、井上さんの画力ならではの美しさで、この巻はとってもいいです。
・「感動した」
この29巻で描かれていることは本当に今の我々の人生においても言えることですわかる人にはこの漫画の内容の重みが気づくかと思います
・・作者のネームの力量は素晴らしい
・「微妙」
個人的な意見になるかもしれませんが、最近28巻あたりから絵が少し変わったような雑気味に感じるのですが・・・。もちろん基本的な丁寧さは変わらないのですが。1巻や当初の頃と比べると、そういう絵の勢いは少し落ちたかなって気がします。それは47人も殺した主人公の意志のために、作者が意図的にそうしてるのかもしれませんが・・・。あとストーリーですがややテンポ遅気味に感じます・・・。編集側やいろんな都合もあるかもしれませんが・・・。今回の天と繋がっているという示しは個人的には他のある本で知ったような事だったので特別感慨もなかったです・・・。小次郎も男だからといって下手にHシーンはいらないような気もします。あまり好感持てなくなりますから。
・「バガボンドに『光』」
武蔵に剣を捨てることが迫られいよいよ『剣の道』が閉塞的になってきた前巻。 物語を通して続いてきた武蔵の剣に対する『苦悩』や斬り合いの中で生まれてきた『闇』がこれまでは必然的に描かれてきたが、この29巻ではバガボンドの武蔵にようやく『光』の兆しが描かれ始めている。 各登場人物の今までは見えなかった核心が見え隠れするこの巻。 特にこの巻の中心となっているのが武蔵と沢庵の会話。 沢庵にもあったとされる過去の苦悩のシーンやその後に訪れる『光』のシーンは印象的でした。 「完全に自由だ」と、天を仰ぎ涙する沢庵の表情はまさに井上先生の顔にも見え、この巻でも随所に井上雄彦そのものが描かれているのだと感じることができる。 この武蔵と沢庵の会話を通して、これまでの闘いをようやくポジティブに、俯瞰で見られる展開になってきたんじゃないだろうか。 そしてこの巻は「最後のマンガ展」を経て最初に描かれた作品だけに、絵の構図やコマ割りなどのネームに至ってはこれまでより更に効果的に(空間的に?)物語へ入り込んで読むことができた。 今では入手困難かもしれませんが、2004年に発売された「武」というタイトルの井上雄彦氏と甲野喜紀氏による対談本の中で、この29巻と最後のマンガ展で描かれたことのヒントが語られているので気になる方にはそちらもオススメしたい。
・「塩野七生の光と影」
ローマ人と過ごした至福の15年も終焉し、心に穴が開いてしまったようだった。そこへ来てローマ亡き後の地中海世界・上下巻の刊行は小躍りしたくなるような慶事だった。発売の初日に喜び勇んで都心の書店に駆けつけた。終わってしまった筈のこの恒例行事をもう一度することができた。なんという贅沢。塩野先生、最高だ。
刊行の記者会見によると、「守らなければならない法も、そして倫理もなくなったのが中世という時代。そういう時代には何が起こるのか?」というテーマを上・下巻に分け、切り口を変えて扱うという。
本書は、ローマ世界の終焉、特にスティリコの死以後と同じく、ある程度覚悟を決めて、腹を据えて読み込むべきだと思う。振り返れば、第15巻・ローマ世界の終焉は虐殺・略奪・暴行・劫掠・都市抹殺・民族浄化と、人間の所業に絶望するような記述が、これでもか、これでもかと続いた。ページを捲る度に何千、何万人と罪無き庶民が殺され、財産を根こそぎ奪われていく。海の都の物語の最終章、ヴェネツィアが死に至るまでの細密で緻密な記述を更に恐ろしくしたような巻だった。
ローマ亡き後の地中海世界も、その延長線上にあるといっていいと思う。巻末にある美しい写真の数々には「希望はどこにもない」という一文が添えられている。本書を象徴するような、この美しい景色と虚無の落差はどうだろう。ここで少しだけ頭に過ぎったのは、(作者の頭中も掠めたと確信するが)せっかく刊行するなら、他に英雄が勇躍する歴史物語はどうなのかということ。(アレクサンドロスで永遠の若さをテーマにするのは時期尚早なのですか?)また前々から思うのは、海の都の最後といい、ローマ人の最後といい、塩野先生と付き合い、別れる男たちは皆、最後はあのような、これでもか、というくらいの恐ろしい目に遭ってしまうのかということ。
もうひとつ、ローマ亡き後は、五丈原の孔明の死以後の三国志の記述も連想させる。五丈原以後の三国志は、それまでの英雄が勇躍する物語から一転し、裏切りと権謀術数の三国志へとガラリと変わってしまう。手に汗握る知略の激突はもはやなくなり、無常観だけが三国志世界を覆う。三国志の作者はこの無常観を本編として描きたかったために、孔明の死までの諸侯の英雄譚を予告編として長々と記述したともいわれる。「ローマ亡き後の地中海世界」をいきなり刊行しても商業ベースには乗らないだろうということは、冷徹な作者が誰よりも一番わかっていたことだと思う。「ローマ人の物語全15巻」があって、はじめて刊行可能だったということを。作者もまた、ひとつの目的だけでひとつのことをする人ではないということを改めて痛感させられた。三国志といい、ローマ人の物語といい、両者とも予告編が凄すぎる。
***歴史は人間の所業だと作者は説く。見たくない現実も直視しなければならないように見たくない歴史も直視しなければならないと、問いかけでもしているようである。 「英雄を愉しむばかりが歴史ではない」「歴史も人間も綺麗ごとばかりではない」「恋愛にも似て、人間性には光もあれば、宿命的に内在する漆黒の闇もある」という、魂の叫び声にも似た何かが本書からは聞こえてくる。意図的かどうかはわからないが、ローマ亡き後の地中海世界に、「カエサル」の文字は見当たらない。
・「塩野氏は問う。人類は進歩したのかと」
「ローマ人の物語」15年間を通して塩野氏は、常に疑問を呈していた。「人類の進歩」なるものについて。 だから、ローマ人の帝国があれほど大をなし、かつ人類に多くの偉大な教訓を残した最大の理由を塩野氏は端的にこう表現した。
「人間という生き物の本質に、全く幻想を抱かなかったからだ」と。
だから、
全盛期の民主制アテネを見ても、民主主義の華やかさに惹かれることもなかった。
民衆に現実以上の認識能力を要求することが前提の民主制の欠陥に、無意識にしろローマ人は気づいていた。 ローマ人は、統治能力を問題にしても、統治理念には拘泥しなかった。
また唯一絶対の正義や神意、真理の追求などという不毛な思索には、全く興味がなく、
だから、
異なる宗教や文化を根絶する発想など、どこを押しても出てこなかった。
しかし、ただの一行で書けるこのことを、その後の人類は全く理解出来ないまま、二千年が過ぎてしまったのではなかったか。 現代の我々とて、同じだ。
異なる一神教同士というどちらかが消滅しない限り本質的に解決がありえない争いは、現在に至るも出口すら見えない。 宗教の狂信には一見無縁の我々日本人も、政治においては結果よりプロセスに拘り、統治能力よりも空虚な統治理念に拘泥する愚から逃れられていない。特に安全保障については、もはやほとんど宗教的な反応しか出来ず、現実を思考する能力すら喪失してしまった。(元々、民族性として不得手ではあったが)
塩野氏は、冷徹に、辛辣に書く。「平和は余りにも重要で、だからこそ平和主義者には任せてはおけない」と。
「ローマ亡き後の地中海世界」は、現実的なローマ人亡き後の、異なる二つの文明の不毛な争いの物語である。 そこに、ローマ人の物語の10巻までにあった高揚感や充実感はない。人間の救い難い狂信、妄信、無邪気な無知と偏狭な善意が招く、無常観が漂う暗黒の中世史である。ゲルマン民族の侵略を「民族の大移動」等と偽善的な表現をせず、「蛮族の侵入」とはっきり書いた塩野氏である。今回も、その冷徹な視点は健在で、はっきりと「暗黒の中世」と言い切っている。
しかし、ローマ帝国史の高揚感、充実感がなくても、別な意味の歴史の面白さ、というか大切さが本書にはある。 これもまた人間の所業なのだ。こういう人間と歴史の現実を直視することこそ、大切だと思うからだ。 特に我々日本人ほど、過去の歴史を冷徹に直視することが下手な民族も少ないと思えば、尚更本書のメッセージの重要性も増すというものである。
・「西地中海の海賊の横行を視座に据えた新鮮な中世史」
海を巡る歴史に造詣が深い著者ならではの、新鮮な中世史の読み解き方が提示される好著だ。扱う時代はイスラムの台頭から始まるが、ある1つの国・王朝の興亡をじっくり説く本ではない。8〜15世紀を中心に、イスラム化された北アフリカから出撃する海賊がヨーロッパの西地中海沿岸、特にイタリア半島の南部及びティレニア海沿岸、シチリアにどれだけ甚大な損害を及ぼしたか、それに対してキリスト教国はどのように防衛・反撃したかという大きな歴史の流れが叙述される。十字軍やノルマンの地中海進出にも触れているが、それよりも名もなき貧しい人々がどれほど苦しめられ、北アフリカに拉致された人々はいかに悲惨な目にあったか、最初は組織的な反撃ができなかったキリスト教国がやがてイタリア海洋都市国家の勃興とともにどのように反撃、あるいは拉致被害者を救出するようになったか、そして拉致被害者の救出のために献身的かつ非暴力の活動を継続した「二つの、国境なき団体」の歴史に重点が置かれている。ヨーロッパ中世史に関しては英・独・仏に目がむきがちだが、海賊の脅威が西地中海沿岸諸国にこれほど大きな影響を与えた(例えば産業・交易の衰退という中世の特徴を形成する一因となった)ことを本書は教えてくれる。結局はキリスト教対イスラム教という一神教同士の対立に帰着するのだろうが、ある時期シチリアで2つの宗教が共生できた歴史的事実は重要。著者は現代も愚行を繰り返す人類の将来に全く希望を持っていないとは言えないだろう。シチリアに比較的多くの頁を割いてその歴史を熱く語る著者の姿勢からそう思う。最後に、本書は本文303頁、イタリア沿岸の海賊監視塔であった「サラセンの塔」の詳細な分布地図と代表的な塔の風景写真がカラー刷りで32頁、そして年表付き。紺碧の海の美しさと廃墟となった塔の対比に諸行無常を感じる。
・「『ローマ人の物語』と『海の都の物語』の空白期間を埋める作品」
聖戦に名を借りたイスラム教徒による海賊行為に苦しめられたローマ亡き後の地中海世界で、イタリアの海洋国家都市が力をつけて、サラセンの海賊を駆逐し始めるまでを描いている。やや、テロとの戦いや拉致問題などの話に引っ張られるているのかな…と思ってしまうような記述もありますが、異教徒を、まあ殺してしまえ、という『コーラン』の内容もあるから仕方ないかな、とも感じます。
下巻の目次も発表されていまして、それをみると、西欧が徐々に地中海世界を取り戻し、「レパントの海戦」でトルコに勝利し、やがて大西洋に出て行くというところで終わるのかな、という感じです。
塩野さんの作品ではローマを除けば最高傑作だと思うヴェネチア共和国を描いた『海の都の物語』にもチラッと海賊の話と対トルコ戦争は出てきますが、ヴェネチアが相手にした海賊はスラブ民族ですし、雌雄を決したのも"原アラブ"ではないトルコです。ですから『ローマ亡き後の地中海世界』は『ローマ人の物語』と『海の都の物語』の空白期間を埋める作品とも言えるかもしれません。それにしても、その空白期間というのが、これほどイスラムによる海賊行為に彩られていたとは、ちょっと驚きです。
・「深夜特急再び」
深夜特急にのめり込み、興奮したひとと分かち合いたい特別な一冊です。まだ半分しか読んでいないのにもかかわらず、こうしてレビューを書き始めてしまったのは、本編を読んでいたとき同様、内容について誰かと話したい衝動に駆られたからです。この本は、あの旅を始めるに至ったきっかけや当時の沢木さんの状況、旅の裏話が書かれています。半分しか読んでいないから、残り後半、果たして本編には書かれることのなかったゴールや旅後の心情などにも触れられているのか…ドキドキです。これで深夜特急も終着駅に着いてしまうのかと思うと、後半を読み出すのが惜しくてしようがありません。通読する前に★を付けるなんてどうかとも思ったのですが、きっと読み終わっても同じ数だけの★を付けることだろうと思い付けてしまいました。許して、この勇み足!
・「人生の旅そのもの」
沢木さんの本が、また出ると知り、一ヶ月ほど前から大変楽しみにしていました。店頭で見つけた時の嬉しさと、最初のページをめくるドキドキ感は、読み始めた今もずっと続いています。深夜特急という本を思い起こす度に、数年前に亡くなった兄貴への思い出が重なるかのようです。兄貴も生前は親の反対を押し切って、銀行を辞めて退職金を資金に世界中を旅して歩いていました。私の部屋にある遺影には、エーゲ海をバックに微笑んでいる兄貴の姿があります。沢木さんの作品「無名」のごとく、私自身にとっても、沢木文学は、失った家族への郷愁と人生の旅そのものであるようです。これからもずっと読み続けていきたい作品ですね。
・「共感できるところが多々ありました。」
1度でも、バックパッカーとして旅をしたことがある人なら、すごく共感できると思います。特に、〈旅の適齢期〉についての章は、考えさせられます。この本を前に、誰かと語りあいたいそんな気分になりました。
・「沢木耕太郎の原点――「旅」と著作に関する総決算」
もう30年以上前に「若き実力者たち」でデビューした時以来、沢木氏の作品はほとんど読んでいる。この本を出したあと、彼はユーラシアに旅立つ。しかしユーラシア紀行が「本」になったのは、それから約10年後だ。それが「深夜特急」だ。当時私は、会社を辞めて北海道をブラブラと旅していた。ユーラシアへのバックパッカーとは性質もスケールも違うが、私は沢木氏の考え方や生き方にシンパシーを感じた。
「旅」とは、単なる物理的な移動ではない。ちょっとクサい言い方をすると、日常から非日常への移動ではないかと思う。
本書は「深夜特急ノート」というサブタイトルがついているが、これまでの著作(紀行文以外も)が生まれた背景についても書かれている。いつもながらの切れのいい文章。沢木ファンには見逃せない一冊だと思う。この本を読んでから改めて「人の砂漠」「一瞬の夏」などを読み返してみるのもいいだろう。
「旅」の持つ魔力のようなものに魅せられて、その力をルポルタージュという世界で展開させてきたのが沢木耕太郎という人ではないだろうか。
旅に教科書はない――この言葉は非常に重い。人それぞれ、いろんなスタイルの旅があってもいいと思う。バックパッカーでなければならない、ということもない。この本はそんなことも語りかけているようだ。
・「深夜特急を通した旅論」
深夜特急本編の秘話や裏話公開!というほどの内容ではないので、過剰な期待は禁物だが、深夜特急に即した中での、沢木さん自身の旅とは何かが語られていて、旅をしたことがある人、深夜特急を読んだことがある人なら、うんうんうなづきながら読めると思います。
私にとってはやや一般的な旅論的話よりも、デビュー直後の沢木さんのライター活動が、非常に興味深かった。
深夜特急をもう一度読みたくなりました。
・「期待しないと覚悟する生き方」
これまで私は期待しないで生きてきた。 社会に期待しないし、友人にも恋人にも期待しない。 会社にも期待しないし、結婚した今では、妻にも子どもにも期待しない。 例えば、妻だから家事をするのは当たり前と期待しない。子どもは親孝行するもんだとは期待しない。社会や国が自分を守ってくれるなん期待しない。 虚無的で後ろ向きな考え方だと思われるかもしれないが、決してそうではない。 期待していないからこそ何事も自分でしっかりやろうと思う。はなから期待していないので、期待した結果が得られず腹がたつということもない。期待していなから批判的になることもない。もし、何かいい結果が得られたのならば、期待していなかったから、その分喜びも大きい。
10年以上そうやって生きてきたが、この考え方には随分助けられたと思っている。
こういった考え方をするようになったのは、五木寛之さんのこれまでの著書の影響が大きい。 本書は、これまでの著書以上に、「期待しない生き方」に焦点を絞っていると思う。
期待しないと覚悟して生きていくのだ。
《本書のポイント》
○諦める(明らかに究める)覚悟をもつ。○自分が信じると選択したことに裏切られても後悔しな いと覚悟する。○善意は伝わらないと覚悟する。○人生は不合理だと覚悟する。○一件落着主義はウソであると覚悟す。○国や法律は守ってくれないと覚悟する。○健康な体は決してないと覚悟する。○最低限から考えてみる。○体の声に従うことが大切。○「中道」の考え方が大事。一方に偏らないという意味 ではなく、両方大事という考え方。○人は生きただけで偉大なのだ。○いいことをしてもひけらかさない。(中国の「隠徳」 という考え方)本田宗一郎氏の苦学生への奨学金の例○資本主義は終焉の時期が来ている。○統計などの数字よりも自分の実感を信じる。○「格差」は、あることが問題ではなく定着すること が問題。○躁から鬱の時代(下降していく時代)に入った。○下降する社会と上昇しようとする摩擦が若者が感じる閉塞感につながっている。○日本人は文明は西洋から取り入れたが魂までは取り入れていない。
・「すばらしい本です」
久しぶりにすばらしい本に出会いました。電車の待ち時間に買った本ですが、五木さんが人生を終わるにあたって「国家にも、人の絆にも頼ることなく、人はどのように自分の人生を向き合えばいいのか」を教えてくれるすばらしい本です。 人生を登山にたとえると50歳で頂上に登ったとすると、登山は山登りに成功するだけでなく、安全に下界までたどり着くことができて「登山が成功した」事になるのです。 山を下りるときにいかに綺麗に山を下りていくかを教えてくれる本です。 人生を生きて行くには、毎日、一日一日を大切に充実させて生きていくしかないと思います。 毎日毎日を生きる大切さを教えてくれる一冊です。
・「いちいち胃の腑に落ちる思考と感覚です」
五木さんの文章はほんとに心地よく滑らかですべての細胞に沁みこむ感じがありますが、それは文章の達人というだけではなく思考の原点に五木さんの言われる「他力」を感じるからでしょうか?そしてまた日本人としての遺伝子の中に組み込まれて深く沈潜している心身や脳の記憶が呼び覚まされるからでしょうか?芸術家は普通の人が見えないものを見せてくれるといいますが、まさに自分の中に確かに潜んでいるのだけれど形として理論としてうまくまとめられないものを系統立てて呼び起こしてくれるような喜びがあります。 いちいち納得することばかりですが、戦後50年間日本国全体がこぞって躁状態にありその中で国民たちはある意味躁的に生きてきた、今その頂上を過ぎて下山(鬱)の時を迎えている。人生の春夏秋冬、またインドで分けるような四つの時期でいうなら社会全体が秋冬であり、林住期から遊行期になってきている。登山の時には足元しか見られなかったが下山の時こそ俯瞰して物事がよく見える。そして不合理で不条理な世界に身を置き、老いて或いは病を得ても尚生きて在ること、それだけで価値があると締めています。
覚悟とは、諦めて(明らかに究めて)頼らないこと。 自分の今後の生き方そして物事の理解の仕方の軸になる本です。お薦めです!
・「私もまた悪人」
精神的な苦しみを抱えて一年間ぐらいまともに本を読んでいませんでしたが、ようやくどん底を脱しつつある中で、自分の気持ちをうまく整理してくれる本でした。
現実をありのまま受け入れること、そこから出発してまた自分なりに生きていこうと、この本は思わせてくれました。そしてもう一つ、人は皆悪人であること、我こそは正義や良識の持ち主であると考えている自分もまた傲慢な一人の悪人にすぎないこと、を気付かせてくれました。
読み物としては、好き嫌いでしょうが、中盤が少々中だるみな感じがしましたので、星を一つ減らしましたが、書かれている内容は私にとって間違いなく星5つです。
・「五木流”大変な時代”の生き方を淡々と教えてくれる1冊。」
世界恐慌などの話題に振り回され、これから、一体どうなるのだろうかという不安な人が多い現代である。
多くの人は、これから先どうなるのかと常に考えてしまう。
そのような悩みに対する著者の覚悟は「覚悟すること」だと言い切る。
金融資本主義はもはや崩壊し、これから、時代は大きくだろうが、物事の本質を明らかに見ると言う意味での「諦め」も必要だと言う。
世の中が、たとえ、どんなになろうが、我々は生きていかなければならない。そのためには「覚悟」することが必要であるということを、苦しい戦争の時代さえ乗り切って来た著者は肩の力を抜いて淡々と教えてくれる。
・「●数学って、実に面白い!!」
事前に『数学嫌いでも「数学的思考力」が飛躍的に身に付く本!』を読んでいたためか、文系出身の私でも、かなり楽しく読めました。数学的思考力によって「サキヨミ」ができる能力があると知っていると、天才数学者・石神の思考過程や行動が非常にリアリティーをもって感じることができました!
数学って、こんなにもスリリングでサスペンスな実用的な思考の訓練を学べる、超実用的なものだったのですね!私の人生は、これまで損をしていたように感じました。
理系のかたが書く本って、実にわかりやすくていいですね。ワクワクしながら読めました。これなら映画のほうも期待大です!
・「これは愛の話ではないと思う」
これまで自分がいいと思う作品にしかレビューを書きませんでした。でも、この作品に対する評価は私なりにきちんと記したいと思います。
・「ミステリとして面白い」
ガリレオシリーズは初めて読みました。
数学の証明の手法と事件の解決方法を関連付けるところなど、登場人物と事件が上手くかみ合っていて面白く読めました。数学や物理学が嫌いな人もいるでしょうが、変に専門的な話は出てこず、あくまでも「謎解き」を彩るために使われているだけなので、ご安心を。(私も数学嫌いです)
物語の組み立て方が上手いというか、最後に「あっ」と言わせるトリックもミステリとしてなかなかのものだと思います。
ただ、皆さん書いてらっしゃいますが事件に関わる人物の心理描写は、どちらかというと浅いです。何を求めるかにもよりますが、(純文学ではないので)ミステリ小説として謎解きを楽しみたいのであれば買いだと思います。
・「最悪の小説」
いくつもの賞を受賞したベストセラー作品というのだが、私にはそうした賞賛に値する作品とは思えない。
まず、確かにトリックはよく練られていると思う。私も最後までトリックの仕掛けにきづかなかった。しかしいくら小説の中の出来事だとはいえ、あまりに必然性がない。冒頭で起きる偶発的な殺人事件を隠すために、あのような複雑で、しかも自分自身ではコントロールできない人物に負荷をかけるようなアリバイ作りをする意味はない。事実そのために破綻する。
もう一つ、これはトリックの中身にふれそうなのでぼかすしかない(ぼかしようもないとは思う)が、殺人事件の被害者の無念だとか、生命の尊厳を全く無視している容疑者を「献身」だとか「純愛」だとかで呼ぶことへのとまどいがある。罪科のない被害者は、容疑者によって道具のように殺され、さらに犯人を追い詰める側からも被害者にではなく容疑者に情けをかけられて、虫けらのように二度殺される。私にはそれが死ぬほど恐ろしい。
・「これを機会に」
東野圭吾は多作の作家で、青春ミステリでスタートを切って以来、社会派サスペンス、恋愛小説、メタフィクション、ユーモア小説などなど、幅広い作風で傑作を生み出してきた。直木賞、本格ミステリ大賞、このミステリーがすごい!第一位、週刊文春ミステリーベスト10第一位、本格ミステリ・ベスト10第一位、と数々の栄冠に輝いたこの作品は、これからもずっと彼の「代表作」として語られることになるだろう。
この小説は、完全犯罪を期する数学の天才石神に、物理学者湯川が挑む謎解きを軸とし、愛や友情など人間関係のドラマをからめた複合的なストーリーである。作者の実力が遺憾なく発揮され、それらの要素が全くばらつかず、一つに融けあっている。視点となる登場人物を入れ替えながら描写することで、謎が解かれるさまがわかりやすく、また登場人物の心情の揺れ動きなども明瞭になる。無駄なシーンはそぎ落とされ、次々と展開していくので、退屈することなくラストまで通読できる。
「代表作」と「最高傑作」が食い違う創作者は数知れない。確実に東野圭吾の「代表作」であるこの小説に、私は五つ星をつけるが、これを彼の「最高傑作」だと言う気はない。彼には他にも素晴らしい作品が多数ある。
存分な知名度を得たこの「代表作」に、「名探偵の掟」からの東野ファンである私が望むのは、これが彼の他の傑作群を世に知らしめるきっかけとなってくれることだ。東野圭吾作品をこれで初めて読むという人には、読後、他の作品にも手を伸ばしてみてほしい。もっとサスペンスを楽しみたい人なら「天空の蜂」、愛する人の為の犯罪が描かれる作品ならば「白夜行」、この作品が重すぎると感じる人には「怪笑小説」や「「あの頃ぼくらはアホでした」、といったように。
「代表作」を読んだだけで終わることなく、多くの人が他の東野作品を読み、自分なりの「最高傑作」を見つけてくれることを、一ファンとして祈ってやまない。
・「カラヴィア紀行」
123巻でイシュトヴァーンの施政方針が発表されましたが、イシュトの戦略に関してはこの巻で展開はありません。
本巻の主人公はヨナ・ハンゼ。今後のグインではミロクが重要なキーワードになるとしても、本巻の1/2はヨナ目線のカラヴィア-ダネイン紀行です。幸いなことに(笑)タイスのようなお祭り期間中ではなかったので、延々と風俗のご紹介が続くということはありませんでしたが、1章目と最終章をつなげて読めば、ほぼこの巻は完了。クリスタルから草原地方を抜けてミロクの聖地ヤガへというルートを取れば、当然出てくると思っていた人が、あたりまえのように登場してくださいます。重要な役回りの割に最近ご無沙汰でしたから、そろそろとは思っていましたが、登場の仕方はそこまでご都合主義的でなくてもいいんじゃない?って感じでした。
筆者には衝撃の手術から1年、良くぞご無事でなおかつ執筆も継続されていらっしゃることには心から敬意を表します。これからもくれぐれもお気をつけいただきたいと思います。
ただ、グインのクオリティは落ちてませんか?異世界のお話ですから世界観は重要なのですが、それはあくまで下敷きであって、既にグインはそれを読ませるという段階ではないような気がしています。
・「スローペースだが久々おもしろい巻!」
まだ「風雲の序章」といった内容で、物語が風雲急を告げる感じはまったくありませんが、久々にグインサーガらしいおもしろい巻でした。
それぞれの登場人物の「愚痴」も大分少なくなり、物語の深みを増す「想念」程度になっていて、読んでいてもおもしろいのと、久々にいろいろな方々が登場するので、とても楽しく読めました。
また久々に「旅」的内容があり、タイス編のような過度な記述もなく、楽しめる内容でした。
中身はタイトルの名の通りで、ミロクの聖地ヤガが、いよいよ大きな焦点となってきそうな雰囲気。
著者の病気はなんとか最悪期を脱したようで、ほっとしているのですが、書くペースは半減し、パソコンに長時間、座っていられなくなったとのこと。
まだまだ無駄な記述が多いので、ぜひいっぱい枚数を書くことよりも、健康に気をつけながら、端的に物語を進ませることに、注力していただきたいなと思います。
来年以降のグインサーガに期待したいところです。
・「大湿原の観光案内と、ヨナの旅」
今年最後のグイン・サーガです。 今回は「ミロクの巡礼」というタイトル通りでミロクの巡礼の旅を通しながらのダネイン大湿原の観光ツアーとなっております。。。つまりは、ストーリーは大枠で進んでおりませんし、タイトルから「あ、フロリーとスーティのその後だね」と思っていたらば二人はまったく出て来ないという予想外のオチまでついてきます。 では誰が旅しているのかというとヨナ・ハンゼ博士です。彼が、物語に大きく今後影響してきそうなミロク教の聖地であるヤガに向かって旅をしていきます。その旅の中で色々と回想したりなんやかやをしていき、物語の最後でとある人物と出会うことになるというのがこの巻のお話。本当に進みません。 感想を率直にいえば、もうちよっとはストーリーを進めてもいいかなと思うのですが、今回旅したダネインはグインサーガの初期の初期から名前だけはたびたび出てくるものの本編では描写がなかった地区なのでそう考えればまぁこれはこれでよいのかな。ただしダネイン大湿原って本当に見るべきものがない土地なんで、やっぱりもう少しストーリーを進めてもらってもいいでしょうか。 この巻の最初の方でカメロン船長とかが出てくるあたりはびしっとストーリーが引き締まるのですが、後半はまさに観光案内でした。ミロク教のありようやら、最後の最後でヨナが出会う出来事から何を読み取って行くのかどういう風にミロク教が変質・世の中に浸透していくのかを推理想像していく楽しみはあるものの、もう少し進んで欲しかったです。 著者がいうには、初期のローマ教のようなものとして想定されているようですが、どの国家がそれを庇護するかという話になるとなかなか想像がつきづらいところです。ともあれ、気になるのは著者の栗本薫先生のあとがきのほうで、それを読むとかなり体調がお悪いご様子で、あの栗本薫先生が1時間とパソコンの前で原稿が書けないそうで、それがかなり心配です。本編が終了しないまま終るのではというような事態は避けたいので、無理せず逆にゆっくりとでいいから健康に注意して書いていただきたいものです。
・「はあっ…地味!」
全く華やかさのない、地味キャラばかりの1冊。渋いオヤジは出てくるけど、華やかな主要キャラは全く出て来ず、地味キャラのヨナ君の旅がずっと続きがっかり…。おいおい、こんなスローペースでいいの?作者はあとがきにも自分の将来の先が見えないようなことを書いていますが、124巻までずるずる引きずってきたこの長い物語を、責任もって完結する気があるのかいと疑ってしまいます。次巻から購入するときは登場人物と後ろのあらすじをチェックしてから買おうっと。
・「ミロク教の動向が中原を・・・」
この巻は、タイトルの通り「ミロク教」の動きがこれから中原を騒がすぞ、と言うことの序章のような巻です。
狂言回しとして登場するのは、ヨナです。 ミロク教の聖地ヤガを偵察に行く旅に出ます。 一方、カメロンの元に戻ったブランもヤガ行きの準備をしています。 イシュトヴァーン二世を巡って、更にミロク教の動向も含めてきな臭い感じがします。
一方、草原と言えばこの人、スカールが久々の登場です。ヨナ一人では、ちょっと展開が難しいと言うことでしょうか?
繋ぎの巻ですが、それなりに楽しませてくれます。
・「いつもよりも最後のオチが浅いと感じた。」
読んだらやめられなくなる、ヤミツキにさせるといった東野圭吾独特の魅力はこの作品の中にも存分に感じられる。どんなトリックが使われたのだろうと、話が進むにつれて段々とその期待が高まっていった。
『容疑者Xの献身』では見事にその期待以上のトリックで感動し、『流星の絆』では前者に比べると感動は少なかったものの、最後のどんでん返しに驚かさせた。
しかし今回の作品に関してはその期待の方が大きくて、消化不良に終わった感じがする。確かにトリックはすごいが、そこまで奥の深さを感じさせない。まぁそれが「虚数解のトリック」と言われたらそれまでなのだが。どうもスッキリしない、最後のオチに関してはいつもより浅いのではないか。
話は本当にジワジワ進み、期待を高めるつくりになっているだけに悔やまれる。感動を狙った話ではなく、トリック勝負ならもう少し味が欲しかった。
毎回期待に応えてくれる東野圭吾の作品ということで評価は厳しくしたが、読んで損はない一作だ。
・「加賀刑事の守備範囲では?」
一読して、東野圭吾の近作にしては珍しい本格ミステリーだと思った。しかし、何となく釈然とせず、もう一度読み返した。二度目は事件のポイントに的を絞って。
その結果、疑問に思ったこと。 第一に、最初の現場検証で、警察(鑑識)が〇〇〇を調べなかった(少なくとも証拠保全しなかった)のは不自然。犯人が後から証拠隠滅できるとは…(絶句)。 第二に、〇〇〇についての説明が微妙。注意深く読むと、痕跡を残さずにトリックを仕掛けることが本当に不可能なのか、明確に検証されたかどうかよくわからない書き方だと思う(作者が意図的にそうしたのだろうが)。
つまり、あえて言えば、湯川の推理が本当に正しいのか、厳密にはわからないのではないか? しかし、この作品はその点を問題にしておらず、湯川の推理は正しいという前提に立って、犯行のトリックは、動機は、と進んでいく。つまり究極的に言えば、これはミステリーではなく、犯人の心情がテーマの一種の恋愛小説なのだろう。
だとすると、この犯人が、犯行後に自分を守ろうとするとは考えにくい(そのためのトリックではない)。自首するか自殺するか、どちらかだろう。 あえて罪を暴かれ逮捕されることが、自分への制裁だと犯人が考えたとしても、その場合の追及者は、湯川や草薙刑事の役回りではないような気がする。これは加賀恭一郎刑事の守備範囲だったのではないか。
そもそも犯行のトリック自体、湯川でなくては解けない謎ではない。きちんと鑑識がサポートすれば、「文系」の探偵でも解決できると思う。『容疑者Xの献身』もそうだったが、やはり「探偵ガリレオシリーズ」の長編である以上、まず、湯川でなくては解けないトリックを周到に準備する、というのが第一条件だと思うのだが。
・「「救済」の意味」
帯に書かれている「完全犯罪」の文字に心躍らされながらも、「期待しすぎると裏切られたときの失望は大きいぞ」と諌めつつ読みました。
まさに完全犯罪!このトリックはそれ自体も素晴らしいのですが、巧みな叙述トリックにより更に解明を困難にしてます。
必死に考えたにも関わらず全くわかりませんでした。逆にわかる人がいたら素晴らしいと思います!
トリックが明かされる場面では唸りました。そして、タイトルにもある「救済」の意味が最後にわかります。
文体も今まで通り読みやすく、ストーリーもシンプルかつ面白いので読むのをおすすめします。
・「待望の長編ガリレオシリーズ第2弾―<執念>という言葉が鍵概念か?」
何やら神秘的な響きを漂わせているタイトルだ。本作では、前作の長編『容疑者Xの献身』では登場しなかった内海薫刑事(ドラマではお馴染み)が、なかなかの直感と洞察力を発揮している。湯川、草薙そして内海という3人が中心となって難解な事件の解決が企図されてゆく。帯の表示から犯人は「女」であることから、内海という女性刑事を加えたのだろう。事件を解決するという共通の目的を有しつつも、草薙と内海という刑事間の視点の相違(それは男性と女性の相違に帰着する)も本作の注目ポイントの1つ。ガリレオこと湯川の活躍はむろん当然だ。
レビューで詳細を語ることは野暮の極みだが、1つだけ指摘すれば、思わず「はっ」とさせられるような驚きは、前作と比較してやや乏しかったように思われた。とはいえ、驚異的ともいえる犯人の<執念>を痛切に感じずにはいられなかったし、それは草薙ら刑事にも、湯川にも妥当する。著者自身の<気迫>もまたそうである。夫と妻のあり方、夫婦にとっての子供の存在意味、結婚の目的など、決して一筋縄ではいかないテーマに真正面から挑んだ、文字通りの力作だ。前作が取り組んだ<愛>という人間にとっての普遍的価値とも本書の内容は密接に関連している。そうした人間的で情感的な問題に対して、あくまでも客観的で合理的な根拠に基づいて事件を解明しようとする湯川の心的姿勢とのコントラストが読者をまた惹き付ける。あまりに当然のことで恐縮だが。
なかなか読む手を休めることができなかったが、多くの読者も同じ経験をされると予想する。そして湯川=福山雅治、内海=柴咲コウであることを想起して、本書を読み進めるだろう。もはやガリレオシリーズは国民的作品であるといっても過言でない。しばらくは第2弾の余韻を噛み締めて、次なる将来的な第3弾の作品の誕生を心待ちにしたい。
・「語りたいけど語れない面白さ」
ガリレオシリーズの最新作。東野圭吾と言えば、私なんかは加賀恭一郎シリーズの方がピンと来るが、今やこのガリレオシリーズはTVの影響も有ってすごい人気だ。「探偵ガリレオ」や「予知夢」が出たばかりの頃は、まだ知る人ぞ知るシリーズだったのだが。
そしてガリレオシリーズは現在公開中の映画「容疑者Xの献身」のヒットによって名実共に東野圭吾の代表作になった。それにしてもこのタイミングで小説を刊行するとは間違いなく確信犯だ。
さて肝心な中身だが、最近の東野作品には「大作なんだけど佳作」「力作なんだけど重厚さに欠ける」という内容が比較的多く、内心どうかなと思っていたが、読んでみてその不安は一掃した。
読み出したらどの場所でもやめることが出来ず、気づくと2時間で読破していた。
話はさすがよく練られており、まとまっている。今回から新キャラ「内海薫刑事」が登場するが前面に出すぎず、草薙、湯川と見事なトライアングルで活躍し、本作を引き立てている。
個人的には、今までのガリレオシリーズは警察側のキャラクターが物足りなかったので、いいスパイスが加わったという印象だ。加えてドラマの影響か小説版の湯川も福山バージョンに近づいているようでキャラクターが良い意味で明確になっているようにも感じられた。
本作は、ドラマや映画からハマった人も、昔からの東野ファンも裏切らない良作といえるだろう。
それにしてもこれだけ売れっ子になってもなお高いクオリティーを保てる東野圭吾は凄いと思う。
●悼む人
・「より純化された天童ワールドにのれるか、のれないか。」
何らかの理由でこの世を去らなくなってしまった人々を訪ね悼む事を続けるひとりの青年。成仏出来るよう供養する訳でも、自身の宗教的修行と言う訳でもない。その人が他の誰とも違うたったひとりの人物だったとして、その存在を自らの心に刻み込みながら全国を回る。あの傑作「永遠の仔」から7年の月日を経て、天童荒太待望の新作である。早速購入、一読した。心の奥底で決して消す事の出来ない傷とそれを引きずり続ける後遺症。今までの天童文学の延長上にあるのが、今作の蒔野や倖世。彼らはその過酷な過去にもがき苦しみ、その影響で露悪的になったり、ねじくれた感性しか持ち合わせられなくなってしまった人物たちだ。これでもかと続く亡くなった者とその遺族たちの事例。物語は、悼む人・静人の行動を追いながら、読む者に予断を与えぬまま、登場人物たちの辛苦で沈鬱な世界観が語られる。果たして救済されるのは誰なのか、そして、静人の旅に終わりが来るのか、終盤になっての心理ドラマは読み応えあるが、光明、愛重、安寧、ポジティブなキー・ワードが頭に思い浮かぶものの、このスピリチュアルとも言える感覚に付いていけるかどうかで、好き嫌いは分かれるんじゃないか。「永遠の仔」や「家族狩り」と言ったミステリー仕立てではないこの壮絶、純化された天童ワールドに個人的には逃げ出したくなる部分もあるが、一読の価値はある。
・「いまのお話を胸に、悼ませていただきます」
事件、事故、病気、亡くなった人を訪ねて故人を知る人に「その人は、誰に愛されたのでしょうか。誰を愛していたのでしょう。どんなことをして、人に感謝されたことがあったでしょうか」と聞いて回っては、故人を忘れないよう胸に刻み込み、死者を「悼む人」の旅路を縦糸に、彼の帰りを待つ母親のがん闘病を横糸に物語は彼と関わる人の視点で淡々と進んでいきます。死者を悼みながら旅を続ける主人公の奇妙な言動は人々を戸惑わせ、いらだたせ、また癒します。なぜ彼は死者を悼む旅を続けるのか?その原因は読み進むうちに徐々に明らかになっていきます。しかし、その行為は何を意味するのかは明確に語られません。彼の対極として描かれる雑誌記者、愛する人を殺した女性を通して語られるその意味もひとつの解釈であり、解答ではない気がします。
本作品は生と死といった非常に難解なテーマをシンプルに語っているので、読者がどの段階にあってもよく分かるようにやさしく書かれています。それゆえ誰でも、彼をどうとらえるか、死とは何か、生きる意味、死者を悼む意味について考えることができます。誰でも読めて、読む人によって、読む時期によっても解釈が異なる。これは漫画というやさしいメディアを使って難解なテーマを表現した手塚治虫に通ずるものがあるように感じました。
読者の数だけ「悼む人」はいるのだと思います。
・「母親に共感できず。」
主人公の母親坂築巡子の性格が、どうにもこうにも気色悪く感じてしまい、読んでいてイライラした。
私は文芸評論家じゃないから、本作の文芸的な価値はわからないけど、至極個人的な感想としては、「ああつまらなかった」である。
・「印象に残らなかった」
タイトルと、本のたたずまいに惹かれて手に取りました。丁寧に、丁寧に、祈るように綴られた物語です。淡々と、3日程で読み終わりました。
つまらなくはなかったですが、青年が死者を悼む理由にそれほど意外性がなかったり、物語全体が俗世を遥か離れていってしまいそうな世界観に貫かれたりしていて、心に深くひびくところがあまりありませんでした。
ただ、末期がん患者がどのような経過を経て最期を迎えるのかが感情から環境に至るまで仔細に書かれていて、特に死を迎える数日の描写がリアルでした。手遅れのガンになったとしてもこんなふうに充実した死を迎えることができるんだなと、そこは新鮮に感じました。
・「多くの人に読んで欲しい一冊」
凶悪事件の報道を見るたびに、心が千々に乱れていた。 自分の中で処理しきれずに、泣き崩れ、寝込んでしまうこともあった。
だから、この本は、他人事のようには読めないのです。 私も、『悼む人』として生きたい。 それが偽善であるか、どうかは別として。 また、主人公の静人のような徹底した『悼み』を行えるわけではなく、巡礼の旅にでるわけにもいかないけれど。
人の死を悼む心を持ち続けたい。 毎日、祈りたい。
私にとっては「小説」というより、「生き方」の本でした。 一人でも多くの方に読んでいただいて、何かを感じ、何かを考えてほしい本です。
・「ガリレオは短編に限る」
TVシリーズで一気に知名度が上がった「ガリレオ」ですが、この短編集は『容疑者Xの献身』の後に書かれたもの。『容疑者Xの献身』で、二度と警察の捜査には協力しないと言った湯川が、新人刑事内海薫(自分も勘違いしてましたが、決してドラマ用のキャラではない。だってドラマは2007年10月スタートで、作品の初出は2006年だし、直後に長編の連載も始まっているから)に駆り出されて再び協力を始めます。第1章と第2章は、先日「エピソード・ゼロ」として放送されたドラマの原作です。ガリレオは不可解な現象を科学的に解いていくというところに特徴があるわけですが、これを生かすには短編の方が向いていると思います。実際、どれも上質の作品に仕上がっています。なお、同時発売された長編は、第1章の直後くらいに連載が始まっているので、短編集を読んだ後に長編の方を読むと、時間軸にずれがあって、内海刑事との関係などに違和感を覚えます。短編の第1章を読んで、次に長編を読むとそうした違和感は解消されると思います。
・「やはり短編が醍醐味」
湯川学ことガリレオ先生シリーズの最新作。東野さんと言えば、私なんかは加賀恭一郎シリーズの方がピンと来ますが、いろんな雑誌で福山湯川が登場しまくりでびっくりしてます。探偵ガリレオ (文春文庫)や予知夢 (文春文庫)が出たばかりの頃は、まだ知る人ぞ知るシリーズだったのに、今やこのガリレオシリーズはTVや映画ですごい人気ですね。
・「一気に読みました!」
正直、短編5話で1600円は高い…と思いながらも、我慢出来ずに買いました。最近、東野さんの作風が昔に比べて薄くなってる気がしてたのですが、これは、久々のヒットです。最近ドラマ化されてた話も入っていて映像が浮かびやすかったのも、一気読み出来た要因ですが、なにより私の好きな東野圭吾テイストがバッチリな作品です。ただ、どうしても読んでいたら福山雅治が出て来てしまいます…(笑)ダイイング・アイより、流星の絆より、夜明けの街でより、私にとっては骨太な作品です!
・「作者の苦悩」
「ガリレオの苦悩」というより、東野圭吾の苦悩、という感じが強い作品。 やはり、無理をするとこういうことになる。
というのは、本作は「探偵ガリレオシリーズ」としては4冊目ということになるが、3冊目の「容疑者Xの献身」で、「理系エンタテイメントとしてのミステリー」という基本路線を踏み外し、「情念の力作」みたいになったからだ。
結果として、ガリレオこと湯川助教授(本作から准教授)は、警察とは距離を置くようになってしまった。 本作から内海薫刑事(ドラマでは柴咲コウ)が登場するのも、ドラマ絡みという面もあろうが、まずは、「容疑者X」の経緯を知らない彼女なら、湯川に協力依頼しやすい、という作者の都合だろう。 湯川を事件に巻き込むためには、かつての恩師や同窓生まで湯川を利用しようとするし、無謀にも湯川に挑戦する元科学者まで登場する。
そうまでして、「事件に係わりたくない湯川を、何とか事件に巻き込む」という構図を作らなければ、小説として成立しない状況になっているのは、東野圭吾自身の責任とはいえ苦しい。作品を楽しむより前に、作者の苦悩が先に見えてしまう。
この本は5作の短編集だが、このシリーズ本来の楽しさがあったのは、4作目の「指標す(しめす)」だけだろう。 この短編が最後に書かれたようだから(この本のための書き下ろし)、苦悩を経て、ようやくシリーズの本筋に戻る足がかりを得た、というところか。
余計な一言かもしれないが、警察に協力した結果、どんなに辛い目に遭ったとしても、それで、条件反射のように警察と距離を置こうとする湯川の態度は、本来の彼のキャラクターとは違うような気がする。過去にどんな経緯があろうと、科学者として興味を覚えれば、その謎を解こうとする、それが湯川という人間ではないのかなあ。私は率直にそう思うのだが。
・「商業主義に興ざめ」
今回から内海薫が登場し、しかも、それが当然ながら、柴崎コウを連想させる。テレビシリーズや映画に違和感を覚えたまま、本編を読むと、どうしても内海薫が鼻につく。また、草薙が以前とは変わり、かなり粗暴になっている。テレビ俳優の性格が乗り移ったようである。テレビや映画が不出来だったため、純粋な「容疑者Xの献身(小説版)」の続編として期待していただけに、まるで映像版の続編(または、映像化を予定したもの)になってしまったのは残念。
●流星の絆
・「現代エンタメの最高峰=超一流シェフの最高級料理」
「現代エンタメの最高峰」という帯の言葉にあながち嘘はないと思います。見事にからみあった伏線。いきもつかせぬストーリー。 100頁を過ぎるあたりからは、ぐんぐん加速する感じでいつのまにか物語の虜になっていました。キーパーソン三人の性格設定や書き分けも見事です。間違いなくドラマ化でしょうね。翌週が待ち遠しくてたまらない、高視聴率間違いなしの、話題作になると思います。 ただし残念なのは、やはり、良くも悪しくも「エンタメの最高峰」になってしまっているということです。ストーリーが面白すぎて、人間の深みや痛み、業のようなものを感じる「淀み」が感じられないのです。『白夜行』『手紙』や『秘密』などにはそれを感じられただけにそれだけが残念です。ないものねだりかもしれません。贅沢なお願いですね……。 この作品は、いわば、超一流のシェフが見事に作り上げた料理といった感じでした。美しくて工夫に満ちていて、きちんと王道を行っています。もちろん抜群の美味しさです。けれど、不器用なりに、懸命に作った家庭料理というのも、小説の魅力のひとつなのだと思います。 しかし、そんな「ないものねだり」は、星一つ減じるほどのことではありません。最高級の楽しみを堪能できました。五つ星です。
・「良い出来ではない」
東野圭吾さんの作品はほとんど読んでいます。大好きな作家です。でも、今作は東野圭吾さんの力量からすると、水準以下の作品だと思います。この作品に限らず、直木賞受賞作以降「感動」と「驚き」を無理に詰め込むパターンが多いのではないでしょうか。内容に関わる記述は避けますが、一つだけ。帯にある「最大の誤算は妹の恋心」って、内容に反すると思います。また、他の方も言っているように煽りすぎです。まぁ、どう感じるかは人それぞれなので、皆さんも読んでみて下さい。
・「読みやすいが。。」
大好きな東野圭吾で、しかも08年上半期No.1という事で読みました。
読みやすく、ラストまで一気に読み終えられます。ただ、、ちょっと内容も薄く、雑に感じた部分が多かったかも。特に「白夜行」や「容疑者X」「悪意」なんかと比べるとかなり軽い感じです。
伏線の張り方や動機づけ、犯行手段といった点でちょっと無理矢理感がありました。
もちろん、それぞれのキャラの個性は立っていたし、それなりにハラハラドキドキもする、犯人も、途中で気付く気付かないは別としても、意外性はあります。でも、それだけ。。「へぇ、そう。。」みたいな。三兄妹の人格形成に多大な影響を及ぼすであろう養護施設での生活の描写もなく、あの事件だけを絡めて「絆」を強調されても、ちょっと消化不良。。
売れっ子作家さんなので仕方ないかもしれませんが、ちょっと書き急いでるような感じがしました。ただ、読んでるとハヤシライスが食べたくなります。
・「あまり好きではありません」
一気に読めてしまう本ですが、あまり好きではありませんでした。東野圭吾さんは、もっと面白い小説の書ける人だと思うと、少し残念です。途中である意味 犯人が読めてしまいます。
兄弟3人の個性は養護施設で育まれたと思われますが、その養護施設での様子やエピソードが書かれていないのも手抜きに感じられました。
兄は頭が良いはずなのですが、そのキレや明晰さが全く伝わってきません。妹は美人という設定ですが、あまりにも柄が悪く、頭が悪いため、育ちの良い女性を演じさせるには無理がありすぎます。
エンディングも、無理に幸せなものにしようとした感じがして違和感がありました。悲しい終わり方よりは読後感は良いですが…。
「お手軽小説」の域を出ていないのが、非常に残念です。
・「文字通り“すべての東野作品を越えた”」
刊行されてすぐに購入し、ほぼ徹夜して二日で読み切った。それほどほんとに息をもつかせぬ展開で、東野作品ならではアッという間です。
とにかくラスト。まじで涙が出ます。
僕は「秘密」「容疑者Xの献身」より遙かに感動した。
三兄妹の「絆」、必見です。
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