機動戦士ガンダムUC (6) 重力の井戸の底で (角川コミックス・エース) (詳細)
矢立 肇(著), 福井 晴敏(著), 富野 由悠季(著)
「小説だから出来ること」「バナージ覚醒、ブライト登場。」「『ファースト』と『ユニコーン』 」「冷静になってください。」「今後の展開も含め・・・」
機動戦士ガンダム THE ORIGIN (17) ララァ編・前 (角川コミックス・エース 80-20) (詳細)
安彦 良和(著), 矢立 肇(その他), 富野 由悠季(その他)
「16巻が良かっただけに」「手の加えようがない、秀逸なストーリー。」「謎の解明」「おぢさんに愛の手を!!!」「原作とほぼ同じ」
機動戦士ガンダムUC (5) ラプラスの亡霊 (角川コミックス・エース (KCA189-6)) (詳細)
福井 晴敏(著), 矢立 肇(企画・原案), 富野 由悠季(企画・原案)
「大人たちの現実と戦い」「謎は一層、深くなるばかり…」「大人の事情」「ダグザとバナージ」「胸が躍らない読者は少ないだろう」
機動戦士ガンダム00 (3) (角川コミックス・エース 146-6) (詳細)
矢立 肇(著), 富野 由悠季(著), 大森 倖三(著)
「これはこれでありかな〜」
機動戦士ガンダムUC (4) パラオ攻略戦 (角川コミックス・エース 189-5) (詳細)
矢立 肇(著), 福井 晴敏(著), 富野 由悠季(著)
「挿絵、付録、ストーリー」「胸が躍らない読者は少ないだろう」「挿絵が気持ち悪い。」「すごいぞユニコーン。」「ZZを黒歴史にしない点が好感」
機動戦士ガンダムTHE ORIGIN 16 オデッサ編・後 (16) (角川コミックス・エース 80-19) (詳細)
安彦 良和(著), 矢立 肇(著), 富野 由悠季(著)
「意外な展開、でも最高。」「マ・クベ」「嗚呼・・・南極条約」「北宋レベルか!!」「イカすぜ!マ・クベ」
機動戦士ガンダムZZ外伝 ジオンの幻陽 下 (角川コミックス・エース 168-4) (詳細)
矢立 肇作(著), 富野 由悠季(著), 森田 崇(著), 中村浩二郎(スタジオオルフェ)(著)
「宇宙世紀0088第一次ネオジオン戦争でアクシズのフェアトンは・・・,」
機動戦士ガンダムZZ外伝 ジオンの幻陽 上 (角川コミックス・エース (KCA168-3)) (詳細)
森田 崇(著), 中村浩二郎(スタジオオルフェ)(著), 富野 由悠季(著), 矢立 肇(著)
「宇宙世紀0088第一次ネオジオン戦争でアクシズのフェアトンは・・・」
機動戦士ガンダムTHE ORIGIN 15 オデッサ編・前 (15) (角川コミックス・エース 80-18) (詳細)
安彦 良和(著), 矢立 肇(著), 富野 由悠季(著)
「帯に偽りあり」「ついに本編に帰還」「そういう言い方、好きだぜアムロ」「戦争なのですね。」「大反攻!オデッサ・前編」
機動戦士ガンダムUC(4) パラオ攻略戦 特装版(MGユニコーン武器セットつき) (角川コミックス・エース 189-4) (詳細)
福井 晴敏(著), 矢立 肇(著), 富野 由悠季(著)
「挿絵」「あなたはどっち?」「ビームガトリングガン」「福井氏の本領」「なんじゃこりゃ('Д`;)!?挿絵が…」
●機動戦士ガンダムUC (6) 重力の井戸の底で (角川コミックス・エース)
・「小説だから出来ること」
朝日ソノラマ文庫で発行されていた、冨野氏が書き下ろした小説としての「ガンダム」全3巻を読んだのは小学5年生位の頃だったかと思う。25年以上前のことなので正確な時系列では思い出せないが、その衝撃は忘れられない。 富野氏の原作小説を読んだ経験のある方ならご理解いただけると思うが、とても小学生に理解出来るような内容ではなかったし、私が「セックス」という言葉を初めて知ったのは、恐らく小説「ガンダム」によってではなかったか。アニメの小説といえば、アニメ上の動きを単に文章にしたような稚拙な代物が多い中で、富野氏の原作小説は余りにも刺激的だった。 ファーストガンダムをアニメでしか知らない方がいたら、一読をお勧めしたい3冊である。お世辞にも上手でも読みやすい文章でもないのだが・・・(インパクトに残る文体ではある)。
それ以来、私には富野ガンダムをTVで見る際には、先立って富野氏の原作小説を読んでから、という習慣がついた(当時のパターンとして、Zにせよ、Vにせよ、劇場版作品にせよ、アニメ化に先立って小説の方が先行して出版された為である)。 元々アニメよりも読書の方が好きだったこともあるが、それだけでなく原作小説の方がアニメよりも単純に面白かったし、わかりやすかったのである。
よく富野ガンダムは”難解””何となく気持ち悪い””不親切”といった表現で批判されることが多いが、富野氏の原作小説を読むとその理由がよく判る。 一言で言えば、「本質的にアニメ化(というか映像化)に向いていない」のである。冨野氏が伝えたいテーマや主題は、文章だと非常にわかりやすいのだ。アニメを前提にした「ガンダム」なのに、「それってどうよ」と思ってしまうが仕方がない。事実、原作小説を読むと、「富野さんの言いたいことは判るけど、これは映像では伝わらないだろう(又は、映像に変換出来ないだろう)」と思うシーンが余りにも多いのである。
既出のレビューにも書いたが、小説「ベルトーチカ・チルドレン」が、映像化した際のエンターテイメント性に反する(欠けるではなく、反すると評された点に注目すべきであろう。=モビルスカーツ否定である、とスポンサーサイドは表現した)として、スポンサーサイドからダメ出しを喰らったことが、象徴的と言えるだろう。
70年代〜80年代のアニメ全盛期に育った人間として、「しょせんアニメ」という表現はしたくない。40歳前後の私たちは、当時の大人たちからそう言われて反発してきた世代であるからだ。 しかし一方で、現実に大人になってみると、「ああ、こういうところはまだアニメは文学に勝てないな・・・」と思わされる場面は確実に感じることが多いのもまた事実である。(特に、日本アニメの象徴というべき「ガンダム」において、そう感じることが多いというのは、余りにも皮肉というべきだろうか。
個人的な意見ではあるが、私は「ユニコーン」の映像化を望まない。しても成功しないだろうとも思っている。
繰り返し書いているように、文芸というジャンルだからこそ真っ当に表現できるもの、というものが多く存在すると思うからだ。そして、ここまでの福井氏の発言(アニメ業界とファン向けのスポンサー意向寄りの商業発言でなく、連載直前に一般新聞や一般ビジネス誌に掲載された本音トーク)を読む限り、彼は完全に現代の映像ガンダムに求められるタイプのエンターテイメント性を捨てて掛かっている。
福井氏は、こう発言している。
「今この、これからガンダム市場を考えていかなきゃいけないという時期、宇宙世紀ものという、最初の『機動戦士ガンダム』から始まった一連の作品と、それ以外のガンダムは違うものだということをはっきりさせないといけないと思います。なにが違うかというと、宇宙世紀はまず状況ありきではじまっているんです。これが革新的なところでした。〜中略〜 しかし、他のガンダムではキャラクターのドラマを描くために、キャラクターに状況が寄り添っている。「あるキャラクターとあるキャラクターが最後にここで戦って、お互いに見栄をきるシーンをやりたい」という意図にもとづいて状況がつくられる。もちろん、そうした方法を否定するわけではないんです。 〜中略〜 これは好き嫌いの問題じゃなくて、目指すものの違いなんです」
この6巻を読んでも、連載開始前に示された福井氏の方向性は、やはり文芸作家の強みなのか商業サイドから過度に歪められる弊害から免れているようで安心した。(彼が、他のアニメノベライズ作家と本質的に異なる点は、別にガンダムに関らなくても文壇で一流の作家としてきちんと食っていける、という点だろう)
また福井氏は、こうも発言している。
「今の世の中、おれたちの世代にはガンダムが好きな人は大勢いるけれども、「よーわからん」という人もいる。あえて言えばそのよーわからん人は、物事を大きな視野でとらえるのが苦手な人が多いんじゃないかと感じます。そういう人は真面目で実直なんですよね。しかし、なまじ実直だから「ガンダムってアニメだろ?」っていうところから、抜けだせない。
でも一方で「なぜガンダムでこんなこと(=ユニコーン)をやるんですか」という人は、実はいわゆる「ガンオタ」と呼ばれるコアなガンダムファンに一番多い気がしているんです。あの人たちはあの人たちで、魅力あるアニメーションとしてのガンダムにこだわり過ぎていて総体が見えない。アニメであるない以前に、すでにガンダムが世代にとって、いかなる存在になったのか、ガンダムが獲得した普遍性に気がつくことができないでいるんです。」
「「ガンダムに魂を引かれた人たち」ですね」
こういった発言から推測して、私はユニコーン評でも是非を色々言われるファースト風味の引用なども、半ばオマージュと同時に半ば(アニメとしての)ファースト原理主義への福井氏の皮肉ではないかとも思ったりしている。 これは富野氏の原作を読んでもわかるが、そこに描かれるのはどう読んでも”ロボットアニメ”には似ても似つかない”別のもの”である。確かに、MSやらスペースコロニーやらは出てくるが、本質的に、人の、人の歴史、人の所業の物語である。(特に自分の好きな「Vガンダム」原作では、13歳のウッソ少年がニュング伯爵と、”ギロチン、大量殺戮の是非、種の原罪”といった定義について延々と歴史論を戦わせるというシュールなシーンが出てくる。非常に読み応えがあるシーンなのだが、残念なことに映像的な娯楽性とは無縁な類の面白さだ) だから「アニメ」としての「ガンダム」を想定し、そのビジュアルを前提に思い描いて読む人には、ストレスや違和感を与えてしまうことになる。
田中芳樹が「銀河英雄伝説」を現実の歴史に仮託して書いたように、富野氏と福井氏が描く「ガンダム」の小説も、確信的に読者に現実の歴史と対照させる形を取っている。別な言い方としては、「気楽に力を抜いて、フィクションとして楽しんでね」という形は取っていない訳である。(これは、良い悪いという意味でなく、単に違うということである) 富野氏、福井氏がそれぞれの独断に基づき歴史観と世界観を構築し、それをあからさまにし、「さあ、アンタならどう思うんだ」と読者に突きつけてくる形の作品なのである。
・「バナージ覚醒、ブライト登場。」
前巻でユニコーンガンダムと共に大気圏を突入し、地球に降下したバナージ。 地球では袖付きのガランシエールクルー達と行動を共にしますが、本巻の見所は、この際にジンネマン艦長と過ごす、サハラ砂漠での過酷な数日間と言えるでしょう。
・「『ファースト』と『ユニコーン』 」
既刊と比較するとやや政治的な色合い(各キャラの思想)の濃い内容になっている。そのせいか、物語のトーンダウンは否めず、読みすすめるのに若干の苦労を要した。 ガンダムサーガと福井文学の絶妙なコラボレーションがガンダムユニコーンの醍醐味であったはずだが徐々に福井氏の作風に偏り過ぎてそのバランスが崩れてきたのではないか。 それを補おうという気持ちがフル・フロンタルのセリフの数々や「俺を踏み台にしやがった」等のファーストガンダムの名フレーズの乱用に繋がっているのだとは思うが、読み手はそんな安易な、ただセリフを模倣するだけの行為で、ガンダムの雰囲気を味わいたいなどと思ってはいない。第一そんな、ファーストに頼りきったスタンスで、"ガンダムユニコーンの名ゼリフ"と言われるものが後に語り継がれるほどの作品が生まれるはずがない。 ただ終盤に描かれた臨場感あふれる、MS群対MAの戦闘シーンはさすがで著者の筆力が縦横無尽に発揮されており読み応え十分。著者にはぜひ歴史に名を刻むような"新たなガンダム"を創っていただきたい。 次巻以降の展開はわからないが、伏線を多数張り巡らし加速度的にラストに向けて物語を盛り上げていくのが著者の得意とするパターンでもあるので、本巻を力を蓄える準備期間と位置付けるとこれから予想される怒濤の展開に期待が高まる。
・「冷静になってください。」
このシリーズのレビューで、マンガコーナーなどに置いてあるのは失礼だ、とか書いてありました。この装丁だと当たり前です。なにより、しょせんはガンダムですよ。
あと、他のレビューを見ていると、いきすぎたガンダムオタクは本当に気持ち悪く、程度が低いとわかりました。最近のガンダムのオマージュにはギャーギャーわめくくせに、この作品においてのオマージュには賛美のみと、結局は好き嫌いで言っているだけとは……。安彦じゃないからダメとか、ガンダムはこうじゃないとダメとか、こういう人が作品の質を落とすのです。
・「今後の展開も含め・・・」
最近、テレビ放送されているガンダムには全然馴染めない。ダサいMSに、同じ顔のキャラクター達。だからこのガンダムUCの骨太なストーリーや、カトキ氏デザインの正当なMSに癒される。しかし批判を承知であえて書くが、この作品で「戦闘→どさくさ紛れにミネバ脱出→主人公も反対陣営へ→戦闘→どさくさ紛れにミネバ脱出→主人公も反対陣営へ」と言う、テニスのラリーの様な展開の連続は残念。確かに連邦にも袖付きにも与さない主人公の立ち位置は理解できるが、こうも交互に陣営を行ったり来たりされると、いまいち心持ちが落ち着かない気がする。
●機動戦士ガンダム THE ORIGIN (17) ララァ編・前 (角川コミックス・エース 80-20)
・「16巻が良かっただけに」
私は、ガンダムエースは読まずに単行本専門に揃えています。16巻がすごく良かったので期待していたのですが、少し期待はずれでした。サプライズは期待していませんでしたが、今回は映画とテレビのストーリーをただなぞっていくだけだったというのが正直な感想です。あまりにさらっとしているので、あっという間に読んでおしまいっていう感じでした。ほかに仰っている方がいましたが、私も絵が粗く、あれっ?という印象を持ちましたので、同じ感想を持った方がいたことで妙に納得してしまいした。これは想像でしかありませんが、物語の展開や絵の質から安彦氏が乗らない時期だったのかなと思いました。長丁場ですからね。乗るときもあれば乗らないときもあるでしょう。物語も終盤ですので、どうにか持ち直してラストを迎えてほしいです。
・「手の加えようがない、秀逸なストーリー。」
辛口の評価がある事を念頭に読んだのですが、とても楽しく読み終えました。雑だと言われている絵も、言われてみればそうかな?というぐらいで、この作品に対する期待を裏切るレベルではないと思います。 僕が気になったのは背景が簡素だったことぐらいかな。
・「謎の解明」
オリジン全体を通じていえることだと思いますが、放映当時には、謎のまま取り残されてしまった部分を公式設定を壊すことなく補足してくれています。あるいは、原作とは違う展開や立場を取り入れることで独自の「安彦ワールド」を形成しています。
ララアの登場は、開戦編でその謎の部分が解き明かされており、今回はその流れに沿う形で、TVシリーズと同調させております。
当時からのファンとしては、ガンダム世界の謎を解き明かして頂き、非常に嬉しく感じております。
・「おぢさんに愛の手を!!!」
コンスコン少将かっこ悪すぎ!あんな無能な司令官があるかね。
私の愛するドレンも見せ場なくやられてしまった。
アムロのお父さんも悲惨なことになっているし・・・。
安彦先生、おぢさんたちに愛の手を!!!
あとはスレッガーさんに期待かなあ・・・。
・「原作とほぼ同じ」
原作とほぼ同じ、それに尽きます。
16巻の最後で、マクベが死んでしまったのが衝撃的で、今後どうなるのだろう?と思っていたのですが、原作と同じでサプライズはありません。
宇宙に上がってから、ドレンとの戦闘→サイド6→コンスコン襲撃と、変わり映えありません。個人的にはサイド6における、テム・レイとの下りやカムランとの絡みが見所かと思います。
極論を言ってしまうと、原作を知っている人は本巻は読まなくてもいいかもしれません。ラストに向けて、これからの盛り上がりに期待します。
●機動戦士ガンダムUC (5) ラプラスの亡霊 (角川コミックス・エース (KCA189-6))
・「大人たちの現実と戦い」
先日東京に出張があり、ついでに神田と浜松町の書店を回ったのだが、本書がコミックやライトノベルの棚ではなく、きちんと文芸コーナーに並べてあるのを見て(かつ、書店の店員さんの手書きによる推薦までついている)嬉しくなってしまった。さすがに東京の大書店は違う。 これが私の地元茨城の書店だと、少数の例外を除いてコミックやラノベ扱いされてしまうのだ。福井氏ほどの実績ある文芸作家に対してあまりにも無礼な扱いではなかろうか。(まあ、いかにもアニメっぽい安い装丁も良くないのだが・・・)
5巻に入り、いつもの福井節による”中年の大人達”の描写が更に冴えわたってきた。脇役として描かれる分、仙石曹長や並河警部補のような存在感には正直まだ至っていないが、マックール中佐、オットー・ミタス艦長、レイアム副長、ジンネマン船長など、きちんと重ねてきた年齢を感じさせる大人たちの苦衷と行動は、”子供”しか登場せず(これはキャラクターの年齢のみを指さず、描かれるキャラクターの”薄っぺらさ”、製作者の”幼さ””オタクっぽさ”をもって、”子供”という意味である)、またその”子供”の事情で世界が動いてしまう”オタク向けガンダム”にうんざりさせられてきた身は嬉しい限りである。 1.2巻のレビューの際に、私は本作を「普通の現実を描ける正統派ガンダム」と評したが、福井氏の諸作品はその点で既に冨野氏を超えていると私は感じている。
冨野監督は、シャアのように、大人になりきれない、大人になりそこなった”こどもおとな”の”痛さ”を描く点では卓絶した力を持っているが、反面”よくも悪くも年齢を重ね、どんな形であれ一本筋の通った大人”を描くのは、決して得意ではない。ファーストガンダムでこういうキャラクターを描き出していたのは、冨野監督ではなく安彦良和氏の力である。(連邦軍参謀本部のゴップ大将やレビル大将などは、安彦氏の”大人を描く力”の好例であろう。冨野監督はこういう人物が描けない) だから、安彦氏が演出から抜けたZ以降、冨野ガンダムに出てくる大人は、どこか”変”である。アムロとシャアは最後まで”おとな”になれていない。最後のVに至っては、どこかが”狂った”大人しか登場せず、幼い少年少女にかろうじて希望を託す内容になっている。
これは大人になりきれない”こども大人”が多くなってしまった現代の現実の”痛い”一面ではあるのだが、一方でVガンダム以降の冨野監督が自己反省をしたように、過剰に”大人への絶望と無垢な少年少女に希望を求める”点で、危険な描き方でもあった。(現代の現実への絶望が、極端な現実否定行動への理論武装になる点で=オウム事件等)
一方、福井氏は処女作「川の深さ」の桃山警備員以来、常に青少年と中年おじさんのコンビを登場させており(ワンパターンではあるが)、どこかダサい、しかし最後には一本筋を通せる中年オヤジを見事に描く点で定評がある。また、主人公の青少年達の行動のみで、問題を解決させておらず、必ず現実の組織内の大人達の、ささやかな行動の積み重ねで、”ちょっとだけ”現実が前進する、または可能性だけが残るというスタンスを貫いており、決して”少年少女”の言動のみによって事態が解決する形にはしていない。
本作でもバナージ・リンクスの周りには、スタンスは様々であるけれども、それぞれに少年に生き方を、可能性を伝えられる大人達を配しており、彼らと少年との会話が各章の見せ場になっている。 その意味では、本作に必ずしもモビルスーツといったギミックは必要でなく、基本的に人間と人間の物語である。しかし、冨野監督の小説”ベルトーチカ・チルドレン”が映画化に際して、”モビルスーツ否定である”としてスポンサー側から却下されたように、ガンダムは不幸にして”本来語りたい本質”からは、常に歪められた発信を強いられてきた。 ガンダム・ユニコーンが文芸として成功することで、それらに対する強力な一石となることを願ってやまない。
いずれにせよ、福井氏が執筆に先立って語っていた”可能性”は、物語の折り返し地点に至り、少しずつ姿を見せ始めている。 ガンダムを小説という形で発表した意味。 ガンダムを文芸という舞台に持ち込んだ理由。 福井氏は、それを”多くの人がガンダムという作品が獲得した普遍性に気付いていない”という表現で発信した。 ”精巧なガンプラ””オタクっぽいミリタリー用語、世界観””華麗な戦闘アニメーション””萌える美少年美少女”・・・etc。様々な形で発信され継続してきた”ガンダム”に対して、福井氏は本質的に異なる、しかし、”本来のガンダムの可能性”を見せようとしている。
・「謎は一層、深くなるばかり…」
今までは手に汗握る艦隊戦やMS戦なども楽しめる、エンターテイメント的部分も多くありましたが、本巻では大部分が、非常に濃密な人間ドラマに割かれています。中でも、各人物の過去を遡り、現状との因果関係が判明する部分がいくつかあるのですが、それは当然、一年戦争からシャアの反乱に至る過程で、各々がどのように状況に関わっていたかを辿る事にもなり、各人物像に厚みを持たせています。それらの登場人物達が、複雑に絡み合いながら展開するドラマが、本巻の最大の見所ではないでしょうか。特に前巻で、自らの『義務と責任』に目覚め、ミネバと共に大胆な行動に出たリディが、連邦議員である父親と再開した際の一連のシーンが、最も印象に残りました。
ただ、物語は一年戦争以降の出来事にあった背景や意味などを丁寧に邂逅及び解説しつつ進められていますので、それを、知識欲を満たす喜びと感じるか、複雑でややこしいと感じるかは、読者次第かも知れません。当然、多くのファンは前者かと思いますが…。ちなみに僕は「あれ?どうだったっけな…」と読み返す事しばしば(笑)。
さて、ストーリーがいよいよ『箱』の核心部分に近付きつつあるのは間違いないようですが、もちろんまだ判然とはせず、むしろ、ますます謎は深まっていきます。一年戦争に始まった壮大なサーガを、どうやって総括するのか?今後も非常に楽しみですが、企画段階から安彦氏が参加していた事もあり(本巻も表紙のみ書いています)、大きな期待が寄せられる反面、生半可な物は容赦なく切り捨てられるのではないかと思われていた中、コアなファンをここまで引き付ける作者の筆力には脱帽です。
・「大人の事情」
ガンダムは一環してスペースノイドvsアースノイドの物語であるが、これが革新派vs保守派であり、ジオンvs連邦であり、エゥーゴvsティターンズであり、オールドタイプvsニュータイプの構図であった。その中に子供vs大人の構図も常に存在し、ニュータイプは常に子供である。この表現は間違っているわけではもちろんないし、子供向けロボットアニメであれば、子供達の共感を得るため、やむをえない。
そんなガンダムシリーズにあって本作は大人のためのガンダムである。主人公、バナージ・リンクスこそ子供だが、その周りを固める大人たちが魅力的だ。今までのガンダムのように、ただ古い考えを持った保守派の大人として描かれているのではなく、それぞれに事情があり、立場があり、秩序を守ろうとする大人。このスタンスでガンダムを描くことが、これほど面白く感じるとは思わなかった。ガンダムは成長する。我々ガンダムを見て育った世代とともに。
蛇足ではあるが、いっそのこと主人公も30歳過ぎて急に覚醒した悩めるニュータイプにしてもおもしろかったかも知れない。
・「ダグザとバナージ」
ガンダムUCでは、各巻の表紙の人物が、その巻でのキーパーソンであることは以前にも指摘した通りであるが、今回はダグザとバナージの二人がやはりストーリー進行上の要であった。
生粋の連邦軍人である特殊部隊エコーズ、通称「マンハンター(人狩り)」のダグザと、ガンダムシリーズ伝統の巻き込まれ型「民間人」のバナージ。
物語は核心に近付きつつも、複雑さを増していき、「ラプラスの『箱』」の謎にあと一歩と肉薄しつつも、第5巻に至っても、いまだその謎は明かされない。それどころか、巻き込まれる人々を増していきながら、事態はますます混迷の度を深めつつある。今後どのように物語が収束していくのか、見ものである。ジオン側とも連邦側の人間とも心の交流を持ってしまったバナージの葛藤が、ところどころ痛々しい巻である。首相官邸「ラプラス」の残骸を前にする場面は、緊迫してジワリと汗が滲み出ること必至であろう。
今回、シャトル「クリムト」が登場するが、これは世紀末ウィーンで活躍した画家グスタフ=クリムトから拝借したものだろう。こういうことがわかるかどうかは、「大人のためのガンダム」だけに読者諸氏の教養が試されるところである。
なお、表紙だけは今回も安彦良和氏が担当しているが、本編中の挿絵に関しては前回から引き続き安彦氏ではなく、大きな減点の対象となっているが、福井氏の文章は相変わらず巧みで、読むものを惹きこむ魅力がある。
・「胸が躍らない読者は少ないだろう」
著者と同い年、所謂ガンダム世代の私にとって トミノ監督の手によらないにもかかわらず ひさびさに「正統な」作品を読んでいる気がした。 (挿絵の効果も大きいとは思われるが、 その点からすると四巻から部数が伸びないような気も・・・)
ファーストから30年近い年月が経過し 直木賞候補作家が作品を手掛けるまでの成長を 当時、誰が予想し得ただろうか?
本巻は第五巻。ニュータイプというある種「選ばれた人間の特権的な悩み」ではなく組織の中で歯車として疲弊しながらそれでも道理を貫こうとする大人の描き方に骨太で、大人が読むに耐えるSFを感じさせる。
本歌取りではあるが、 それでも圧倒的な筆力で展開される物語に 胸が躍らない読者は少ないだろう。
●機動戦士ガンダム00 (3) (角川コミックス・エース 146-6)
・「これはこれでありかな〜」
ファーストシーズンの最終巻でしたが…TVとは違った視点ということで、最終話はどうなるのか?と思いながら読みました。
… これはこれでありかなというのがまず思った感想です。ロックオンが1ページにアップでありそれはよかったです。私はアレルヤが好きなので最終話に向けてのアレルヤのシーンを楽しみにしていたのですが…省かれており少し残念でした…まぁ、刹那の視点での構成ならこうなのかなと…ちょっと残念だったので、★は3つで。
●機動戦士ガンダムUC (4) パラオ攻略戦 (角川コミックス・エース 189-5)
・「挿絵、付録、ストーリー」
皆さん、通常版と特別版(付録付)どちらを購入しましたか?僕は、大きく分けて3つのポイントがあると思いますので、参考にして頂ければ。
・「胸が躍らない読者は少ないだろう」
著者と同い年、所謂ガンダム世代の私にとって トミノ監督の手によらないにもかかわらず ひさびさに「正統な」作品を読んでいる気がした。 (挿絵の効果も大きいとは思われるが、 その点からすると本巻から部数が伸びないような気も・・・)
ファーストから30年近い年月が経過し 直木賞候補作家が作品を手掛けるまでの成長を 当時、誰が予想し得ただろうか?
本巻は第四巻。大人の事情で翻弄される中、戦場で出遭ってしまうニュータイプたちと無謀とも云える状況打破が、過剰な台詞とともに展開するファーストガンダムのオマージュに満ち満ちている。
本歌取りではあるが、それでも圧倒的な筆力で展開される物語に 胸が躍らない読者は少ないだろう。
・「挿絵が気持ち悪い。」
内容には不満は全くありません、でも小説にとって挿絵はすごく重要な物だと私は思います、小説のイメージが変わってしまったのが残念なので、厳しい評価をします。
・「すごいぞユニコーン。」
なんとこの本は近所の本屋で発売日に売切れていた。注目が集まってきたなあ。さて、今作もガンダムらしさ、福井晴敏らしさ満載である。エコーズの部隊ナンバーが729と920。福井ファンは、おお!と思ったはず。そして作戦行動のシーンは、福井晴敏が得意とする描写で、臨場感や緊迫感は抜群。純粋に小説としてのレベルが高い。ストーリーもとても盛り上がる。リディとミネバの決意・ネェルアーガマの面々のあらゆる想い・バナージとマリーダの共感・・・。見所満載。中盤から最後にかけては盛り上がりっぱなしである。さらに変形する百式まで出てきた日にゃあガンダムファンは狂喜するしかない。今後も全く目が離せない。先日、三巻が発売されたときのサイン会に行ってきた。丁寧にサインしていただき、「今後ともよろしくお願いします」と言っていただいた。間違いなく最後までついて行きます。
・「ZZを黒歴史にしない点が好感」
謎めいてた部分が少しずつ明らかになり、受動的だった登場人物たちがおのおのの考えで能動的に動き始めました。相変わらず筆者の描写は精緻を極めています。機械などの説明が優れていることは既刊でわかっていたことですが、ガンダムならではのニュータイプ同士の共感シーンも秀逸。特に好感が持てるのは富野さん自身も黒歴史にして消したがっているように見えるZZのエピソードがちょいちょい出てくる点。旗艦はネェル・アーガマだし。ZZはコミカルにしすぎて他のガンダムシリーズとやや浮いている感は否めないが、掘り起こせば魅力的な設定やキャラがたくさんあったと思います。ZZ後消息不明のイリア・パゾムとか出てこないかなーw
●機動戦士ガンダムTHE ORIGIN 16 オデッサ編・後 (16) (角川コミックス・エース 80-19)
・「意外な展開、でも最高。」
オデッサ編もこの後半(本巻)で完結。前半同様、後半も新しい解釈によるストーリー展開が繰り広げられますが、これが非常に良く出来ていてます。
もちろんこれはアニメにあったいくつかの設定に無理があったので、そこを作者が現実的な線に書き直した、という所もあるのでしょう。(特にエルラン中将スパイ発覚の経緯や『水爆空中分解斬り』など)それに加えて、現実の軍事技術的な背景も織り込み、それがストーリーをさらに重厚なモノにしていて、コアなファンにも恐らく自然に受け入れられると思います。印象としては全体的に一気に展開がスピーディーかつスリリングになり、壮大なオデッサ大陸大反抗作戦の激しさが伝わって来るような仕上がりに。特にスパイ発覚に至る部分では、アニメではあまり存在感のなかったレビル将軍がいかにも歴戦の猛者らしい、軍人としての鋭さを発揮していて、その大物ぶりがすごくカッコいいです。
また、アニメではサイド6宙域で覚醒したアムロのNT能力ですが、それをこのオデッサ作戦にもってきました。これがまたカッコいい!アニメではいつの間にか覚醒していた感じで、ちょっと唐突感もありましたが本巻では覚醒に至る経緯にもうまく触れています。それがいかにもアムロっぽく、この辺はアムロの性格までしっかりと掴んでいる作者ならではの仕上がりじゃないでしょうか。こういった人間心理の描写はさすがですね。覚醒したアムロはもはや伝説の剣豪、宮本武蔵!いやホントに良いシーンです。
さらに特筆すべきはオデッサ作戦での重要キャラであるマ・クベ。彼が軍人としても骨董品コレクターとしても、非常に質の高い人間に描かれていたのが印象に残りました。早くも登場するギャンの大活躍ぶりとも合わせ、アニメでは考えられないぐらいカッコいい。従来の面白キャライメージをすっかり払拭してしまいました。マ・クベ本人もきっと喜んでいるでしょう。とにかく、マ・クベ+ギャンのコンビ、登場シーンは短いですが、壮絶な最後を遂げ、読者に強烈な印象を残します。これで、テキサスコロニーでのガンダムとの死闘がなくなる事になりますが、それを補って余りある男っぷり。ああ、もちろんあの名(迷?)セリフはお約束ですからご安心を(笑)。
という事で、本巻も大変、楽しませてもらいました。次巻もどのような展開になるのか、本当に楽しみです。
・「マ・クベ」
オリジンではアニメ版とはマ・クベの設定が異なっているのですが、アニメ版よりもマ・クベがよく描かれています。アニメ版では小悪党の色が強かったですが、軍人・文化人としてのマ・クベをみることができます。
・「嗚呼・・・南極条約」
『機動戦士ガンダム』には、核兵器の使用を禁止した「南極条約」なる設定が、アニメのころから存在します。宇宙世紀という未来の、もっといえばヒロシマ・ナガサキ以後の時代を舞台に戦争を描いた物語にあって、この設定というのはとても真摯なものだと今までも感心しておりました。あらすじを言えば、「THE ORIGIN」ではすでに、14巻でジオン側全権大使として本巻の主役であるマ・クベがこの「南極条約」の締結交渉に当たる様子が描かれていますが、そのマ・クベが……です。ヒロシマ・ナガサキ以後の核のある時代に棲む人間の性が、「南極条約」から滲んで見えてきます。シャーとアムロの方はさらに人間離れしてアクロバチックになりますが、回線が完全でない通信を介したギレンとマ・クベの会話などは、「のちの物語の伏線」というに止まらず、熱狂的思想家と歴史主義者の思想的、人間的な交渉不全を暗喩しているようで、地味ですが思わず感嘆するような演出になっております。これまでもファンを驚かせてくれた「THE ORIGIN」ですが、「更なる予感」を抱かせてくれる1巻です。
・「北宋レベルか!!」
内容は、皆様、御周知の通り。
これは、良いものだ。必ず世間に広げてくれよ!
こうした良作が発表される限り、ガンダムは、過酷な市場で、まだ10年は戦える!!
・「イカすぜ!マ・クベ」
ニュータイプの力を発揮し始めたアムロがシャアを圧倒し、アムロの活躍によって連邦軍はジオンに完勝。・・・しかし、いくらニュータイプだからといって発射された核ミサイルの信管をぶった切るなんて、ちょっとリアリティーがないんでは。
この巻の白眉は以外なことにマ・クベ。「おろかだな、ウラガン。私にとってジオニズムの理想なぞ、白磁の名品一個にも値しないのだよ」マ・クベしぶすぎ!実はマ・クベが地球を核兵器の脅威から救ったのだ!!!
テレビ放送時、シャアやアムロの年齢に近かった私もいまやラルやマ・クベと同世代。シャアもアムロも子供に見えてつまらん。安彦先生、もっとかっこいいおぢさんを描いてくれ!
●機動戦士ガンダムZZ外伝 ジオンの幻陽 下 (角川コミックス・エース 168-4)
・「宇宙世紀0088第一次ネオジオン戦争でアクシズのフェアトンは・・・,」
収録内容・Out.2 復讐者 ダカールを占領したネオ・ジオン、ハマーンからフェアトンに下された命令は・・・そして北米へ向かうインドラの前に現れたのは・・・・Act.4 揺乱 北米ニューヤークへ侵攻したフェアトンたちネオ・ジオン艦隊、そこには再びあの彼女が・・・・Act.5 走馬灯 エゥーゴがアクシズ攻略艦隊を発進させたのを知ったネオ・ジオンはフェアトンを召喚し・・・そしてアクシズ攻防戦の中、バーンが、フェアトンが戦場で・・・・Act.6 蜃気楼 エゥーゴによるソーラ・システム2による攻撃が行なわれる中、遂にラーフ・システムが・・・・MIRAGE OF ZEON MECHANIC FILE2 「ズサ」「ガルスJ」「ハイザック」「ガザD」「ガザC」「オッゴ」「ドップ2」 「バウ・アタッカー」「バウ・ナッター」「ジェモ」「ガンキャノン・ディテクター」 「陸戦型百式改」「ゲーマルク」「ガズL」「ガズR」「リゲルグ」「パブリク突撃艇」 「メタス」「Z2」・フェアトン野望の軌跡
●機動戦士ガンダムZZ外伝 ジオンの幻陽 上 (角川コミックス・エース (KCA168-3))
・「宇宙世紀0088第一次ネオジオン戦争でアクシズのフェアトンは・・・」
収録内容・プロローグ サイド1コロニーブリガドーンに着く直前、フェアトンが見た夢は・・・・Act.1 太陽を掴む者 サイド1コロニーブリガドーンに近づくアクシズの軍艦インドラ、その目的は・・・そしてコロニーを守備するエゥーゴ大尉バーンの運命が・・・・Act.2 万華鏡 フェアトンに誘われ、インドラに乗ったバーン、その前に協定を無視し接近する連邦軍艦隊が・・・そして不利な状況でフェアトンが取った作戦は・・・・Act.3 仮面舞踏会 フェアトンが向かったのはグリプス1、彼の目的はそこで篭城するティターンズ部隊・・・彼らと共にエゥーゴから脱出しようとしたのだが・・・・Out.1 地球降下作戦 ハマーンの演説の中、ネオ・ジオンによる地球降下作戦始まる!そしてフェアトンと接触したザビ家忠臣の乗ったシャトルが・・・・MIRAGE OF ZION MECHANIC FILE 1 「カプール」「ドライセン」「ジム3」「リック・ディアス」「スーパー・ディアス」 「ZZガンダム」「ガンダムmk2」「百式」「Zガンダム」・ラーフ・システムプラン フェアトンが語るラーフ・システムそれは実在するプラン・・・
●機動戦士ガンダムTHE ORIGIN 15 オデッサ編・前 (15) (角川コミックス・エース 80-18)
・「帯に偽りあり」
ミハル・ラトキエ編。帯には「TV版では語りつくせなかったカイとの悲恋が今、明らかに」とある。嘘である。TV版とほとんど同じ。帯とはいえ、嘘をついちゃいけません。それにTVではナレーションで入った「ミハル・ラトキエ」のフルネームが出てこないじゃないですかあっ。
・「ついに本編に帰還」
長らく続いた過去編も前巻で終了し、いよいよ本巻から「機動戦士ガンダム」本編に帰還です。しかもジャブローを先にやったため「カットされたのでは?」と心配されたミハル編!! ここをしっかりやってくれただけで感無量。(展開のアレンジ上順番を変えただけのようです。オリジンでは地球上の最後の戦いをジャブローではなくオデッサの大反抗作戦に持ってくるらしい。ジムの投入で連邦とジオンの戦力バランスが変わったことを考えると、確かに理にかなってます)
ミハル編、何度も見てるはずなんですが何度見ても泣けます。過去編があまりに面白かったため、本編に入ったら退屈してしまうのでは? との心配も杞憂でした。やはり今の安彦氏の描写力でガンダムを読めることは、無上の喜びだ。
・「そういう言い方、好きだぜアムロ」
まるまる1冊カイとミハルのエピソードで大満足!二人の心理・行動がより繊細にいきいきと描かれ、ラストは涙涙涙…!これを機にカイがかっこよく成長していくんですよねぇ。それも楽しみです。また、ジ・オリジンでますます好きになった人間臭いブライトとイカす兄貴スレッガーのやりとりも目が離せません。自分はもう一冊カイます。安彦先生ありがとう!
・「戦争なのですね。」
カイの悲恋のお話。ロボットアクション漫画ではなく、戦争しているってことを伝えているように思います。カイもかわいそうですが、残された弟妹の事を考えると、胸が痛くなるラストでした。
・「大反攻!オデッサ・前編」
アニメを知っている人なら、誰がこの巻の主役で、どんな話なのか、すぐに見当がつく表紙になっていますね。本巻では、アニメのあらすじにメジャーチェンジとマイナーチェンジ(どの部分がそうなのかは読んでからのお楽しみ)が施されているのですが、「ふたり」が出会いすぐにすれ違うという物語の筋と情緒はしっかりと温存されたままになっています。「あれ?カイとミハル、はぶかれた?」と思ってた人、ご安心を。
●機動戦士ガンダムUC(4) パラオ攻略戦 特装版(MGユニコーン武器セットつき) (角川コミックス・エース 189-4)
・「挿絵」
内容は良かったです。ただ挿絵がいきなり安彦良和じゃなくなってたのはちょっといただけないです。そのせいで3巻までと違和感を感じます。
・「あなたはどっち?」
皆さん、通常版と特別版(付録付)どちらを購入しましたか?僕は、大きく分けて3つのポイントがあると思いますので、参考にして頂ければ。
・「ビームガトリングガン」
付属のビームガトリングガンをレビューします。デザインは、さすがカトキハジメ、素晴らしい。シンプルなガトリングガンなのだが、二つつなげて腕に装着できるというのがナイス。また、ビームライフルのように手にグリップを握らせることも可能。二つ買えば、両腕に取り付けられて、一気に重火器装備になる。右腕に取り付けた場合は、そのままビームマグナムを持たせることも可能だが、左腕に取り付けると、シールドを取り付ける穴を使用するため、シールドとのダブル装備は不可。あと、ちと重い。ユニコーンはもともと関節が少しゆるいので、保持が厳しい。まあこれはユニコーン側の問題だけど。しかし、単純にかっこいいなぁ・・・。MGユニコーンを持っていて、その出来に満足な人は、この武器を持っていて絶対に損はない。
・「福井氏の本領」
私がファーストガンダムの伝説的エピソード「光る宇宙」を最初に見たのは、初回放映時だから約28年前のことになる。当時まだ小学2年生だった。そして2年後、更に解釈と描写を昇華させた「めぐりあい宇宙」を見た。それらを見たときの衝撃は、未だに言葉に出来ない。 様々に形而上的な意味を象徴するであろう光の渦の中で邂逅するアムロとララァ。交わされた言葉の断片は、可能性と言うには余りにも茫漠としており、私は子供心にも「このアニメは、何か物凄いことを伝えようとしている」と直感すると同時に、それが何なのかを言葉にすることも明確な論理にすることも出来ず、ただひたすらに呆然としたことを、つい昨日のように記憶している。
福井氏が、この「機動戦士ガンダムUC」を書こうとした最大の動機が、そのときに同様に感じたであろう「衝撃」、そして「示された可能性」に対して、青少年世代から現役世代となった今、何かしらの形で受け継ぎ、応えていかねばならぬという使命感に駆られてのものであったことは、様々な場での公式の発言で明らかになっている。 前作である「終戦のローレライ」「Opローズダスト」の二作において、既に福井氏は「示された可能性」に対する強い気持ちを作品に込めてきた。この「ユニコーン」は、その二作に続く、福井文学の集大成となることだろう。(その意味では「ガンダム」だから、という理由だけで読むのは、勿体無い作品である)
この4巻は、物語の根幹のテーマが福井節全開で語られる、前半の白眉ともいうべきクライマックスである。
マリーダ・クルスとの刹那の邂逅と共感、バナージは「人間の可能性」を叫ぶ。アムロ・レイやカミーユ・ビダンが見たように、或いは折笠征人や丹原朋希が見たように、バナージが見たものも又、刹那の可能性に過ぎない。バナージも、その刹那であることの悲しさを一面ではわかっている。 しかし、マリーダの優しさはバナージに希望を残す。「”それでも”って言えるお前は、いいと思うよ・・・」 それが儚い「パンドラの箱」の希望であったとしても、ミネバ〜オードリーのエメラルド色の瞳と再びめぐりあう為に、バナージの旅は続くのであろう。
この4巻では久しぶりに、「川の深さ」以来「亡国のイージス」「終戦のローレライ」「Opローズダスト」のクライマックスで常に味わってきた”福井節の熱”を、バナージがミネバに感じた”熱”のように、熱く感じることが出来て幸福な気持ちになった。 しかし、まだ最後のクライマックスではないからか、「終戦のローレライ」の最後で、伊507の歌声を聴きながら涙が止まらず、泣きながら読み耽ったような心地までには至らなかった。是非、このユニコーンでも、過去の長編で涙と共に感じさせてくれた”熱い”クライマックスを描いて欲しいと切に願う次第である。
・「なんじゃこりゃ('Д`;)!?挿絵が…」
こりゃ駄目だろ。本書には重大な欠陥がある。既に他のレビュアーも指摘しているが、なぜか突然この巻から挿絵が安彦良和ではない。その代役が、絵が上手ければ文句はないが、はっきり言ってど下手くそ…!これだけで紙面がB級になっとる…。雰囲気をぶち壊すのに十分過ぎるほど。これならば挿絵無しの方が良かっただろう…。絵が完全に足を引っぱっとる。
本書は、福井氏のシナリオ★4、挿絵は★0 で、総合評価は★2
今回の挿絵は違和感ありまくりや…。知ってたら買わなかったのに…。
気にならないと言っておられる方もいますが、私はめちゃくちゃ気になります。作品のクォリティに対する責任放棄と取られても仕方がないだろう。
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