急行「北極号」 (詳細)
クリス・ヴァン・オールズバーグ(著), 村上 春樹(著), Chris Van Allsburg(著)
「美しい絵本はこころを育てる」「オールズバーグの絵の魔法に乗って」「映画を見る前にぜひ見て欲しい」「素晴らしい翻訳者に出会えた素晴らしい絵本」「きれいだけど・・・」
葉っぱのフレディ―いのちの旅 (詳細)
レオ バスカーリア(著), Leo Buscaglia(原著), みらい なな(翻訳)
「いのちあること、かぎりあること」「私は好きではありません」「個人的には星5つの大好きな本なのですが・・・・。」「子どもにやさしく問いかける」「中学・高校生へ:やさしい英語で泣く不思議」
アンジュール―ある犬の物語 (詳細)
ガブリエル バンサン(著)
「切なくさすらう犬」「疼く 」「どうしてこんなに泣けてくるのだろう」「絵本といっても文字を一切使用しない鉛筆デッサン集 」「人間の非情さとやさしさ」
「声に出してその一編一編をじっくりと味わいたい一冊」「コーヒーを飲みながら、読める詩集。」「清冽な明るさと、プリンスエドワード島と…」「すべてがはじまり」「好き嫌いが分かれる」
「死産したときに」「想い出の数の多さが故人の素晴らしさを教えてくれる」「すばらしい本です」「男でも泣けました。」「あたたかい本」
ギャシュリークラムのちびっ子たち―または遠出のあとで (詳細)
エドワード ゴーリー(著), Edward Gorey(原著), 柴田 元幸(翻訳)
「深いのか?浅いのか?中くらい?」「残酷なABC」「絵が素敵です。」「怖い!けど巧い!!」「おかしな満足感」
おぞましい二人 (詳細)
エドワード・ゴーリー(著), 柴田元幸(著)
「タイトルどおり」「おぞましい二人」「絵が怖い」「おぞましいです。」「「どうにもならないこともあるんだ」を伝える作品」
君のためにできるコト (詳細)
菊田 まりこ(著)
「大好きな人に贈りたい。」「う・何?」「くまおくんにおくってみよう。」「気持ちを言葉に・・・。」「こころが 洗われました」
オリビア クリスマスのおてつだい (詳細)
イアン ファルコナー(著), Ian Falconer(原著), 谷川 俊太郎(翻訳)
世界を旅する「大迷路」 (詳細)
アンナ・ニルセン(著), 荒木 文枝(翻訳)
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● 平成20年度読書ゆうびんコンテスト 「おすすめ図書」一覧
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 6/20
● マイベスト・詩集
● Novel+
● 読書記録2
● マイベスト・絵本
● 映画になった絵本
・「美しい絵本はこころを育てる」
ストーリーよりも、絵の美しさに惹かれた。静かで、耳元でささやかれるような感じがする絵だ。うちの子供たちもこの本が好きなので理由を聞くと、やっぱり絵がきれいだからという。「今度、映画になるんだって」というと、「じゃあ、見に行こう!」といわれた。でも、僕は迷っている。美しい静けさを漂わせる絵と文章で出来たこの絵本と予告編で見る映画はまるで別物。大人は「別物だから」で済ませられる。子供たちはどうかなぁ。
・「オールズバーグの絵の魔法に乗って」
地面からすくい上げるように描いたローアングルからの絵があるかと思えば、空から俯瞰する構図で捉えた絵もあります。近景をクローズアップした絵もあれば、遠くから景色を眺めるような、そんな雄大な絵もあります。頁をめくっていくうちに、まるで映画を見ているような、映画のカメラワークを楽しんでいるような、そんな気持ちにさせられました。
話は、クリスマス・イブの夜中、ひとりの少年のもとに汽車があらわれるところから始まります。汽車の名前は、急行「北極号」。「みなさん、ご乗車くださーい」の車掌の声に誘われて、少年が「北極号」に乗る場面から、しゅうふっふ、話は静かに滑り出していきます。
話そのものには、それほど面白さを感じませんでした。でも、オールズバーグの絵が素晴らしかった。ため息を吐きたくなるくらいに。
ビロードの絨毯を踏むような、あたたかな感触がある絵の色彩。
列車や建物の窓に灯る光を描いた黄色の色合いも、雪が舞うなかで霞む街の風景も、何か魔法でも見るように幻想的で美しいんですね。絵の一枚一枚を大きくして、額に入れて飾っておきたくなりました。
本の帯に、「トム・ハンクス主演 映画化('04年秋)決定!」とあります。
オールズバーグの絵が感じさせてくれたような、あたたかく、生き生きとしたクリスマス・イブの魔法を見せてくれますように。
・「映画を見る前にぜひ見て欲しい」
この本の魅力は何といっても、作者クリス・ヴァン・オールズバーグの精巧にパステルで描かれた絵にある。色調はどれも渋いグレーを基調とした抑えたトーンで、ミステリアスで寡黙な雰囲気は子供より大人向けかもしれない。一枚一枚のカットはフェルメールの室内画にも似た静けさを持ち、映画のスチルのような様々なアングルで構成されている。この本が今冬、ハリウッドのハイテク技術で長編映画化されると聞いたとき、このシンプルな絵本を引き伸ばして、原作にないキャラクターやプロットを入れたクリスマス娯楽大作になるのかと思い、少し落ち込んだ。この本は限られたイラストと凝縮された言葉で構成され、絵本として完全な形でコンプリートしている。読者は絵と絵、行間と行間の隙間を読んで、いくらでもイメージを膨らませることができるのだ。たぶん、映画には原作のイメージを真似たシーンはあっても、原作のもつスピリットは真似できないだろう。映画を見る予定の方は、見る前にぜひ原作を見て欲しい。英文も難しくないので、洋書売り場でぜひ覗いて見て欲しいと思う。
・「素晴らしい翻訳者に出会えた素晴らしい絵本」
この絵本は、数あるクリスマス絵本の中でも、最も格調高く、最も想像力をかきたてられる絵本です。北極のサンタの国で、少年は今年最初のプレゼントにサンタクロースの鈴をもらいます。子どもにしか聞こえないその鈴の音が、大人になった今でも彼には聞こえます。その最後の文を読みたいがために、私は何度も飽きずに子どもに読み聞かせをし、子どもはうっとりと、自分にも聞こえるらしいその音に耳を傾けていました。オールズバーグの絵の美しさについては、今さら言うまでもありません。この美しい絵本が、村上春樹という素晴らしい翻訳者に出会えたことに対し、私は心から感謝します。
・「きれいだけど・・・」
絵はとても美しい。はなしは少し説教くさい。翻訳はすこし古臭い。翻訳者を変えるともう少しよくなるかも。
・「いのちあること、かぎりあること」
神戸サカキバラ事件のころ、「何故人を殺してはいけないか、という質問に答えられますか?」というような問題がはやった。そんな問題には正解はないのに、応えられない大人が多いことが、社会を悪くしているような論調であった。本書はその問題にひとつの答えを出していると思う。何故人を殺してはいけないかではない。いのちとは、如何にいとおしいものか、を本書は語っている。そしてそのkeypointは、殺さなくとも最初から、かぎりあるものとして与えられている「いのち」と言うことにあるように感じられる。私が自分の子供達に、寝る前の時間に読んで聞かせた、多くの本のうちの1冊である。
・「私は好きではありません」
はじめてこの本を手にしたとき、これは絵本ではないなと感じました。絵本は絵と文章がお互いを広げあい、深め合うもの、絵や文章にないものを感じあうものと私は思っています。いのちのことを、これだけ言葉で言ってしまっては「あっ そうか」となぞるだけになってしまいます。こういう大切なテーマは読み手がひとりずつ、それまでの人生と重ねて感じ取ってほしいのです。私がおすすめしたい いのちをテーマにした絵本は、ロン・ブルックスの「ぶたばあちゃん」、ジョン・バーニンガムの「おじいちゃん」、田島征正の「やまからにげてきた」「たすけて」、菅原たくやの「いわしくん」です。ぜひごらんになってください
・「個人的には星5つの大好きな本なのですが・・・・。」
個人的にはこの本が大好きで、星5つの価値があります。
でも、個々の生命観が希薄で自殺者が増えている現代において、この本のように、‘死’を葉っぱが幹から離れるようなものであり、生命の自然な形態の一つとだけ教えることは、危険なことかもしれません。
特に、親や社会から特別な生死観を与えられることもなく育って来た中学生・高校生は、本当に純粋にこの話を受け入れてしまいます。「‘死’は畏れるようなものじゃない。」→「死んだら楽になるだけ。」と、自殺を後押しするようなことになってしまうとしたら、恐ろしいことだなと思います。
実は、実際に私が以前いた学校で自殺した女子生徒がいました。彼女の愛読書の一つに、葉っぱのフレディも入っていました。教職員の中で、ひそかに非難の声が広まりました。「あんな本が図書室になければ自殺しなかったのではないか・・・・。」実際にそうかもしれないと思うと、本当にショックでした。その生徒には‘死’は恐ろしいものだと教えるような本の方が必要だったのではないかと思いました。それがたとえ真実ではないとしても。
よい本です。でも、その本を与える相手への影響も考えてから、読ませてほしい本です。
・「子どもにやさしく問いかける」
宗教的・哲学的な内容を含んでいて、例えば幼児にはかなり難しい内容だと思う。けれど、さし絵も写真も美しく 言葉もやさしい言葉で書かれているので、その年その時にあった読み方ができると思う。この本は、大人向き という評価があるようだが、フレディの「死ぬのがこわいよ。」「生まれてきてよかったのだろうか。」
という問いかけは、かなり幼い子どもでも抱く不安や疑問であり、それについて平易な言葉で 自然を通して考えることの出来るこの本は、発達段階に応じて充分に読みこなせる本だと思う。
このような「童話」こそ、ほんとうにすばらしいと言えるのだと思う。
・「中学・高校生へ:やさしい英語で泣く不思議」
「はっぱのフレディ」を読んで感動した方はたくさんいらっしゃるともいます。が、是非、英語で読んでみてください。英語が心配、という方でも大丈夫!。辞書片手に是非トライしてみてください。きっと、やさしい英語、短い文章で伝わる「心」に驚かれることでしょう。
フレディを読んで感動した方は、オスカー・ワイルドの童話「The Happy Prince」「The Selfish Giant」を英語で読むのもおすすめします。きっと、日本語訳で読むよりも、原語を読んで涙する不思議を体験されることでしょう。
・「切なくさすらう犬」
走行中の車から捨てられた一匹の犬。どんなに追いかけても走り去る車に追いつくことはできない。通るすぎていく車に、もしや飼い主が乗っていはしまいかと犬は駆ける。期待の表情がやがて諦めに変わり、犬は浜辺を、町をさまよい歩く。
海岸で見つけた人影に心を震わせ、主人でないことを知って空に向かって遠吠えする姿は涙を誘う。人に追い払われながらとぼとぼと町を歩く姿もしかり。
文章の全くない、素朴なデッサンだけの絵本だが、犬の表情や感情が痛いまでに伝わってきて、見る者の心を熱くする。
・「疼く 」
感動できるから読んでごらん、などといって人に気安く薦めるものとはまるで違う種類の作品でした。これほど心がひりひりした本は(絵本のみならず)初めてです。作者の絵の見事さは、何万の言葉を費やすよりも雄弁にこの犬の孤独を語りかけます。それに耳をすますのは勇気がいります。絵本の中に飛び込んで抱きしめてやりたくなりました。この本をお子さんと読まれるお母さん、お父さんはその後、どんなことをお話するのだろうか。子どものいない私は、そんなことがちょっと気になったりしました。とても優れた本ですね、辛いですけど。
・「どうしてこんなに泣けてくるのだろう」
大人向けの絵本です。文字のない絵本なのに、どうしてこんなに泣けてくるのでしょう。一匹の犬の話ですが、読んでいくうちに、自分の人生を重ね合わせてしまうストーリーなのです。文字がない分、読んだ人分のストーリーが、それぞれの胸の中にできているはず。
特に犬を飼ったことがある方なら、涙がとまらなくなるはず。
買って損しない絵本です。絶対にオススメ!
・「絵本といっても文字を一切使用しない鉛筆デッサン集 」
アン・ジュール(ある日)、犬が走る車の窓から投げ捨てられた。 その後のことを、一枚一枚鉛筆デッサンがもの言わぬ犬の気持ちを正確に描き出し、心をうつ。 飼い主を追って、スピードをあげて走り去る車を夢中で追いかける犬。狼狽し、 なんとかして追いつこうと必死に追いかける。が、車はスピードをあげどんどん遠ざかり…消えた。 がっくりと肩を落とす犬。しかし、あくまでも、飼い主を追って、車が走り去った国道を歩き続ける犬。果てしなく続く道。たまらくなりうおおんと吼える犬。 やがて犬は浜辺に出る。遠景からとぼとぼと歩き続ける点のように描かれた犬。夕闇迫る大空と広い海と砂と黒い雲と、木っ端のような犬。 支えを失った索莫とした孤独感と寂しさが、デッサンを見る者の胸に突き刺さる。 犬の生涯を責任を持って引き受けたことのある人なら誰にでも分かる、人間にぴったり寄り添い生きる犬の気持ち。 この絵本の山場はもうひとつ、ラストシーンか?。孤独にとぼとぼと歩く犬を、やはり道を孤独にとぼとぼと歩く少年が見つけ、救いにくる。犬には少年の心が理解できた。うれしくなって、すりより、甘えて飛びつく犬。 人間の一人として救われた気分になると同時に、この作家は、ほのぼのとした温かな交流を描く、「くまの アーネストおじさん」シリーズの作家であることを思い出した…………。
・「人間の非情さとやさしさ」
1匹の犬が人間に捨てられ、あてもなくさまよう・・・鉛筆だけで書かれた犬から悲しみと淋しさが伝わってきてほんとに胸が苦しくなる。さまよった挙げ句、犬は1人の子供にめぐり逢う。人間によって捨てられ 人間によって救われるのだ。この本は人間の非情さとやさしさという対照的な2つの面をよく表していると思う。
最初のページは犬の悲しげな表情につらい気持ちになるけど、最後の犬の笑顔を見るとほんとにホッと嬉しくなる。世の中の動物たちがみんなあんな悲しい顔をしなくていい世の中になってほしいと思う・・・いや させないようにするのは人間の役目だと思った。
●あさ/朝
・「声に出してその一編一編をじっくりと味わいたい一冊」
先月(04年09月)半ば、コーヒー・メーカーの広告<朝のリレー『空』>が2004年度テレビCMグランプリを受賞することになったという報道がありました。このCMは地球のどこかにある様々な朝空の映像を背景に、若い女性が静かに朗読する谷川俊太郎の詩「朝のリレー」と、谷川氏の息子・賢作氏のピアノ曲「天使の涙」とが織りなす、しっとりとした企業イメージ広告でした。
私はこの受賞報道を出張先のシチリアの地でインターネットを通じて知りました。私が参加していた国際会議場のテント小屋に備え付けられたPCで、そのCM動画を見ることもできました。
丸い地球のどこかで常に生まれ続ける朝。それは世界各地の子供たちの頭上に等しく訪れ、果てしなく西へと向かってリレーされていく。そんな様子を詠ったこの詩を午前の早い時間に地中海の乾いた空のもとで読んだ私は、遠い日本からはるばるリレーされてきた朝の中に自分がいることを思い、世界的スケールの中に身を置く不思議さを感じたのです。 そしてまた、英語による連日の会議で疲れ切った私の耳に、自分が生まれ育った国の言葉はこの上なく心地よく響きました。PC画面で幾度もこのCMを再生し、日本語の美しさを繰り返し味わいました。
本書はこの「朝のリレー」をはじめ、朝を主題に詠んだ詩が、世界各地で切り取った朝の写真とともに編まれています。太陽が水平線や山際にうっすらと光の絵筆を振るう姿を収めた写真は、<命の黎明>を想起させ、生きてあることの荘厳な美しさを感じさせずにはおきません。
世界の子供たちが、朝とともに始まる新たな一日に希望と喜びを少しでも感じられることが出来る世の中であってほしいものです。残念ながら、朝の訪れは厳しい一日の再開を意味するだけだと感じる子供たちがまだ数多くいるのですから。
そうした現実に、言葉が立ち向かうことの大切さと厳しさとにも思いを馳せる一冊です。
・「コーヒーを飲みながら、読める詩集。」
コーヒーの広告で心に残った「朝のリレー」が載っているのでうれしくてこの本を手にしました。 新聞の全段広告でこの詩を読んだとき、詩にありがちな難解な言葉がなく、「カムチャッカの若者が…」とテンポよく始まり、私たちが朝をどこかへリレーしているという言い回しに感動しました。他の詩にもいいなと思うフレーズがあり、かた苦しさのないすてきなビジュアル詩集です。 反対側の表紙からめくると、写真集&絵本というしかけです。漢字の「朝」とひらがなの「あさ」のうけるイメージの違いは新発見でした。いつも憂うつな朝を迎えているので、少しこころが晴れたようです。せっかくの朝を、もっと前向きに感じてみたくなる本です。
・「清冽な明るさと、プリンスエドワード島と…」
私はとっても朝が弱いです。人生最悪の瞬間は毎朝の眠気にあるかもしれません。でも、この10日ほど、谷川俊太郎の「朝」を描いた詩を一つ読み、吉村氏の写真を見て、元気を与えてもらっています。
谷川俊太郎さんはとても、とても朝の「煌き」が好きなようです。静かな夜が明けて、人々も、草木も活動し始める、その生き生きとした「動」が、陽射しの訪れとともに突如命を吹き込まれた人形のように、素敵に、清冽に表現されています。所々に現われる簡単な言葉と、難しい言葉の組み合わせが、絶妙で、心を打ちます。宮沢賢治の詩のように難しい、ということもありません。どれもこれも、明るい、ワクワクした、もしくは心の底から湧きあがってくるような朝の喜びがそのままに表現されています。CM大賞を受賞した「朝のリレー」は非常に有名で私も本当に大好きですが、それ以外の詩も、思わずドキドキしてしまうような、そんな言葉にあふれています。
そして、この朝の煌きと、赤毛のアンの舞台プリンスエドワード島やアンの生まれたノヴァスコシア、そして、森と湖の広がるケベック、カナダの自然の色濃いコントラストが驚くほど共鳴しています。葉祥明さんの写真集のような風景がもっと強い自己主張を持って広がっています。吉村さんの写真は、故星野道夫さんの風景写真に似たコントラストをもっていてとてもきれいです。実際、星野さんのMichio's northern dreamsの5冊と似た装丁になっています。この詩と写真の清冽な芸術を味わうことで赤毛のアンが朝と黄昏時と、どちらが最も素晴らしいか迷ったように、一日を楽しく過ごさせてもらっています。
左から開くと「おはようきょう」という言葉が印象深い詩が見開きに一行ずつ書かれた写真集、右から開くと「朝」をテーマにした12の詩集です。朝の美しさと躍動感を味わえる、この詩集は宝物になりますよ。
・「すべてがはじまり」
この本、図書館で借りて読んでばかりです。50才になって、ケチになったのか、買わずに図書館で借りて舐めるように眺めて読んでいます。好きなんですな、この本が。「買えばいいのに」という声が体の奥の方から聞こえてきますが買いません。「台所では・・・」を読んで当時勤めていた会社を辞めました。「世間知らず」を読んで久しぶりに詩を書いてみたくなりました。「朝」は俳句のネタになってくれました。
・「好き嫌いが分かれる」
私が購入した理由は、CMで使われた「朝のリレー」が載っていたから。この詩は本当にいいと思う。「世界のどこかで誰かが朝を迎えている」こと、子供に読んで話してあげたらとても感動していました。でも他の詩は私の感性が乏しいせいか、あまり心を動かされるものはありませんでした。いいことを書いてあるんだというのは判るのですが、私には難しすぎて。むしろ谷川俊太郎先生が左から読むと絵本になっている方のあとがきに「おはよう」と題してかかれているライナーノートのような言葉の方が私は好きだった。「朝は当たり前にやってくる、誰にも平等にやってくる、でもそれはとても素敵なことでそれはとても貴重なことなんだ」とつくづく思い知らされました。感動の一言です。プリンスエドワード島の写真もとても美しい。あとは読み手の感性に会うか合わないか、ということだけですな。でも一つでも私は自分の感性に響いてくるものがあったので、買ったことは◎でした。
・「死産したときに」
はじめての赤ちゃんを死産した時に従姉妹からもらいました。“とつぜんミキちゃんがいなくなった。どこ? どこ? ”シロの気持ちになって泣きました。私にとってのミキちゃんは、9ヶ月間一心同体だったお腹の赤ちゃん。絶望の淵でこの絵本を手にしてどんなに救われたことでしょうか。ミキちゃんに会えたシロ。とても癒されました。
・「想い出の数の多さが故人の素晴らしさを教えてくれる」
おととし中米ホンジュラスを訪れたときに、首都テグシガルパ市にあるカトリック聖堂の脇にある墓地をたずねたことがあります。墓石には残された家族が故人を偲んだ言葉がスペイン語で刻み込まれているのが特徴で、そのどれもが胸を打つものでした。わけても私の心を強く揺さぶったのは次の言葉でした。
「人は忘れられたときに本当に死ぬ。だからキミは決して死にはしない。」
本書「いつでも会える」を読み終わったときに感じたのは、これはあの墓標の言葉が意味することを形をかえて提示した本だなということです。自分にとってかけがえのない人とは、小さな想い出のかけらの積み重ねで出来ていると私は強く思うのです。その人の肌のぬくもりや香り、特徴のある声…。
やがてその人がこの世から消え去ってしまっても、自分の心の引き出しをそっと開けて、その中に整理もされぬままうずたかく積もった記憶の断片を、両手ですくい上げる。こうすることでその人をいつも蘇らせることができる。
大切な人の限りある命がついえた時に、私たちは激しく動揺し、自然の摂理の理不尽さに対して強い憤りすら感じてしまうことでしょう。あまりの悲しみに打ちひしがれて二度と立ち上がれないと絶望感にさいなまれることもまれではありません。
しかしそれでも私たちは歯を食いしばりながら、心の安寧と逝った人への敬意とを保ちながら生き続けていかなければなりません。人の死を通じて知ったこの命の大切さを胸に刻みながら。
本書はそんなことを考えさせてくれる絵本だといえるでしょう。
・「すばらしい本です」
私も数年前本屋さんで偶然この本に出会い、かわいらしい絵に惹かれて手にとってなにげなく読んでいるうちに涙が止まらなくなり、慌てて一度本屋さんから逃げ出し(笑)心を落ち着かせてからレジへ向かいました。そして部屋に戻ってからゆっくり読み返し、再度泣きました。何度も何度も、頭が痛くなるまで泣きながら読み返しました。この本を読んで、愛する人との死別の経験を思い返し涙する方、そうなった自分を想像し胸を痛める方、
背中を押してもらった気分で前向きになろうと決意する方、「絶対に愛する人を残して死ねない」と生きる決意を新たにし健康管理などを反省される方・・・感じ方はさまざまだと思います。それだけ、いろいろなことを感じ取れる、すばらしい本であると思います。絶対に、読んでください。すばらしさは読んだ人みんなが保証しています。
・「男でも泣けました。」
私は、TVで話題になった時に書店で購入しました。 立ち読みしてから購入したので、泣きながらレジで精算してしまいました。この本は、優しいタッチで死について書いています。 心が疲労した大人の人も、小さなお子さんにも、読むことを薦めることが出来る秀逸な一冊だと私は思います。これを読めば心の中に何かが宿るはずです。 そして優しい気持ち、暖かな気持ちになれますよ。現代ってストレスが多いし、世知辛いですからね(^_^)
・「あたたかい本」
とても純粋な本でした。「どうして?」「なんで?」って言い始めるお子様にも、少し難しいかもしれないけれど、読ませてあげて欲しいなと思います。なんだか、殺伐とした世の中で、この本を読むといのちの暖かさが伝わってくるようです。イラストも、画像でおわかりになるように、とっても本文と合っていて素敵ですよ!(^_^)
・「深いのか?浅いのか?中くらい?」
アルファベット順に、A〜Zまでの頭文字の名前の子供の死に方が描かれている本です。 いや=相変わらず『何でこんな絵本描いたんでしょうね』の一言に尽きますねぇ。 私はあまり深く考えすぎないようにしてみています。思春期に見なくてよかった絵本ですね。これは。
ただ「なんでこの作者はこの絵本を描いたんだ?」「なにか深いアイロニーが含まれているに違いない」「これは究極の風刺絵本だ!」とか余計なことをいっぱい考えたい人にはおススメしたいです。
ちなみに私の楽しみかたは、友達みんなで見て「あ、お前Eだろ、窒息死だよ!」「あーわたしFだぁ〜」とか言いあうという、なんとも低レベルというか、アホアホな楽しみかたです。
・「残酷なABC」
これは一見、子供のためのABC読本か?と思う。左Pにはそれぞれのイニシャルの名前の子供についての短い文、右Pにはその挿絵。しかしその内容は子供達の最期に関するものに限定されているため、子供のいたずらに対して残酷な仕打ちを描くことで子供の倫理観を養おうという種類の本だろうか?と思う。
だがそれも違う。子供達は文字通り「非業の死」をとげているのだ。子供達は死ぬためだけにこの絵本に登場している。その死ぬ理由がわからないところが、マザーグースに見られるような童謡の残酷さをかもしだしており、あなたは何度もページを繰ることになるだろう。
・「絵が素敵です。」
大人のための絵本って近年とてもはやっていますが、泣ける話や、心温まる内容の物が多いようなきがして、なかなか好きになれませんでした。
これは子供達が次々に不運な死を迎えるという、とてもブラックな内容で、衝撃をうけました。しかし、まさに求めていたもの!という感じです。
本当なら、笑い事ではない内容なのに、韻を踏んだ訳のおかげで笑ってしまいます。
絵も暗いのですが、流石にうまいです。表紙は、沢山の子供達の後ろに死神が立っている絵ですが、裏表紙はその子供達の墓石が描かれているなんて、よくできています。
・「怖い!けど巧い!!」
最初のページで、度肝を抜かれました。「いきなり子ども死んじゃうのーッッ?!」
AからZの頭文字の子ども達が、実にさまざまなパターンで死んでいく様を、ただひたすら描いているのですが・・・
その見せ方が恐ろしく巧いです。
死ぬ直前のシーンの方が、直接的な死の描写よりも怖さが倍増!と実感させられます。さらにレトロチックで可愛らしい絵柄が、子ども達の不幸を一層際立たせて、読み手に心の休まる暇を与えません。
この本は好みが分かれる本だと思いますが、私はかなりお気に入りです。ブラックな内容なんですが、不思議と色々な読み方ができるんですよ。ある時は大真面目に読んでみたり、はたまた、文と絵の巧妙さを楽しんでみたり。
ただ、読んでいつも思うのは、「子どもはうっかり目を離した隙に、あっけなく居なくなってしまうんだな・・」ということ。ニュース等で子どもが事故や事件に巻き込まれた事を知るたびに思っていた事を、この本でも感じてしまいました。
とりあえず、子どもが一人でぽつんといたら「おっ!」と目を配らなきゃ、と思うようになる・・かも?!
・「おかしな満足感」
「まぁ、よくこれだけ悲惨な事を思いついたもんだ」と思いました。かわいいようなそれでいて少し不気味感を漂わせているたくさんの子供達。薄い本なのにまるで辞書を読み終えたときのような充実感がありました。
・「タイトルどおり」
おぞましい二人について書かれた絵本だ。それぞれ不幸を背負って生きてきた男女が結婚し、殺人を犯す。どこにも救いのない話だし、読者の共感を呼ぶとも思えない(同情をする人はいるかもしれないが)。しかし、読書という経験が、自分と向き合うことであるなら、これほど自分の心の深淵を覗かせてくれる本は他には殆どない。しかも小説なら何百・何千ページをかけてそれを達成するところを、これだけの薄いページでやってのけるのだから素晴らしい。ゴーリーは、ゴスな雰囲気ものとして受け入れられている感もあるが、決してそんな表面的な作家ではない。
・「おぞましい二人」
この作品は、かのエドワード・ゴーリー氏が、イギリスで実際に起きた子供殺しの夫婦の殺人事件を、基に絵本化したものです。 ゴーリーのインタビュー集「どんどん変に・・・」にもでてきますが、この作品は、ゴーリー自身がたった一つ、絶対に書かなければならなかった本、と言っています。 ゴーリーは彼自身のどんなに残酷な作品も、本当に怖いものとは呼びたくないと言っていて、本当にホラー並の絵本を書くことは、この作品を除いてはなかったと、言っています。
つまり彼にとって「The Loathsome Couple」は、特別な作品であったということですね。 細かい場面(足首の太いところや、朝食の場面や、鼠を投げられる場面)が、とてもよく出来ていたと思います。 意見は人によってぱったり分かれそうですが、まず読んでみてください。
・「絵が怖い」
久々に衝撃を受けた。なんの救いもない結末に・・・柘植義春の「無能の人」のような線描の絵、登場人物の頬のこけ方・・薄ら笑い・それが絵本で表現されるなんて・・・かつてない衝撃、頭の中混乱しちゃいました。この本の味わいどころはそこだ。柘植義春が挿絵を書いた フランツ・カフカ・文の絵本・・・・ありえない、ありえないそんなの。そのタッグは斬新すぎる。ああーでもいいなあ、久々にはまっちゃいそうだなあ。まだまだいっぱいあるから、これからしばらく浸ろう。
・「おぞましいです。」
生まれつき邪悪な心を持った男女が成長し、出会い、結婚し、おぞましいことをおこなって、別れ、死ぬ。というようなあらすじですが、「それだけ」と言われれば「それだけ」なのですが、そこはゴーリーなので、なんとなく可笑しいのです。わはは。
・「「どうにもならないこともあるんだ」を伝える作品」
作品の内容はタイトルの通りおぞましいものでした。でもそれだけでなく、そのおぞましさの中にある悲しみとかどうすることもできない、いやできなかった二人の一生見せつけられた感じがします。特に、彼女が壁のシミを舐めているシーンはぞっとしました。 ゴーリーの作品は、簡潔な文章で表現している点もいいが、絵の表現力は本当にすごいと思います。あの絵には、全てが詰まっているのでそれだけで事足りてしまう、だからあの文章でいいんだと感じました。
・「大好きな人に贈りたい。」
大好きな人と一緒にいられること…簡単なようで難しくて、だから宝物みたいな時間になる。だけど、みんな気付いてないんじゃないかな。大好きな人に「ずっと一緒にいてくれる?」って言葉を伝えること。そこからもっとずっと近い二人の時間が始まること。それだけで相手を温かい気持ちにできること。言葉にできなくてもいい。ただ、この本をそっと枕元に置くだけで伝わる「好き」がある。大好きな人に贈ってほしい絵本です。
・「う・何?」
「いつでも会える」は好きである。菊池さんのイラストも好きであるが、この内容は納得度0というより、怒りを覚えた。人生、ギブアンドテイクであるが、好きな人に何かをしてあげることに見返りを求めるのだろうか?「~してあげるよ。」というセリフが良く出るが、それはないだろう?好きな人の為に何かする喜びを自分が感じるからするのであって、相手の為にするんじゃないよ熊クン。クマオ君はかなり意地悪で自分勝手な性格だ。
・「くまおくんにおくってみよう。」
共感してなんども泣いちゃった本です。 主人公のくまこちゃんがやたら自分に似てて、さらに彼が くまおくんそっくりだったので(笑)バレンタインで送ってみました。 この本を読んだ彼は「ずっと、そばにいてあげる。」って笑ってくれました。 どうやらあたしの気持ちもつたわったようです。
・「気持ちを言葉に・・・。」
何でもできちゃうクマオくんは、おとなしいクマコちゃんのために、自分から何でもしてしまう。だけど、クマコちゃんが本当に望むことは、ご飯を作ってもらうことでも、服を縫ってもらうことでもなくて、「ただ、そばにいてくれること」だったんだ。だけど、なかなか言葉にできなくて、クマオくんとクマコちゃんはすれ違ってしまう。
気持ちを言葉にすることってすごく大切。だけど、こんなに素敵な本があるから、私たちは言葉にしなくても、きっとこの本を大好きな人に贈るだけで伝わる♪さっぱりとした絵が気持ちを広げてくれます。
・「こころが 洗われました」
あのね
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