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▼歴史全般:人気ランキング

日本帝国の申し子—高敞の金一族と韓国資本主義の植民地起源 1876-1945日本帝国の申し子—高敞の金一族と韓国資本主義の植民地起源 1876-1945 (詳細)
カーター・J・エッカート(著), 小谷 まさ代(翻訳)

「日本併合時代を客観的に評価した良書」「流動資本のないところに商業は芽吹かない」「開発独裁の先駆」「何やらありがたく読まれているようだが」「韓国の資本主義精神への考察がいま一つ」


飛鳥-歴史と風土を歩く (岩波新書)飛鳥-歴史と風土を歩く (岩波新書) (詳細)
和田 萃(著)


ローマ人の物語 (12) -迷走する帝国ローマ人の物語 (12) -迷走する帝国 (詳細)
塩野 七生(著)

「見方が変わった…」「何を読み取るかは…あなた次第」「実力主義について」「カラカラ帝」「日本の衰退をどう考える?」


新選組 (岩波新書)新選組 (岩波新書) (詳細)
松浦 玲(著)

「さすが松浦氏」「近藤勇書簡を駆使した点は魅力だが、反面・・・」「大河にむけて出てくるね新選組」「新選組の実態とは?」「スポットライトを浴びた近藤勇」


「唱歌」という奇跡 十二の物語―讃美歌と近代化の間で 文春新書 (文春新書)「唱歌」という奇跡 十二の物語―讃美歌と近代化の間で 文春新書 (文春新書) (詳細)
安田 寛(著)

「いったん取り込んでしまう形でのキリスト教の受容」「知られぬ歴史」


戦国15大合戦の真相―武将たちはどう戦ったか (平凡社新書)戦国15大合戦の真相―武将たちはどう戦ったか (平凡社新書) (詳細)
鈴木 眞哉(著)

「歴史を複眼的に見ることを教えられる」「戦国の戦いの実情は時代小説のようにカッコよくはない」「再発見!!」「説明不足と検証不足かな」「実際の戦争とは、結構地味なものなのだ。」


国民の文明史国民の文明史 (詳細)
中西 輝政(著)

「貴重な一歩」「日本の今を認識するべき本」「こういう視点があったか!」「歴史研究に裏付けられた「壮大」な「文明史」ではあるが…」「実際に読んでみるべき本」


日本の植民地の真実日本の植民地の真実 (詳細)
黄 文雄(著)

「歴史捏造に立ち塞がる浩瀚」「日本人の頭の空白を埋める必読書」「日本の植民地主義の実像とは」「崇高な理念の果てに」「「自虐」と「反日」。根っこは、同じ「反抗」そして「全否定」である。」


世界一周の誕生-グローバリズムの起源世界一周の誕生-グローバリズムの起源 (詳細)
園田 英弘(著)

「グローバル化現象の起源を交通史から解き明かす」「世界が変わって見えるようになった!」「世界一周の誕生」「歴史家がせまる世界一周の「起源」」


[歴史パロディ] 英雄よみがえる!<日本編>[歴史パロディ] 英雄よみがえる!<日本編> (詳細)
ARISAWA KEN(著)

「読みやすく、笑いながら勉強できる」「歴史に涙と笑いのふりかけかけた」「教科書にどうぞ」


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▼クチコミ情報

日本帝国の申し子—高敞の金一族と韓国資本主義の植民地起源 1876-1945

・「日本併合時代を客観的に評価した良書
朝鮮の日本併合時代について、日本人が朝鮮人の独立運動を弾圧したのは間違いないが、反面、インフラ整備や近代教育の普及など経済発展の基礎を築いたのは明白である。しかし、日本が強者であり朝鮮が弱者という構図の中で、弱者の見方たるべしというマスコミ影響で、日本人がそのような主張をすることは憚られてきた。一方、朝鮮側は日本が何も言わないことをいいことに、李氏朝鮮時代に資本主義発展の萌芽があったのに、それを日本に妨げられた、日本統治がなければ韓国はもっと発展していたはずだ、IMF管理になったのも日本統治に原因がある、と荒唐無稽な主張を繰り返すばかりである。

このような中で、古典的名著であるこの本が翻訳されたことは意義深い。韓国では、反日イデオロギーに反するため翻訳が認められていないようだが、このような学術的な本が認められないようでは、真の日韓友好などは期待できないし、日本側にそれを望む必要性もないだろう。

・「流動資本のないところに商業は芽吹かない
第三者から見れば、当然こうなるという話を書いているだけですが、韓国内ではわずかな抄訳が出回っているだけであるといいます。その理由は、いつものアレですが。

まず、萌芽説(李氏朝鮮時代にすでに商業の芽生えがあったとする説。韓国ではまことしやかに語られている)を完膚なきまでに叩き潰してしまっています。イザベラ・バードなどによる李氏朝鮮時代の記述を見れば当然のことなのですが。また、朝鮮時代の朝鮮人地主(のちの京紡創設者)による水呑み百姓への苛烈な搾取が語られてもいます。

こういった過去の状況を、併合時代へ投影してしまっているのが韓国の現状であるというのがよくわかります。

ただ、筆者は経済学者であるために、独立運動などの政治的な話題に関してはかなりチープな考察しかできていませんので、その点は割り引く必要があるかもしれません。

しかし、韓国人・朝鮮人っていうのは三国史記・日本書紀の時代からやっていることが変わらないのですねぇ。機械の購入資金を先物取引ですっちゃって着の身着のままで帰るって……。現代であってすら何もしないでタバコを吸っている人間が尊敬される風土で、儒教の勤勉に向学精神ねぇ(笑)。

・「開発独裁の先駆
腰をすえて読む重厚な本です。著者は「日本の搾取という陳腐なテーマだけが」論じられている点について「帝国主義とは本来、いずれの国によるものであっても、搾取的なものではないのか。」(第2章)という立場をとっています。読後に「開発独裁」の嚆矢は、朝鮮総督府であったと感じました。総督府・日本の銀行や商社と密接な関係をもって発展した財閥の姿が詳細に描写されています。登場する金季抹氏は、朴正煕時代にも「経団連会長」にあたる地位であった財界人でした。第7章の労働争議の記述は、まるで戦後の日本の労働運動の記録をみているようです。

第3章の、紡績機械を日本に買いに来て先物取引で会社の現金準備を全部すった話にも驚きますが、印象的なのは、第6章、戦後、米国賠償委員会のマーティン氏が、奉天郊外の京紡工場の十万坪の焼け跡に立つエピソードでしょう。ソ連軍が放火略奪したのですが、注によると女工さんは巧く逃がして帰国させたようです。このように膨大な原注の中にも、面白い記事が散見します。ただ、経済史の本ですから、政治事件についてはチープなデータが目立つのが残念です。翻訳は労作で読みやすいようです。引用文をもとの日本語(新字新かな)に戻す作業を行っているのには敬服しました。

・「何やらありがたく読まれているようだが
米国の歴史学者による歴史学の本であり,日本の植民地支配を礼賛する性質のものではない.また,このような学術書からそうした解釈を引き出すのは客観的な歴史学書を志した著者としても不本意だろうと思う.

この本に価値があるのは,豊富な歴史資料を解きほぐしたこと.植民地時代の朝鮮を研究するにあたっては日本語と韓国語の読解能力が不可欠だが,両方の言語を巧みに操り,かつその解釈を英語で発表したのは数えるほどしかいなかった.したがってこの分野の研究は日本人と韓国人に限られてきたわけで,自ずと歴史の解釈に民族色が出る.

「植民地朝鮮の払込資本のうち,朝鮮所有のものは10%に過ぎず,日本帝国主義による搾取の現れである」という伝統的な解釈に対し,「その10%に着目してみるのも意味があるのではないか」という第三者としての米国人なりの解釈を提示.ある紡績会社が置かれていた社会背景や政治的な状況がよく分かる.

もちろん,京城紡績という事例が朝鮮人資本家による数少ない成功例の一つであることを鑑みれば,この本を手に取り当時の朝鮮半島の経済状況を一般化するのはできないだろう.

・「韓国の資本主義精神への考察がいま一つ
著者が京城紡織株式会社の歴史を辿って、実証的に韓国資本主義の発展過程を浮き彫りにしようとしたのは大いに評価されます。しかし、それをもって韓国資本主義の起源とするのはかなり無理があります。日本資本主義の萌芽が江戸や上方の商人資本にあったように、韓国のそれも李朝時代にあったとするのが自然です。

特にマックスウェーバ―の言うプロテスタンチズムに該当する韓国の資本主義精神は、儒教の勤勉、向学精神に経済的合理主義が加わった時に初めて可能になったのであり、河信基著『朴正煕』がきめ細かく描いているように、それを体現したのが朴正煕であり、「漢江の奇跡」の原動力になったと考える方が理に適っているように思われます。

日本の植民地時代を全否定するのは非科学的ですが、反対に、やたら肯定したがるのも同じように無理があるようです。

日本帝国の申し子—高敞の金一族と韓国資本主義の植民地起源 1876-1945 (詳細)

ローマ人の物語 (12) -迷走する帝国

・「見方が変わった…
いままで、ずっと毎年読んできて、大したものだなぁと思っていたけど、ちょっと、見方が変わるところが出てきました。

塩野さんは、疑問を持ちつづけるというような場合の「持ちつづける」ことをイタリア語では、アカレッツァーレ(accarezzare)愛撫する、というみたいなことを書きながら、キリスト教迫害の歴史について後半、触れていくのですが、「聖パウロが書いた『使徒行伝』」とか超初歩的な誤りが多すぎる…。一回でも読んでみれば、ルカによる福音書と同じ著者が『使徒行伝』を書いているのは同一人物だというのはわかる。「パウロを描いた」といいたいのが筆が滑ったのかもしれないけど…。あと、洗礼者ヨハネと福音書を書いたヨハネを混同しているなど、後半のこの部分はメチャクチャ。本当に「ずっと疑問をもち続けてきたんかい!」とか思ってしまう。

最初の『ローマは1日にしてならず』が出たのは1992年7月7日で、しばらくは夏になると塩野さんのローマ人の物語が読めていたんだけど、段々と押されて、最近は12月ということが多くなった。ひょっとして、年内に出そうと急ぎすぎたのかもしれないけど、塩野さんと『ローマ人』に対する評価がガクッと下がってしまった…。

資料をきっちり読みこんでやっていると思いたいけど…。これからは、やっぱり「物語」として、気軽に愉しんでいこうかな、と思った。まあ、本来、そういう意図なのかもしれないし。

・「何を読み取るかは…あなた次第
毎年、一冊づつ刊行される塩野さんのローマ人の物語もいよいよ12冊目、次第に(著者は15冊で終わりとおっしゃっています)終わりに近付いてきました。ローマ帝国の衰退していく様子を、現在までのさまざまな研究成果をもとに、著者独自の視点からメスを入れていく筆の冴えは変わらず、考えさせられることの多い本です。

今回の12巻では俗に云う「軍人皇帝時代」が取り上げられています。これまでこの時代のことを知ろうと思うとギボンの「ローマ帝国衰亡史」か、あとはいきなりモンタネッリの「ローマの歴史」くらいしかなかったから、この本はありがたいですね。何より、現在の日本の読者向けに書かれていますから。第一、モンタネッリの「ローマの歴史」だと、「迷走する帝国」で取り上げられている箇所って、9ページ分しかないし(笑)

今回の12巻では、紀元3世紀のほぼ100年間が取り上げられていますが、その間に即位した皇帝の多いこと、多いこと(爆笑)読み通すときに、人名が頭の中を出たり入ったりする感じです。それだけ、この時代のローマ帝国が危機に直面していたことがわかりますが…。これまでの巻に比べて、この人名の把握だけでも大変でした(笑)

でも、読み通してみて、(いつもながら)このローマの歴史から自分達日本人と、現在に生きている全ての人たちが学ぶことが多いことも実感できます。

政治とは?国際関係におけるバランスの取り方とは?人間社会における多様性の重要性とは?人間の本質とは?…等々、読む人の関心の持ち方次第で、さまざまなことが読み取れるでしょう。そして、今現在、指針を失ってしまって右往左往しているこの日本という国が、学び取れることも多いのでは??とも思いました。

ギボンの「ローマ帝国衰亡史」との併読は絶対におすすめ。また初期キリスト教についての各種の本と併せ読んでも面白いでしょう。

・「実力主義について
既に多くのレビュアーの方が本書について論評されているので、私がさらに付け加えることはもうほとんどないのだが、あえて書かせてもらうと、本書においても優れたリーダー論が展開されていることに注目してほしい。リーダーに求められる資質とは何ぞや、が本シリーズを通してのテーマの一つと考えるのであるが、本書で最も私の注目を引いたのは「実力主義とは、昨日まで自分と同格であった者が、今日からは自分に命令する立場に立つ、ということでもある。」の一文である。実力主義の定義としてこれほど私に納得のゆくものはない。実力主義を標榜するわが社・部門で起こっていることはまさにその通りです。そうはわかっていても、現実を理性だけで受けとめるのは難しいもの。作者は皇帝アウレリアヌス、プロブスの悲劇の原因を部下との距離が近づきすぎたからだと喝破します。かといって、距離をとりすぎると、親近感を欠きすぎることになり、本書からは離れますが、皇帝ティベリウスのような不人気を招く。とかく、組織・リーダーの健全なあり方は難しいものです。組織のあり方としては、カラカラ帝のアントニヌス勅令が、悪平等を生み出し、それまでの階層はあるけれども実力で上昇可能なピラミッド型の組織から、階層が固定された社会に変貌し、ひいてはローマ人らしさをなくす原因になったとする指摘は、私がこれまで考えもしなかったものだけに、その指摘の鋭さに感服します。

本書は軍人皇帝の時代を中心に、混乱に満ちた、古代ローマ史ファンにとっては苦痛の時代、おそらく誰にとっても登場人物が多すぎて読むのが大変な時代を扱っていますが、作者は上記のように、リーダー・組織のあり方についての意識をベースにこの時代を簡潔にまとめており(簡潔すぎる感じもちょっとしますが)、その努力に対して星5つを献呈したいと思います。

・「カラカラ帝
今回はカラカラ帝が一番印象的でした。カラカラ帝によるアントニヌス勅令。これによるローマ市民権の取得権から既得権への方向転換。どうやら、著者はこの権がローマが衰退に向かった最大の原因であると考えている様子が伺えます。

一見、問題がないように見える権利の平等、既得権化がローマを弱くして行く。

ローマを支えていたのは富裕層による道路などのインフラの提供、一般市民による軍団への参加、血の税金による公共心ということをえてみればこれ以降はローマ市民権は名誉の印とはなりませんから、公共心を喚起する力はなくなります。人間は自分自身は公共体にとって相対的に特別な存在であるという認識が公共心をもつことになるのは当然ですから、人間の心理からみても納得できる論です。そのことは逆に公共体から別に特別な扱いをされていないことを考えてみればわかります。そのような人たちがその共同体を強く大切にしたいとは考えないでしょう。

現代では民主主義というものは私は疑いなく良いものだという認識がありましたが、ニートとかフリータとか、どうみても公共心が薄い人たちが現在に発生していることを考えると、この本は平等な既得権というものは本当に無邪気に良いものだと考えていいものか?という疑問を私の心に浮かばせたとても印象的な一冊となりました.

・「日本の衰退をどう考える?
 新聞や週刊誌の広告で最近よく「終わりの始まり」という見出しを見かけるが、ローマ人の物語11巻のタイトルがそうだった。塩野七生が創作した言葉ではないが、最近の流行のきっかけは塩野氏に違いない。 第11巻では衰亡の予兆が見られるだけだったが、第12巻の本書で語られる紀元211年~284年に、ローマ帝国はいよいよ衰亡期を迎える。 ローマ帝国の皇帝は絶対専制君主のように安泰だったわけではなく、実力が伴わなければ「不信任」を突きつけられる可能性を常に抱えていた。終身任期の皇帝は「不信任」=「殺害」であり、この73年の期間に就任した22人の皇帝のうち14人が謀殺され2人が自殺している。残り6人のうち戦死・敵国での死亡・事故死が4人おり、ふつうに死を迎えることのできた(病死)皇帝は2人しかいない。

 危機の要因は種々考えられるが、それまでの興隆期や安定期に全く見られなかった問題は少ない。なぜ、この時代からは同じ問題を克服できなくなったのか。その原因を解明するために、著者は22人の皇帝の事跡を根気強くプロットしていく。

 この時期に顕在化した唯一の新しい危機要因として、著者はキリスト教の広まりを挙げる。 衰退期を迎えたローマは蛮族やオリエントから攻め込まれることが多くなり、「神々はローマを守ってくれない。我々を見放した」と絶望する人も出てくる。一方、キリストの教えでは、何が起ころうと、それはすべて神の思し召しなのである。キリスト教徒が増え、いずれ公認されていく要因は、ローマ側の弱体化と疲弊化にあったのである。と著者は結論する。

 いつもながら著者自身はあくまで当時のローマ帝国のことを述べているのだが、読者は思わず今の日本の社会情勢と比べて考えてしまう。また、それを狙って書いているようにも思える。少子高齢化による長期低迷傾向にある日本の現状を、著者はどのように見ているのだろうか。聞いてみたい。

ローマ人の物語 (12) -迷走する帝国 (詳細)

新選組 (岩波新書)

・「さすが松浦氏
唯一の新撰組研究書といえるだろう。これまでの、歴史学的史料に基づかない新撰組研究に、一石を投じた本であるといえる。

私の知る限り、唯一の歴史家が書いた新撰組の本ではないだろうか。それを新書という限られたスペースにまとめた点も、また高い評価を与えてしかるべきであろう。

ただ、恐るべきは、多くの新撰組ファンが、歴史学とは無縁の人たちで、そういった人たちの中で今までの新撰組関連の本が大きな影響を与えている現状では、この本に書かれている、今までの研究成果(と呼べるかどうかも微妙ではあるが)を気にせず、ある程度史料に基づき筆者が考えた新撰組像を受け入れられないのではないかという危惧が消せないということだけだろうか。

筆者は特に勝海舟研究家として知られており、今までおろそかになりがちだった、近藤捕縛に際して土方が如何な助命工作をしたかという点において、特にこの研究成果が生かされているのではないか。

これから新撰組を研究してみようという人には、ぜひこの本を読んでいただきたい。その際は、文中によく出てくる「いまでは‾考えられていたが」という点は無視していて、「あー、そうなのか」くらいに考えていただいて、読んでいただければ良いと思われる。

・「近藤勇書簡を駆使した点は魅力だが、反面・・・
小生、史学には昔から興味がある。但し、素人である。新選組に関しては、土方や沖田等に熱狂的なファンや研究者がいて、関連書籍も数多いのは承知していたけど、正直、こうした状況が私にはやや不可解で(特に幕末における役割がそれほど大きいとは思えぬため)あり、関連書籍はこれが初めて。むしろ新書戦争の中で本家岩波がどんなものを出したか、最近のこの叢書の全体的レベル低下(愚見では)との関連もあった。

結論から言うと、期待したレベルにはやや距離があるが、極めて特色のある1冊である。それはひとえに、本書が既刊の類書がほぼ無視している、局長近藤の大量かつ長文の、主に郷の多摩への書簡を踏まえ、彼の、ひいては新選組全体の目指すものの変遷などがかなりの程度、明らかにされていること。これは従来の定説・俗説に少なからぬ変更を迫る。ただ紙数の限られた新書だから、従来の説の批判・訂正に多くを充てることになった為、私のような「新選組初心者」には少々読みづらい。が、多くのファンには本書は刺激的なものとなろう事は容易に察せられる。ただ、専門外の理系人間には全く理解できぬ問題を感じる。つまり、近藤書簡の扱いである。多くの作家・研究者が利用することのなかった近藤書簡を収集した方がおられる。が、本書の著者ではない。この収集家がこれらの書簡集の公刊を予定していて、著者はそれらを閲覧しているが、収集家との約束で書簡の本文の引用はせず、地の文にその内容を紹介するに留めている。世間が注目しない史料に着目・収集した業績は当然、相応の名誉を与る事には異論はない。が、それが膨大であるほど校訂・注釈・解説…と公刊への道のりは長いものになる。また、それに問題があると例えば「武功夜話」のようなスキャンダルになる。学問の世界一般の問題だが、貴重なデータを得る業績とその独占とは極めて微妙。それ故、TV放送に合わせた企画ものの感が残る。

・「大河にむけて出てくるね新選組
新書にうまくまとまっています。他書で書かれているところと著者の疑問をはさみながら進んでおられるのでちょっと知らなかったうんちくを知ることになるでしょう。幕末の様子が伝わってきます。ある程度新選組を知ってから読んだほうがわかりやすいと思います。

・「新選組の実態とは?
新選組が好きな方であれば、彼らがどういう経緯で結成され、京都でどのような活動を行い、局長の近藤勇がどこで斬首され、そして土方がその後どういう行動を辿ったかという一連の歴史の流れはご存知かと思う。この本はその一連の歴史を追いながらも他の新選組関連書籍と違う点は「近藤勇書簡」からその実態を浮き彫りにしていることだ。小説・映画ドラマの主人公となりえる「アクションスター」の新選組ばかりを見ていると見落としてしまいそうな新選組の実態。歴史的な新事実のようなことは出てこないけれど、ある意味、目から鱗が落ちるような、内容のある本だ。

・「スポットライトを浴びた近藤勇
大河ドラマ「新撰組!」の影響で、いわゆる新撰組モノの小説を3冊読んでみた。ビギナーにとって意外に感じたのは、テレビと違って局長/近藤勇の存在感が希薄なのである。副長/土方歳三はフィクサーで、あくまで新撰組を取り仕切ってきたのは俺なのだ!とばかりに大活躍&クール。本書を読むと、これまでの歴史書なり小説において、近藤の残したたくさんの書簡が全然活用されていなかったらしい。ということで、本書はコロンブスの卵的に近藤書簡を基軸に、他の資料と照らし合わせながら、改めて新撰組の栄枯盛衰をクロニカルに綴ったものである(らしい。なにぶんビギナーなので)。これまでの新撰組研究の素養があるとより感慨深い読後感が得られるのであろう。親しみやすい新書という体裁でありながら、けっこう専門的である。大河ドラマの今後の展開は丸分かりになってしまった・・・。

新選組 (岩波新書) (詳細)

「唱歌」という奇跡 十二の物語―讃美歌と近代化の間で 文春新書 (文春新書)

・「いったん取り込んでしまう形でのキリスト教の受容
 19世紀、プロテスタンティズムの波は太平洋を覆い、ハワイ、ミクロネシア、日本、朝鮮半島、中国を次々と飲み込んでいったけど、なぜか、日本だけが、換骨奪胎の手法で「唱歌」として土着化することに成功、独自の教育制度を育てることに成功した、というのがこの本のあらまし。

 国民教育をほどこすにあたり、皆で歌うことの重要性には気づいたものの、オリジナルがないという中で、最初は唱歌はメロディを賛美歌に借りて、歌詞は万葉、古今風のものを使うことでなんとか独自性を保ち、賛美歌の清らかなメロディを盗み、最後に「唱歌」をつくりあげていった、という歴史を十二の唱歌とともに検証している。

 日本のリキスト教徒の人口はいつも1%程度で、これは現在のシスラム諸国より圧倒的に少ないということのひとつの解かもしれない。

・「知られぬ歴史
明治維新によって政府はキリスト教礼拝音楽を中心とする外来音楽の流入という事態を受けて、国民の歌を自ら管理するようになる。文部省は「蝶々」などの唱歌という新しい歌を作り出し、国民教育によって浸透させた。その際、キリスト教の影響を避けることができず、唱歌の旋律に賛美歌のものを使用して「むすんでひらいて」「蛍の光」を作り出した。その一方では「さくらさくら」といった擬古曲を作成したり、「かぞえ歌」を利用したりして、国粋音楽文化を保持するという課題にも応えようとした。キリスト教の賛美歌に対抗して浄土真宗では古謡「越天楽今様」を復刻、仏教唱歌を歌う。国家管理の結果生じた国民の新しい音楽趣味は、明治後半になると「真白き富士の根」のような、江戸から続く俗謡系とは違った新しい流行歌を生み出す。流行歌という国家で管理できない新しい歌が出現すると、対抗処置として学校現場では流行歌を歌うことを禁止した。国家によって管理された「健全なる唱歌」という官製の子供の歌の作詞は、宮中の御歌所につながる歌人たちが独占していたが、大正期に入ると童謡運動という民間からの反撃で「シャボン玉」のような童謡が生まれ、人気を得ると、これ以降、子供の歌の歌詞から和歌が消えてしまう。尋常小学唱歌が作られたのは、流行歌と童謡に対する官側からの反撃としての意味も持ち、その結果「故郷」などの唱歌が生まれる。しかしこうした歌の管理をめぐる官民の争いをよそに、流行歌「真白き富士の根」童謡「シャボン玉」尋常小学唱歌「故郷」のいずれにも賛美歌の影響が及んでいたのだ。

「唱歌」という奇跡 十二の物語―讃美歌と近代化の間で 文春新書 (文春新書) (詳細)

戦国15大合戦の真相―武将たちはどう戦ったか (平凡社新書)

・「歴史を複眼的に見ることを教えられる
戦国、江戸時代の戦争・戦闘について、通説に一々異論を唱えた本である。著者は防衛庁や警察に勤務した経験があるようで、戦闘のいわばプロから見た異論を唱えている。よく「歴史から学ぶ」と言われ、家康や信長の戦争指導は経営にも応用できるなどと言われる。しかし、この本を読むと、彼らの勝利も偶然の所産であり、その後「勝者が歴史を作る」の法則に従って、英雄視された面があることが分かり、改めて「学ぶべき歴史」とは何かを考えさせられる。本書で不満な点は、通説に疑問は投げかけるものの、自分の解釈を、詳しくは述べていない点である。史料の制約などもあろうが、次には、仮説でも良いから、鈴木説の詳細な展開を期待したい。

・「戦国の戦いの実情は時代小説のようにカッコよくはない
 星3つを標準とした場合、「○○の真相」と言いながらも、必ずしも真相に迫りきっていないもどかしさもあるように思うのと、時折「運」や「ツキ」で説明するところもあり減点1。

 しかし従来の定説や合戦譚を覆した解釈は興味深く、戦国の敗者として有名な明智光秀や石田三成に同情ともいうべき評価を与え、戦国の英雄とされる信長、秀吉とりわけ家康に対して厳しい評価をする姿勢には新鮮さを感じるので加点2。

 著者がなぜこうした姿勢をとるのかということに多少関係していると思うが、あとがきに紀州雑賀国人衆の末裔であるとの記述...このコメントが楽しいのでおまけで1点。

・「再発見!!
戦国時代から江戸時代にかけての、よく知られている合戦のお話しを取り上げているが、散々世に問われているものとは一線を画している。必ずしもロマンチックなものではない、“時代なりのリアリズム(常識)”を掘り下げてみようというような内容である。

通説について「一寸待ってくれ…本当にそうだろうか?」と問い掛けている。何処となく、SFやアニメや特撮の物語の設定を科学知識で突っ込むような類の話しに通じるかもしれない…非常に痛快で、列車の旅の最中も含めて、一気に読んだ一冊である…

・「説明不足と検証不足かな
戦国時代の有名な合戦を通説否定の立場から見直したものである。例えば、桶狭間の戦いは信長の奇襲ではなかった、とか長篠の戦で鉄砲3段打ちは無かったという類である。大河ドラマなどで通説的な合戦絵巻しか知らない人にとっては、結構新鮮な話が多いと思う

ただ、新書に15個もの合戦を書いているので、一つ一つの内容は根拠の記述が不充分であり、残念ながら消化不良が多い。単に通説に疑問を投げかけるだけで、筆者として結論ずけをしていないものもあり、不満が残る。

面白かったのは鉄砲3段打ちの話と、騎馬戦の話。この2点は筆者の最も得意分野らしく、この点については他の書を読んで、もっと詳しく知りたいと思った

・「実際の戦争とは、結構地味なものなのだ。
昔の戦争というのは、その多くが古今東西、後世の者の想像で書かれている場合が多い。最大の原因として、信頼できる資料の不足がある。実際に戦争を指揮したものがその経緯を書き残すことがきわめて少なく、だいたい周辺の文筆家が戦闘の参加者からあれこれ聞いて書くのだが、参加者は自分の武功を強調するので、中には失敗が成功に転換してしまうこともある。実際戦闘シーンでは指揮官が自分の位置も確認できないほど混乱する場合も多く、戦闘全体を把握するのは、個々に独立した指揮をとれる師団が発達し、参謀本部が確立された近代にならなければほとんど不可能だった。というわけで、合戦話などというものは様々な尾ひれがつき面白く事件性を高めて宣伝されることになる。信長や秀吉や家康などの勝者は常に天才で全てを把握し、計算どおり勝つことになり、光秀や三成など敗者は失敗を重ね墓穴を掘り滅んでいく・・本書はこういった因果応報論的なありきたりな合戦話でない。本書を読めば、信長は戦術的に新しいものは何も生み出していない事。秀吉は将兵の命を生かそうと水攻めを行ったのではない事。家康の活躍は、ほとんど江戸期の御用学者の創造である事。光秀や三成は勝者に匹敵する(あるいはそれ以上にベストをつくし)最上の作戦を行った。ただ偶然、運にめぐまれなかっただけである事、信玄や謙信の単なる領土境界線をめぐる地味な戦いも、男のロマンなどなかった事などがわかってくる。実際、原典にあたって歴史を調べていくと、本当に計算どおり勝った真の名将などいるのだろうかとも思う。アレクサンドロス、ハンニバル、カエサル、ジンギスカン、ナポレオン、リー、ロンメル、パットンなど世界戦史で最高に神話化した戦歴を持つ連中でさえ、たまたま運にめぐまれて勝った場合が多いのだから、まして信長や義経クラスが軍事的天才であるわけはないのは当然。戦争とは結構地味なものなのだ。新書版ではあるが納得させる解説になっている。

戦国15大合戦の真相―武将たちはどう戦ったか (平凡社新書) (詳細)

国民の文明史

・「貴重な一歩
 何のために、我々は歴史と向き合うのか。待ちに待った好著出現。もちろん扱う対象のスケールゆえに評論に晒されるでありましょう。しかし歴史小説の世界か、自虐か能天気の狭間に漂う中途半端な雑学的な明治維新後の歴史ものに辟易とした人にはお奨めと思います。また昨今むなしい響きのある「教養」としての歴史への視座としても若者に読んでほしいとも。こういう視座が「反動的」とか「右」と映る社会の病理への処方箋的な価値がある。 ますます彫琢され骨太な自国の歴史への矜持につながると最高です。「新しい歴史をつくる会」の理論武装という次元ではもったいない。

・「日本の今を認識するべき本
本書は国際政治の本というよりは戦後の日本を文明史を通して、分析し、対策を講じようとしています。彼の国際政治の見方というのは、特に京都大学の伝統的な現実主義からのアプローチにおける国際情勢の解読という高坂正堯氏が作り上げたものといえるでしょう。その意味でも本書は現実的です。戦後我々の教育というものがいかに自虐的歴史観に基づいていたか、というまずこの些細な現実(既に言うまでもなく多すぎる識者によって指摘されている事項)にすら気づいていない論者がこの本を読んでも全く手ごたえがないのは当然です。マスメディアというのが単なる媒体ではなくイデオロギーの塊であることに早く気づくべきです。

・「こういう視点があったか!
「文明史」という言葉も自分にとっては耳新しいのですが、この立場から日本をそして世界を見渡すと、いろいろなものが見えるように思えます。特に、分明としての米・中との対峙、朝鮮半島、台湾も問題など2004年の3月現在と照らし合わせてみると実に興味深い近未来のイメージが浮かび上がって来るようです。

・「歴史研究に裏付けられた「壮大」な「文明史」ではあるが…
中西輝政氏は、筋金入りの現実主義国際政治学者であられた故高坂正尭氏の後継者のひとりであろう。東(東大)の坂本義和氏・西(京大)の高坂氏の論争は、日本の国際政治学の歴史に残るものである。こうした背景があるだけに、あえて苦言を呈したい。中西氏も、若手の中西寛氏と同様、歴史研究を重視している点は大変評価できる。しかしながら、本書で展開されている「文明史」は、まず第1に、多くをハンチントンの「文明の衝突」論に依拠している。だが、そもそもハンチントンの「文明」観は多くの批判にさらされており、なかでも、「文明」の実体的把握は、アナール学派の「長期持続」論などによって論破されているといってもよい。他にも多くの問題点を指摘されているハンチントンの議論をほとんど無批判に受け入れることは、とりわけ「日本文明史」にとってはいかがなものかと思う。また、第2に、本書は一体、いかなる読者を想定しているのであろうか。本書は学術書であるのか。そのあたりが、非常に不明確ではないか。さらに、必要以上の個人批判は、本書の品格を損なう。まして、「死者に鞭を打つ」ような批判は、少なくとも本書ではすべきではなかったと思う(別のところでなさっているのだから)。以上はほんの一面的な感想にすぎないが、日本の国際政治学を担うべきお方だけに、失望を感じるのは私だけであろうか。

・「実際に読んでみるべき本
これほど評価点が両極に分かれる著作は珍しいのでは。星1つの評価をつけている方々のコメントには一部を除き具体性がなく、本書を読んでいないことが明白です。著者が述べている、この国には今なお左翼勢力の強大な力が存在することが、はからずも証明されていると思います。私はこの本を偶然ながら知り、実際に読んでみて、とても開眼させられました。そのこと自体、自分にも日本の文明力が伏流のように流れている証ではないかと感じました。

国民の文明史 (詳細)

日本の植民地の真実

・「歴史捏造に立ち塞がる浩瀚
 当時としては,異例と思えるなまじめさで植民地経営を行う日本の姿を例証を挙げながらの解説しているので,アカデミックで大部ではあるが決して読み難くはない。台湾出身の筆者が,過去の日本の行動を全くの必然であると理解を示しているという点でも戦後の我が国の風潮に疑問を呼び起こすであろう。本書はまさに我が国の歴史の捏造・抹殺を企図する勢力(または風潮)へのアンチテーゼとなっている。心ある日本人ならば一度目を通さずにはいられないはず。意図的に日本の過去を辱めようとする邪な勢力が目に余る今日,天網恢恢疎にして漏らさずとは言うが,まさに本書が・・と思いたいのですが。単なる歴史資料として終わらせたくない本です。

・「日本人の頭の空白を埋める必読書
「太平洋戦争」での日本は悪の象徴と教え込まれてきた我々日本人であれば、その時点で知ろうとも思わなくなる日本の持っていた植民地(誰が自分の先祖の行った悪行の数々を知りたがるだろうか)について、その真実の姿を史料に基づいてひとつひとつ淡々と述べるだけの書ではあるが、先に上げた理由により、日本の植民地に関する頭の中の情報が皆無に等しいため、日本が「大東亜戦争」までに行なって来たこと、さらには日本人の国民性といったものまでが見えてくる非常に貴重な資料である。一見面白みに欠ける本に見えるが、読んでみると、台湾、朝鮮、満州で行なった献身的な努力(これは、いわゆる植民地経営ではない!)に日本人としての誇りがふつふつと呼び覚まされて心が温かくなる本である。

・「日本の植民地主義の実像とは
 日本の植民地については、一般に悪のイメージばかりが先行して、その実態はあまり知られていない。本書はこのような疑問を解くために植民地や植民地主義の真実を書いたものである。著者は台湾生まれではあるが、台湾、朝鮮、満州を植民地にした功罪の功の方に注目し、日本並みの文明開化、殖産興業に心血を注ぎ、並々ならぬ努力をしていたことを重視している。巨視的に見る歴史認識の大切さを訴えている(雅)

・「崇高な理念の果てに
植民地と聞くと、あなたは何を連想するだろうか。奴隷?言われも無き虐殺?ここに紹介する本は、そのいずれでもない「占領される側」の人によって書かれたものである。読んでいるうちに、心と目頭が熱くなっていることに気づくだろう。我々のじいちゃん達が文字通り、その志を貫き続けたということを教えてくれる一冊である。崇高な理念というと、別次元の住人という印象をもたれるかもしれないが、それは、常日頃我々にもできることなのだ、すぐ側にあるものなのだと、そう語りかけてくる一冊だ。

・「「自虐」と「反日」。根っこは、同じ「反抗」そして「全否定」である。
台湾の黄文雄さん、韓国の呉善花さん、たちは、いわば各々の国の「進歩的文化人」でもあります。しかし、日本の「進歩的文化人」との一番の違いは、周囲の流れに逆らって、自分の頭で考え、自分の意見を主張し続けている事です。それに比べれば、「自虐」も「反日」もまだまだ「苦労」が足りない。若いうちの苦労~などと言いますが、近代化という残酷な運命の中では、若者達には何度も、上の世代への「反抗」「全否定」「革命指向」が襲います。「軍国」も「共産」も根っこは同じ。この本の内容が自分の常識と違っても、むしろ「反抗」や「全否定」に揺れ動く自分自身を見つめるために、役立てて欲しいと、思います。

日本の植民地の真実 (詳細)

世界一周の誕生-グローバリズムの起源

・「グローバル化現象の起源を交通史から解き明かす
新幹線の中で一気に読んだ。時速270キロで猛進する車中から、19世紀中葉、地球一周の制覇にのりだした蒸気船の旅に思いを馳せるという、奇妙なずれを楽しみながら。本書はグローバル化現象の起源を交通史の観点からみごとに解き明かしてみせた逸作である。様々なグローバリズム論が巷にあふれ返っている中で、「地球が丸くなった瞬間」を航路と鉄道の発展、そして要人の紀行文から跡づけるという発想は、意外と少ないのではないか。本書のすごさは、その着想のユニークさだけではない。19世紀以降の植民地主義、帝国主義、さらには西洋中心主義の展開を理解する上で、きわめて有益な一つの見取り図をも提供しているのだ。それにしても、世界一周の誕生は、結局は大英帝国と、西と東に海を擁する両岸国家アメ!リカとの熾烈な競争の産物であった。形を変えつつも今もって益々健在なアングロ・サクソン・オーソドクシーの行方は・・・?

・「世界が変わって見えるようになった!
私は仕事柄、海外へ行く機会が多いのですが、「丸い地球」が出来上がっていくプロセスが、旅行記や小説や、さまざまなエピソードで書かれており、興味が尽きなかった。この本を私は飛行機に中で読んだのですが、汽車や蒸気船の時代も、現代に共通する問題がすでに出てきていたことを知らされ、歴史と現在とのつながりの二つを同時に教わることが出来て本当に良かった。旅行好きに人には、必読書のような気がする。

・「世界一周の誕生
世界が丸いのは当たり前だと思うのは普通の人。『世界一周の誕生』の著者はそうは思わない。そこに著者の独創が光る。「西の果て」と「東の果て」に挟まれた欧州。西の果ての地位から脱し世界の中心たろうと目論む米国。やがて西の果ての米国は更に「西」の果ての東洋に達し、世界は丸くなる。欧米の交通通信手段の発達史を丹念に辿りながら、世界を丸くしたグローバリズムの本質に迫る必読の逸品。ご堪能あれ。

・「歴史家がせまる世界一周の「起源」
日文研という、一味かわった研究者が集う場で働く著者。やはり一味かわった作品がコレ。

文字通りの「世界一周」(イギリス〜アメリカ合衆国〜東アジア)が可能になった19世紀中頃の英米・技術発達史を、エピソードゆたかに扱う。

主には、電信の歴史、そして蒸気機関の粋を集めた鉄道・船の技術史。

これって、僕たちのような一般読者には触れる機会も関心もなかったような歴史の「すきま」。そうしたニッチをうま〜くついている本書は、主に英語文献をあたりながら、それらの発達史を要領よく解説している。矢継ぎ早にくりだされるエピソードの数々には、思わずうなった。

けれども! これは、多分電車で気軽に読めるようなシロモノではない。テーマに慣れていないことや、やや重厚な記述もあって、じっくりと部屋で読む本じゃないかなぁ(評者は、通勤時読もうとして、痛恨の挫折。数ヵ月後、部屋でじっくり型にてリベンジ)。と評者は思う。

キーワードは、蒸気と石炭、電気、船、鉄道! そして、英国・米国近代史!

新書という本のかたちに惑わされず、じっくりおウチか図書館にて、知の享楽を堪能いたしましょう♪ 読書のしかたの王道になんとも相応しい快書。

世界一周の誕生-グローバリズムの起源 (詳細)

[歴史パロディ] 英雄よみがえる!<日本編>

・「読みやすく、笑いながら勉強できる
正直、歴史は小難しくて興味がなかったのですが、あまりの読みやすさに買ってしまいました。全編、対話形式の軽快なトークで物語が展開していきます。シュールな会話のセンスにクスッときますが、最後はきっちり泣かせて頂きました。短編集のような感じで、ひとつひとつの話の長さも丁度よかったです。

ただのパロディではなく、史実にしっかり基づいているので歴史の勉強にもなりました。

・「歴史に涙と笑いのふりかけかけた
ちょっと近寄り難い歴史に、笑いと涙のふりかけをかけた。そんな感じで、すぐ読めてしまう歴史書です。本当にこんな感じだったのではとファンタジー風味でもあります。

・「教科書にどうぞ
学生時代、最初からこれで勉強していたらもっと歴史が好きになっていたのになあ。

馬鹿馬鹿しくも愛すべきキャラに描かれた、歴史上の有名人たちがぐっと身近に感じられて年号を覚えるのに苦労した様々な出来事も、改めて「何だ、こういう流れだったんだ…」と気がついた。

大人も子供も楽しんで読める良著だと思います。

[歴史パロディ] 英雄よみがえる!<日本編> (詳細)
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