ひらめき脳 (新潮新書) (詳細)
茂木 健一郎(著)
「ばかばかしい」「お子さんをお持ちのお母さんにも」「脳科学の先端が解き明かす”ひらめき”の秘密」「不発」「「『脳』整理法」よりは読み易いけど、それは代筆効果?」
利己的な遺伝子 <増補新装版> (詳細)
リチャード・ドーキンス(著), 日高 敏隆(翻訳), 岸 由二(翻訳), 羽田 節子(翻訳), 垂水 雄二(翻訳)
「なぜドーキンスの説は受け入れられる???」「自然淘汰を遺伝子の淘汰という観点から論証する力作」「文系にも」「読むのは大変だがおもしろい」「普遍の進化論」
世界動物大図鑑―ANIMAL DKブックシリーズ (詳細)
デイヴィッド・バーニー(編集), 日高 敏隆(編集)
「1冊で、ほ乳類から魚類~無脊椎動物まで☆」「野生動物好きのための総合図鑑」「大人のための動物図鑑」「最高です!」「ほろほろ鳥ってどんな鳥?」
眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く (詳細)
アンドリュー・パーカー(著), 渡辺 政隆(翻訳), 今西 康子(翻訳)
「目デッカチな人間のルーツ」「5億4300万年前、全ては“眼”から始まった」「生物進化の過程に迫る!!」「オトクな一冊」「カンブリア紀の爆発を説明する目から鱗の新説!」
盲目の時計職人 (詳細)
リチャード・ドーキンス(著), 日高 敏隆(翻訳)
「説得される快感」「さすがDawkins」「ドーキンスに魅せられた方へ1」「ドーキンスに魅せられた方へ2」「面白いが,ちょっと冗長?」
鳥インフルエンザの正体 (詳細)
ジョン・コールマン(監修), 太田 龍(著)
「警告」
Y染色体からみた日本人 (岩波科学ライブラリー) (詳細)
中堀 豊(著)
「専門家の著した楽しく読める本(天皇家のルーツを推定できるかもしれない本)」
<おもしろくてためになる>鳥の雑学事典 (詳細)
山階鳥類研究所(著)
「雑学ではなく鳥のエンサイクロペディア」「いいですよ」「楽しく学べるよい本です。」
地球動物図鑑 (詳細)
フレッド・クック(監修), 山極 寿一(著)
「やっぱり、いいものはいい。」「一冊ものの動物図鑑としては特にお勧め」
完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 上 (詳細)
ジャン=アンリ・ファーブル(著), 奥本 大三郎(翻訳)
「待ってました!」「皆様もこの機会にゆっくりと通してお読みになったらいかが?」「少年時代の思い出がよみがえりました」「ファーブルが身近になった」「その糞転がしは、あの糞転がしではなかった」
・「ばかばかしい」
この著者はいったい何者でしょうか。だいたいこの類の本で、著者紹介に学歴も書いていない時点であやしい。
私が頭にきたのは「アハ!センテンス」なるものです。最初のパラシュートの例はよかった。しかし、「鍵が壊れたので女の子はポップコーンをこぼした」という問題の答えはバカ丸出し。それまで答えも見ずに丸一日、食事中などにずっと考えていたのですが、答えを見て「は?」と思いました。「なんてバカバカしい答えなんだ!」それ以後の問題も同様なものでした。こんな問題では何もひらめけません。ひらめきを感じたいなら、数学しかありません。図形問題の、補助線を発見したときの「あ!!」というひらめきのほうが、断然いい。
「アハ!」なんていう命名も、品がない。以前著者をテレビで見ましたが、やはりそのときも私は納得いきませんでした。
ひらめきを感じたいなら、数学をしろ!!
・「お子さんをお持ちのお母さんにも」
著者の他の類書と読みくらべてみましたが、著者の類書の中では、一番やさしく書いてある本だと思います。何か一冊を最初に読みたいのであれば、この本でしょう。よく話が組み立てられており、新書でページ数も少ないながら、読み応えのある内容です。この本を読まれると、著者の他の類書の理解も進むのではないかと思います。
何らかの受験生がこの本を読まれると大変参考になると思いますが、それ以外の方もご自分の職業ジャンルを問わず読まれると、日々の仕事の上での考えるヒントを貰えるのではないかと思います。
「生きるということは、何か起こるかわからない不確実性にいかに向きあうかということが本質なのです。」「感情は、理性にコントロールされているのではなく、むしろ理性を支えている」などのメッセージは大変心に残りました。
お子さんをお持ちのお母さんにもお薦めです。
・「脳科学の先端が解き明かす”ひらめき”の秘密」
著者は『世界一うけたい授業』『プロフェッショナル』等、テレビでもおなじみの脳科学者。気づかないうちに画面が大きく変化しているという「アハ!ピクチャー」の発案者と言った方が通りが良いかもしれない。
“クオリア”という何だか小難しい研究が専門らしいが、この本では(本人が後書きで書いている通り)脳科学の最先端の知見を素人にも分かりやすく説き起こしてくれる。
「暗記がなければ、創造性も生まれない」「記憶が完全でないから、新しい意味に気づくことができる」「スランプがひらめきを生む」「理性と感情は対立するものではなく、感情が理性を支えている。正解のわからない問題に直面したときこそ、感情が必要だ。」
…等など、目からウロコが落ちる話が満載。毎日の生活の中で生かせそうなアイデア、提言も沢山あります。 著者が一番訴えたかったという、「なぜ、私達の脳には“ひらめき”という機能が備わっているのか」という問いへの答えは、なかなか感動的です。 本人自ら「文章が難しい」と書いてますが、他のコムズカシイ著作も読んでみたくなりました。
・「不発」
結局、この本は何も言っていないも同然です。あっと驚くようなひらめきの原理や方法が書かれているわけではありません。多少書かれてはいますが、一般人でも知っているような凡庸なものです。そして、肝心なところになると「まだわからない」。それが事実なんでしょうが、であれば本にすべき段階ではないでしょう。とにかく、すでに世の中にありふれていることしか書いてないのが非常に痛いです。
・「「『脳』整理法」よりは読み易いけど、それは代筆効果?」
茂木さんの文章って何だか読みにくいと、以前「『脳』整理法」を読んだ時に思いました。今回、この本を読むと妙に読みやすく、内容的に前著の復習にもなりました。「あとがき」によれば、新潮社の担当者に講義をして、その内容を担当者が文章にまとめ、それを茂木氏が手直しする、という形で本にしたそうです。(これが良いのだか、悪いのだか..."多作"家の運命?)
参考になる点は幾つかありますが(例:ひらめき=前頭葉(意識)×側頭葉(無意識)=意欲×体験)、既に前著や池谷裕二の著作(「海馬」「だれでも天才になれる脳の仕組みと科学的勉強法」「記憶力を強くする」「進化しすぎた脳」)を読んでいることもあり、(初心者以外には)★5つというインパクトはなく、個人的には★3.5の評価です。初心者の方は、上に挙げた本も面白く読めるかと思います:特に「海馬」は面白いのでは? また、この本だけでは物足りない技術屋さんには「発明家たちの思考回路―奇抜なアイデアを生み出す技術」(エヴァン・I・シュワルツ)「セレンディピティー―思いがけない発見・発明のドラマ」(ロイストン・M. ロバーツ)などが参考になるでしょう。あと、細かいことですが、小柴氏のカミオカンデによる超新星爆発由来のニュートリノ観測の事例を「純粋なセレンディピティ」として説明している処は違和感があります;詳しい経緯は小柴氏が「KAMIOKANDEのこと」(日本物理学会誌51巻5号掲載)に記されています(→オンラインでも読めます)。
・「なぜドーキンスの説は受け入れられる???」
誰も指摘しないのが非常におかしいのは、
「生殖能力を持たない(あるいは失った)個体の利他的行動は、ドーキンスの説をわざわざ引っ張り出さなくても説明できる」
ということである。
ミツバチの利他的行動はそれほど不思議ではない。それが生殖活動をしない個体によってなされるものだからだ。生殖活動をしない個体に限って現れる利他的行動は、その個体にとってなんら不利益になっていない。なぜならはじめから自分の子孫を残す気などさらさらないのだから。自分の子孫を残さない個体の生物学的な存在意義はないはずだ。ではなぜ自分の子孫を残さない個体が存在するのか。それは子孫を残す役割に特化した個体を守るためだ。働き蜂なら女王蜂を守るために存在する。「生殖活動を専門にする個体とその個体を守る個体を分けて役割分担する」のがミツバチの強みであるわけだ。生存本能の弱い働き蜂のような個体はなぜ淘汰されないのかと不思議に思う学者が多かったとドーキンスは言うが、そもそもこれは生殖しない個体に限って発現する利他的行動なのである。生存本能が弱ければ子孫を残せないから、結局淘汰されるんじゃないの? という指摘はそもそも成り立たないのである。
ミツバチのような利他的行動をうまく説明したのがドーキンスの考えだと言われる。この本の翻訳者も、ミツバチの行動は今までうまく説明できなかったがドーキンスによってうまく説明されたとあとがきに書いている。
しかしそもそも、生殖活動をしない個体が生殖活動を専門に請け負う個体を守る行動は、ダーウィンの普通の進化論の枠組みの中で、今述べたように十分説明できるものなのである。そのような行動に対して支離滅裂な論理をこねくり回して妙な説明を付けるドーキンスが滑稽だ。
・「自然淘汰を遺伝子の淘汰という観点から論証する力作」
ダーウィン進化論の核心である自然淘汰の原理を、淘汰の単位は遺伝子であるという観点から、具体的な生物行動を例にあげて徹底的に考察した渾身の大作である。初版30周年を記念して出版された増補新装版であり巻末の補注が多く分厚い。
作者は、生物個体とは利己的な遺伝子に操作された「生存機械」であると言い切る。その視点から、これでもかというほど具体的な生態例をとりあげ、数式を使わずに利己的遺伝子論の有効性を丁寧に立証していく。後半あたりになると少し込み入った話になるが、根気良く読んでいけば十分理解は出来る。長いので集中力を維持するのが大変だがあせらずじっくり読むしかない。ただ、原文が元々そういう性格なのか、訳に所々まずいところが見られ読みづらさを覚えた。
追加された章については、12章は「囚人のジレンマ」を例に簡単なゲーム理論の紹介があり興味深い。13章は同じ著者による「延長された表現型」の要約で、利己的遺伝子論の拡張部分である。
なお、「natural selection」の訳を「淘汰」としている点がまずいとの指摘があるが、この点については訳者はあとがきで、「自然淘汰の過程で生き残る」という意味で使ったと注意を促している。つまり、「Aが淘汰される」とは「Aが淘汰の結果の生き残る」という意味である。
・「文系にも」
身近な例を挙げて遺伝子の性質を説明してくれているので、たいへんわかりやすいです。生物の知識がない方でも大丈夫。30年経っても内容が古びていないのは、普遍的な話が綴られているから。
この本の内容を友人に話したところ、生物にまったく興味がない人も興味を持ってくれました。文系にもお勧めできる一冊です。
・「読むのは大変だがおもしろい」
確かドーキンスだと思うが、別のところで「進化論は誰でもちょっと努力すれば理解できるくらいシンプルだが、理解したことを他の誰かに話さずにいられない程度には難しい」と言っていた。なるほどその通り、本書はすらすらと読めるほど簡単ではなく、かみ砕いて理解しようとすれば何ヶ月もかかるが、そうしたくなるだけの面白さを持っている。本書が述べていることは、進化論全般ではなく、「自然淘汰が働く実質的な実体は種や個体ではなく遺伝子であること」と「個体が利他的に振る舞っても、実はそれは表面的なもので、実質的に自分自身に利益があるのだ(利己的なのだ)」ということ。進化論の概要を知らなくても読める程度にやさしく書かれてはいるが、さきに概説書などで進化論の概要を知っておく方が読みやすいだろう。
で、ハチの話。自然淘汰で説明できるというのは実は説明になっていない。現生の生物は全て自然淘汰を受けて残っているわけだから。なぜハチが(自分自身では子供を作らず、母の手助けに全人生を費やすかという)きわめて強い利他性を発揮するかという問題には個別の解説が必要だ。生物が持つ一つ一つの性質にはそうやって個別の説明が必要なのだ。それを簡単に述べたのが本書の10章。つまり、自分で子供を作るより母にもっと産ませる方が(働きバチの中の遺伝子としては)より都合が良いのだ、と言うこと。母の手伝いは利他的ではなく純利己的な行動なのだ。人間の娘が母の家事の手伝いをしてお小遣いをもらう、のようなことよりももっと直接的に自己の利益になるのである。そして同じように群れを作るハチでも、それぞれの生殖習慣によって働きバチの振る舞いが若干異なること、また群れの中で(繁殖的な)主導権を握っているのは女王蜂ではなく実は働きバチなのだと言うことも明らかにしている。
利己的と言う言葉は大変誤解しやすく、読んでいても混乱することがある。しかし他に適当な言葉はないし、しっかりと意味をつかむことが出来、理解できたときの喜びは何事にも代え難い。
・「普遍の進化論」
中学生の頃だったか、高校生の頃だったか忘れてしまったけれど、一度読んで衝撃を受けた本の増補版ということで、思わず手にとってしまった。当時は「遺伝子機械」という表現を真に受けて所詮人間なんて。。。と悩んでしまったが、30も過ぎて読むとひと味もふた味も違う。
端的に言ってしまえば、生物は意思を持って自己増殖行うように進化したわけではなく、ある環境において効率的に自己増殖が行えたから結果として生き残っているというある種の結果論的な進化論のように見受けられる。しかし、同一種の遺伝子数が最大化することを前提とした上で、ゲーム理論によって生物の行動が予測できたり、遺伝子にとどまらず、自己複製子という定義に拡張しても理論が破綻しない点などから、長期に亘って存続可能なもの全てに対して適用できる普遍的な公理にも相当するのではないかと思う。
多くの示唆を含んでいて、それでいて数式を全く使わず読みやすく書かれている。まさに名著である。
・「1冊で、ほ乳類から魚類~無脊椎動物まで☆」
見てるだけで、生物の多様性にウキウキするようで素晴らしい!いわゆる専門書ではないのでしょうが、鳥やは虫類も含め、地球上の様々な動物を網羅した"総合大図鑑"といったものです。マイナーすぎる種族や亜種までは出てないかもしれませんけれど、それでも、なかなかテレビなどでは目に出来ないモノまで収録されています。
特に、イラストではなく、写真での紹介が多いのが嬉しい限り。もちろん、それぞれの動物への解説も、しっかり付いてます。
感触としては、小学校より小さい子供さん向けではない気もするのですが、内容自体は難解と言うほどでもないですし…もし、子供向けの動物図鑑を何冊も買いそろえるくらいなら、これ1冊買った方が、興味の糸口にもなって良いかも。(厚さも、子度向け図鑑2冊分くらいだし…)ただし、サイズが大きめなのと、かなり重いので、その点はご留意を☆
・「野生動物好きのための総合図鑑」
哺乳類はもちろんのこと、魚類や昆虫等あらゆる動物を図版や写真を使って紹介してます。そのため広く浅くになってしまいますが、いわゆる昔の子供向け図鑑と違い、ほどよい量の解説が付いてるため、子供から大人まで幅広く楽しめることと思います。
特徴としては種類が少ないはずの哺乳類に一番ページが割かれていることと、絶滅危険度が表示しているところです。
ちょっと気になったのは原文を忠実に訳しているのか、日本語としては(直訳的)やや不自然で読みづらい部分が見受けられました。あと、紙質があまりよくない感じがします。
・「大人のための動物図鑑」
何時間見ていても飽きない。それがいい図鑑ではないでしょうか。
動物写真集としても十二分に成り立つ一種ごとのその動物の写真。”こんな動物です”のようなただのサンプルのような写真ではなく、本当の写真集の動物達のように活き活きした動物達が見れます。
そして読んでいてワクワクするような動物達の情報。生息地、絶滅の危機かどうか、そして勿論体の特徴も詳しく載っていて、例えば皆が知っているような「キリン」のような動物も、この図鑑では知らなかった!と思えるような新たな情報がいっぱいです。
ページ数の割りあてとしては、哺乳類のページが一番多い。でも他のページもそれに負けずとボリュームがあります。当たり前ですが、昆虫の種類とかは昆虫図鑑には負けますけどね。それでも見た事は勿論、名前すら聞いたこともないような動物が沢山のっています。
本当に素晴らしい図鑑です。
・「最高です!」
カラフルで解説もたいへん詳しく、そしてやさしく読みやすいです。思わず「へぇ~」と感じてしまうことうけあいです。動物好きの方はもちろん、小さいお子様にもオススメできる本です!
・「ほろほろ鳥ってどんな鳥?」
クリスマスに食べた「ほろほろ鳥」。「あら~こんな鳥だったんだ~ふんふん」
今時インターネットで何でも調べられますが、図鑑と言うものを改めて素晴らしく思いました。何を食べて仲間はこんなで…が、具体的に示されます。
沢山載っていれば良いのか?と思うところもありますが、不必要に詳細でないところは、この本の良さではないかと思います。
・「目デッカチな人間のルーツ」
目デッカチな人間のルーツを、生物学者の遠大な視野から解き明かしてくれる楽しい本。 視覚(テレビ、インターネット、DVDなど)を拠り所にしたバーチャルな体験が隆盛をきわめている現代の社会。視覚(眼)が人間の標準装備であることを当然のこととして、猛スピードで進んでいる私たちの社会。そんな中にあって、動物にとって視覚とはそもそもどういうものだったのかを、原点に立ち返って考えさせてくれる非常に刺激的な本だ。 ジグソーパズルのピースをひとつずつ手繰り寄せるように、カンブリア爆発の謎を解いてゆく。その途中には、ワクワクドキドキする寄り道がいっぱい!
・「5億4300万年前、全ては“眼”から始まった」
これは面白い!厚い本ですが、一気に読んでしまいました。 古生物学・動物学の最先端を伝える科学書にして、進化史上最大の謎に迫る極上のミステリー!そして(訳者後書きにもありますが)一人の若き科学者の”青春”の軌跡でもあります。
進化の歴史上“最大の事件”と言われる5億4300年前の「カンブリア紀の爆発」は何故起きたのか?タイトルから予測はつくと思いますが、キーとなるのは“光”そして“眼”。著者は、化石研究、動物学、物理学から遂には天文学まで、多彩な科学的知見を駆使し、現代と太古を縦横に行き来しながら、“光”と“眼”こそが、カンブリア紀に始まり、現在にいたる、多様で豊かな生態系を作り上げた原動力であることを明らかにしていきます。
何より驚いたのは、化石に残された“構造”の分析により、5億年以上前の生物の“体の色”を蘇らせるくだり!化石によって古代の生物の“形”を知ることは出来ても、“色”だけは想像に頼るしかない、と思い込んでいたのですが、いやぁこんなアプローチがあったなんて! …などなど、まさに眼からウロコの話が満載です。
はっきりとは書かれてはいませんが、この本には、カンブリア紀から5億年以上かかって作り上げられてきた生物多様性を、今、人間が急速に破壊していることに対する、著者の静かな抗議もこめられているように読めました。
・「生物進化の過程に迫る!!」
本書は、如何にして眼が誕生したのかを述べた書ではない。眼の誕生が生物界に如何に衝撃的な事実であったのかを述べた書である。プレカンブリアとポストカンブリアを比べたときに何が一番違うのかという問いに対して著者が考え抜いてだした結論が眼の誕生なのである。その結論に至るまでの過程を丹念に追った本書は、新しい推論を得るまでの知的興奮を素人にも十分に味あわせてくれる。
しかし驚くべきは、眼の起源がひとつではなく、各動物門ごとに独立に発生したという事実である。あの精巧な機関は、生物進化上何回も発生しているらしいのだ。イカの眼と魚の眼は全く独立に発生したというのだ。全くもって生物の不思議である。
しかし、最後まで気になったのは、これほど精巧な眼から得られる情報を処理する神経系が、同時に如何にして発生したのか。脳科学とも絡むここらあたりの次なる展開に期待したい。
・「オトクな一冊」
カンブリア紀に、生命が突如として多様性を表した原因を、「眼の誕生」に求める。三葉虫の祖先に眼が備わったことにより、彼らは積極的に獲物を追えるようになった。同時に、追われる側も眼を発達させ、また対抗手段として硬いカラを進化させた。
終章には、オーストラリアの新聞社がこの説を一面で報じた際、編集局長が「ほんとにこれが新しい説なのか」と記事を執筆した記者に確認したエピソードが紹介されている。それだけ一見「当たり前」であり、誰もが直感的に思いつきそうなアイデアである。
しかし、著者はこれをアイデアにとどめない。「学説」にすべく、冗長に思えるほど慎重な立論を展開する。結論に行き着くまでに、光の物理的特性、眼の構造などを丁寧に解説するのだ。それだけにアイデアは説得力のある学説に昇華している。
リチャード・ドーキンスらから始まる進化の科学の大衆化は、たくさんのトンデモ本を産んだ。「眼の誕生」が進化を推し進めたという極めてシンプルな仮説は、ともすればトンデモ科学に陥る。著者の慎重な筆の進め具合は、科学に対する真摯な態度として好感が持てる。
この慎重な筆の進捗が、光の特性や眼の構造の理解を深めるという副産物も提供してくれる。そういった意味でもオトク感のある一冊だ。
・「カンブリア紀の爆発を説明する目から鱗の新説!」
ハクスリーは、ダーウィンの「種の起源」を読んで「これをいままで思いつかなかったとは、自分は何と間抜けなんだ」と叫んだという。本書を読んで、その根幹を成すアイディアに対して同じ叫び声を上げた科学者は、数え切れないのではないか。少なくともぼくはそのひとりだ。
「ワンダフル・ライフ」などバージェス頁岩、カンブリア爆発、エディアカラ動物群などに関する書物を楽しく読んだ人には特にお薦め。生命進化史上最大クラスの大変革である「カンブリア紀の爆発」が、そもそもなぜ起こったのかを説明する仮説が本書の中心である。本書はサイエンス・ライタによる最新科学の「要約」ではなく、現役バリバリの科学者による、まったく新しい考えが込められた学術書である。でありながら、初学者にも優しい、懇切丁寧な背景説明が為されている。説明が非常に丁寧なので、生物学や進化論と親しくしている人は、おそらく最初の4分の1も読まないうちに、本書が提案する仮説が読めてしまうだろう(そして「これをいままで思いつかなかったとは、自分は何と間抜けなんだ」と心の中で叫ぶ)。オチが読めてしまっても楽しく読めるが、証拠を積み重ねて最後に犯人を指摘するミステリ小説のようなつくりになっている本だけに、最後にアッと驚かされた方が、より衝撃的な本だろうと思う。
提示される仮説は合理的で隙のないものに見えるが、現状ではやはり仮説である。生命科学の領域にいくつも築かれた知識の石塔の中でも、ひときわ高い塔の天辺に、ひときわ輝かしい石が積まれたようなものだ。この後この上に、どんな石を積み上げることができるのか、石を積むチャンスは誰にでもあるし、もしかすると誰にもこれ以上、石は積めないのかもしれない。ワクワクする。
・「説得される快感」
名著「ブラインド・ウォッチメイカー」の改題新装版。生物の持つ複雑で見事な適応を説明できる唯一の理論が自然淘汰説だけであることを実に解りやすく、実に丁寧に、実に説得力を持って示す手腕にはただただ舌を巻く。
なんとなく「自然淘汰って間違ってるんじゃないの?」と思っている人もこれを読めばたちまち熱狂的なネオ・ダーウィニストに転向するだろう(私がそうであった様に)。
神による創造や根強い人気を誇るラマルキズムを正面から粉砕し、それらが実際問題として間違っているだけでなく、そもそも論理的にありえないことを指摘したくだりは美文とあいまって圧巻。旧版の帯には「ダーウィン進化論の理論的到達点」、ある本のコメントには「説得される快感を味わわせてくれる」とあったがこれらの言葉に嘘はない。
・「さすがDawkins」
ダーウィンの進化論に対してしばしばなされる批判として次のようなものがあります。猿に適当にタイプライターを叩かせて、それが偶然シェイクスピアの詩になるにはどれくらいの時間がかかるだろうか。その可能性はとてつもなく低いものなので、莫大な時間がかかるだろう。そのようにして考えると、自然淘汰では、たった46億年という時間では、人間のような恐ろしく複雑なものができあがるはずはない。進化というプロセスには、人間を作り出そうという(神の)意図があったのではないか、というのがそれです。Dawkinsはこの本の中で、cumulative selectionという概念を用いて、盲目の(blind)職人でも、腕時計(watch)のような構造物を作り出す(make)ことがある、という議論を展開しています。その議論の説得力と、読者を最後まで飽きさせない面白さには、「さすがDawkins」と思わざるを得ませんでした。
・「ドーキンスに魅せられた方へ1」
正否の立証材料に事欠くダーウィン進化論(突然変異と自然淘汰)は、論理の問題として詰めざるを得ないのだが、こう考えれば上手くいくというオモテの議論(A⇒B)ばかりで、これ以外では上手くいかないというウラの論理(notA⇒notB ⇔ B⇒A)が欠けているからいつまでも論争が続くのである。「正しいと私が信じていないことは、決して口にしない」← 勇ましい発言である。書く必要など全くないこうした信念ばかりが目立つ立論であるにも関わらず、著者がなぜこれ程支持されるのか?ダーウィン進化論の馬脚を露わにした武谷三男氏の立論を御披露したい。突然変異は可逆変化(←記憶されたい)であり、進化という不可逆性を担ってきたのは自然淘汰のはずである。よく考えていただきたい。以上の論理的帰結として、我々進化の最前線にいる現生生物は、初発の原生物の突然変異株の集合に当初から含まれていたことにならざるを得ないのである。突然変異という可逆変化(元に戻れる変化)の許す範囲でしか自然淘汰が作用しない所以である。初発の原生物の突然変異株の集合内で変異してきたにすぎない過程(=ダーウィン進化論)を、「進化」と呼ぶことには、躊躇せざるを得ない・・・以上が、武谷三男氏の立論である。初発の原生物の突然変異に人間が含まれると信じられる人に対しては、ダーウィン進化論は説得力があるのかもしれないが、私は全く信じていない。
・「ドーキンスに魅せられた方へ2」
発生論の因果律にはあえて言及せず、恣意的かつ多様な構造の突然かつ共時的定立(遺伝子の表現型の多様性)を謳った池田清彦氏の構造主義進化論の方が、私には突然変異よりもはるかに説得力があるのである。個(遺伝子)が全体(生存機械)を規定する還元論の帰結は、ニュートン力学同様に決定論である。ドーキンスのしたたかさは、決定論(=還元論=利己的な遺伝子)を非決定論にすり替えた手際の良さにある。遺伝子に働くとされる自然淘汰を、自然界の「盲目(=無目的)の時計職人」と述べ、無目的な自然淘汰(=非決定論)の結果が順次蓄積した「累積淘汰」を以って、目的があったかのような精巧な生物体が現われたのだと論じているが、目的を持った時計職人ならば、矛盾するのだという立論が全くなされていないのである。はじめに非決定論ありき・・・ゲーデルの不完全性定理を履修すれば、非決定論など当たり前である。論理の問題として詰めざるを得ない進化論においてこそ、信念の開陳よりも可謬性を自覚した諦観が求められるのである。「利己的な遺伝子」なる決定論(=因果律)の破綻を認める時期がやって来たのだ!
・「面白いが,ちょっと冗長?」
前に『利己的な遺伝子』を読んだときのも思ったのですが,この人の文章ってちょっと冗長ですよね.たぶんなるべく誤解を招かないように慎重になっているからだと思うのですけど.
本書も,面白かったのですが,邦訳で500ページもある.たぶんその気になれば300ページくらいになるんじゃないかと思うのですが.
ところで,グールドの論敵であるドーキンスが,グールドの断続平衡説に対する世間の(創造論者の?)誤解を正そうとしている点はおもしろかった.しかも微妙に断続平衡論者に対するけん制も織り交ぜながら.
あと,中立進化説の意義についてこの本を読んでようやくわかってきたような気がする.形質が似ているふたつの種があって,その類似性は,収斂進化(別々に進化したのだけど結果的に形状が似てくる進化)のためなのか,類縁関係があるからなのかが判断できるということなんですね.
・「警告」
専門的知識がないと何のことだかさっぱりわかりません。
・「専門家の著した楽しく読める本(天皇家のルーツを推定できるかもしれない本)」
この本は医学の専門家の本ですが、本当に読みやすい、一部専門用語が並んでいる個所があるが、その部分は読み飛ばせば良いと思う。特に最終章は面白く読めますよ。
・「雑学ではなく鳥のエンサイクロペディア」
『鳥の雑学事典』は、山階鳥類研究所の非常勤研究員、天皇陛下のご令妹紀宮清子様をはじめ十三人の研究者達が執筆している。所長の山岸哲さんが『まえがき』の中で「なんだ雑学かと侮っていただいては困る」と述べているように、鳥に関するエンサイクロペディア的知識を満載した情報倉庫である。現在日本に生息している鳥の種数は1974年には490種だったものが、2000年では542種に増え、今後もバードウオッチャーの増加により、新しい発見が進み、鳥種は増加するだろうと指摘している。我々の身近で生活しているシジュウカラ、スズメなどの小鳥の平均寿命が一年に満たないと聞くともっと大事にしてやらなければと考える。ミソサザイの標準和名の由来も面白い。暗い厨に入り味噌を食べたからミソ、奈良時代には、小さいことを「ささ」と言ったので、小さい鳥という意味でササキ、それがミソサザイとなったという。水浴び、砂浴びが大好きな小鳥達がオリジナルな、整髪料やパウダーで身だしなみをする話、300キロも生き残るために飛翔するスズメ、我々が日常的に飲む、背の低いサン・コーヒーが、鳥類の生息環境を破壊していると聞くと、野鳥の保護運動について改めて考えさせられる。興味のある話題、解説が一杯である。本書では触れられていないが、ドードーの研究者として著名な蜂須賀正氏さんについても教えて戴きたかった。また中西悟堂さんの著書によると、キジの国鳥選定会議では最初は丹頂鶴が有力であったが、「黒田長久さんが、丹頂鶴は冬鳥であり、国鳥としてキジが相応しいとして推薦した」と述べている。前所長の黒田さんの青年時代の功績も遠慮をなさらずに書いても良かったと思う。いずれにせよ、興味のある話題で一杯、最初のページから通しての読書は不要、どのページを取り出して読んでも面白い本である。
・「いいですよ」
とても勉強になりました。ただ話しにでてくる鳥がはっきりとイメージできるほどの知識がなかったので、一緒にイラストでもあったらもっとよかったなあと思いました。
・「楽しく学べるよい本です。」
「山階鳥類研究所」と言えば、日本の中で鳥類を専門に研究している最高峰の研究所。 そこが編集した本ですから、最先端の知識が詰まっています。
でも、堅苦しくなく、楽しく読み物として読んでいくだけで、知識をつけることができると、一石二鳥。
教科書としても、趣味としても、使えます、
そして、かの、「紀宮清子内親王殿下」も一筆かかれていますよ。
・「やっぱり、いいものはいい。」
序文には「自然に関する本はいずれ改訂されるさだめにある。それは、今も続く新種や新事実の発見と、絶滅の危惧による」という内容がある。 この図鑑には、序文のとおり、実に新しい情報と、失われゆく種の情報が、あたりまえのことのように掲載されている。「XXってこういう生き物なんだ」という平和的な動物情報をしっかりと載せることだけでは満足せず、「DNAの分析によって進化や分類の考え方が変わった」ことや、「この5年間で激減したカメの、現在世界中で行われている保護活動」を、具体的に教えてくれる。鳥類の分類方法なんかも、じつに新しい。既存の資料をまとめ直すだけでは、決して作れなかった図鑑だとわかる。 さらに、ジョン・グールドを思わせる、緻密で美しいイラストと、絶妙の瞬間を狙った写真も盛りだくさん。2000点以上掲載されているらしい。幸福に瞳を潤ませるパイソンが、悟り顔のネズミをいざ飲み込まんとする瞬間の写真などは絶妙で、こういった画像だけでも高額の価値が充分ある。 文章も、翻訳モノ図鑑にありがちな不自然さがなく、読みやすい。 いいものはいい、と実感できる動物図鑑。私は、広辞苑の隣に据えている。
・「一冊ものの動物図鑑としては特にお勧め」
出版社も著者も違うが、先に発売された「世界動物大図鑑―ANIMAL」にかなり似通った図鑑。こちらの方が翻訳の品位が高く読みやすい。また、コラムが充実しており、動物好きなら子供も大人も興味をそそる内容である。
・「待ってました!」
既刊の『完訳 ファーブル昆虫記』は、失礼ながらフランス語が出来る方が訳した・・・というだけで、ファーブル先生の書かれた昆虫に関する文学的な記述が、それこそ直訳状態だったため、難解を通り越して意味が解らない部分さえ存在しました。(私の理解力不足もありますが・・・)その点、ファーブル昆虫記を訳すためにフランス文学を専攻された(失礼)といっても過言ではない、Professor奥本大三郎先生が訳されたこの本は、ファーブル先生が日本語で書かれた様な錯覚に陥るほど、完璧な完訳です。まさに、ファーブル先生を敬愛し、昆虫に限りない愛情を注がれる奥本先生ならではの一冊です。今まで、私のように某社の完訳本を途中で挫折された方、このシリーズなら一気に読めてしまうのではないでしょうか?また、見山博氏の細密な挿絵も、非常に素晴らしいの一言です。本当にお勧めできる『完全なる日本語版・ファーブル昆虫記』、星5つでは少ないくらいです。
・「皆様もこの機会にゆっくりと通してお読みになったらいかが?」
第1巻上は、スカラベ(フンコロガシ)と狩りバチを扱う。日本人にとってフンコロガシがポピュラーだとしたら、そのかなりの部分をこの本におっていると思う、とりわけ、その巻頭に記されていることに。私も、昭和30年代前半、本屋で見つけた河出書房版第1巻にそれを読んで、おもしろい虫がいるものだ、と驚き、馬が歩いた農道で探した記憶がある。もちろん、その時は見つけられなかった。
今回、改めて読んでみて、当時、こんなに読みやすい本があったら良かったのに、と思ったものである。それは: 第1に活字が大きいこと。河出版の倍ほどの大きさの活字が使われている。岩波文庫版(昭和30年発行)の3〜4倍に見える。第2には、脚注、訳注が豊富なこと。その両方にダブって解説されていることさえある。図までついている。そこでは、歴史的背景、その後の科学の発展で分かったこと、修正されたこと、我が国の場合などを解説してくれている。あわせて、口絵のカラー写真、挿絵は現代のものが使われているため鮮明であること。そのかわり、原著にある図や写真が省略されたが、それらは岩波版などで確認できるので、よしとすべきであろう。第3は、訳がこなれていること。
2ヶ月に1冊のペースで発売になるようなので線を引き々々読んでみた。そして、以前読んだものと比べたら、同じ所に線を引いていることが多いのに驚いた。これは、私が進歩していないのか、ファーブルの記述がそれだけ印象的なのか、何なのか?皆様もこの機会にゆっくりと通してお読みになってみたらいかが・・・
・「少年時代の思い出がよみがえりました」
小学生の頃、大好きで何度も読み返してました。そのファーブル昆虫記の完訳版が登場という事で思わず買いました。脚注や訳注もしっかりしており、絵も多く、登場する昆虫のほとんどが図示されていて良い作りです。肝心の本文も読み易いです。子供の頃は昆虫そのものにばかり気をとられていましたが、今読むと、なかなかな読み物としても楽しめることを再認識。ただの科学解説書ではなく、まさに『昆虫記』という名が相応しい本です。
・「ファーブルが身近になった」
昆虫記発刊100年を記念したイベントを観覧して、幼いころ読んだファーブルの世界に興味を持ち、購入しました。驚きました。子供のころに読んだものとはまるで違います。訳がよどみなくかつ詳細であり、文章がとてもいきいきとしており、描写されている風景がフランスの光を受けて目の前で輝くように感じられます。なんといっても、虫たちを観察するファーブルの興味深げで楽しそうな目の動きさえもみえるよう。こんな完訳版ならば、すんなりと大人も子供もファーブルの見ている昆虫の世界に入っていけます。一つの巻がそれぞれ上下巻で構成され、全10巻を揃えるとなるとかなり高価なように感じられますが、装丁も美しく、写真や図、解説も細かく入れられている見ごたえのある本です。我が家は今、少しずつ揃えているところです。
・「その糞転がしは、あの糞転がしではなかった」
「糞転がし」に胸を躍らされた幼少時から、少し背伸びをして岩波書店版でファーブルの詳細にわたる観察力と持続力に感心した青春時代。そして最新の知見を得て訳された奥本先生の本書に出会った壮年期まで、自分にとって各年代で楽しめた数少ない本の一つである。今回、最新の知見を得て訳され、同じ糞転がしであって糞転がしにあらず、夜行性と昼行性を知ったのは収穫だった。また、訳の分かり易さもさることながら、カラーの口絵に加え豊富なイラスト、詳しい脚注もありがたく、そして何より楽しめた。
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