・文学理論
・日本文学研究
・外国文学研究
・作家研究
・ミステリー論
・児童文学研究
・コミック・アニメ研究
・論文集・講演集・対談集
・文学史
・参考図書・書誌
・評論・文学研究 全般
・雑誌・逐次刊行物
日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で (詳細)
水村 美苗(著)
「知っていることだけを語るのが良い.」「日本語は不滅です、但し・・・・・・・」「知的エリート層の方に勧めます」「やや雑なアジテーション」「推理小説よりスリリング」
ストライクウィッチーズ オフィシャルファンブック コンプリートファイル (詳細)
角川書店(著)
「内田センセの「対談による橋本治論」」「橋本 治」
モモ (岩波少年文庫(127)) (詳細)
ミヒャエル・エンデ(著), 大島 かおり(翻訳)
「時間泥棒に追われている貴方に」「大人向けの本」「先見の明?」「モモがプレゼントしてくれた時間の秘密とは?」「心を亡くすくらいに忙しい生活を過ごす現代人に贈る一冊」
カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫) (詳細)
ドストエフスキー(著), 亀山 郁夫(翻訳)
「読みやすい!!!」「作品自体が偉業、翻訳も偉業」「カラマーゾフの兄弟(亀山 郁夫訳)」「悪訳」「非常に読みやすい」
ザ・ゴール 2 ― 思考プロセス (詳細)
エリヤフ ゴールドラット(著), 三本木 亮(翻訳)
「TOCの理解が深まる」「良書だが本質はシンプル。振り回されないようにしたい」「全てのサラリーマンに読んで欲しいです」「5つの視点」「ロゴとの再会」
急行「北極号」 (詳細)
クリス・ヴァン・オールズバーグ(著), 村上 春樹(著), Chris Van Allsburg(著)
「美しい絵本はこころを育てる」「オールズバーグの絵の魔法に乗って」「映画を見る前にぜひ見て欲しい」「素晴らしい翻訳者に出会えた素晴らしい絵本」「きれいだけど・・・」
チャレンジミッケ! 4 サンタクロース (詳細)
ウォルター ウィック(著), 糸井 重里(翻訳)
「いいタイミング。」「幻想的な世界でさがしもの」「あまりに美しい写真絵本。」
ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6) (詳細)
J. K. ローリング(著), J. K. Rowling(著), 松岡 佑子(翻訳)
「不死鳥はただ鳴かない」「税金は日本に納めよう」「児童書としては・・・」「どうして・・・・」「う〜ん」
● ボストン読書記1
● -読破中-
● 迷いを断ち切る
● 原因と結果の法則
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 17/20
● 心に残る本
● 大人に薦める童話
● 惰眠者的読書世界
● 読破。-文庫
・「知っていることだけを語るのが良い.」
この書物は,その意図する所には賛成であるが,悲しいことに夥しい誤りが含まれていて,全体の信用性を落としている.著者は自分のはっきり知っていることだけを語るべきであった.まず,インド-ヨーロッパ (印欧) 語において,Lithuania 語は言語学上,主要言語であり,これに気付かないでヨーロッパの言葉を論じるのは危ない.更に,数学と自然科学に於いてなにやらメタ言語が存在するかのような示唆は完全な誤りである.フェルマーの最終定理を証明 (1995)した Sir Andrew Wiles の論文は100頁を超す長大なものだった.これは英語で書かれているが,日本語に完全に翻訳可能である.日本の開化期に,先人たちはヨーロッパの学術用語を自らの漢語の実力をフルに使って殆どすべて日本語に移した.Wiles の証明の基礎となった谷山-志村予想は,確実に本来日本語で考えられたのだと私は確信する.今年 (2008) のノーベル物理学賞もそうである.あとはその時代の世界語で論文を書くだけで,文学とは異なり一対一対応の翻訳が可能なのである (正確に言えば,この議論を論文にしようと決めた瞬間に, author の中で日本語は消え,考えは世界語モードに切り替わる.そうする理由は,英語なら英語なりに簡潔で迫力ある文章を書く必要があるからである.こうして我々理系の人間は,寺田寅彦の時代から日本語の死を体験し続けているのだ).数学と科学を余りに誤解されると,これらの分野が被害を受ける.そんなことのないためにも,知らないことは書くべきではないのだ.
・「日本語は不滅です、但し・・・・・・・」
あ 但 日 五 今 た ポ 近 古 た ら し 本 十 は だ ル く く だ 普 ば 、 語 年 イ た ト は は 覇 遍 こ 日 は 後 ン だ ガ 大 ロ 権 言 そ 本 不 は タ 覇 ル 航 1 言 語 人 滅 わ 1 権 そ 海 マ 語 な に で か ネ 国 し 時 帝 が ど 文 す ら ッ 家 て 代 国 あ あ 化 な ト が フ の か る る を い の 続 ラ ス ら だ わ 守 。 時 く ン ペ 見 け け る で 代 の ス イ な で が 気 し で み 英 ン く せ な 合 ょ も 国 又 と う い が ? と は も
・「知的エリート層の方に勧めます」
世界の多くの国では、話し言葉を中心とする言葉と、叡智を記す書き言葉が異なり、知的エリート=二重言語者となっています。著者はこれを「現地語」「普遍語」と呼び、普遍語となった現地語を「国語」と定義します。
高度情報化社会の進展により世界的な普遍語としての英語の力が強まり、学術論文のような叡智の粋のみならず、広く文学の領域まで、英語が進出してきつつある。その結果、国語としての日本語は亡び、現地語に逆戻りするだろう。それは日本の文化、日本人の叡智が英語の「図書館」の中に消えていくことを意味する。これは大変だ、というのが著者の問題意識です。
しかし1章の末尾で著者が断っている通り、一生日本から出るつもりがなく人類の叡智にもミーハー以上の関心を持たない、私のような庶民には、遠い話です。
もし今、夏目漱石のような文学の才にあふれた二重言語者がいたなら、英語で作品を発表するのではないか……なるほど、そうかもしれません。でも東野圭吾さんや宮部みゆきさんが、英語で作品を書くでしょうか。文化商品としての小説で大満足の私は、今後も読む本に困りそうもない。「文学なんて読まないし、英語で書きたければご勝手に」が私の素朴な感想。
庶民はエリートに無関心ですが、エリートは庶民の「文化」水準が下がると食いっぱぐれる。本書も例によって最終章を教育提言に割き、古典教育の重要性を説いています。アタマのいい人はご苦労様、です。
・「やや雑なアジテーション」
とてもよくできた導入部、その第一章の終わり近くにいきなり「敵か味方か」の問いをケンカ腰で突きつけられた!著者の言う「日本文学が『文学』という名に値したころ」を過ぎてから生まれた「文学」に何度かは心を動かされた経験がある、ほとんどの人(含む私)は「今の私は完全な味方とは言えないかもしれないが、最後まで読めばきっと納得できるのだろう」と期待して読み進める。問われてすぐに諸手を上げて味方についた人、つまり「日本は近代文学サイコー!それ以降みんなクズ」的立場をとる層にとっては気持ちのいいアジテーションだったのかもしれない。だが、私はちょっとしらけた。「読まれるべきもの」が「読まれるべき」なのは当然だ。ただ、その選別を「〜今巷に漫然と流通している文章がいかに安易なものか」という、それこそ安易極まりない表現の使い手に委ねてよいとは誰も思わないだろう……つられてちょっとアジってしまったが、結局この手の不毛なアジり合いが盛り上がるための一石として終わってしまう。私も皆もわかっていて「釣られた」わけではない。書名に、いくつかの書評に、何かを感じたから買った。危機感をどこかで共有できたはずだったのだ。雑で残念。「カンボジアのクメール・ルージュにいたっては読書人をすべからく虐殺した」……国語教育への提言なんだから、間違った言葉遣いは早く直したほうがいいと思います。
・「推理小説よりスリリング」
知的興奮を感じながら一気に読み終えました。著者と同じように(著者のように周りの英語文化から逃避したいという屈折した心理状態ではありませんが)、早熟な文学少女として日本の近代文学に耽溺し、文学中年の今、最愛の作家は漱石だという読者です。日本で、「国語」そして近代文学というものが非西洋世界ではいち早く誕生したという事が、いかにgeopolitical及びhistoricalな要因が重なった「奇跡」ともいえる僥倖であったかと論じる4、5章は、並の推理小説よりthrillingです。文学好きの方にお薦めします。近年大量に流通し消費されている「文学」と呼ばれる小説群のうち何パーセントが再読に耐えうるのだろう、と常日頃思っている方は特に。「日本語が亡び」ないためにどうすべきか、についての提言は賛否両論ありそうです。教養主義の臭いを感じて反発する人もいるかもしれません。いずれにせよ、文学愛好家、教育現場にいる人、日々英語という「普遍語」と日本語との緊張関係にさらされている人、それぞれの立場でいろんな読み方が出来るという意味でも素晴らしい本です。
・「内田センセの「対談による橋本治論」」
2005年に行われたお二人の対談が、やっと1冊の本になりました。お二人のファンとしては、「私のための企画だわ♪」と嬉しくなってしまいます。特に、二十年来の橋本治ファンとしては内田先生が羨ましくてなりません。形式としては「対談」なのですが、橋本さんを敬愛してやまない内田先生が「聞き手」に回ることで橋本さんの「魅力」「秘密」を解明しよう、というような感じです。「内田先生が対談という形で書いた橋本治論」というか。橋本ファンとしては読んでいる間にやにやしっぱなしで楽しくてしょうがないのですが、橋本さんをよく知らない内田先生のファンにとってはどうなのでしょうね。お二人の稀有な思考回路から紡ぎ出されるやりとりは、「どっちもよく知らない」という人にとってももちろん刺激的だと思いますけれども。
・「橋本 治」
読後の感想として、この対談本は、あとがきで橋本治さんが書かれているように、お二人が対談を通じて橋本治さん本人について掘り下げていく流れになっていると思いました。 率直に言って、文中で内田さんも折々仰られていますが、自分自身は橋本治さんはよくわからない人という印象を強く持ちました。その理路がわかるようでわからない。「これこれな人」と述べにくい。 しかしながら、小説の書き方や他者へのアプローチなど要所要所で納得させられるため、直ちに「知らない」と切り捨てられない、いい意味で変な魅力が醸し出されています。 私は内田さんの本を読み、他方で橋本さんの本を読んだことがないのですが、これまでの内田さんの本とは違ったおもしろさがあると思います。 自分だけかもしれませんが、意地になって橋本治さんの小説等を読んでみたくなる本です。 興味があれば一読してみて下さい。
・「時間泥棒に追われている貴方に」
一般的には子供向けの本なのでしょうが、世の中の仕組みが概ね分かった30歳以降の人が読んでみると、その奥深さに感心すると思います。
ストーリーは良く出来ています。日々を気ぜわしく生きている我々にとって、その理由を問い詰める事はほとんど無いと思いますが、それを暗に陽に指摘しています。そして、一度、気ぜわしく生きる習慣が身についてしまうと、そこから抜け出す事が非常に難しい事も指摘しています。
忙しい生活で失いがちな希望。希望を失うと落ち込む事になりかねません。それに対し掃除夫は言います。「希望なんて無くてもいい。目の前にある仕事をコツコツと成し遂げていくと、だんだんと面白くなるんだ。気づくとすごい距離の清掃が終わっているんだ」せかせかしない人生を送りたいと思ったら、読んでみるといいです。
・「大人向けの本」
久しぶりに「モモ」を読んで、初めて上京した頃のことを思い出した。
夜、電車の中で、生気のない目をして、疲れきった人たちを見た。ゾンビの集団のようで、怖くなった。初めてみた光景だった。朝、通勤電車の内。死傷者を伴う接触事故が起こり、電車が遅れると、周りの人たちがは、イライラしながら腕時計に目をやっていた。自分はそんな大人になりたくない、と思った。
そして、この街に住んで20年が経った。いつしか自分も、そんな大人の1人になっていた。「毎日忙しくて…」というのが、今では挨拶代わりになっている。まるで、忙しいことが良いことみたいに。
漢字で「忙」は心が亡くなると書くが、それは、気持ちの余裕がなくなって、感動したり同情したりする感覚が、薄れていくからなのだろうか…
いろいろと考えさせられた。
・「先見の明?」
20年以上前、まだ学生だったころ読んだときにはまったくピンとこなかった本書を、今、身につまされながら読んだ。コンビ二もケイタイもパソコンもCDさえもまだ一般的でなかったころ、『ネヴァー・エンディング・ストーリー』が映画化された頃、たしかアルヴィン・トフラーの『第三の波』もはやった頃だったと思う。「第三の波」なんて遠い遠い先の話だ、と思っていた頃。いまや、本書の「灰色の男たち」が、目にはみえないけれど実はこの20年わたしの周りを徘徊していたのではないか、と疑いたくなるくらい。自分がこの本の中の時間のない余裕のない大人たちと同じになっていたのがいやなくらいよくわかった。日本が遅れていたのか、あるいは著者に先見の明があったのか、単にわたしの現実把握能力が劣っていたのか、よくわからないけれど、とにかく目の前の問題をとりあえず片付けるのに毎日汲汲としている(していた)わたしのような大人が、まずは読む必要のある本だったのだ、と今にして思う。過去を思えば腹が立つ、未来を思えば不安になる、なんていう大人の方がいたら一読の価値はあるかも。
・「モモがプレゼントしてくれた時間の秘密とは?」
『モモ』は、子供のための童話でもありますが、実は無垢な子供の感覚を忘れつつある大人のための童話でもあるのです。
子供の頃、どこかに遊びに出かけて、あまりに夢中になってしまったために、家に帰るのが遅くなって叱られた経験はありませんか?
子供たちは、大人のように、グレゴリオ暦(私たちが日常で使っているカレンダー)や時計には全く支配されていないのです!
子供のハートの中にはもちろんのこと、実は、私たち大人のハートの中にも、内なる子供インナーチャイルドが潜んでいます。
インナーチャイルドは、ハートからのお楽しみや心ゆくまで遊びに没頭することが大好きです。
もし自分自身の中にいるインナーチャイルドに、子供らしさをもう1度味わせてあげたかったならば、エンデの『モモ』は自分自身の内なる子供のための最高の贈り物となるでしょう!
『モモ』の表紙にはこんなタイトルが載っています。
〜時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語〜
あわただしい日常から1歩、離れて、時間を忘れて遊ぶようなあのすばらしい感覚をもう1度、自分自身にプレゼントしてみませんか?
『モモ』は、星の王子様と共に、私の大好きな童話の中の1冊です。
・「心を亡くすくらいに忙しい生活を過ごす現代人に贈る一冊」
私達は一体どうして毎日こうも忙しいのか。
家族がまだ眠っている早朝に起床し、寝ぼけ眼ですぐに身支度を整えて自宅を出る。途中のコンビニで購入した冷たいオニギリを口に頬張りオフィスに出勤。日中ひたすら電話、メール、お客様との面談の仕事に追われて途中わずかに空いた時間にゆっくりと味わう余裕もなく昼食を口に放り込む(餌を食べさせられているブロイラーのような気持ち)。そして深夜遅くまで働き、心身共に疲れきった状態で帰宅。すでに眠っている家族とコミュニケーションを取ることもなく就寝。
上記のような生活を送る人が自分の暮らしを振り替えるためにも本書を読んでみることをお勧めします。
大切な家族・友人と話し合う時間、ゆっくりと味わう食事の時間、素敵な音楽や物語を鑑賞する時間、夢を見るための十分な睡眠。そういった「無駄な時間」を節約して、忙しい生活を送って私達は何がしたいのか。
「忙しくてそんなことを考えている暇がない!」という人にこそ読んでもらいたい小説です。本書は子供向けに書かれた小説ですが、本当は忙しい大人に向けて書かれた物語です。心を亡くすくらいに忙しい生活を過ごす現代人に贈る一冊。お勧めです。
・「読みやすい!!!」
米川正夫、池田健太郎、原卓也、小沼文彦とそれぞれに楽しんで読んできた『カラマーゾフ』の邦訳であるが、確かにこれは読みやすい!以降も早く刊行を期待する。何回読んでもこれほど面白い小説はないこともあって、亀山訳第1巻読了のあと原卓也訳で読み継いでしまった。亀山訳に比べやや生硬な印象もあったが、「大審問官」に差し掛かるともうそんなことはどうでもよい。圧倒的、冠絶の文業である。亀山訳「スタブローギンの告白」もその解説も含めよかっただけに、2巻以降の「大審問官」が待ち遠しい。価格もうれしい。町の書店さんは是非常備されたし。ソローキンの翻訳といい、スターリン研究といい、最近のショスタコヴィッチの連載といい、この著者の大車輪は凄い!!
・「作品自体が偉業、翻訳も偉業」
出版社の意図がまず素晴らしい。既存の出版社は、難解な翻訳を長年出し続けていたわけで、この愚行によって文学の楽しさを味わうことなく興味を失ってしまった人が多数いたと思うと、非常に残念である。それに対してこの翻訳は、他のレビュー者のとおり非常に読みやすい。しかも最後に解説があり、読みこなすための前提知識などを教えてくれる。だから最初はこの部分から読むのもよいかもしれない。ちなみに第二巻の解説には、第一巻のあらすじが載っている。第一巻の内容が理解しづらかった場合は、このあらすじを読むことで補うことも出来る。
・「カラマーゾフの兄弟(亀山 郁夫訳)」
ドストエフスキーの名著で、学生時代以来数回読んだ。今までは翻訳本の定番とされた米川訳だった。もう一度別の訳者のを読んでいやになった覚えがある。今回は、新訳というので亀山訳を読んだ。文庫本なので出張の最中にも持っていって読める。読んで驚いた。米川訳のカラマーゾフとは待ったく別の本という感じがする。いい意味では、読みやすく現代的だ。登場人物の名前を統一していて読みやすくなっていることもあろう。逆に悪く言うと、米川訳のような、重さというか、いかにもドストエフスキー的な感覚がない。ロシア語を読めないので、どちらが本当のドストエフスキーかはわからないが、以前ロシアの空港で手にした"Re Reading Dostoefsky"という英語の解説や日本での小林秀雄の解説等からは、米川訳がドストエフスキー的な感じもする。ただ、今の読者には、今回の亀山訳はよく出来ていると思う。すぐにでもテレビドラマになりそうである。各巻についている、訳者の解説がわかりやすさを倍化させているかもわからない。同じ訳者が「罪と罰」や「白痴」(どちらも私は米川訳で大好きだが)を訳すると、どのような小説になるのかと思った。新しいドストエフスキー像を感じさせられる面白い翻訳の努力だと思って楽しんだ。
・「悪訳」
この新訳ではじめて読んだのだが(ドストエフスキーは『悪霊』『未成年』を既読)どうにも物足りなく、図書館で江川卓の訳を借りてきて比較してみて驚いた。江川訳のほうがはるかに文意が伝わりやすい。亀山訳は一文ごとに細切れになっていて、文章の接続がわかりにくい。「本よみうり堂」の記事によれば、「ドストエフスキーの原文は逆接の接続詞や関係代名詞が多く難解だが、亀山訳はすいすいと頭に入る日本語に置き換え」たとのこと。つまり文章の接続をいじってしまった(カットした?)わけで、つながりが分かりにくくなるのは当然である。これでは「すいすいと頭に入る」というより文が頭の中を上滑りしていくだけだ。ストーリーを把握するだけならこれでもいいのだろうが、ドストエフスキーのおもしろさがストーリーだけにあるはずもない。
・「非常に読みやすい」
驚いた。頭にすらすら入ってくる。前人の翻訳で何度か読んだことのある本書だが、ごく普通の小説と同じようにすらすら頭に入ってきてくれるのには大変に驚いた。早く読めすぎて注意力散漫になる人もいるかもしれないが、私の場合は理解が深まったような気がする。これまで読みきれなかった人も、この翻訳ならば読めるのではなかろうか。
・「TOCの理解が深まる」
「The Gola」の続編。前作で、主人公は管理する工場を閉鎖の危機から、見事に立ち直らせて、事業部責任者に昇進した。今回は、事業部長として、管理する複数の会社を、赤字体質から黒字体質へ転換に成功させたが、何と、また大きな難問が振りかかってくる、さて、再び奇跡はおきるのか!?
前作では、生産管理での「制約理論」が展開されていたが、今回は、その適用分野をより広げ、理論の有効性を証明している。制約理論における、「課題の究明」から「解決策の案出」を実践するツールと思考過程を、主人公と経営トップが話し合いながら進めていく記述は、へたなノウハウ本の記述以上に、説得力がり、また理解しやすくなっている。
今回提示される解決策は、いわゆる「SCM」や「アウトソーシング」であるが、この本にかかると、これらの知識が教科書的なものでなく、自分で体験したかのように理解でき、興奮させられる。
また、企業の売買に関しても、そのプロセスを窺い知ることが出来、興味深かった。
なお、前作では主人公の足を引っ張っていた奥さんが、今回は、結婚式コンサルタントとして成功おさめ、制約理論に精通して、主人公を事ある毎に励ます姿に、前作を知る読者は、苦笑させられるのではないか。
・「良書だが本質はシンプル。振り回されないようにしたい」
久しぶりにThe Goal シリーズを読んだ。当時、この本を手にして感動したのを覚えている。私のまわりの人間も、この本を読んで感動した、と言っていた。
さてさて、久しぶりにこの本を手にしたのだが、とにかく「読みにくい」のだ。言い方が回りくどい。助長でポイントを突いていない。当時、この本からサプライチェーンが大ブームとなり、猫も杓子も「ボトルネックは」などと言い始めたが、私を含めて、TOCをハッキリと理解している人はいなかったと思う。
久しぶりにこの本を読んで、ようやく何が言いたいのかよくわかった。スループット会計、コストワールドなど新語をちりばめ、また、「在庫を減らすと帳簿上赤字になる」など、ショッキングな発言をセンセーショナルに使用しているが、ようは、「固定費」と「変動費」の事を言いたいわけで、というより、なぜ、そんな回りくどい説明をしなければならないのかと感じてしまう。
もちろん書かれていることはとても大事だ。しかし、本質は実にシンプルである。この本を読んで、打ち出の小槌を手にしたなどと思わないで欲しい。変動費、固定費、限界利益。こうした、企業が利益を生み出す基本原則さえしっかり押さえておけば大丈夫なのだ。流行のコンサル用語に振り回されないようにしたい。
・「全てのサラリーマンに読んで欲しいです」
前作の「ザ・ゴール」は、TOC理論中心の生産管理本という感じだったが、今回は、はっきり言って、マーケティングの本、もっと言えば戦略を考える本だったように思います。確かに一部の人が感想で述べているように、既に市販されている「ロジカルシンキング」の本や「問題発見プロフェショナル」
等の問題解決技法の本に書かれているツールと類似しています。しかし、「ザ・ゴール2」がいいと思うのは、はっきり言って読みやすいことです。翻訳者が丁寧かつきめ細かく作業したため、イメージがわいてくるように読めます。問題解決技法の本は、読破するのにかなりの時間、つらさが必要ですが、
「ザゴール2」はそんなことはありません。行き帰りの電車でも、3日ほどあれば読める!!のではないでしょうか。また、重要なところは、太字になっているので、前作より本当に読みやすくなっています。この本は、リストラで従業員を削減する経営者に絶対読んで欲しいです。そのようなメッセージがひしひしと感じれます。
・「5つの視点」
①企業の究極の目的はメイクマネーである、といいきった前著ザ・ゴールの主張はキャッシュフロー経営がようやく普及し始めた日本において、新鮮な輝きがあった.本書は、その後の著者の思想の修正が現れており、新たな目的として、顧客価値、従業員価値を高めるべし、の二つが加わることになった.メイクマネーはすなわち株主価値を高めるに過ぎない、という反省だ.②アレックス・ロゴが格闘して生み出すのは、既に日本でもおなじみのソリューション・プロバイディング、あるいはコンサルティング・セールス、の手法と同じである.顧客の問題を解消してあげること.言うは易く行うは難し.
③アレックスは3つの会社の建て直しに成功する.そう、例え会社を売却しても皆ハッピーになる方法はあるのだが企業価値を高めて他オーナーに渡すM&Aの視点は、手の打ちようがなく売却する日本の経営者には教訓となるはず.
④本書は、多くの人は、「思考プロセス」の解説書だという.だが残念ながら本書で論理ツリーが使いこなせるようになる人は皆無だろう.この点は、「思考プロセス」の解説書か、近年本屋を賑わす問題解決法・論理思考法で優れたものが幾つかある.
⑤本書は小説であるが、前著に比べ小説の面白みは薄れたようだ.前著では、妻のジュリーがなぜ夫のことを理解できないのか不思議で、妙にリアリティーがあったが、本書では思春期の子供とのわずかな葛藤があるのみ.弱々しいアレックスが懐かしい. と、色んな読み方ができる本です.
・「ロゴとの再会」
前作「ザ・ゴール」と同様、やっぱり気になってついつい買ってしまいました。このシリーズ?は3つの楽しみかたがあると思います。①TOC(前作)や「思考プロセス」の理論を設定された実施のビジネスの場面を通して具体的に学ぶことができる。②欧米企業の企業に対する考え方。具体的には株主重視に基づくM&Aや企業分割、あるいは上司と部下の関係や組織力学など。③エンタテイメント小説として。
私の場合は①より②、②より③の部分でこの本を楽しんだ。①について具体的な初級の入門書にはなっていると思うものの、かなり冗長でこっちは他書できっちり学ぶ手もある。③でいくと、ロゴは「あれから」随分と出世して逞しくなっていました。多くの部下に絶対的な信頼を得、家族との関係も随分改善され、精力的にプレイングマネージャとして副社長業に勤しんでいます。学ぶべき姿勢は、普段の仕事の中でともすれば「思考停止」になってしまうコンフリクトに対し、「絶対に対立は解消する」という勇気を持ち続けることだ。そのための、頭の働かせかたのテクニックを学べる。
会社組織の中で次々降りかかる難題に立ち向かいながらキャリアアップしていくストーリー展開は、アメリカ版「課長(部長)島耕作」と言えるかもしれない。 家庭の問題に、「思考プロセス」を適応して対処する場面がいくつか出てくるが、おかしくもあり、自戒の念も感じてしまいました。
・「美しい絵本はこころを育てる」
ストーリーよりも、絵の美しさに惹かれた。静かで、耳元でささやかれるような感じがする絵だ。うちの子供たちもこの本が好きなので理由を聞くと、やっぱり絵がきれいだからという。「今度、映画になるんだって」というと、「じゃあ、見に行こう!」といわれた。でも、僕は迷っている。美しい静けさを漂わせる絵と文章で出来たこの絵本と予告編で見る映画はまるで別物。大人は「別物だから」で済ませられる。子供たちはどうかなぁ。
・「オールズバーグの絵の魔法に乗って」
地面からすくい上げるように描いたローアングルからの絵があるかと思えば、空から俯瞰する構図で捉えた絵もあります。近景をクローズアップした絵もあれば、遠くから景色を眺めるような、そんな雄大な絵もあります。頁をめくっていくうちに、まるで映画を見ているような、映画のカメラワークを楽しんでいるような、そんな気持ちにさせられました。
話は、クリスマス・イブの夜中、ひとりの少年のもとに汽車があらわれるところから始まります。汽車の名前は、急行「北極号」。「みなさん、ご乗車くださーい」の車掌の声に誘われて、少年が「北極号」に乗る場面から、しゅうふっふ、話は静かに滑り出していきます。
話そのものには、それほど面白さを感じませんでした。でも、オールズバーグの絵が素晴らしかった。ため息を吐きたくなるくらいに。
ビロードの絨毯を踏むような、あたたかな感触がある絵の色彩。
列車や建物の窓に灯る光を描いた黄色の色合いも、雪が舞うなかで霞む街の風景も、何か魔法でも見るように幻想的で美しいんですね。絵の一枚一枚を大きくして、額に入れて飾っておきたくなりました。
本の帯に、「トム・ハンクス主演 映画化('04年秋)決定!」とあります。
オールズバーグの絵が感じさせてくれたような、あたたかく、生き生きとしたクリスマス・イブの魔法を見せてくれますように。
・「映画を見る前にぜひ見て欲しい」
この本の魅力は何といっても、作者クリス・ヴァン・オールズバーグの精巧にパステルで描かれた絵にある。色調はどれも渋いグレーを基調とした抑えたトーンで、ミステリアスで寡黙な雰囲気は子供より大人向けかもしれない。一枚一枚のカットはフェルメールの室内画にも似た静けさを持ち、映画のスチルのような様々なアングルで構成されている。この本が今冬、ハリウッドのハイテク技術で長編映画化されると聞いたとき、このシンプルな絵本を引き伸ばして、原作にないキャラクターやプロットを入れたクリスマス娯楽大作になるのかと思い、少し落ち込んだ。この本は限られたイラストと凝縮された言葉で構成され、絵本として完全な形でコンプリートしている。読者は絵と絵、行間と行間の隙間を読んで、いくらでもイメージを膨らませることができるのだ。たぶん、映画には原作のイメージを真似たシーンはあっても、原作のもつスピリットは真似できないだろう。映画を見る予定の方は、見る前にぜひ原作を見て欲しい。英文も難しくないので、洋書売り場でぜひ覗いて見て欲しいと思う。
・「素晴らしい翻訳者に出会えた素晴らしい絵本」
この絵本は、数あるクリスマス絵本の中でも、最も格調高く、最も想像力をかきたてられる絵本です。北極のサンタの国で、少年は今年最初のプレゼントにサンタクロースの鈴をもらいます。子どもにしか聞こえないその鈴の音が、大人になった今でも彼には聞こえます。その最後の文を読みたいがために、私は何度も飽きずに子どもに読み聞かせをし、子どもはうっとりと、自分にも聞こえるらしいその音に耳を傾けていました。オールズバーグの絵の美しさについては、今さら言うまでもありません。この美しい絵本が、村上春樹という素晴らしい翻訳者に出会えたことに対し、私は心から感謝します。
・「きれいだけど・・・」
絵はとても美しい。はなしは少し説教くさい。翻訳はすこし古臭い。翻訳者を変えるともう少しよくなるかも。
・「いいタイミング。」
チャレンジシリーズ第4弾。うれしいです、しかもサブタイトルはサンタクロース。前シリーズの「クリスマス」に続くこの季節にバッチリの本です。
後書きにもあるのですが「サンタクロース」の表現方法にはやはりこだわりがありました。こういう配慮が嬉しいです。
なおいっそう子供と楽しめるこの本に感謝を。
・「幻想的な世界でさがしもの」
我が家ではクリスマスプレゼント用に購入しました。待望の新シリーズに親子でついつい嵌ってしまい、時間も忘れるほど熱中。
・「あまりに美しい写真絵本。」
クリスマスプレゼントにピッタリの美しい写真絵本。
まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのような、目も眩むほどの美しい色彩。どのページも。
そしてそのちりばめられたクリスマスらしい色彩の中から、探し物をしよう!という楽しい趣向。
翻訳文は、あの糸井重里さんで文句なし!
クリスマスパーティの飾りとして、この絵本を開いて本立てに置いておくのも良いと思いました。
メリークリスマス!!すべての人にそれぞれの幸せがありますように。
●ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)
・「不死鳥はただ鳴かない」
『ハリー・ポッター』の物語とは何かを一言で言い表すとしたら、それは何であろうか。ごくありふれた、また言い古されている言葉かもしれないが、私は「家族愛の物語」であると思う。
あの従兄弟のダドリーや、ライバルであるドラコ・マルフォイを駄目にしたのは親の間違った愛情や偏愛による所にあるし、形は違えどもハリーと同じような孤児としての生い立ちの、あの宿敵であるヴォルデモートもそのような存在にしたのは、親の「間違った愛情」による所が大きいのではなかろうか。
ハリーは世間的には家族愛とは程遠い所に置かれておりながら、決して家族愛とは無縁ではなかった。またその注がれた愛情は「正しいもの」であったと言える。我が子のようにハリーを愛して接してくれた、親友であるロンの両親であるウィーズリー夫妻の愛情、前作『不死鳥の騎士団』で亡くなったハリーの名付け親であるシリウスの愛情、エクスペクト・パトローナム(守護霊)として死してなおハリーを守ってくれる優しく温かな親の真の愛情、いつもそっと影からハリーを見守ってくれているダンブルドア校長先生の愛情、そしてハリーにとっては「家」そのものである学び舎であるホグワーツ魔法魔術学校でのロンやハーマイオニーをはじめとする仲間の存在も家族の一員として捉えれば、ハリーは家族愛とは無縁ではなかったと言えるだろう。
作者のJ.K.ローリング女史はファンタジーという形を通して読者に「家族愛」とは何であるかを話しかけてくれているような気がする。
今回もまたハリーにとってかけがえのない大切な人を失う。物語は最終章に向けて急展開に加速していくが、私は不死鳥はただ鳴かない(泣かない)ものであると信じる(いや信じたい)。
あとがきの翻訳者である松岡佑子さんの言葉も家族愛にあふれたもので何故だか涙が出てきてしまった。
・「税金は日本に納めよう」
たくさんの日本人が購入された結果が、あなたの収入の源泉です。ゆかりの無いスイス国のために使われるより、日本人に還元される様に日本国に税金は納付致しましょう。
・「児童書としては・・・」
児童書としてはどうかな?という印象があります。難しい言葉も結構出ていたので、原書の方が簡単なように思えました。あとがきもどこか独りよがりで、初心を忘れないでいて欲しい。もちろん税金もしっかり払ってください。ちょっと調子に乗りすぎですよ。
・「どうして・・・・」
原作を発売直後に買って読みましたが、ストーリーの面白さ、意外性はもちろんのこと、登場人物たちの心理についても今まで以上に深く、ていねいに書かれていて、どんどん物語の中にのめりこんでしまいました。最終巻が本当に楽しみです。既に出たレビューの中には、ハリーや他の登場人物の心理描写などについて不服を訴える人が何人か居るようですが、日本語訳のまずさが原因ではないでしょうか?原書版のほうはすばらしい出来なのですが・・・・・。翻訳の松岡祐子さん、今回も「若様」、「手水場」などなど、現代のイギリスが舞台になっているとはとても思えないような訳語や、原作とはかなりイメージの違う表現、日本語的ミスがかなり散見されます。税金対策でスイス移住を決意されるぐらい儲かっているんだったら、プロの校正者をちゃんと雇ってもらいたいと思います。いつまでたっても素人レベルの翻訳なのに、プロの校正者によるチェックも入れないで出版・販売し、その挙句、税金を日本に納めないなんていくらなんでもひどすぎます。
・「う〜ん」
全体的に唐突で、一冊の本としてまとまってないような気がしました。まず伏線というものをろくにつかってないような。ハリーがジニーを好きになる展開なんかいきなりすぎてわけが分からないし。さらに、翻訳化の文章が終始「〜た」「〜だった」の2パターンしかないため読んでいてしんどくなってきます。
3巻まで読んだ時は、こんなに面白い小説は他に無いと本気で思ってたものですが、それからたくさんの小説を読み、たくさんの文章に触れた後で読み返すとどうにも面白く感じられません。
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