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▼戯曲・シナリオ:商品カテゴリー

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戯曲・シナリオ 全般

▼戯曲・シナリオ:人気ランキング

「あ、安部礼司~beyond the average~」脚本集SEASON1「あ、安部礼司~beyond the average~」脚本集SEASON1 (詳細)
安部礼司(著)

「買いそびれた…」「再販決定!」「人気ラジオドラマの脚本集です」「厚いっ!いや熱い!!」「おおばかもん!!!!!!」


ハムレット (新潮文庫)ハムレット (新潮文庫) (詳細)
シェイクスピア(著)

「逍遥以来100年の快挙!」「おもしろい。」「フォリオ版の「ハムレット」」「読みやすい!」「丁寧な註つき」


アルベール・カミュ (1) カリギュラ (ハヤカワ演劇文庫 18)アルベール・カミュ (1) カリギュラ (ハヤカワ演劇文庫 18) (詳細)
アルベール・カミュ(著), 岩切 正一郎(翻訳)

「小栗ファンならずとも!」


ファウスト〈第一部〉 (岩波文庫)ファウスト〈第一部〉 (岩波文庫) (詳細)
ゲーテ(著), Goethe(原著), 相良 守峯(翻訳)

「永遠を見た悪魔」「さすがゲーテさすがファウスト」「第一部は分かりやすい」「上演不可能の脚本に何故ゲーテが取り組んだのか」「旧版 森 林太郎 (翻訳) はいずこへ」


マクベス (新潮文庫)マクベス (新潮文庫) (詳細)
シェイクスピア(著)

「シェイクスピアの驚くべき心理学」「個人の意思や力を重視する現代的な視点」「四大悲劇の中でいちばん読みやすいです」「古典とは思えないリアルティー」「無意識の願望」


小林賢太郎戯曲集―椿鯨雀 (幻冬舎文庫)小林賢太郎戯曲集―椿鯨雀 (幻冬舎文庫) (詳細)
小林 賢太郎(著)

「文庫化は驚き」


夜叉ヶ池・天守物語 (岩波文庫)夜叉ヶ池・天守物語 (岩波文庫) (詳細)
泉 鏡花(著)

「鏡花が描く、ロマンチックなおとぎ話」「押井守さん、いかがでしょうか?」「玉三郎」「分かりやく、読みやすいストーリー」「お雪さんとお富さんの謎」


ファウスト〈第1部〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)ファウスト〈第1部〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ) (詳細)
ヨハーン・ヴォルフガング ゲーテ(著), Johann Wolfgang Goethe(原著), 池内 紀(翻訳)

「新たなファウストの誕生」「読みやすい、おすすめ」「読みやすさ抜群、だがもう一歩奥を!」「さわりだけ紹介いたしまする」「今までに無い素晴らしい訳本」


サロメ (岩波文庫)サロメ (岩波文庫) (詳細)
ワイルド(著), Wilde(原著), 福田 恒存(翻訳)

「すごいドラマだ」「無垢・サロメ。」「これぞ傑作」「ビアズレーの魔力はすごいです。」「月光が照らすは妖しき王女の姿」


ファウスト〈第二部〉 (岩波文庫)ファウスト〈第二部〉 (岩波文庫) (詳細)
ゲーテ(著), Goethe(原著), 相良 守峯(翻訳)

「人生とともにある読書」「可哀想におれという阿呆が・・・」「人間は何も知ることはできない」「ザビビのファウストへ・・・・(;'Д`)ハァハァ」「ファイブスタ-」


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▼クチコミ情報

「あ、安部礼司~beyond the average~」脚本集SEASON1

・「買いそびれた…
仕事の都合上、最近聞き始め新参者です。もぉ〜売り切れるし…また、増版してください!お願いします!

・「再販決定!
再販が決定しました!。詳しくは番組公式サイトで。今までのプレミア価格ではなく、3,150円の定価で購入することが出来ます。ただし残念ながら今回も部数限定ですので、逃していた人は必ずこの機会にに手に入れてください。

(以下過去レビュー)

 この値段(定価は3,150円)でこの厚さ(広辞苑並)と内容の濃さ、定価ならかなりお得な品ですが、プレミアが付いた価格を払ってまで購入する価値が有るかと言われれば『微妙』と言わざるを得ません。 確かに初期の頃を聞いていない人なら読んで楽しめるでしょうが、所詮は脚本集、各自の絶妙な間やツボな選曲等は文章では再現しようがありません。絶妙なシナリオと、各声優さんの熱演と、ツボな選曲が合わさってこその安部礼司です。 プレミア価格でも構わないから購入しようと思っている人はその点を考えて購入を決めて下さい(今は再販受付中なので、当然定価で買えます)。

・「人気ラジオドラマの脚本集です
日曜日のFMラジオ午後5時からの大人気ラジオドラマの脚本集です。まず、放送を聴いてください。独自の価値観と世界観を押し付けることなく、けれど強烈に展開してゆく世界は昔の思い出に残っている名ラジオ番組を髣髴とさせてくれます。オールナイトニッポン、セイヤング、スネークマンショー、ジェットストリーム、等など。FM東京頑張ってますよね。スポンサーへの好感度の高い気遣いも泣かせます。そんな素敵な作品のシナリオ集です。ホントに面白いよ!i−podで番組も公開すれば良いのにね。

・「厚いっ!いや熱い!!
ついに来ました!あべどんの誕生日にDVD BOXかっっ!?てな豪華BOXに分厚い本体…正直4冊組ぐらいのほうが読みやすいのに…とおもいつつも星5つです!!この分厚さには製作者とリスナーの「Beyond the AVERAGE」への熱い愛が込められている。読まないヤツは…1、2、このおおばかもーん!!(by大場嘉門)

・「おおばかもん!!!!!!
かなさーーーーーん!!!!!!!

絶対買います。

「あ、安部礼司~beyond the average~」脚本集SEASON1 (詳細)

ハムレット (新潮文庫)

・「逍遥以来100年の快挙!
翻訳はそれ自身が生き物のように進化する。400年前の英語は、400年前の日本語に訳されても困るが、「この今」の日本語に移せばよいわけでもない。福田恒存の、流麗で格調高い文体(読むにはこれが一番)。小田島雄志の、舞台でそのまま喋れる生き生きとした口語訳。松岡和子の、ニュートラルで演出家が自在に活用できる名訳。ハムレットは歴史物なので、一番ナウい日本語では腰が弱くなってしまう。韻文を生かすためにも、やや硬質で様式美のある日本語がよい。狂言師の野村萬斎を念頭に置いたこの新訳は、こうした理想に一歩近づいた。

ハムレットが初めて口を開く重要科白、A little more than kin, and less than kindを比べてみよう。「親族より近いが、心情は遠い」(小田島)。「血のつながりは濃くなったが、心のつながりは薄まった」(松岡)。「お世辞にも叔父は親父(おやじ)と同じとは言えぬ」(河合)。意味より音を重視し、「お」音の言葉遊びに転換したのは見事。第2幕第2場、ポロニアスが罵倒するハムレットの「下手な」英語the most beautified Opheliaは、「美しきなるものオフィーリア」(小田島)、「美の化身たるオフィーリア」(松岡)に対して、河合訳は「誰よりも美化されたオフィーリア」。逍遥以来100年、先行者の苦闘と成果の上に、また一輪の花が咲いた。

・「おもしろい。
意外に、言葉がなじみやすかった。昔風の言い回しでありながら、響きに日本語の音を感じさせるあたりが、読みやすい。ハムレットの口調の癖などもうまく表現されている。本当は復習などには向いていない気の弱い若者であることが、伝わった。

特に気に入ったのは、巻末に「to be or not to be」のくだりが、今までの訳本でどう翻訳されてきたかを全て並べている部分。さまざまな努力をシェイクスピア物の訳者が重ねていることがわかり、おもしろい。「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」と掲載した訳本がこれまで存在していなかったのには、驚いた。

・「フォリオ版の「ハムレット」
こちらの新訳の最大の特徴は、日本ではじめてフォリオ版を定本にしていることです。シェイクスピアのテキストには、シェイクスピアの生前に出版されたクォート版(Q)と死後全集として出版されたフォリオ版(F)の2種類があり、普通はQとFをあわせた折衷版が使用されています。ところが本書の翻訳者は、Qは草稿レベルにありFこそがシェイクスピア自身によって改訂された上演用のテキストだ、という判断です。そのため、本書はFを全訳して、Q部分を脚注などによって組み込む形を取っています。ーーすると面白いことが起こります。大変印象的な「人間とは何か~」にはじまる独白を含む部分がカットされてしまいますし、 to be or not to be と関連していると思われる let be も消されてしまうことになります。これが本当にシェイクスピアの考えた最終稿なのでしょうか? 同じことは「リア」にも言えるようです。F、Q、のどちらかを尊重すると、いずれの場合も興味深い場面が上演されないことになってしまうのです。

本当にFのほうがQよりシェイクスピアの意図を強く反映しているのか、それともどちらも同列の不完全なテキストなのか? 本書を読むと自然、FとQの違いが意識されてしまいます。私には翻訳文の良し悪しを判断する能力はありませんが、この脚注はとても有意義に思われます(専門的にという方には不充分だと思いますが)。草稿が決定稿以上の価値を持っている場合のあることは、他の作家についても言えることです(たとえば、ドストエフスキーの「悪霊」の決定稿には「スタヴローギンの告白」は含まれていませんが、この「告白」の場面こそが「悪霊」の白眉だ、というのが一般の評価です)。 他訳を既にお持ちの方でも、興味がありましたら読み比べてみてはいかがでしょうか? 

・「読みやすい!
この本は野村萬斎さんが6月から演じるハムレット用に新訳されたもので解説に萬斎さんが書かれてる通り舞台を見た時に音として、耳で聞いただけでも難しい言葉なども分かるように読みやすく書かれてます。

・「丁寧な註つき
『ハムレット』に限らずシェイクスピアの英語はとても難しい。基本的に詩劇だから、韻律を合わせるために語順がごっちゃになったりするし、昔の英語だから現代英語では見慣れない単語が多く出てくる。見慣れた単語でも意味が違っていたりすることも多い。このエディションはそういう読みにくさを解消するために、各ページの下に註をつけていて、難しい語句を現代英語になおしてくれているからとても読みやすい。学術論文には向かないが普通に楽しみたい人におすすめ。

ハムレット (新潮文庫) (詳細)

アルベール・カミュ (1) カリギュラ (ハヤカワ演劇文庫 18)

・「小栗ファンならずとも!
まちがいなく日本の演劇史に残るであろう、2007年の傑作舞台「カリギュラ」(作=カミュ、演出=蜷川幸雄、主演=小栗旬)の原作が、ようやく出ました。

これは紹介文にあるとおり、カミュ自ら『異邦人』等とあわせて「不条理の三部作」と名づけたという、いわくつきの作品。そして翻訳は、舞台台本の翻訳を担当した岩切正一郎さんーーとくれば、もう読むしかないでしょう。

みずから「神」を演じることで世の不条理に戦いを挑む、美しき残虐王カリギュラ。カリギュラに対するクーデターの首謀者となる、知的でクールな文人貴族ケレア。父を殺したカリギュラを憎みきれず苦悩する、ピュアな少年詩人シピオン。自分を奴隷の身分から解放してくれたカリギュラを慕う、野性味あふれる忠臣エリコン。そして、時に母のようにカリギュラを諭し支える、年上の恋人セゾニア。

カリギュラの残虐非道ぶりにただ取り乱し、保身に奔るばかりの側近たちのなかで、この4人だけが、カリギュラの残忍さが「仮面」にすぎないこと、そして仮面の下にある彼の素顔を見ぬいています。そしてそれぞれのやり方で、彼らはカリギュラを理解し、愛するのです。

気になる訳文は、一部変更が見られるものの、ほぼ舞台と同じ。(DVD版に照らしてみましたが、活字で読んでも違和感のないように調えられた個所が、多少ある程度です。)新訳ブームの火つけ役となった某文庫のキャッチフレーズではないですが、登場人物たちが「いま、息をしていることば」で語る、みずみずしい翻訳です。

岩切さんの「訳者あとがき」もステキです。舞台のリハーサルの様子も紹介されていて、小栗君たちとのやりとりを通じて、キャストの皆さんの熱意が伝わってきます。

アルベール・カミュ (1) カリギュラ (ハヤカワ演劇文庫 18) (詳細)

ファウスト〈第一部〉 (岩波文庫)

・「永遠を見た悪魔
心理学者で有名なユング博士が大のお気に入りだったゲーテの「ファウスト」であるが、一部にこの書物は、オカルティズムとも関連が深いと言われることがある。

しかしながら、それを読解できるのは非常に稀なことであり、殆どの人はそのような読み方をできないという評を、哲学・心理学・宗教学・オカルトなどの各書籍で見つけることができる。

さて、この書物はゲーテのライフワークであったことは確かであろう。彼の青年の頃から書き初め、死の直前まで書き進められた、その最初と最期に深い意味がある。

よく言われることであるが、ファウストもメフィストフェレスも同様にゲーテの分身であるということである。

若き神学者であり哲学者のファウスト博士は、この冒頭で眼前に偉大な何かを見つつ、それと決別せねばならない。「もう神も悪魔も恐くはないが、私には生きる楽しみが無くなってしまったのだ。」と言い、毒杯を仰ごうとする彼は、青春があまりにも早く過ぎ去ったと嘆くツァラトゥストラを彷彿させる。

実は彼はこの決別に絶望しつつも、悪魔と契約し没落することで生命の素晴らしさを再び探求する旅に、今出かけるところなのだ。生命を謳歌し満喫する為に、彼は悪魔と同属とならざるを得ない。それもまた絶望である。

さらには彼は、若い娘に神について説教され、それを悪魔に揶揄される。

「神についての専門家が、逆に説教されてしまいましたね。」という言葉には、一体何が隠されているのだろうか。

この作品は、少なくとも二重の読み方ができる。簡単にファンタジーを楽しむか、それとも永遠を見たゆえに悪魔と契約しなければならない神学者の姿を見るかである。

・「さすがゲーテさすがファウスト
やはりゲーテは言葉の美しさからしてなんかすごいですね。本当にその素晴らしさを語れといわれるとむずかしんだけど 感覚に訴えるっていうか言葉の美しさってこう言う感じなのかなと初めて思った作品ですね。想像してもきれいだし何よりセリフに臭さがないといったらいいか作品の雰囲気の中で自然と適切な言葉が出てきていると言うか・・・やっぱり説明すると難しいけど・・・

そして何よりもその発想力と構想力 (何かいまのSFにも十分通用するようなところありますよね) やっぱり悪魔と魂の契約をするという筋が何よりも魅力的(?) 手塚治虫がすきだったというのも納得。

あとできれば本によって訳のうまいへた、注釈とか、話の分かりやすさ結構違ったりしますので自分で少し見てみて選ぶのをお勧めします。

・「第一部は分かりやすい
ゲーテは二百年くらい前の作家であり、ベートーヴェンやナポレオンと同じく、写真発明前夜に活躍していた。「ウェルテル」とは違って、「ファウスト」は積極的に物事に挑んでいく姿勢を持っている。ファウスト自身の欲望は次々と悪魔メフィストフェレスによって具現化されていくが、なかなか満ち足りることがない。

第一部は、ファウストとグレートフェンの愛を巡る悲劇であるから、割と読みやすい。(第二部以降は西洋文化に精通していないと難しいと思われる。)第一部だけ読むだけでも、様々なことに対する考え方や見方が違ってくると思う。

文庫では、新潮でも出ているし、森鴎外全集の一冊としても出ている。甲乙は付け難いが、森鴎外だと第一部第二部とが一緒になっているので、分厚くて読みにくい。

・「上演不可能の脚本に何故ゲーテが取り組んだのか
それ自身が既に降霊術の呪文のような、深遠で謎めいた長い前口上。そして現れるのは老博士の書斎。脚本という形式を取る事で、私達はゲーテ自身のト書きを通し場面をヴィジュアルに思い浮かべる事ができる。魔法陣の中と外の駆け引き、メフィストフェーレスの自在な変身など、言葉にされると多分救いようもなく陳腐な表現になってしまうだろう。だから、この戯曲が上演可能か不可能かは本質的な問題ではない。動員しうる全ての想像力を刺激して訴えかけてくる、ヴァーチャルな総合芸術。文豪をして数十年の歳月を要した超大作に、あなたはどの様に打たれるか?また、シューベルトやリスト、マーラー、手塚治虫などの、この作品に触発された創作に手を伸ばしてみるのも面白い体験かも知れない。

・「旧版 森 林太郎 (翻訳) はいずこへ
ファウスト 第1部 (1) 岩波文庫 緑 6-1ゲーテ (著), 森 林太郎 (翻訳) ISBN: 4003100611 ; 1 巻

だと思っていたら、翻訳が違うのですね。森 林太郎 というは あの文豪、鴎外です。がっかりしていたが、ちくま文庫の森鴎外全集に入っていました。 もし、旧版の岩波文庫で読みたかった人はこちらをお勧めします。新潮その他、翻訳者は異なりますのでお好きな本を。個人的に、手塚治虫のファウスト(朝日文庫)も好きです。

ファウスト〈第一部〉 (岩波文庫) (詳細)

マクベス (新潮文庫)

・「シェイクスピアの驚くべき心理学
「私は考える、ゆえに私は存在する」。ーーこれをジャック・ラカンは「私は私の存在しないところで考える、ゆえに私は私の考えないところに存在する」と言い換えた。たとえば、ある種の夢は確かにそのような状況で誕生する。なるほどその夢をみたのは私に他ならないが、私自身そんな夢をみたことがまったく心外なのだ。私はそんなことを考えたこともなかったし、それどころかその夢が私の中から生まれたということを否定してしまいたいほどだ。どうして私はあんな夢をみてしまったのだろう? しかし、にもかかわらず、その夢は誰でもない「私」の夢だ。

マクベスは夢の中を生きている。しかも悪夢の中を。これは比喩なのではない。なるほど彼の「意識」はダンカン王殺害に同意したが、彼の「無意識」はこれに全力をあげて反対している。彼は自分の存在しないところで考え、考えていないところに存在している。だからこそ、決断を下し、行動を起こせば起こすほど、彼の不安は増し、言動は混乱を極める。

深層心理の奥の奥にまでメスを入れる、シェイクスピアの驚くべき心理学!

・「個人の意思や力を重視する現代的な視点
スウェーデンとの戦争の立役者、スコットランドの武将マクベスは、荒野で三人の魔女にスコットランドの王になるとの奇怪な予言を受ける。予言の内容は次々に実現し、夫人にもそそのかされ、マクベスは王ダンカンを自身の城で弑し、みずから王となるが・・・。

シェイクスピア四大悲劇のなかでも、もっとも密度が高い凝集力をもつと言われる作品です。読み手によって、さまざまな解釈が可能、つまり受けとれるメッセージの幅広さに、シェイクスピアならではの奥行きの深さを感じます。

「悪」の側にずるずると入り込んでいくマクベスですが、全編を通して表現されている彼の葛藤はやはり、「善」と「悪」の分水嶺を認識していればこそなのではないでしょうか? マクベスもマクベス夫人も良心のかけらがあればこそ悩み、狂気の底へ落ちていったように思います。良心を一方にもちながらも、何かに突き動かされるように、悪業を行ってしまう人間の心理を見事にとらえている、そんなことを感じました。

ところで、ギリシア悲劇は、本人は悪くないのに知らず知らずのうちに悲劇的結末に突き進んでしまう、という構造、つまり神々によって運命が定められている、という世界観に基づいています。それと比較すると、ある程度自身でコントロールがきくはずなのに、何故かはどめがきかなくなり、どうしようもなく間違った方向に行ってしまう、というのがシェイクスピア悲劇の特徴ではないでしょうか? その世界観には、宗教的な運命論よりも、個々人の内面に対する視点が見られます。個人の能力、意志、といったものに、一定の独自性、重点をおいている、という意味で、シェイクスピア劇はつとめて現代的なものだと言えるのかもしれません。

・「四大悲劇の中でいちばん読みやすいです
スコットランドの武将であるマクベスが、魔女による「お前は王になる」という予言に惑わされて王を暗殺して王位につくが、王の子供や他の武将たちに滅ぼされるという話。シェイクスピアの四大悲劇の中ではもっとも短く、わかりやすいストーリーです。要するに、人を裏切らず、分をわきまえた生き方をせよとの教訓が込められているのでしょう。

マクベスは11世紀に実在したスコットランドの王ですが、ここに書かれているほど悪い王様ではなかったらしいです。マクベスの敵がその後のイギリスの王族の祖先である為に、シェイクスピアは現在の王へのおべっかとしてマクベスを実像以上に悪く描いたのだそうです。で、リチャード3世同様、そのイメージが現在でも残ってしまっているわけです。名作というのも罪なものですね。

・「古典とは思えないリアルティー
 初めて読んだ。全く古典とは思えないリアルティーである。3人の魔女までがまるで目の前にいて声が聞こえてくるようである。その他の登場人物にしても、城や扉がたたかれる音、重い扉がギーッと音をたてて開かれる音が聞こえてくるような錯覚を覚えるほどだ。 話の筋は全く救いがない。妙な野心を起こしたばかりに自滅していくマクベスを哀れと思うか憎むかは各人しだいであるが、シェークスピアは単なる勧善懲悪の話ではなく、もっと深いところで訴えたいところがあったのではないであろうか、そう思われてならない。 最初に手にとるシェークスピア本としては最適であるといえるほどの凝集力をこの本は持っている。シェークスピア劇をぜひ見たくなった。

・「無意識の願望
シェイクスピアの悲劇中最も短く最も劇的に話が展開していく。陰鬱な暗殺劇からマクベスの有名な独白「人生は歩く影に過ぎない・・」に見られる後悔の凄まじさなど、読者を話に引き込み、あっという間に読めてしまう。

少し前の精神分析批評に、魔女の予言はマクベスの隠れた無意識の願望を代弁しているに過ぎないという論がある。その通りに解釈するかは人それぞれで、そこに面白さがあると思う。

マクベス (新潮文庫) (詳細)

小林賢太郎戯曲集―椿鯨雀 (幻冬舎文庫)

・「文庫化は驚き
読みやすいです。一般的に戯曲は登場人物が誰なのかが判りにくくて、この台詞言ってんの誰だっけ?ト、なりがちなのですが、ラーメンズは二人。二人芝居(コント)なので、しかも、そのまま、小林、片桐って台詞がうってあるので、読みやすいし、想像しやすい。劇場には行けなかったけど、これを読めば、劇場の雰囲気が味わう事が出来ます。

小林賢太郎戯曲集―椿鯨雀 (幻冬舎文庫) (詳細)

夜叉ヶ池・天守物語 (岩波文庫)

・「鏡花が描く、ロマンチックなおとぎ話
『夜叉ヶ池』は、その鐘を一度でも撞き忘れればたちまち村が大水に飲まれて滅んでしまうという伝説の鐘を守る夫婦のお話。『天守物語』は、姫路城の天守に棲む富姫(妖怪)と人間の鷹匠の若者の恋物語です。

この二つの物語は戯曲形式で書かれていますが、テンポがいいので初心者にも読みやすいと思います。

まず、『夜叉ヶ池』に登場する、眷属たちの名前がユニーク。 「鯉七」「蟹五郎」「鯖江太郎」「鯖波次郎」など、まるで『サザエさん』のようで、もうこれだけで楽しくなって来ませんか?

それから、『天守物語』で、桔梗・女郎花・萩・葛・撫子の侍女五人が、金銀の棹に五色の糸の釣竿を天守から下界に垂らして、露を餌に千草八千種秋草を釣って遊ぶ・・・という、夢のように美しいシーンは忘れられません。

私はまだ姫路城には行ったことがないのですが、富姫の棲む天守を、せめて下からでも、拝みに行ってみたくなりました。

・「押井守さん、いかがでしょうか?
『海神別荘』の「乙姫様が御工夫を遊ばしました」百科事典。海底にある「此の国の微妙なる光に展(ひら)きますると」白いページの上に、森羅万象が極彩色で描きだされる。『夜叉ヶ池』の白雪の衣裳。「雪なす羅(うすもの)、水色の地に紅の焔を染めたる襲衣、黒漆に銀泥、鱗の帯」。鏡花の天才は、舞台でも実写の映画でも不可能なイメージを、華麗な詞章に封印した。現在の3DCGのアニメによって、それは初めて再現可能となったのではないか?若き才能の挑戦に期待!押井守さん如何?

・「玉三郎
『天守物語』『夜叉ヶ池』ともに坂東玉三郎が演じています。戯曲なのですから、演じられねば話になりません。そして、舞台で観たのは『夜叉ヶ池』でした。同時に『海神別荘』も演じられたのを二回観ましたが、泉鏡花の台詞の美しさを稀代の女形が演ずることの素晴らしさよ。映画も先の二作はありますね。でも、DVDになっていないのですよ。これは甚だ残念であるし、国の宝なのですからぜひ自宅でも観たいと思います。ともあれ、『高野聖』『眉かくしの霊』という小説で味わう鏡花とは別の趣が楽しめて鏡花のスケールの大きさ(という言葉はこの方には似合わないけれども)を味わってください。で、DVD,ぜひお願いします。

・「分かりやく、読みやすいストーリー
2作品ともに「人間世界」と「妖怪世界」の対立。選ばれた人間が最後は妖怪世界に行く。

・「お雪さんとお富さんの謎
女は強しw妖怪は強しw約定を違え理不尽で自己中な人間共を圧倒的な力でお仕置きする。この爽快感。命の為に恋は捨てない!!この潔さ!!こんな恋をしてみたいものである。

さて夜叉が池のお雪さん、両親は龍神と言いながら晃の話では日照りの生贄の乙女であったりする、この謎の存在。記憶が自己修整されているのか?天守物語のお富さんは遠く離れた夜叉が池のお雪さんと友達みたいだしw不思議とリンクしている幻想戯曲。謎が謎を呼びます。

夜叉ヶ池・天守物語 (岩波文庫) (詳細)

ファウスト〈第1部〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

・「新たなファウストの誕生
 あらすじはご存知、ファウストとメフィストの賭けの顛末であるが、訳と注によって、これほど読後感の違う作品に初めて出会った。 例えば、第一部ではファウストが悪魔に魂を売ってでも究めたかったこと、この重要な部分で訳語から受ける印象が違う。つまり、ファウストの性格設定が違ってくる。

 また、順序が前後するが、冒頭の「捧げる言葉」は瑞々しい口語体で心に響く。「あるのは思い出そうとする意思だけだ。」という、アメリカ人人気作家の手に成る連作の切ない一節が浮かぶ。豊饒かつ長大なことで名高い作品で、フランス人作家が生涯かけて「求め」たのも、そうした「時」である。 ゲーテがこの部分を書いた時、彼は既に五十路に近い。なぜ過去は輝くのか。まだ、私にはわからない。しかし、その輝きが第一部のテーマであるように思われた。

 明快でリズミカルな池内訳は特に年少の読者におすすめしたい。一方、『ファウスト』は一生に何度も楽しめる作品として、つとに知られる。先行する鴎外、相良、高橋各訳で読まれた方には、池内訳の結ぶ新たなファウスト像を、頭の体操を兼ねて楽しんで頂きたい。

・「読みやすい、おすすめ
他の訳では何度と無く途中で投げ出して完読していなかったが、池内訳は読みやすかった。読みやすさの理由は訳者の以下の考え方による。

「韻律が乏しく、まるきり別の構造をもった日本語にあって、詩句を踏襲しても、はたしてどのような再現ができるだろう。詩句をなぞるかわりに、ゲーテが詩体を通して伝えようとしたことを、より柔軟な散文でとらえることはできないか。いまの私たちの日本語で受けとめてみてはどうだろう」

さらに訳者の解説が楽しみを倍増させる。『ファウスト』をゲーテが20代半ばから82歳にかけて書き上げた背景やその間の変遷についての解説、ゲーテと同じ頃にフランクフルトに生まれたロスチャイルド(マイヤー・アムシェル)との対比も面白い。

・「読みやすさ抜群、だがもう一歩奥を!
鴎外の名訳があるというので、高校生時代にファウストに初挑戦したが、なにが面白いのかわからなかった。先生に話すと、受験とは関係ないなと言われた。大学生時代だったかに相良訳のファウストが岩波文庫で出たというので読んだ。内容を掘り下げるのに苦労した。自分でも読み方が不十分と思ったし、ゲーテに対する一般的評価とは違いすぎるなと思った。その後、中央公論から手塚訳(手塚富雄訳のことで、池内訳2巻の末尾に出ている手塚治虫の漫画とは別物)が出た。これは面白かった。たしかにファウストは(そういわれるからかもしれないが)、特に第2部が奥が深いなと思った。そして、別の契機から「新訳」というのに興味がわいて、池内訳を読んだ。今までのものとの違いに驚いた。わかりやすさは格段上だ。ただし、この訳を最初に読んだとすると、ゲーテの深みが出ない感じもする。一語一語を理解するのに考えながら読んだ過去のファウストに比較すると、池内訳は「斜め読み」さえ可能である。これは、過去とは違って、時間にゆとりも出来て、ゲーテの「イタリア紀行」を携えながらナポリからパレルモへ船で渡ったり、ヴェネチアを楽しんだり、ギリシャ神話の母国やトロイ遺跡へ行ったりした後で読んだから、よけいにわかりやすかったのかもしれない。ちなみに、シチリア島のパレルモを歩くと、ゲーテの時代を感じることが出来るから面白いものだ。この池内訳は、活字離れの進む今の若者にはいいだろう。ファウストの粗筋を知って、手塚訳か相良訳に挑戦してもらうとよけいにいいと思う。特に、全てを「金銭」で判断したり、片づけようとしている今の日本の社会を見ると、多くの人(若者も高級官僚も政治家も)にファウストを読んで、考えて欲しい(特に第2部)。なお、池内訳では解説が素晴らしい。挿絵は断然、文庫ではない手塚訳のものだ。★4の理由は、新しさ(読みやすさ)と豊富な内容の解説への高い評価に、これだけではゲーテを理解するには不十分であることと挿絵のまずさのマイナス点を加えたものである。

・「さわりだけ紹介いたしまする
本来全編にわたり詩編からなる『ファウスト』ではあるが、日本語で韻律を再現する事は難しい。ならば「詩句をなぞる代わりに、ゲーテが詩体を通じてて伝えようとしたことを、より柔軟な散文でとらえることはできないか。今の私たちの日本語で受けとめてみてはどうだろう。」という事で生まれた新訳。確かに読みやすい。しかも、私には旧訳よりも物語の構造が非常によく分かる。

韻律等の約束事を気にせず、ストレートに言葉の持つ主張、比喩あるいは諧謔が伝わってくるために、読んでいて楽しい。「開幕前」の座付き作家、座長、道化の3者会話はまるで現代の映画プロデューサー、監督、コメディアン俳優の会話そのもの。あるいは三人問答によって明かにされる映画製作の問題点だ。いずれにせよ、古典を読めばいろんな発見がある。

その次ぎの「天上の序曲」。主と三大天使とメフィストとの会話。今回主(神?)の度量の広さというか、ずいぶんといたずら好きな部分に気が付いた。だって悪魔にファウストの堕落をけしかけたのは実は主であったとしか思えないのだもの。

さて、ファウスト博士の独白から物語は始まる。私ずっと勘違いしていました。ファウスト氏は当時の知識人の代表だと思っていました。だって主があんなに目を掛けているのだから。でもどうやらゲーテ以前に知られていたファウスト伝説では錬金術師だったみたいですね。いわばマッドサイエンティストに近い人みたいです。

おっと、もう字数が一杯。まだ本文に至っていないのに。皆さんはまずはこの分かりやすい新訳を読んでもやってくださいね。お楽しみはこれから。人間の本性というやつは…。私は第二部に取り掛かるとしよう。

・「今までに無い素晴らしい訳本
ファウストと言えば、相良守峯先生の名著と思われている方にも是非ご一読をお薦めしたい。深くを追求するには、あまりにも困難きわまるゲーテであるが、このような訳が可能であるのかと、驚きながら一気に読みきってしまった。本来の文章を追う訳本である場合、言語差による面白みの欠如からどうしてもストレスを感じてしまうのだが、異国への憧れ、人の本質、著者の伝えたいイメージがぐぐっと押し寄せてくる感じ。ゲーテは難しいと苦手意識のある方にも安心して薦められる。少しの西洋史か神話の知識があれば、青少年にも楽しめる内容であると思う。個人的に、挿絵のイメージが異なり星4つとさせて頂いた。

ファウスト〈第1部〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ) (詳細)

サロメ (岩波文庫)

・「すごいドラマだ
聖書のわずかな部分からワイルドは一幕の悲劇を作り上げた。この一幕の中のドラマ運びの緊張感は恐ろしいものがある。台詞の一言一言がビシビシときまっている。登場人物の一人一人が生きている。加えて福田恒存の翻訳が見事である、うつくしい日本語である。まさにこれぞドラマである。

・「無垢・サロメ。
サロメの物語は新約聖書マタイ伝およびマルコ伝が背景になっているという。残念ながら聖書に詳しくないので、この物語を純粋に戯曲として読み終えた。物語のうちに起きる予言、事件、駆け引き、予感、結末へのこの妙に短かすぎる、凝縮されたリズム、舞台の上にわきたつ『世界』の芯を歪め、歪曲した物語への大きな効果となっているように思う。

「サロメ」にまつわるイメージは、エロティックなもの、甘い誘惑、であったが、改めて読み直してみるとサロメが初めて恋をするのであり、初めて異性に欲望を持つのである。男を手に入れる、その方法は自分に対して向けたれていた欲望の目を利用する形で実現する。残酷だが無垢なひかりを放つキスシーンは純粋でうつくしすぎるものであり、劇的である。ラストの予感、無垢なサロメを永久のものにする。「サロメへのエロティシズムは読み手側の感覚を狂わせるワイルドの手法、描写力に拠るのではないかと思った。

・「これぞ傑作
ワイルドの書いたサロメはこれまで聖書や絵画のモチーフとして登場したサロメとは決定的に違う。サロメは自らの望みで、洗礼者ヨカナーンの首を欲したのだ。 この福田訳はサロメの淫靡さ、狂おしい激情が伝わる偉大な訳であり、これを超えるサロメ訳はでないのではないかと思われる傑作である。

・「ビアズレーの魔力はすごいです。
この本を読んだきっかけは、スティーブン・バーコフの舞台を見た事なのですが、本で読んでもまたすごいな、という感じです。文字を追っていくごとに、ビアズレーの描いた挿し絵の世界に入り込んでしまったような錯覚を感じます。まるでサロメのように、私もヨカナーンの声が聞きたい、顔を見たい、その肌に触れてみたい、と思うのです。どの位美しいのか、どの位冷たいのか、そしてその唇はどんなに紅いのか...。そのくらい、ビアズレーの絵の魔力は強烈です。私にとってはワイルドよりも、「サロメ=ビアズレー」なのです。絶対にこの挿し絵がなかったらこんなに印象深いものにはならなかったと思います。

・「月光が照らすは妖しき王女の姿
 ワイルドは奇抜な言動で知られ、非常に不運な人生を送った作家です。「没道徳」の烙印を押されがちな彼の作品にはしかし、人の心を惹きつけてやまない甘美で不思議な魅力があります。 サロメは新約聖書における預言者ヨカナーンの受難の場面を一幕の戯曲にしたものであり、元の簡素な記述を何倍にも膨らまされた、不気味でおどろおどろしく、そしてどこかロマンチックな悲劇です。内容は短いので敢えてあらすじをここでは書きませんが、読む価値のある素晴らしい作品であることを保障します。戯曲なので実際のページ以上に短いため、文学だからと敬遠せずぜひ読んでみてください。このような作品を書くワイルドは『幸福な王子』などの童話の著者ワイルドと同じであることを踏まえると、より深く味わえると思います。

 なお、文庫では新潮版と岩波版が存在しますが、効果的に配置されたビアズレーの挿絵と福田恆存による名訳のため、この岩波版をお薦めします。印象に残る台詞と挿絵(余談ですがワイルドはこの絵が大嫌いだったそうです)に満ちた愛と憎しみの物語にじっくりと酔いしれてください。

サロメ (岩波文庫) (詳細)

ファウスト〈第二部〉 (岩波文庫)

・「人生とともにある読書
私は、あまり一度読んだ本を二度三度と読み返さない方なのだが、「ファウスト」は、多分、中学生で一度、高校で二度、大学で一度、社会人で最低一度は読んだ。読むたびに、自分に迫ってくる個所が変るように思う。また、読書という体験から伝えられるメッセージも変る。なにか教養というものに対して幼いあこがれがあったから、最初の頃は単に名作として無理矢理読んだ。あるいは、手塚治虫の「百物語」などとの関連で読んだのかもしれない。青春のころは、グレートヒェンとの恋物語として読んだように記憶している。自分の恋と、ゲーテの恋を重ねていた。ゲーテが恋多き人生だったと、解説にあったことで安心した。

今回は、最低でも十数年ぶりに第二部から読んでいるのだが、実に面白い。随所に人生の知恵が隠されている。まだ、それらをきちんと自分の文字として、まとめるには自分の筆力があまりにも足りないのだが、くすくす笑ったり、現代との接点のあまりの深さに鳥肌立ちながら、読んでいる。実によい読書体験だ。うれしい。

・「可哀想におれという阿呆が・・・
ゲーテが幾十年という歳月をかけて取り組んだ大作。おそらく自分にとってランボーがそうであるように、多くの人にとってこの「ファウスト」は読む場所や気分、年齢によって受け取り方や感じ方が変わるものであるのではないだろうか。読めば読むほど味が出てくる、そして年を重ねるごとに新しく出会う個所がある一方でわからなくなる個所も出てくる、そのような書であるような気がする。“哲学も、法学も、医学も、またいらんことに神学までも、容易ならぬ苦労をしてどん底まで研究してみた。それなのにこの通りだ、可哀想におれという阿呆が。昔よりちっとも利口になっていないじゃないか。”この言葉が二十歳の今、最も印象に残った言葉であったが、この先 読み返したときにいったいどのように感じるのだろうか。まったく未知数でであるがゆえに楽しみである。

・「人間は何も知ることはできない
「私がついに知ったことは、人間は実は何も知ることが出来ないということだ。」と言い、悪魔と生きることを選んだファウスト博士。

彼はその後、恋をし、老人の家を焼き、その人生を謳歌する。その第2部は音楽のような旋律であり、一貫した何かを語りたいというよりは、人生というものの無常たるところを楽しく唄っているように見える。

さて、このファウストに家を焼かれたフィレモンという老人に、後の心理学者のユング博士は、自らの心の分身にその名前を授けた。ファウストは間違いを犯す、間違いを犯さざるを得ない。間違いを犯すこととは、生きることに他ならず、それは悪魔の嘲笑するところである。

彼がその間違いだらけの人生にそれでも美しいと言うのならば、賭けは悪魔の勝ちである。冒頭で世界に絶望し、決してこの言葉を口にする筈のなかったファウスト博士が、終にその世界を素晴らしいと認めてしまう。

「とまれ。全て(あなたは)は美しい。」

この瞬間に、悪魔は賭けに勝利したにもかかわらず、神を裏切った筈のファウスト博士は、神の手助けで昇天する。何という意味不明な最期なのか。

興味深いことを言えば、人生とは全て苦と説いていた仏陀は、死ぬ直前に自らの最期の食事をふるまった者を祝福しつつ、次のように言った。「人生とは甘美なものだ!」

ファウストが何故神に祝福されつつ昇天するかは、この作品最期にある言葉、「永遠に女性的なるもの、われらを牽きて昇らしむ。」の謎を解き明かさなければ知ることができない。

「西洋と東洋は分けて考えることはできない」(ゲーテ)

・「ザビビのファウストへ・・・・(;'Д`)ハァハァ
(;'Д`)ハァハァ さあてファウスト第2部だが・・・ファウストに言いたいことがある・・・。週刊少年漫画板でも聞いたが・・・おまいの漫画は・・・漫画としての文法が成り立っていないそうだ。本当にそうなのか・・・おまいの漫画を一度 読んでみたいと思った。話はそれだけだ。

・「ファイブスタ-
核心をつく第2部。

運命の3女神、灯台守の詩など短詩としても美しい言葉が並ぶ。

運命の3女神のストーリーをベースにした漫画「ファイブスタ-ストーリー」(永野護)も必読。

ゲーテのファウストが難しかった人は手塚治虫さんの「ネオファウスト」を読むと理解できると思う。ただしこちらは執筆中に作者他界。未完に終ってしまった。

ファウスト〈第二部〉 (岩波文庫) (詳細)
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